OVERVIEW
― ヘリウム自殺について ―
「どんな自殺も苦しむことになる」とか…
「楽に死ねる方法なんかない」とか…
そんなの全部ウソだ
楽に逝ける自殺方法は確かにある
それは誰でもできることだし
道具も簡単に手に入る
CAUSE
― ヘリウム自殺の死因 ―
ヘリウム自殺は苦痛なき窒息死
袋を被ったら、あとは息を吸うだけ……
NECESSTIES
― ヘリウム自殺に必要なもの ―
画像をタップすると詳細が出るよ
METHOD
― ヘリウム自殺のやり方 ―
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OTHER
― 後遺症と遺体 ―
こんな世の中、産まれてきたくなかった
10代の頃。
私は生きることが恐ろしかった。
ピエロを演じ続けた友人関係。
敷かれたレールの上の受験競争。
私を平均化しようとする大人たち。
つまらない日々は外ヅラの良さで隠した。
でも内側に、得たいの知れない気持ちが溜まっていく。
だるい。
だるい。
だるい。
人生がだるい。
これからも、こんなことばかり続くなら、「生きる」とは悲しみに満ちたものに違いない。
私は真剣にそう考えていた。
「将来は何をしたいですか?」
それっぽい答えを口にするけど、ホントはやりたいことなんて一つもない。
自分の行動に理由と動機がなく、いつも、その場その場を生きてる感じがした。
何もない空間に取り残されたような不安と恐怖。
私は闇雲に本を漁るようになった。
国内外の文学作品を手当たりしだいに読み、哲学や宗教、心理学の本にも目を通す。
先人たちも絶望したことがあるはずだ。
それなら、どうか教えてください。
絶望した人間は、どう生きたらいいの?
でも行動の伴わない知識には、何の価値もない。
結局、どんなに人生を肯定した本を読もうと、納得のいく回答を得ることはできなかった。
自殺を考えたのは、それからだった。
もともと「死」に対する何かしらの感情はあった。
でも、進学を前に将来を見据えてから、その二文字をより意識するようになった。
「生きる覚悟」なんてものは、はなからない。
今はしょうがなく惰性で生きている。
ただ仕方ないから、生きている。
恐らく今後もそうだろう。
ならいっそのこと、30までには自殺しよう…
その歳までに何者にもなれなかったら、この命を断とう……
将来の方針が固まったら、「やる事」も決まった。
毎週のように図書館に通い、タイトルに「自殺」とつく本があれば必ず借りた。
痛くない死に方。
眠るように逝ける死に方。
お金のかからない死に方。
思いっきり派手な死に方。
一冊一冊と読み終えるたび、死に方の知識が増えていく。
この方法はどうだろうか。
どれなら楽に死ねるだろうか。
大切なのは致死率が高いこと。
それと、なるべく痛くないこと。
バラバラに散らばった「自殺」の断片。
それを、一つの形にまとめていった。
結局、「学生」という人生で一番華やかな時代も、私が残したものは数冊にわたるノートだけ。
表紙には、あまりにも安直なタイトル。
そこには自身への「戒め」の意味も込めていた。
人生、最初から負け戦。
後は死にたいと思いながら、生きることにしよう。
死にたいと思いながら、自殺しないことにしよう。
いずれ訪れるであろう、その時まで……
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