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自治体が持つ個人情報などを管理する政府クラウドを巡り、デジタル庁は28日、初めて日本企業を提供事業者に選んだ。「国産クラウド」の導入につながると期待されているが、日本市場にはすでに米巨大IT企業のクラウドサービスが深く浸透しており、導入に向けた道のりは険しい。
選定されたのは、東証プライム上場のIT企業さくらインターネット(本社・大阪市)。1999年設立でクラウドサービスを主力事業とし、東京や大阪、北海道でデータセンターを運営している。
同社は2025年度末までに、データ保管などに関する選定要件を全て満たすことを条件に選ばれた。河野デジタル相は記者会見で「今回初めて国産のガバメント(政府)クラウドの可能性が出てきた。ぜひ頑張っていただきたい」と期待を示した。
政府クラウドは国民の個人情報を預かる重要インフラでありながら、日本企業は「蚊帳の外」に置かれてきた。これまで提供事業者に選ばれてきたのは、クラウドサービスを世界展開するアマゾン、マイクロソフト、グーグル、オラクルの米IT大手4社。巨大ITと呼ばれる企業が3社を占め、規模の優位性を生かして機能や価格面で日本企業を圧倒してきた。
しかし、国民のデータ管理を外資に依存することには経済安全保障の観点からも懸念が指摘され、「国産クラウド」を育成すべきだとの要請が強まっていた。こうした中、デジタル庁は9月、国産の導入促進に向けて事業者の選定方式を見直し、従来は1社で満たさなければならなかった選定要件を、他社のサービスを使って満たすことなどを認めた。
ただ、さくらインターネットには今後、厳しい現実が待ち受ける。実際にサービスを提供するには、「顧客」である自治体側から選ばれるという関門を突破する必要があるからだ。
「多くの自治体に選ばれるのはアマゾンだろう」。自治体やIT業界の関係者は口をそろえる。
背景には、自治体と情報システムを提供するNECや富士通などの国内IT事業者、そしてクラウド提供事業者という3者の複雑な関係がある。
◆政府クラウド =国や地方自治体が使う共通の情報システム基盤。氏名や個人番号(マイナンバー)、国民年金といった個人情報などを保管する。国や地方でバラバラに開発・運用されてきたシステムを共通化し、コスト削減やデータの円滑な連携につなげる狙いがある。政府は自治体のシステムを原則、2025年度までに移行することを目指している。
[スキャナー]政府クラウド アマゾン1強…国内IT大手と深く連携
政府と地方自治体システムの共通基盤となる政府クラウドの提供事業者に、初めて日本企業が選ばれた。行政機関の情報や国民の個人情報といったデータの管理に国産の選択肢が加わるが、実現には懸念も残る。(政府クラウド取材班)
自治体の国産採用 険しく
実質的決定権
NECや富士通、日立製作所……。自治体が政府クラウドの提供事業者を選ぶ際に大きな影響力を持ちそうなのが、既存の自治体情報システムを手がける大手IT事業者だ。
どの事業者のクラウドを使うかは表向き自治体が決めることになっているが、自治体側の認識は異なる。東京都東大和市の担当者は「クラウドは事実上、国内IT事業者が選んでいる。我々には正直言って選択権がないのが実態」と話す。
どういうことか。自治体は元々、情報システムの構築や運用を国内IT事業者を通じて行う。「自治体職員が政府クラウドについて相談するのは彼らで、クラウド事業者ではない」。IT大手関係者は指摘する。
つまり実質的な決定権は国内IT事業者にある。政府クラウドへの移行にあたり、国内ITはまずどのクラウドに自治体システムを移すかを選ぶ。自治体関係者によれば、そこで多くの自治体に選ばれそうなのがアマゾンのクラウドだ。
他社を圧倒
公正取引委員会の調査によると、クラウド市場のアマゾンのシェア(占有率、2020年度)は40~50%に上る。自治体にシステムを提供する国内IT大手との関係は深く、多くの社がアマゾンのクラウド向けに多数の技術者を擁し、導入を支援してきた。
大手3社とされるNECと富士通系、日立系はすでに政府クラウドを導入している一部自治体でアマゾンを使っており、他の自治体でもアマゾン採用の流れが強まっている。国内ITがアマゾンを選び、それを追認する形で自治体がアマゾンのクラウドを採用する――。業界でささやかれているのは、そんな政府クラウド争奪戦の「結末」だ。
その兆候は表れている。デジタル庁によると、現段階で政府クラウドを導入している政府・自治体の案件175件のうちアマゾンが162件と9割超を占め、グーグルの8件、オラクルの3件、マイクロソフトの2件を圧倒している。
諦めの声
「日本のデジタルインフラを支える企業として期待に応えたい」。さくらインターネットの田中邦裕社長は28日、政府クラウドの事業展開に意欲を見せた。
国内には、米企業のコントロール下にあるクラウドに個人情報を預けることは「海外への情報流出につながりかねない」との懸念が根強い。さくらは日本企業による国民のデータ管理といったメリットを訴え、導入を促すとみられる。
とはいえ、米大手は技術力で大きく先行するだけでなく、セキュリティー対策の面でも優れているとされる。またクラウドサービスは規模が大きくなるほど効率化され、価格を安くできる。「アマゾンに対抗するのは100%無理」(国内の事業者)と諦めに似た声も聞かれる中、デジタル庁が後押しする国産導入は画餅に帰す恐れもある。
クラウド市場に詳しいMM総研の加太幹哉研究部長は「政府が採用を自治体任せにするのであれば、国産クラウドを拡大させるのは難しい。本気で国産導入を進めたいなら、一定割合の国産利用や、特定の領域での国産利用を自治体に求める必要がある」と話す。
20分野データ移行 戸籍、年金など
「クラウド」とは、企業などから預かった電子データを、インターネットを通じて出し入れできる状態で保管する仕組みを指す。
企業などがクラウドサービスを採用するメリットは、データを保管する仕組みを自前で用意する必要がなくなり、セキュリティー対策などもクラウド事業者に大部分を任せられることだ。業務の効率化やコスト削減の効果が大きい。
「政府クラウド」には、中央省庁や自治体などがデータを預ける。自治体が保有するデータは、〈1〉住民基本台帳〈2〉戸籍〈3〉国民年金〈4〉住民税――など20分野が対象で、多くの個人情報が含まれる。政府は原則2025年度までに政府クラウドに移行する目標を掲げる。
従来、こうしたデータを保管する仕組みは、各自治体がそれぞれ個別に整備していた。政府クラウドにデータの保管を任せることで、「データ管理に割いていた予算や人員を他部署に回せるようになり、ひいては住民サービスの向上につながる」(デジタル庁)ことが期待されている。
各自治体が共通して使うシステムの新規導入がスムーズになる利点もある。新型コロナウイルス禍では、住民のワクチン接種状況の記録システムを入れる際、一部自治体が住民情報とのひも付けなどに手間取った。政府クラウドの形で共通のIT基盤を整備しておけば、新規導入に伴う作業負担が軽減されるという。
クラウドサービスでは膨大なデータをネット上で安全に扱う必要があるため、事業者には高い利便性やセキュリティーを実現するための高度な技術力が要求される。政府クラウド提供事業者の22年度の公募では、安全対策など約330件の要件を1社で満たすことが条件とされた結果、日本企業は応募できず、米IT大手4社が選ばれていた。