エベロンの世界にようこそ! 本書はエベロンのすべてを探求するための手引きである。エベロンというキャンペーン世界には悪辣な陰謀、謎めいた“予言”、それに途切れることなく巡ってくる探険と冒険の機会といった要素がふんだんに盛り込まれている。ゲームのテーブルで唯一無二の経験をしてもらうために肩の凝らない活劇とダーク・ファンタジーとを掛け合わせたその世界観は、ノワール風ファンタジー(訳注:ここで言うノワールとは犯罪や暴力を題材にした退廃的で暗い色調の小説や映画を指す)とでも言うべきものだ。
本書をひもとけば、エベロン世界(あるいはD&Dに用意されているその他のキャンペーン世界)に合わせてキャラクターをカスタマイズするためのありとあらゆるツールが見つかる。『エベロン・プレイヤーズ・ガイド 第4版』にはこのキャンペーン世界に欠かせない3つの種族が収録されている。すなわち、ウォーフォージド、カラシュター、それにチェンジリングである。また、アーティフィサーのクラスを紹介し、“伝説の道” および“神話の運命” で使える2ダース以上もの選択肢を提供する。ドラゴンマークを持つキャラクターを創造するための特技はもちろん、エベロンの冒険に投入できるキャラクターをつくるのに必要な背景、儀式、アイテムの数々が収録されているのも本書の特徴だ。なお、もし君がダンジョン・マスターとしてエベロンのキャンペーンを運営してみたいと考えているなら、『エベロン・キャンペーン・ガイド』(近日刊行予定)がこのキャンペーン世界についてより詳しく説明してくれるだろう。
この章は以下のセクションに分かれている。
世界:コーヴェアの五つ国、はるか彼方の大陸サーロナ、アルゴネッセン、ゼンドリック、それに他次元界といった、エベロンの地理や国際情勢を概観する。
コーヴェアに生きる:コーヴェアの人々を特徴づけるさまざまな性質。信仰と政治力学がどのような相互作用を通じてコーヴェア人の日常生活を形づくっているかを見る。
エベロンの信仰:ソヴリン・ホストの神々や暗黒六帝をはじめ、エベロンの民に信奉されているおもだった宗教と崇拝の対象。
時間と歴史:こんにちのエベロンを形成した過去の時代と事件。また、エベロンの世界で用いられている紀年法および暦法。
世界を動かすパワー:エベロンでも屈指の影響力を誇るいくつかのファクター。ドラゴンマーク氏族、貴族、“竜の予言”など。
冒険:エベロンの冒険者でいるために踏まえておかなければならない基本的な事柄―すなわち、君はどこに行くことができるか、またそこへはどうやって行くか。
世界
エベロンは3つの部分からなる世界である。数多の伝説によれば、世界は3匹の偉大な始祖竜によって創造され、その3匹が今も世界の3つの部分を形づくっているという。すなわち、“上たるドラゴン”シベイ、“下たるドラゴン”カイバー、そして“中たるドラゴン”エベロンである。こうした伝説は世界中の哲学、宗教、民間伝承に痕跡を残している。3匹の竜による創世神話は、さまざまに形を変えてあらゆる文化に受け継がれているのである。
3匹の始祖竜は、それぞれ世界を構成する3つの物理的部分に対応している。その1つが“シベイの環” で、これは微光を発するドラゴンシャードのリボンとして現れ、世界を取り巻き、夜空に黄金の帯のようにきらめく。晴れた日には、かすか金色の靄をまとってゆらめく姿が見える。天空には“シベイの環” のほかに12の月が宝石のようにきらめいている。いちばん近くの月は夜空に浮かんだ金貨のようであり、最も離れた月はひときわ明るい星ぼしとさして変わらない大きさにしか見えない。
“ 下たるドラゴン” カイバーは世界の地下に広がる広大なアンダーダークの世界である。その奥底には迷宮のごとく入り組んだ通路がうねり、形も大きさもまちまちな数多の岩窟に通じている。カイバーには“元素の渾沌”がこぼれ出ている洞窟も多く、そういう場所では炎やマグマや稲光の逆巻くエリアが形成され、また、デーモンが世界に大混乱をもたらすべく越境してくる。
“中たるドラゴン”はエベロン世界そのものである。広大無辺な大洋、6つの大陸、山岳と砂漠、綾なす平野と森林、湿地と凍土のパッチワーク……。エベロンはまた、両極端な世界でもある。目の覚めるような自然美が、おぞましい腐敗や暗黒と混じり合っているからだ。極寒のビター海に漂う巨大な氷山、タワリング・ウッドの中心で天然の大聖堂を形成する壮観このうえないブルーウッドの木々、シャーゴン海峡に浮かぶ美麗な彫刻のごとき島々……こうした世界的景勝地は枚挙にいとまがないが、そのいっぽうで“狂気の領域”から滲み出した腐敗が森をむしばみながら広がり、ラビリンスの荒涼たる大地は生命や成長をことごとく拒み、大災厄によって焦土と化したモーンランドはいまだに荒れ果てた野面を陽光のもとにさらしているのである。
コーヴェア
エベロンにおける多種多様な生を支えているのが6つの大陸である。そのうちの1つであるコーヴェアは―少なくともヒューマンにとって―世界の中心と呼んで差し支えない。この大陸で、人類史上最大にして最後の帝国が興り、最終戦争によって四分五裂するまで繁栄を誇った。プレイヤー・キャラクターの大半がこのコーヴェア出身である。というのも、この大陸では、エベロンに存在するほとんどの種族の姿が見られるからだ。
人間の打ち立てた大いなる国々は、かつて1つだったが、それがやがて5つになり、現在では4つに減っている。その4つとはすなわち、好学の気風が強いアンデール、軍国主義のカルナス、神権政治を行なうスレイン、世界国家の性格が色濃いブレランドである。これらに滅亡したサイアリを加えた5カ国が、かつてコーヴェアの中原を支配していた。これらの国々はたんにヒューマンの故郷というだけでなく、さまざまな異文化が混淆する坩堝と言える。なぜなら、ドワーフ、エルフ、ハーフリング、ドラゴンボーン、ハーフエルフなどは言うに及ばず、それほど一般的でない諸種族も含め、多種多様な種族が大陸の中心をなすこうした国々の町や都市に住みついているからである。特に、カニス氏族のヒューマンたちが創造炉から生み出した人工の種族であるウォーフォージドを目にすることが、五つ国では少しも珍しくない。
滅亡した国サイアリは今や荒れ果てた不気味な土地モーンランドと化し、そこでは灰色の霧が旅人の精気を吸い取っては死に至らしめている。その苛酷な風土に耐えられる者はほとんどいないが、滅亡した国の財宝目当てに運を天に任せてやってくる命知らずも少なくない。モーンランドで見かけるクリーチャーと言えば、そうした山師か旅人か、あるいは吸いとられる生命エネルギーをそもそも持たない存在―ウォーフォージド、アンデッド、さらにはより異質なクリーチャー―だけである。
アンデール、ブレランド、サイアリ、カルナス、スレインの5カ国は遠い昔“五つ国” と呼ばれており、1つ欠けて4カ国になった今もその呼び名が使われている。これらの国々はかつて偉大なるガリファー王国の礎石をなしていた。五つ国に属さないヒューマンの国は、北東のラザー公国連合、南東の熱帯国クバーラ、西方のエルデン・リーチなど、数えるほどしかない。
コーヴェアには人間以外の種族の故郷も存在する。大陸北東部、カルナスの近くにはドワーフの父祖の地ムロール・ホールドがある。東部のタレンタ平原では、遊牧の民であるハーフリングが放浪の暮らしを営んでいる。コーヴェア南東部のヴァラナーと呼ばれる地域は、島大陸エアレナル出身のエルフたちが築いた国である。大陸西端の湿地帯シャドウ・マーチには、オークとハーフオークのコミュニティが集中している。ノームは南方のズィラーゴを故郷と呼んでいるし、はるか昔、サーロナの古代王国オー・カルーンの滅亡を逃れたティーフリングが、コーヴェア大陸西部に安住の地を見出している。
大陸全域の原生林にはシフターが徘徊している。また、ドラゴンボーンの居住地が集中している大陸東部は、はるか昔に滅びた彼らの大帝国を髣髴とさせる。フェイワイルドの住人であるエラドリンはずっと前からコーヴェアを訪れているが、この世界に囚われたままになるフェイも多く、そんな彼らの住む都市のうちの1つが、モーンランドと破滅の運命をともにした。コーヴェアではメドゥサやオーガといったモンスター種族さえもが独立国を築いている。彼らはドロアームに棲みつき、コーヴェア唯一のモンスター国と称しているのである。もっとも、他の国々はドロアームを独立国として認めることを拒んでいる。
コーヴェア以外
多くの人々にとってコーヴェアこそが世界の中心ではあるものの、エベロンにはコーヴェアのほかにも5つの大陸が存在する。
エアレナル:コーヴェア南東の洋上に浮かぶ巨大な島エアレナルは、エルフ種族の故郷である。何千年ものあいだ、エアレナル人はアンデッドと化した祖先の導きに従い、昔ながらの伝統を墨守してきた。外の世界の住人から見れば、この古き王国に住むエルフたちは奸悪な死霊術士か拝死教の信徒と変わらないが、死者を崇拝しているからといってただちに彼らが邪悪な存在かというと、そんなことはない。仮にそうだとしても、エアレナルには危険だけでなくチャンスもまたふんだんにあるという事実は否定できない。
ゼンドリック:コーヴェア南方には広大な未開の大陸ゼンドリックが存在する。この大陸にはかつて巨人族の帝国が栄えていた。広大無辺なジャングルのここかしこに、滅亡した帝国の遺跡が埋もれている。ゼンドリックの奥地から探険隊が戻ってくるたびに、新たな遺物と謎が持ち帰られる。炎熱にうだる赤道直下のジャングルや渺茫たる砂漠、遥か南に広がる凍てついた荒野などといった障害があろうとも、ゼンドリックは略奪されるのを待っている宝物庫にほかならない―少なくとも、冒険者という人種はそう見る。いっぽう、原住種族のユアンティとドラウにとってはジャングルも遺跡も自分たちの故郷であり、それらを侵入者の手から守るために敢然と戦う。
アルゴネッセン:ゼンドリックの東方、エアレナルの向こうには、ドラゴンの故郷アルゴネッセンが横たわっている。ドラゴン以外にこの大陸の内陸部に分け入った者は数えるほどしかいないが、彼らの報告によれば、そこにはドラゴンボーンの都市国家が分立し、それぞれをドラゴンの王が支配しているのだという。ドラゴンたちは太古から伝わる“竜の予言”の研究に打ち込んでいる。彼らは月や星の運行に、また大地に刻印されるしるしに、あるいはコーヴェアに住む人型生物の肌に浮かびあがる奇妙な斑紋に、“予言”の開示を読み取る。なかでもコーヴェアの人型生物の肌に現れる斑紋はドラゴンマークと呼ばれ、多くの学者がそれを力と宿命の象徴と考えている。
フロストフェル:コーヴェアの北には、荒涼たる氷原フロストフェルが広がっている。そこは厳しい冬の嵐が発生する源であり、また氷と破壊を好む恐るべきモンスターたちが棲む怪物の巣窟でもある。これまでフロストフェルの容赦ない寒さに立ち向かい、無事に生還を果たした探険隊は二組だけだが、いずれの隊も、この不毛の地になにがしかの美点を認める報告は持ち帰っていない。
サーロナ:サーロナはコーヴェアの東隣とも言えるし西隣とも言える。この大陸を支配しているのは広大な版図を誇るリードラ帝国である。インスパイアドと呼ばれる謎めいた存在が神々のごとく民を支配し、彼らの意を受けた特使や外交官の姿はコーヴェアの大都市という大都市で目にすることができる。帝国以外の地域―アダール、シルカーン、タシャーナ凍土―はリードラとの関わりにおいて定義され、リードラの陰に存在するも等しい。アダール人の旅行者がコーヴェアを訪れることがあるので、サーロナの文化は―その特異さゆえにとかく誤解されがちだが―コーヴェアでもまったく知られていないわけではない。
次元界
伝説の始祖竜は宇宙を構成する3つの層にも対応する。アストラル海は“シベイの海”とも呼ばれ、世界の上方に横たわっている。そこは不老不死のエンジェルとデヴィルが住む場所であり、おそらくは神々もそこに居を構えている。伝説によると“シベイの海”は下界同様いくつもの国々に分かれ、息を呑むほどに壮麗な都邑という都邑には、老化などとは無縁の見目麗しいクリーチャーたちが暮らしているという。
“エベロンのとぐろ”は、コーヴェアやゼンドリックその他の大陸を含む、大多数のクリーチャーが知っている世界である。“とぐろ”にはまた、シャドウフェル(ドルラー)、フェイワイルド(セラニス)、そして不可解な“夢の領域”ダル・クォールも包含される。
“元素の渾沌”、別名“カイバーの渾沌”は、存在の根本を形づくる冥府―すなわち下なる世界である。この苛まれた世界にはデーモンやデヴィル、さらにはよりおぞましい者どもが棲んでいる。こうしたクリーチャーがカイバーを逃れて“エベロンのとぐろ” に入り込もうともがくのは、ひ弱な定命の者たちの肉体と精神を貪り喰らうためにほかならない。
宇宙には―あるいは宇宙の外側には―4つめの層があると信じる者もいる。学者たちはこの層を“狂気の領域”ゾリアットと呼んでいる。そこに棲んでいると言われるクリーチャーについては、話題にするだけで勇者も戦慄を禁じ得ないという。ゾリアットについて知られていることの大半が出所の怪しい情報でしかないとはいえ、“狂気の領域”が存在することとエベロンにその影響が及んでいることは否定しようのない事実である。
他次元界と接触を持つ個人はごく一握りだが、さまざまな次元界がエベロンに多大な影響を及ぼしていることは間違いない。月の満ち欠けや潮の満ち干と同じく、他次元界の影響は強まりもすれば弱まりもする。その次元界がエベロンから遠いとき(あるいは隣接していないとき)はその影響も弱く、逆にエベロンに近いとき(あるいは隣接しているとき)は影響が強まる。ある次元界が最大限に近づいたとき、エベロンにはその影響が顕著にあらわれる。たとえばドルラーが隣接しているとき、地上に落ちる影の色は濃くなり、夜は長くなるうえ、暗闇はいっそう危険になる。
次元界はエベロンから遠ざかりつつあるときでさえ、特定の場所でその影響を滲出させる。「顕現地帯」と呼ばれるそうした場所は、奇妙で現実離れした一帯である。顕現地帯のなかには生命と黄昏に満ちた緑鬱蒼たる領域もあれば、ひねこびた樹木とおぞましい怪物ばかりが目につく奇怪な場所もあり、かと思えば、普通の場所との違いがさほど顕著ではない場所もある。いずれにせよ、それが具体的にどう表れるかはまちまちながら、次元界の影響力は生半可なものではない。
コーヴェアに生きる
今から4年近く前、最終戦争と呼ばれる1世紀にもおよぶ熾烈な戦乱状態から抜け出すため、コーヴェアの人々は思い切った第一歩を踏み出した。その余波として偉大なるガリファー王国は消滅。あとには消耗し、遺恨と深手の慰撫に努める一握りの国々が残された。第一にこの最終戦争、次にガリファー黄金時代の記憶。その2つが、こんにちのコーヴェアの人々の思考と行動を規定していると言っても過言ではない。
コーヴェアは本来多種多様な土地である。しかしながら、かつてその大部分が1つの王国の版図に属していたという事情により、今も大陸の国々は多くの類似点を共有している。最終戦争とサイアリの滅亡は、人々の心に根深いシニシズムとくすぶる不信感を植えつけた。いまや破滅の予感が大陸全域に重々しく垂れこめている。サイアリの滅亡をより巨大な終末的事件の先触れと見る人も少なくない。多くの人々が考えている―サイアリが滅び、亡霊のほかに行き交う者とてない生命絶えた灰色の地に変じてしまったのならば、コーヴェア全土が同じ運命をたどらない保証などあるだろうか、と。
こうした暗い考えは広くかつ深く浸透している。困難な時代にも楽観主義を失わない人々(スローンホールド条約を引き合いに出し、それこそ国際協調が可能であることの証だと言いつのるような人々)はいるが、大方のコーヴェア人にとって信頼という言葉は死語となった。平凡な市民が隣人に対して何かしら疑念を抱き、隣人もまたこちらに猜疑のまなざしを向けてくる。市場に出かけるにも、いやというほど冷たい視線を浴び、さんざん後ろ指をさされることを覚悟しなければならない。
各国の為政者たちがまた、このような不穏な空気を助長している。結局のところ、最終戦争はどの国の王または女王にも、彼らが望んだものを与えなかった。一国としての見栄など外国嫌いの感情には到底およばず、また、ある程度の国際協調がなされているとはいえ、各国の指導者たちは互いに不信感を抱き、その不信感は市民にも伝染している。外国はひそかに兵器や武器を蓄えているのではないか。破壊活動を指示しているのではないか。スパイ行為に血道をあげているのではないか……。世のなかを覆っているのは、戦争がようやく終わったのだという安堵などではけっしてない。コーヴェアの人々は知っているのだ―最終戦争を生き延びた国々は、今は戦禍と戦争努力による消耗の極みにあるが、遠からず争いを再開するに違いないことを。
政府
ガリファーは1つの血族が代々王位を受け継ぐ世襲制の封建君主国であり、ガリファー王国が分裂してできた国々もまたそのスタイルを踏襲している。王または女王が国家の頂点に君臨し、それを男爵や伯爵その他の領主といった、地方行政を担う貴族たちが支えるという構造である。農民は納税義務を負い、国によって程度の違いはあるが搾取を受ける。
もっとも、貴族が国家を支配しているというのは表面上のことで、コーヴェアではさまざまな組織が彼らに勝るとも劣らない力をふるっている。そのなかでも最も重要なのが、12のドラゴンマーク氏族である。これら大氏族の1つひとつが、輸送、武器売買、治癒といった特定分野のビジネスを牛耳っている。血筋に脈々と受け継がれる強力な魔法と大勢の家子郎党を武器に、ドラゴンマーク氏族の幹部たちは大貴族のそれにも似た権勢をほしいままにしていのである。総帥と呼ばれる氏族の長ともなると、政治や商業を左右するその力たるや、一国の王や女王にも引けを取らないという。1つの氏族の影響力はコーヴェア全土に及ぶのだから、これは当然と言えば当然かもしれない。極端な話、仮に王がいなくともブレランドが滅びることはないかもしれないが、もしリランダー氏族のリーダーが不在なら、コーヴェアの様相は劇的に変わってくるだろう。
日常生活
コーヴェアの暮らしの礎石となるのは小さな町である。それは闇に覆われた世界に点々と光る、さほど明るくはないけれども欠かすことのできない灯とも言うべき存在だ。コーヴェア人の大半は農民かその他の肉体労働者であり、地域の中心をなす町から数マイルの距離にある農場や小村に暮らしている。町よりも大きな集落は交易の要として機能し、農民たちは穀物や家畜や羊毛といった産品を売りに足を運ぶ。町の職人は農具や革製品や舶来品といった商品を売り、代わりに農産物を手に入れる。農民、職人、その他の肉体労働者は近くに住む地方領主に租税を納める。領主は徴収した租税を使い、軍隊を編成するなり民兵を鍛えるなり、自分の保護下にある領民の安全を確保するためのさまざまな策を講じる。
とはいえ実際のところ、このシステムは完全とは言いがたい。田舎には山賊―多くは最終戦争で戦った兵士崩れ―が跳梁跋扈し、町と町のあいだに横たわる広大な荒野にはモンスターが徘徊し、ときとして農村や交易路を襲う。腐敗した貴族たちは蓄財にかまけ、領民の苦しみを見過ごしているのである。
冒険者
冒険者というのはルールを破り、因習に挑戦する人々である。絶対数が少ないにも関わらず、コーヴェア人のほとんどは冒険者がどういう人種か知っていて、彼らの行動に胸を躍らせる。財産を築いたり、興味深い場所を見物したり、不滅の名声を手に入れたりしたいなら、ぜひ冒険者になるといい。コランベルグ・クロニクルのような新聞各紙もこうした考えを煽っているが、それは大衆が血沸き肉踊る冒険譚をこよなく愛するからにほかならない。それがまごうかたない真実ならば言うことなし、というわけだ。したがって、不本意な幕切れで終わった冒険譚が紙面で取りあげられることはめったになく、初めての探険で未開の地に消えた未熟な理想家に光が当てられることもほとんどない。けだし、冒険とはハイリスク・ハイリターンな商売の典型なのである。
エベロンの信仰
エベロンでは宗教が重きをなしているが、それは神々が世界に明確で直接的な関心を持っているからではなく、組織化された信仰が、霊的な意味と世俗的な意味の両方において重要な意味を持っているからである。寺院や社は村や町における親睦と平和(あるいは陰謀と不正)の源泉と言える。都市においては、高位聖職者が貴族に負けないくらい大きな権力を行使している。
大戦の傷がまだ癒えない今の時代、コーヴェア人の多くが神々やより高次の存在をないがしろにするようになっている。しかし、世界を理解するための1つの方法として組織宗教に積極的に参加する者もまた、同じくらい大勢いるのである。
ソヴリン・ホスト
善
ソヴリン・ホストは9柱の神々からなる神格集団であり、総体として世界全体を象徴するが、個々の神々は共同体、弱者の庇護、野生動物の屠殺、豊穣多産、建設といった文明の諸相を分担してつかさどる。ソヴリン・ホストはコーヴェアで最も広く崇拝されている対象である。この大陸に暮らすほとんど誰もがホスト全体に祈りを捧げ、個別具体的な行ないごとに個々の神格に祈りを捧げる。たとえば、五体満足な子供を授かった農夫はアラワイに感謝の祈りを捧げ、鍛冶屋はオナターを讃える歌をうたいながら鎚をふるうといった具合である。
アラワイ
善
アラワイは多産と豊饒と生命(とりわけ植物の生命)をつかさどる女神である。未開の原野には文明を力づける資源がふんだんに眠っているとアラワイは説く。バリノールとディヴァウラーの姉妹にあたり、フューリィの母親でもある(ソヴリン・ホストの聖典によれば、フューリィはアラワイがディヴァウラーに孕まされた子供だという)。アラワイの信奉者は、子を望む男女、農民、ドルイド、レンジャー、船乗りその他、自然や多産や天候を特に気にする人々のあいだに多い。普通はハーフエルフの女性として描かれるが、ヒューマンやハーフリングの姿をとることもあり、ときにはブロンズ・ドラゴンの姿になぞらえられる。
ウレオン
無属性
ウレオンは知識と秘術知識と魔法をつかさどる神であり、同時に秩序と法を尊ぶ。オナターとは兄弟であり、ボルドレイの夫でもあるうえ、シャドウとは謎めいた関係にある。秘術魔法の使い手のほとんどはウレオンの庇護を頼り、賢者、図書館員、書記、教授、学生もウレオンに帰依する。宗教書にはヒューマンまたはノームのウィザードとして描かれるウレオンだが、まれに堂々たるブルー・ドラゴンの姿になぞらえられることもある。
オナター
無属性
オナターは炉と火、また産業と工芸をつかさどる神である。その名は工場や鍛冶場で口にされ、そのシンボルはコーヴェアじゅうの高炉に掲げられている。特にドワーフから崇められているが、火の魔法を専門とする人々―ウィザードや火の魔法を好むウォーロック―にも人気が高い。宗教書によればオナターはオラドラの夫であり、コル・コランおよびキーパーの父親であるという。そうした書物において、オナターは普通ドワーフとして描かれるが、ブラス・ドラゴンの姿になぞらえられることもある。
オラドラ
善
幸運と豊かさをつかさどるオラドラは、知名度の高い女神である。人々は宴会や祝祭の場でオラドラを称えて乾杯する。ばくち打ち、ローグ、バード、快楽主義者といった人々が、1年を通じてオラドラに尊崇の念を捧げる。オラドラはオナターの妻にして、双子の兄弟コル・コランとキーパーの母親である。若いハーフリングまたはヒューマンの老女として描かれるが、ブラック・ドラゴンの姿になぞらえられるときもある。
コル・コラン
無属性
コル・コランの肖像は五つ国中の硬貨に彫られている。それはコル・コランが商業と富をつかさどる神だからだ。商取引が徐々に活発になり拡大しつつある戦後世界において、コル・コラン崇拝もまた隆昌の一途をたどっている。商人、貿易業者、盗賊を主たる“神下”に持つが、金を持っている者、あるいはもっと金の欲しい者ならば誰もがこの神格に忠誠を捧げる。宗教書をひもとくと、コル・コランは双子の兄弟であるキーパーとともに、オラドラとオナターの息子だとされる。こうした書物は、コル・コランを太った陽気なヒューマンか、上等な衣服に身を包んだドワーフとして描いている。また、数少ない古い宗教画では、薄青色の宝石の山の上に鎮座するホワイト・ドラゴンの姿になぞらえられている。
ドル・アラー
秩序にして善
ドル・アラーは名誉ある戦いと無私無欲、および太陽の光をつかさどる輝ける女神である。暗闇に覆われた場所を刺し貫く光をたずさえ、モンスターどもの心臓を刺し貫く剣を佩いている。神話伝承によれば、ドル・ドーンおよびモッカリィとは兄弟姉妹の関係にあるという。パラディン、ウォーロード、それに属性が善であるファイターはもとより、剣の代わりに言葉でもって戦う外交官もまたドル・アラーを崇拝する。宗教書に登場するドル・アラーは聖なる光輝を背負ったヒューマンまたはハーフエルフの騎士として描かれるが、雲に乗ったレッド・ドラゴンの姿になぞらえられることもある。
ドル・ドーン
無属性
勇気と武勇の神であるドル・ドーンは、義務と戦争をも体現している。ドル・ドーンは体を張って最善を尽くすよう万人にうながす。兵士、ファイター、それにウォーロードが主たる信徒であり、これに競技者や曲芸師が加わる。ドル・アラーおよびモッカリィとは兄弟姉妹の関係にあると言われる。書物に現れるドル・ドーンは筋骨隆々たるヒューマン、ドワーフまたはハーフオークとして描かれるが、堂々たるシルヴァー・ドラゴンの姿になぞらえられることもある。
バリノール
無属性
バリノールは獣と狩猟と生命の循環をつかさどる神であり、野生動物と大自然に敬意を払うよう説く。いわく、未開の原野から何かを得る場合、文明を向上させるために必要なものだけを注意深く取らなければならない。いわく、知性をそなえた種族が動物を屠って食べるのは自然界のサイクルの一部だが、暴れる猪や怒れる熊に狩人が殺されるのも、同じように自然界のサイクルの一部である。バリノールはアラワイおよびディヴァウラーと兄弟であり、信者にはレンジャーやドルイド、またあらゆるタイプの狩人がいる。粗野だが善良なヒューマンもしくはハーフオークの姿で描かれ、ときにはグリーン・ドラゴンの姿を擬せられることもある。
ボルドレイ
善
いくつかの点でソヴリン・ホストを代表する神であるボルドレイは、共同体、安全、それに炉と家の心地よさをつかさどる。その名は婚礼の儀や政府の就任式で口にされる。ボルドレイはウレオンの妻であり、市井の人々、子を持つ男女、民兵組織のメンバーといった層を信徒に持つ。通常、さまざまな種族のー般人として描かれるが、卵を暖めているカッパー・ドラゴンの姿になぞらえられることもある。
暗黒六帝
悪
ソヴリン・ホストおよび文明の光の側面に焦点を合わせるその性格を補完するものとして、暗黒六帝は未開地の闇を象徴する神々である。ソヴリン・ホストと暗黒六帝という2つの万神殿はかつて一体だったが、大分裂を経て袂を分かった。今や暗黒六帝はソヴリン・ホストとあらゆる面でことごとく対立している。ソヴリン・ホストがおおむね善であるのに対し、暗黒六帝は概して悪である。ソヴリン・ホストが共同体と政府に価値を置くのに対し、暗黒六帝は個人と無政府状態を良しとする。暗黒六帝は冷酷で激しやすい、荒ぶる神々である。
トラヴェラー
無属性
偉大なるトリックスターであるトラヴェラーは、狡猾さと欺瞞と変化をつかさどる神である。完璧な変身生物であるうえ、偽装の名人でもあるため、トラヴェラーの真の姿は誰も知らない。書物がトラヴェラーを指して「彼」や「彼女」とは言わず「それ」と言う所以である。ドッペルゲンガー、シフター、ライカンスロープ、盗賊、ローグの多くがこの神格を崇めている。また、アーティフィサーのなかにも、トラヴェラーの革新性と機知に傾倒する者がいなくはない。トラヴェラーはときに“贈りものの贈り手”と呼ばれるが、その“贈りもの” に気をつけよという警句には事欠かない。一応は暗黒六帝の1柱であるトラヴェラーだが、ほかの神格とのあいだに親疎の別はないようである。
シルヴァー・フレイム
秩序にして善
ソヴリン・ホストに次ぐ人気と存在感を誇るシルヴァー・フレイムは、純潔、志操堅固、慈善、そして何より破邪顕正を旨としている。それゆえ、パラディンが最も熱心な信奉者なのは当然として、あらゆる職業出身の聖戦士が“炎”の導きを仰ぎ求める。
シルヴァー・フレイムは抽象概念であり、神格ではない。それは、悪を寄せつけない善と自己犠牲の一大勢力を象徴している。はるかな昔、ティラ・ミロンというヒューマンの女性が自身の人間性を昇華させ、不老不死たる“炎の御声”となった。“御声”は聖なる“炎”と定命者の大多数とのあいだを仲立ちする巫女である。定命者の大半は“炎” と直接意思の疎通をはかれるほど清らかでないため、“御声”の存在が必要になる。
ヴォルの血
無属性
“ヴォルの血”に帰依する熱心な信者は、「血」および「遺伝」という言葉が持つ文字通りの意味と比喩的な意味の両方に魅せられており、血を力と神性の源と見る。彼らはより高次の存在を避け、自己の向上だけに精魂を傾ける。“ヴォルの血”の崇拝者は実在する確かな力を信じ、実体の定かでない超自然的な力などではなく、日々の生活で生起する諸問題に集中する。血は内なる神性であると同時に生命の源であり、信心深く能力の高い信徒にとっては、不死へと至る唯一の道にほかならない。
光の道
秩序にして善
“光の道”は、コーヴェアでこそまれながら、アダールに住むカラシュターのあいだではごく普通に実践されている半哲学的な宗教である。その信奉者は神格を崇めず、その代わりに正のエネルギーによる普遍的な力を認識し、それをイルヤナ―すなわち“偉大なる光”と呼ぶ。“光の道”に帰依する者は瞑想と“偉大なる光”との対話を通じて肉体と精神の完成を目指す。悪の勢力―なかでも凶悪なドリーミング・ダーク―と戦うことが求められる“光の道”の信徒たちにとって、心身の完成は必要不可欠だからである。
“光の道”で核となる教えは次のとおり。
スピリッツ・オヴ・ザ・パスト
無属性
エアレナルのエルフの多く、特にヴァラナーのエルフは、祖先の霊に尊崇の念を捧げる。この伝統は信仰とまでは呼べないが、過去の英霊たちはエルフという種族の栄光の事績と悠久の歴史を象徴していると言える。他の宗教に帰依しているエルフでさえ、偉大な祖先に献じられた社を守っていることが少なくない。スピリッツ・オヴ・ザ・パストを信奉するエルフは自分の守護祖霊を熱心に模倣する。そうしたエルフたちは武芸を好み、クラスもレンジャーやファイター、ウォーロードであることが多い。特に信心深い戦士は“過去の護り手”の称号を得ることがある。彼らはたいていバードかクレリックである。
不死宮廷
無属性
エアレナルのエルフには死んだ祖先を崇拝するエルフがいるいっぽうで、死すべき運命を免れた祖先を崇めるエルフもいる。はるか昔、エアレナルのエルフは寿命をのばす秘法を発見した。種族でも選りすぐりの賢者だけがこの施術を受け、その結果生まれた不死のクリーチャーたちが、今にいたるもエルフの故郷を支配している。エアレナルに住むエルフは一人残らずこの不死宮廷を信奉しているが、ヴァラナーをはじめとするコーヴェアのエルフやハーフエルフのなかにも信徒は多い。不死宮廷のクレリックは白と黒の装束に身を包み、死人の顔を模した仮面をかぶるか、または彩色や入れ墨で顔を髑髏のように見せている。
邪神たち
邪悪な神々を崇めるクリーチャーや人々はPCたちの敵にまわる可能性が高いが、なかには時と場合によってPCたちに味方する者たちもいる。カイバー教団を除き、次に挙げる神々はすべて暗黒六帝の一員である。
キーパーは死と腐敗をつかさどる神であり、生き物の魂に飢えている。
シャドウは暗黒魔法と自然の腐敗をつかさどる神である。
ディヴァウラーは深い水底と大渦巻きと暗礁の王である。大自然の猛威を象徴する神であり、主としてサフアグンが崇拝している。
フューリィは狂気にいたる激情をつかさどる神である。
モッカリィは背信と蛮行の神であり、邪悪な暗殺者やファイターに崇拝されている。
カイバー教団は、広大なアンダーダーク(地下世界)および“下たるドラゴン” の体内に逆巻くと言われるパワーへの傾倒を共有する多種多様なグループの総称である。
時間と歴史
エベロンは古くから存在する世界である。その悠久の歴史を通じ、幾多の帝国が先立つ数世紀の灰塵から興っては、いっとき栄えたのち滅んでいった。未開の荒野には(ときには文明圏にさえ)こうした帝国の遺跡が点在し、数万年から数千年のあいだ探査もされないまま残されている。そこには、財宝、謎、世紀の難問の答えといったものが、濃い影のなかに隠されているかもしれない。
時の黎明
世界の起源については文化や種族によって多種多様な考えかたがあるが、ただ一つの説だけは広く受け入れられるにいたっている。さまざまな宗派の僧侶、さまざまな学派の哲学者が信徒や弟子にこの説を教えているのは、仮にそれが歴史の真実ではないとしても、少なくとも寓話としてはよくできているし、自分たちが知っているなかでは最も正確な言い伝えだからである。いわく―時が始まるよりも前、3匹のドラゴンがいた。“上たるドラゴン”シベイ、“中たるドラゴン” エベロン、“下たるドラゴン” カイバーである。これら始祖竜たちは共存できず、三つ巴の戦いを始めた。大いなる戦いのすえ、まずカイバーがシベイの体をずたずたに引き裂いた。すると今度はエベロンがカイバーの体に巻きつき、“下たるドラゴン”をしなやかなとぐろのなかに封じ込めてしまう。“上たるドラゴン”の引き裂かれた体は空の上で“シベイの環”となり、いっぽうエベロンの体は海洋と大陸を形成し、縛めに囚われたカイバーは地下に広がる迷宮のように入り組んだトンネル網へと変容した。
今現在ある世界の創造は、シベイの残骸からドラゴン種族が生まれ、カイバーの奥底から魔物が這い出し、エベロンの豊饒なる大地と海からその他ありとあらゆる生命が誕生したときに完了したのとされる。
ジャイアントの時代
途方もない歳月が過ぎ、膨大な数の種が栄え、数多の文化圏が興り、亡び、忘れ去られたのち、現在ゼンドリックと呼ばれる大陸に巨人族の文明が誕生した。
巨人族は帝国の版図を拡大し、自分たちより小柄な人型生物の種族を奴隷化し、膨大な知識を集めて蓄えた。しかし、“ジャイアントの時代” が残した最も大いなる遺産は、今なおゼンドリックに点在する巨大遺跡である。そうした巨大な建造物は強力な魔法なしでは建てられなかっただろうと学者たちは主張している。おそらく巨人族はその魔法を、単独かあるいは複数の強大なクリーチャーから学んだに違いない、と。
巨人族の支配は数万年続いた。巨人文明が滅びた原因となると学者のあいだでも意見が分かれ、さまざまな説が流布している。いわく、ドラゴンが世界を守るために巨人族を滅ぼしたのだ。いわく、奴隷種族が反乱を起こし、帝国を崩壊に追いやったのだ。いわく―これは少数意見だが―他の次元界からやってきた恐るべきクリーチャーたちが巨人の帝国を滅ぼしたのだ……等々。
巨人族の時代はどうあれ、現在のゼンドリックは風土病と食肉植物と猛獣がはびこり、凶悪なユアンティと無慈悲なドラウが跳梁跋扈する蒸し暑いジャングルである。これまでに考古学的調査を目的とした探険隊がいくつもジャングルに分け入ったが、生還した隊はほとんどない。巨人文明が存在したことの確かな証拠は少なく、学者たちはさらなる情報に飢えている。ゼンドリックという名前が冒険と同義語になったのも無理はない。そこには大いなる危険と大いなる報酬と大いなる謎が埋もれており、数万年来人目に触れることのなかった場所や遺物やクリーチャーを見つけるチャンスが眠っているのである。
モンスターの時代
巨人文明崩壊後、巨人族の奴隷にされていた者たちは自由を手にした。エルフはゼンドリックにとどまって廃墟に身をひそめるか、あるいはエアレナルに渡ってジャングルの奥地に姿を消した。より積極的だったのがゴブリンとオークで、ダカーン族のゴブリンに率いられた彼らはコーヴェア大陸に帝国を建設し、それを数千年のあいだ存続させたのである。
“ジャイアントの時代” 同様、“モンスターの時代”の終焉も謎に包まれている。僧侶や哲学者のなかには、野蛮なオークと無秩序を好むゴブリンが、そもそも長期間にわたって共生できたはずがないと言う者がいる。彼らによれば、モンスターたちは仲間割れを起こして自分たちの帝国を四分五裂させてしまったのだという。いっぽう、ダカーン帝国滅亡の理由を、他次元界のクリーチャーによる侵略に帰する学者もいる。
多くの歴史家は“モンスターの時代” をモンスター種族によって世界が支配された暗黒時代と見る。そのいっぽうで、“モンスターの時代” はその可能性を開花させることなく、本格的な発展を遂げる前に幕がおろされた悲劇的時代と考える識者もいる。いずれにせよ、現代のゴブリンとオークにとって“モンスターの時代”は憧憬の対象である。彼らの多く―とりわけホブゴブリンたちは、帝国の過去の栄光を回復する方途を探っている。
ダカーン帝国の遺跡はコーヴェアで最も数多く見られるものの1つである。遺跡で出土する遺物は非常に価値が高い。当時のゴブリンは工芸に優れ、魔法にも熟達していたからである。なかでも強力なアイテムは、そのパワーと歴史的価値から、モンスター種族に珍重される。
現代
サーロナ、ゼンドリック、アルゴネッセン―これらの大陸では、生命の繁栄はあっても、そのほかはまるで時間が止まっているかのように、変化という変化がほとんどない。現代における最も重要な出来事は、いずれもコーヴェア大陸で起きている。
ダカーン帝国滅亡から数千年後、サーロナから逃れたヒューマンの難民たちが、名高い探険家ラザーに率いられてコーヴェア北東の沿岸にたどりついた。ヒューマンたちは瞬く間に内陸へと分け入り、先住のモンスター種族(文明種族と原始種族を問わず)から土地を奪っていった。ダカーン帝国の末裔たちは、もはやヒューマンの敵ではなかった。
やがて各所でヒューマンの国家が産声をあげる。大陸中央には5つのコミュニティが誕生、以来、コーヴェア中原地方とそこに興った人間の国々は“五つ国”と呼ばれるようになる。長年にわたり、これらの国々は建物をつくり、田畑を耕し、交易を行ない、探険し、言い争い、兵戈を交えた。ときおり傑出したリーダーが出て、諸国を1つの旗のもとにまとめようとしたが、その誰もが―エベロン史上屈指の征服王とされるカルン大王でさえ―そのような歴史的大事業を成し遂げるのに必要な先見性と兵力と外交手腕と強運を併せ持ってはいなかったのである。
ところが今から1,000年前、ガリファーというヒューマンの男性の手で、多くの先達が成し得なかった偉業が達成された。彼はヒューマンという種族を単一の大国にまとめあげ、それをガリファー王国と名付けたのである。この王国はほぼ1千年にわたって繁栄し、コーヴェアの民に黄金時代をもたらした。芸術、文化、学問、それに文明が一斉に開花。陸海空に交易路が整備され、大陸のほうぼうに地域の中心となる大都市が生まれ発展した。エアレナルとの外交関係が樹立され、富と謎に満ちたゼンドリックへの玄関口とも言える都市ストームリーチが築かれたのもこの時代である。平和と繁栄の時代は何百年と続いた。
しかし、ガリファー王国最後の王ジャロットの死によって、何もかもが終わりを告げる。人間の地は5つの封建国家に分裂し、互いに相争った。この戦争は大陸を引き裂き、おびただしい数の死者を出した。学者のなかにはこの最終戦争をもって、彼らが“ヒューマンの時代” と呼ぶ時代の終焉と見なす者がいる。五つ国は戦後も残ったが、どの国も戦いで疲弊し、国力は著しく衰えている。都市と都市のあいだに広がる原野には再びモンスターが徘徊するようになり、人々は互いに反目し合い、影のわだかまる場所には得体の知れないクリーチャーがうごめくようになっているのである。
冒険
エベロンには冒険がふんだんに用意されている。冒険者パーティのレベルや関心のありかに関わらず、探険すべき場所は数え切れないほどあるし、そこに至る手段には事欠かない。
ダンジョン
古代遺跡を忍び歩く。敵の砦に潜入する。危険に満ちた洞窟を探索する―これらは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』というゲームの基本要素であり、エベロンの地下には探険すべきスポットがたくさんある。そういった洞窟の多くは悠久の世界史に結びついており、また各所の廃墟や遺跡はさまざまな文化にその淵源をたどることができる。
前史時代:数こそ少ないものの、“ジャイアントの時代”以前のものと思われるスポットも存在する。いわゆる“デーモンの時代”はその頃を指すと主張する学者もいる。起源はなんであれ、当時の数少ない名残が世界各地に埋もれているのは事実だ。大半はコーヴェア北西部に広がるデーモン荒野で見つかるが、クバーラやゼンドリックをはじめ、数万年のあいだ忘れ去られていたような場所でも発見される。
ジャイアントの時代:巨人族の帝国はおびただしい数の遺跡を今に残している。こうした遺跡は大いなる謎に満ち、また途方もない巨大さを誇る。花崗岩でできた広大な広間に、冒険者の足音がうつろに響くさまを想像してほしい。そうした遺跡の大半はゼンドリックで見つかる。昆虫と瘴癘と肉食獣がひしめくジャングルの奥深くである。“ジャイアントの時代”は学者にとって魅力的な研究対象であり、各国の大学は失われた大陸への探険を幾度となく支援している。ただ、無事に生還を果たした探険隊はこれまでに数えるほどしかない。
モンスターの時代:“モンスターの時代” に興って滅亡したダカーン帝国は、コーヴェア全土にゴブリンの遺跡を残した。こうした場所で出土する遺物は、蒐集家や研究者にとって―とりわけモンスター種族のあいだでは―高い価値を持つ。ダカーン帝国の歴史には大いなる力を宿す魔法のアイテムがいくつか登場するが、そのうちの複数が今の時代に発掘されている。なお、ヴァラナーのエルフによってつくられた建造物の遺跡も、この時代のものである。
現代:最終戦争によって、膨大な数の廃墟が生み出された。財宝やダンジョンというとどうしてもモーンランドに目が行きがちだが、大陸全土に点在する要塞や砦や町にも、無人になっているところは多い(無人ではなくとも、少なくとも元々住んでいた住民はいない)。かつて文明の光点だった場所の多くが、今は暗闇の一部と化している。一度は栄えていたからこそ、そういった場所はなおいっそう不気味なのかもしれない。それらは文明崩壊の象徴なのである。
独立したダンジョン:エベロンに存在するおびただしい数のダンジョンのうち、多くは歴史的事件となんら関係を持たない。そういったダンジョンとそこで起きる冒険は、単独の出来事から生じたものだ。たとえば、謎めいた勢力がアイアンルート山脈奥深くの要塞に住むドワーフを一掃した。あるいは、砂に覆われた迷宮は、かつて砂漠で栄えた忘れられた文明の唯一の名残である。あるいは、奇怪な儀式を行なう人々の集落が、いつしか鬱然たる森のなかに埋もれてしまった……等々。これらはいずれも、血沸き肉踊る危険なダンジョンの背景を提供してくれる。
都市の地下:エベロンの都市は典型的な都会なので、陰謀と調査に焦点を当てた冒険にうってつけの舞台となるが、ダンジョンの出現の仕方は未開の原野とまったく変わらない。こうしたダンジョンは都市の地下を走るトンネルや、ワーラットまたはギャング団が根城にしている下水道や、都市の基礎部に蜂の巣状に広がる古い文明の遺跡や、もっと深い層を走るトンネル(そこからモンスターたちが都市に侵入しようとしている)といった場所で見つかる。また、都市で人目を忍ぶ計画を進めるような輩は、通りや建物の下に隠れ家をつくっていることが少なくない。
アンダーダーク:カイバーを縦横に走るトンネルは、それらに挑もうという勇敢な―あるいは無謀な―者たちにふんだんな冒険の機会を提供する。地下に広がるこの地獄では異形のものどもがうごめき、デーモンたちは縛めから逃れることを夢見ている。また、“元素の渾沌”が滲み出している場所には、物理の法則があるいはゆがめられ、あるいは損なわれた、奇妙な一帯が形成されている。
調査
エベロンはときにノワール風ファンタジーと銘打たれることがある。エベロンというキャンペーン世界のノワール的側面を経験するのに、調査を主体とした冒険に取り組む以上の方法はない。エベロンの一部は文明化されているとはいっても、文明には文明なりの野蛮さというものが存在する。謎は解き明かされなければならず、盗まれた物は取り戻されなければならず、殺人者は罰せられなければならない。
陰謀
最終戦争は幕を下ろした。しかし、ほとんどの人々は今の平和が一時的なものにすぎないと思っている。戦争を生き延びた国々はお互いを信用していない。それぞれが他国を陥れようと姦計をめぐらせ、スパイや破壊工作員を国境の向こうに送り込み、少しずつ軍備を再建しつつある。こうした国際情勢に加え、各国政府内や有力組織内の諸勢力もまた、権謀術数を駆使した主導権争いに火花を散らしている。
旅
冒険には旅がつきものだ。英雄は遠く離れたダンジョンまでたどりつかなければならないし、どうにかしてゼンドリックに渡らなければならない。また、要人への警告を間に合わせるためライトニング・レイルに乗って某都市を目指さなければならないし、怒れるドラゴンのそばからできるだけ早く逃れなければならない。テクノロジーが発達したエベロンでは、ほかのキャンペーン世界に比べて世界旅行がずっと手軽にできる。また、ある場所から別な場所に移動する方法が、それこそ幾通りも存在する。
飛空艇
旅の手段としては最も先進的かつ高額かつステータスの高いものの1つである飛空艇は、空を飛ぶ乗り物ながら大洋をゆく船舶に似た外観をそなえている。飛空艇に推進力を与えているのは捕縛されたエレメンタルであり、そのエレメンタルの性質によって、炎や電光や風の環が船を取り巻く。移動困難な地形に影響されず、河川や道路に沿って進む必要もないため、飛空艇による旅は速い。また、たとえば山賊やモンスターなど、飛空艇を使わない旅につきまとうありふれた危険の多くとも無縁である。
エレメンタル・ガレオン船
飛空艇同様、エレメンタル・ガレオン船に推進力を与えているのも捕縛されたエレメンタルである。エレメンタル・ガレオン船はコーヴェアじゅうの水上交通手段として使われており、エレメンタルの力を利用した乗り物のなかでは圧倒的な普及率を誇る。特にこの船を存分に活用しているのがリランダー氏族で、荷物や人々を迅速かつ安全に輸送する手段としてエレメンタル・ガレオン船を採用している。また、コーヴェアからゼンドリックに渡るにはエレメンタル・ガレオン船を利用するのがいちばん良いという意見に異を唱える冒険者は少ない。速く、信頼性も高く、それでいて運賃が比較的安いからだ。
エレメンタル馬車
エレメンタル馬車は一見普通の四輪馬車と変わらないように見えるが、馬車を牽く動物がつながれていない。そのかわり、捕縛された大地の精霊が推進力を与えているのである。そのおかげで馬車は猛スピードで進み、ひどい悪路さえものともしない。エレメンタル馬車は普通の馬車よりも大勢の旅客と多くの荷物を運ぶことができる。
ライトニング・レイル
遠距離を陸路で移動する手段として、ライトニング・レイルは最も人気のある選択肢だ。コーヴェアを縦横断する路線網を維持管理しているのはオリエン氏族である。捕縛されたエレメンタルが、地面に敷かれた導線石のラインに沿って列車を猛スピードで走らせる。その際に電光を散らせることから、ライトニング・レイル(雷閃列車)の名称がついた。ライトニング・レイルはコーヴェアの主要都市すべてを結ぶほか、比較的大きな町にも駅を置いている。