うおっ乳デカいね♡ 違法建築だろ 作:珍鎮
「──目前ッ。葉月、準備はいい?」
メジロマックイーンとの和解兼デートを終えた翌日の夜。
電話での宣言通りどころか連日でウチへ泊りに来たやよいが、布団に寝転がっている俺の横でふんすっと鼻を鳴らした。
「おう」
「そのメダルを握ったまま就寝すれば深層領域に落ちる事が出来る……らしいから! がんばって!」
「うん」
「……反応が薄いね?」
「いやまぁ、眠いからな」
時刻は間もなく日付が変わる頃。
適度な運動で十分に体を疲れさせ、夕餉もたらふくかき込んで腹も満たして気持ちよく熟睡できるであろう体調にセットした。後はマジで寝るだけだ。
──マックイーンに情報を共有した日の夜、俺は改めて事情を知っているウマ娘たち全員に連絡を入れ、数日の間は誰とも会えないことを彼女たちに伝えた。
これから夢の境界へと渡り、そこから更に深く沈んだ場所にあるらしい深層領域へと落ちてしまう事を説明したのだ。
全くの未知の世界であり、もはや冒険と言っても差し支えないその壮大なミッションに要する期間も未知数とくれば、安易にスケジュールを組むことはできない。
なので保険として最低でも三日間は連絡が取れない事を彼女たちに伝えてから、俺は今夜を迎えているというわけである。
「……やよい。悪いが眠ってる間の俺のこと、頼むな」
「当然ッ! 今日まで中央トレセン学園の理事長を務めあげているガチ天才従妹をあまり舐めないようにっ」
むふーと自慢げに宣言してくれたおかげで俺も心が軽くなった。それはそうとお前本当に天才だな。誰にも渡したくない。軽率にやよいちゃんぬいぐるみとか欲しい。
ちなみにスーパー大冒険中の無防備な俺の身体の諸々は全てやよいに任せてある。
これまでの事情を共有している存在はそこそこいるが、流石に寝ている間の身体のケアを任せられるのは家族しかいないという理由で彼女に任せることになった。現状やよい以外で他にこの家へ訪れる事が出来るのは樫本先輩くらいのものだ。
「んなぁお」
「うん、葉月のことよろしくね先生」
「ごろごろ」
仰向けに寝た俺の腹の上で香箱座りしている猫ちゃん先生を撫でたやよいは、いよいよ部屋の照明を切って準備を完了させた。
「……あっ、忠告ッ! ちゃんと帰ってこないと怒る!」
「分かってるって」
「ひゃわっ」
手を伸ばし、やよいの頭をわしゃわしゃと撫でる。まぁ安心してお茶でも飲みながら待ってなさいや。俺マジで無敵なので。
「も、もう……どうせ聞かないだろうけど、無茶だけはしないでね」
「ほんのちょっと無茶するぐらいに留めるよ」
「本当にちょっとだけにするように。……はぁ。……ん、いってらっしゃい。こっちの事は私に任せて」
「頼むな、やよい。──いってくる」
やよいと先輩が完成させてくれた深層領域への片道切符、もとい謎の金属製のメダルをしっかりと握りしめ──瞼を閉じた。
寝ている間の事はやよいを信じて全て任せた。
いま、俺が考えるべきことはたった一つだけだ。
アイツを連れて帰る。
ただそれだけを強く胸に抱き、ようやく俺は夢の境界へと旅立っていった。
◆
──と、そんなこんなで再びファンタジーな世界に足を踏み入れた矢先の事であった。
「先生? あの先生、しっかり」
「にゃうわう……」
「……ダメそうだな。この湖なんか変な匂いしやがるし、これのせいなのか……?」
いつも通りだだっ広く緑々しい草原へ訪れて数分、いよいよ深層領域へ沈む事が出来るらしい湖の前までたどり着くと、やよいの姿に変身していた先生が唐突にひどい睡魔に襲われた状態になってしまったのだ。猫耳がしおれちゃってる。
妙に甘い、花のような不思議な匂いだ。
「俺は平気なんですけど……進んでも大丈夫ですか。許可できるなら一回、引き返した方がいいなら二回鳴いてほしいです」
「……にゃーん」
「分かりました、進みます」
以前から地味に人間の言葉を喋れるようになってた先生だが、睡魔のせいで再び猫語しか喋れない状態にもなっているようだ。こっちもかわいいので良しとしよう。
「とりあえず一人にはできないんで背負っていきますね。腕だけは絶対に放さないでください」
「うなーん……」
ともかく立ち止まっている暇はないという事で、俺は先生を背負って湖の中へと足を踏み入れた。
不思議な世界だからなのか水は特段冷たくはなく、また顔まで完全に入水しても息はできるし水中の光景も問題なく視認できるため、俺は構わずどんどん暗い水底へ向かって進んでいった。
しばらく進んでいくと明るい光の玉が見え、そのすぐ近くまで赴くと──景色が切り替わった。
「うおっ」
そうして目に飛び込んできたのは、どこかのレース場であった。
「レース場……?」
緑の芝はもちろんのこと、しっかりと観客席やライブステージ用のスペースまで完備されている一般的なウマ娘用の競技場だ。
こんな晴天の下で無人のレース場など、まるで休業日に忍び込んでしまったかのような罪悪感を覚えるが、道筋が正しければここは決して現実世界などではない。
「先生、ここが深層領域ってことでいいんですか。……先生?」
「ぐぅ……」
「……寝ちゃったか」
俺の背中で既にグッスリ眠ってしまっていた先生のことをゆっくりと下ろし、観客用の席に寝かせた。
思い返してみれば俺がショタ化した頃から夢の案内人という役割以上の事をずっとやらせてしまっていたのだ。
外的要因で睡眠欲を刺激された結果とはいえ、今日までいろいろ頑張ってくれていた彼女に休んでもらうにはいい機会かもしれない。今はこのままねむねむしといてもらおう。後でほっぺを揉みに戻りますね。
「先生が起きるまで軽く散策するか」
あまり離れすぎないようにしつつ、冒険の基本である探索を開始した。何か見つかるかも。
いかにもファンタジー色の強い洞窟やダンジョンならまだしも、こんな現代風景の中で急に激ヤバなモンスターなんかが出るとは思えないが──
「……ん?」
観客席から建物の中へ入ろうとしたその時、中の廊下から気配を感じた。
すぐさま扉の後ろに身を潜め、中の様子を窺うと──少女が一人いることに気がついた。
そのまま隠れ続けていると少女はブツブツと独り言を呟きながらこちらへ歩を進めてくる。
「むぅ……あの男の気配、たしかに感じた……ニンゲンのくせにここまで来られるなんて……」
──カラスだ。
以前、高校の合同イベントが終わった夜にあのバケモノが変身した姿であるウマ娘っぽい風貌の黒髪の少女が、廊下を通って観客席に腰を下ろした。
どうやら大きな扉の後ろに隠れていた俺には気がつかなかったらしいが、そもそもなぜアイツがここに。
……クリスマスの日か。
あの時俺たちにボコボコにされ過ぎて、あいつも自己修復のために深層領域へ落ちてしまったのだろう。てかアイツめっちゃ黒いオーラに包まれてんな。黒すぎて黒ギャルになりそう。
「……そうだ。あの青鹿毛の姿に変身して……あの男をだまして籠絡してしまえば……」
なにか思いついた素ぶりを見せた仮称カラ子は自らの両頬を軽くペシッと叩いた瞬間、めちゃくちゃ見覚えのある少女の姿に変身してしまった。
俺の唯一の同居人であり相棒でもあるアイツの姿そっくりだ。そんな形態変化できるんだ君。ちょっと物は試しでダイワスカーレットとかに変身してみない?
「ふふふ……」
怪しく笑いながら芝の方へと降りていくカラ子。
どうやら俺の気配を感じ取ったらしいあの女は、変装で相棒に化けて俺を騙そうとしているようだ。生意気な女、それでいて大胆。片腹痛いわ。
──ほう、面白い。
まさか身内に変身してこの俺を誑かそうなどと身の程知らずな作戦を企むとは思わなかったが、向こうがその気ならこちらにも考えがある。
乗ってやろう。
いっそのこと騙されたフリで好きにやらせてみて、そのまま相手の手の内を明かしてしまおうではないか。誘い受け。
これまでは怪異側から散々いじり倒されてきたが、今度はこっちが攻めるターンだ。
「──おーいサンデーッ!」
「っ!?」
というわけで俺は意気揚々と観客席を飛び越え、カラス女の待つ芝へ駆け寄っていった。
声をかけたと同時に奴は焦ってこちらを振り返ったが明らかに動揺している様子だ。汗が滲んでしまっていますよお嬢さん。このような小娘一捻りじゃわい。
「ここにいたのか……探したんだぞ、サンデー」
「ぁ、わっ、ニンゲ──」
ずんずんと遠慮なく近づいてくる俺に慄きつつも、一度深呼吸を挟んでから少女は眦を消して
「んん゛っ。……は、ハズキ」
お、演技は頑張ってる。女優になれるかも。だがあいつのしっとりボイスには程遠い! イケズな女。
「とにかく合流出来てよかったぜ」
「い、いつから来てたの」
「ッ? おま……そりゃないだろ……」
「ふぇっ……?」
呆れたように肩を落とした俺を前にして更に狼狽の汗が額に浮かぶカラ子。自分の言動のどこが間違いだったのかが理解できていないようだ。
「せっかく再会できたのにハグの一つもないのか」
「は、はぐ」
俺がここまで彼女を
数週間ぶりの再会にしては対応が明らかに素っ気ない──ということにして、もう少し揶揄ってやろう。コイツが作戦の為にどこまで身を削れるのか興味がある。
「ほら、サンデー」
「……?」
わかりやすく両腕を広げた。かかって来るがよい。
「どうした? 久しぶりにギューってしようぜ」
「……! あ、ぅ……で、では……」
緊張しすぎてもう演技がボロボロになっている。生娘にも程がありますよホント♡
「ハグを……」
「あぁ、早く来い。抱き締めて頭を撫でてベロチューしてやるから」
「っ!?」
まるで普段からそれをしているかのように平然と誘導してやると、カラ子は分かりやすく肩を跳ねさせて反射的に一歩後ずさった。なにしてんだ慄くな! ほら激烈キッスプリーズ♡
「ぅっ、ば、バカな……」
「サンデー?」
「つがいでもないのに……そんな行為をするなんて……」
「何言ってんだお前。なんで後ろに下がってんだよ」
「ま、待っ……」
接近すると更に後ろへのけ反る。もっと無知かと思っていたが意外と人間臭いやつだ。
「……?」
というか、そこに疑問を抱いた。
言語を用いて謀ってる時点でどう考えても野生動物の域は逸脱しているし、もしやあのカラスの姿も本体ではなく変身した姿なのだろうか。
そういえば以前、怪異の正体について一度考えた事があった。
あの時は結局何の答えも出せなかったが、今になってみると怪異とはただ何も考えずに悪意を振りまくだけではない──かもしれない個体もいる、という事だけは客観的に理解できている。
そも相棒の言葉を信じるなら、あいつも友人であるマンハッタンカフェに対して非常に友好的であるというだけで、存在の概念自体はこれまで戦ってきた怪異たちとあまり変わらないのだ。
言ってしまえば、このカラス女も彼女と同じという事になる。
ただのオバケなどではなく、豊かな感情と確かな人間性を持った一人の少女なのだ、と。
まぁサンデーは一般市民に被害が及ぶようなことは全くしていないし、同じと表現するには流石にカラ子が暴れすぎてしまっているのだが──とにかく
「ふ、ふっふっふ、騙されたなニンゲン!」
「ん?」
「実はわたしは青鹿毛──サンデーではないのだっ!」
「な、なにー……」
あまりにも恥ずかしすぎて変装に耐え切れず、焦燥しながら正体を明かした目の前のこいつとも、会話自体は物理的に可能なのだ。
だから相互理解のチャンスが無いわけではない。
元々が本能で人を襲うヤベー奴だったとしても、俺と戦い続ける中で人間を学び確かな人格を獲得した今のカラスとなら、諍いを終わらせるための話し合いが出来るかもしれない。
「これが今のわたしの本当の姿だッ!」
「やっぱりその人間の姿が本体なのか」
「えっ……全然驚いてない……」
とはいえ、だ。
コイツからすれば俺は数ヵ月間レースし続けたライバルなので、まずは何を差し置いてでもリベンジマッチを仕掛けたいはずだ。
とりあえず話をするには一旦走らなければ。ポコポコに打ち負かして一旦落ち着かせてからが本番だ。
「初見の時は他のカラスたちと融合してその形態に変化したように見えたが、あいつらはお前の一部や分身だったりするのか?」
「む、むぅ……」
「
「だっだ黙れ黙れ! なんでもかんでも聞いてくるな! わたしとお前は敵なんだぞ、敵っ!」
それはそう。だがこの反応も想定内だ。
意固地になっている相手ほど単純な交換条件には乗りやすい。ここで今まで通りレースに話を繋げれば対話の機会を作れるだろう。
「だったら、今回のレースで俺が勝ったら質問に答えて──いや、俺と話をしてくれ」
「ふんっ、いいだろう。その代わりこちらが勝利した場合の条件も飲め。わたしが勝てばお前の肉体はわたしの物だ」
「……俺に憑依するってことか?」
「そうだとも。フフ、怖いか」
いや俺って特殊体質だから憑依しようとした相手のこと取り込んじゃうんだけども。というかそれがユナイトの原理だ。
……黙っとくか。
この際だからむやみやたらに暴れたところで世界は自分の思い通りにはならないという現実を彼女にも知ってもらおう。
「ではニンゲン、早速始めるぞ」
もうやるの。
「ふふふ……今のお前は正真正銘のニンゲンだ。レースしたところでわたしには勝てないだろうがな」
「待ってくれないのか?」
「当然いますぐだ! この場において圧倒的に優位な立場にあるわたしが譲歩してレースの提案を受け入れてやっているんだぞ。お前が今すぐ走らないのであればこのまま憑依して乗っ取ってやるだけだ」
「……わかった。走ろう」
まったく不思議なやつだ。
これまで負け続けて傷ついたプライドの影響なのか、俺の状態は問題ではなく、とにかく形だけでもレースで俺を負かしたいのが彼女の目的らしい──が、それならどうして相棒に変身してまで俺を騙そうとしたのだろうか。
……興奮させてまともに走れない状態へ陥らせた後、レースを仕掛けて勝つつもりだった、とかそんな感じか。とにかく俺たちを舐めすぎ。悪辣で非常識。
「あの青鹿毛がいない今、ニンゲンなんぞ欠片も怖くないな。わはは」
「お前の後ろにいるぞ」
「えっ? ──うわァっ!!?」
そんなんだから三分くらい前から背後に立ってた少女にも気づけないのだ。油断し過ぎ……天誅!
「いっぃいいつからそこにッ!」
「ん、数分前」
驚きのあまり尻もちをついたカラ子の横を素通りし、彼女は俺のもとへやってきた。
「ハヅキも教えてあげればいいのに」
「びっくりさせたかったんでな。コイツのせいでクリスマスから年末年始にかけての予定が全部死んだわけだし、多少の仕返しってことで」
カラ子が気配を察知できたのであれば、まさかサイドキックである彼女が気づかないはずがない──そう踏んで怪異とのコミュニケーションに乗り出したわけだが、微妙に相棒の到着が遅れて内心微妙に焦っていたのが真相だ。ほっほ♡ ヒーローは遅れて来るというわけですか♡ あんまビビらせんな。
「それで、さっきまで何してんだ?」
「シャワー浴びてた」
「どうりで妙に良い匂いがするわけか」
「ハヅキ、ちょっとキモい」
「そんな……」
素直に感想を述べただけだったがその感想自体が気持ち悪かったらしい。会話の距離感覚が麻痺しているかも。久しぶりに会えたから嬉しくってつい♡ テメェもイケよ! 記念だぞ。
「うぅっ、ゲートインだ!」
「ん? ──うおっ!」
悔しそうな表情で立ち上がったカラス女が叫ぶと、瞬時にウマ娘用のゲートが目の前に出現した。あんまり急かすなプリティーガール。走りたくてたまらないんだね。
「わたしだって概念の再構築を終えたんだからな! お前の連勝もこれまでだぞ! よーいドンっ!!」
「おい、ちょっ……有無を言わせない勢いだな」
カラ子の合図と共にゲートが開き、とんでもなく勝手なタイミングでレースが始まってしまった。一度くらいは真剣勝負ができないのか? 花嫁修業を積んで出直してこい。
「──サンデー、いけるか」
「うん」
「じゃあいつも通りユナイトだ。いくぜ、相棒」
「れっつごう」
その返事をこちらのスタートの合図とし、遅れていた俺たちも
で。
「追いついた」
「ヴぇあッ!?」
爆速スタートダッシュにより一瞬でカラ子の横に追いつき、小賢しい作戦によって発生したハンデを抹消した俺たちは、久しぶりに疾走する肉体の具合を確かめるため敢えてカラ子と並びながら走っていく。
「き、貴様ァ……ッ!」
「貴様じゃなくて貴様らな」
「どっちでもいいわ! わたしの本気を見せてやるっ!」
「おっ──加速だけはスゲェな、あいつ」
再び俺たちを大きく突き放した怪異の少女の背中を追いながら、俺はもう一人の怪異の少女に対して意識を向けた。
(再構築、終わってるのか?)
(もち)
(なんか以前に比べて随分身体が軽く感じるな)
(前より身体をハヅキと合うように調節した。その影響で他の誰かには憑依できなくなったけど)
ようやく汎用デッキから俺専用の構築に変わったという事か。
(もうカフェにも憑依できない)
(マンハッタンさんはとっくの昔から一人で走れるくらい強いよ。……もう護る相手じゃなくて、一緒に走れるライバルなのかもな)
(うん。戻ったらカフェやスズカちゃんたちとも走りたいから、必ず勝とう。それにこの深層領域は空間全てが回復機構になっているみたいだから、ここでなら──本気を出せる)
というわけで互いの気持ちが合致し、再び加速をして対戦相手の横に並んだ。
「おっ、お前たちの加速はおかしい……っ!」
「何もおかしくないぞ」
「ズルだっ!」
「いやスタートの時の自分を思い出せってお前」
それに加えて確かにこちらは二人分の力だが、そもそもカラスと戦い始めた時から俺たちは二人で一人だった。
俺やサンデーどちらかだけに勝っても、きっと彼女は満足できないはずだ。
こうする事こそがこの怪異に対する敬意なのだ。
「さっき本気を出すって言ってたろ? なら俺たちも全力を出してぶつかるよ」
「ぐぬぬ……っ!」
「ユナイトした俺たちとレースできる相手なんてお前くらいのもんだ。──来いよ、俺たちの本気も見せてやる」
「──上等だァッ!」
俺の煽りに乗ったカラ子は再び伸び始めたがこちらも体力は有り余っている。
これまでのデメリットの事は一度忘れて身体すべてのリミッターを外し、彼女に挑む。
そのつもりで地面を踏みぬいた俺たちは、文字通り一陣の
……
…………
あまりにも圧勝でした。申し訳ない寄りの気持ち。
「チート……ちーとだ……なにあの加速絶対かてない……」
「おーい、カラ子」
「もう煮るなり焼くなり好きにして……」
「意気消沈だな……」
ゴール後に仰向けでぶっ倒れたカラ子は完全にすべてを出し切ったのか、もうレース前までの威勢は消え去りすっかり殊勝な態度になってしまっている。当初の目論見通りではあるがこんなコテンパンにしてしまうとは思わなかった。俺また何かやっちゃいました? ヤっちゃいました。
「にゃーん。はづきいた」
「先生、起きたんですね」
寝そべっている黒ギャルをどうしたものかと思案していると、すっかり元気に戻った猫ちゃん先生がやよいの姿で戻ってきてくれた。
「さんでー、元気にしてたかにゃ」
「先生~」
やよいの姿でサンデーと抱擁してるのちょっと微笑ましすぎ。姉妹?
「ハヅキ、ハヅキ。先生が喋れるようになってる」
「少し前からそうなんだよ。でもその語尾ってキャラ付けですよね先生」
「うるさいにゃ」
そしてようやっとパーティメンバーがそろったかと思いきや、先生はカラ子のそばにしゃがんでしまった。
「このカラスはおいらと見えない手錠で繋いでおきます」
「……別に逃げるつもりはないぞ、案内人」
「行く」
「ぐわあぁぅあ」
本当に何やら視認できない鎖で二人の手が繋がれたらしく、先生が歩き始めるとカラ子はズリズリと引きずられて行っている。ちゃんと立てお前。
「先生、どこへ行くんですか?」
「向こうに光の玉が見える。アレはここへ転移する前にはづきが触ったものと同じと思われるので、あれを触って上に帰る。とりあえずこの怪異との話し合いは他の仲間も交えて現実世界でするべき」
「なるほど」
先生がそう言うなら従う他にない。呪いの原因である敵をようやっと倒した件をみんなに共有するのは確かに急務だ。
レース直後ということで休憩を挟みたい気持ちもあるが、急ぎであれば仕方ない。
「……」
「サンデー、俺たちも行こう」
「ん……私はもう少し残る」
「はい?」
そのまま直帰する流れかと思いきや、相棒は芝の上に座り込んでしまった。ストライキか何かだろうか。
「さっきすごーく走ったから、消費した分を回復させてから戻りたい」
「……ここは空間全体が回復機構になってるらしいって言ってたが、回復より消費のスピードが上回ったってことか?」
「そんな感じ。ハヅキたちが上層から扉を開けてここへ入ったことで光の玉を出現させてくれたから、もう私一人でも帰れる。なので二時間遅れくらいで帰ります」
つらつらと理由を述べてここに居座ろうとしているサンデーだが大事なことを忘れておる。
俺とお前は文字通り一心同体だ。
ユナイト中のお前の消耗は俺にも適用されるんだぜ。カップル割。
「たしかに」
「お茶目さんめ、ちょっと待ってな。──先生」
先行する背中に声を掛け、今の自分たちの状態を説明した。……というかサンデー、心を読んで俺が休める理由を作ってくれたのか。大和撫子の装い。
「……ってわけなんですけど」
「分かった、やよいにはおいらから伝えておく。深層領域に居られる機会なんてそうそう無いから、二人ともしっかり回復し終えてから戻って来るように。……にゃ」
その語尾あんま無理して使わなくてもいいと思いますよ。というか一人称はおいらで決まりなんだ。
「二時間くらいですけど……カラ子を任せても大丈夫ですか」
「なあニンゲン? さっきから言ってるカラ子ってわたしの事?」
「案内人であるおいらと拘束具で繋がれてるから、もう力の制御はこっちで出来る。カラ子は任せてもらってよい」
「ありがとうございます、俺たちが戻るまでお願いします」
「わたしの名前カラ子で決まりなんだ……」
まあ安直すぎるニックネームで呼び始めたことに関しては素直に申し訳ない気持ちだが、お前が名乗らないから暫定でこうなってるのだ。名前を教えてください♡ 早くしろ! アクメしたくないのか?
「不服なら名乗れって」
「わたし名前ありません」
「じゃあ俺たちが戻る前までに考えといてくれよ。これからはそれで呼ぶからさ」
「……わかった」
渋々名前の考案を飲み込んだ元カラスの少女はそのまま先生に連れて行かれ、ひと足先に深層領域から去っていった。
自分の名前を自分で決める機会などそうそう無いものだし、なんかいい感じの名前を思いついてくれることを願うばかりだ。
──というわけで、約半年間に及ぶ因縁は意外とあっさり決着が着き、俺は相棒と二人で無人のレース場で居残りする事に決まったのであった。
「ハヅキ、お疲れ様」
「そっちもな。……折角の機会だしダラダラしてから帰るか」
「うん」
この日まで異常に多忙な毎日だった事を踏まえて、残り日数は僅かだが今日くらいは本来の冬休みらしくゆっくりすると決め、まずはレースで滲んだ汗を流すべく俺たちは会場内にあるらしい選手用のシャワー室へと向かうのであった。
◆
そそくさとシャワーを浴び終えて元々着用してきた衣服を洗濯乾燥機にぶち込んだ後、控え室の備品棚に置いてあった新品のランニングウェアとジャージを着込み、俺たちは無人の売店で見つけたレジャーシートと適当な昼食を手にライブステージの方へ向かっていた。
「サイレンスたち……アイツのこと許してくれるかな」
その道すがら、今日屈服させたばかりのあの怪異について話し合っている。
俺たちが現実世界に戻ったらカラ子にはウマ娘のみんなや山田たちに対してクリスマスの日のことを謝って貰うつもりなのだが、流石にそれで丸く収まるとは到底思えない。
アレに関しては俺だけの迷惑には留まっていないのだ。とりあえず全裸土下座の準備はしておいてね。
「ハヅキはもうカラ子を許したの?」
「わからん。……けど、もし今回の再構築であの自我を獲得したんだとしたら、本能だけで動いてた時期のことを反省してとにかく謝れって迫るのは……なんだかな」
ショタ化していた時期に触れ合ったタマモクロスの器の大きさに影響されたのか、あのカラスに対して抱いていた負の感情は既にひどく薄れてしまっている。
もちろんアイツにされた事を忘れたわけではない。
クリスマスの戦いで俺が姿を消し中央に残った少女たちを深く心配させてしまったことや、ここへ出向くことになった原因も彼女との激しい闘いが理由だ。
アイツと俺は明確に敵同士だった。
互いが互いを全力でブッ倒そうとしていたわけで、まともに会話できたのだって今日が初めてだ。
「カラスがどんな姿形をしていようとレースが終わったら一発はぶん殴ってやるつもりだったんだ。それぐらい迷惑を被ってたしさ」
どこまで行ってもただ悪意をまき散らすだけの怪物だと思っていた。
だから容赦も歩み寄る必要もないと考えていた。
美少女になろうがショタだろうが老人の姿であっても絶対に痛い目に遭わせてやろう──と、間違いなくそうするつもりだった。
「……でもアイツ、ちゃんと負けを認めたんだよ」
そう、困った事に事情が変わってしまった。
カラスは今回の敗北を跳ね除けるような事はせず、事前に提示していた条件を飲んで大人しくそれに従ったのだ。
「反省してるかどうかは微妙なラインだが……少なくとも約束を反故にすることはなかった。煮るなり焼くなり好きにしろって言ってたし、実際ちゃんと先生にも大人しく拘束された」
しかも無抵抗すぎて先生に引き摺られていたくらいだ。その後の名前決めに関しても結局最後まで異を唱える事はなく、俺の頼みに従ってくれた。
「自分の今後の処遇についての全てを一任してくれたんだ。本当にただ暴れたいだけの奴なら自らの進退なんて他人には預けられないだろ。アイツには人としての理性がある。……と思う」
もちろんこれは俺の勝手な想像に過ぎない。
カラスが実は従ったフリをして反逆の機会を窺っているだけな可能性も大いにある。少なくともサンデーに変身して俺を誑かそうとする程度の狡猾さを持ち合わせている事だけは事実だ。
だから真実は分からない。
俺が言えるのは自分自身の気持ちだけである。
「その……つまりだな。完全に自分の身柄を預けて茫然自失になってる相手を責め立てて断罪するのは……なんか気分が悪いんだよ」
今日に至るまでの過程を踏まえればたぶん赦すべき相手ではない。
これまでの所業に対する贖罪として相応しい苦痛を与え、存在を否定し、二度とこの街に近づかないように追い祓うべきなのかもしれない。
相互理解不可能な
──だが俺はあいつと話をする事が出来た。
会話とレースによって互いの主張をぶつけ合い、それが終われば結果と約束を飲み込む事が出来た。
今のカラスには歩み寄れる余地があるのだ。
もしコミュニケーションによって和解が出来るのであればそれが一番いい道筋なのではないだろうか。
あいつは悪役ではなく、俺もヒーローではなく、勧善懲悪の物語のように悪い奴を懲らしめるのではなく──互いを理解し手を取り合う事が出来るのであればその択を取りたい。
それがいい。
俺がそうしたい。
なにもかもカラスのせいにし全ての責任の清算をアイツに課したとして、それで憂いのない高校生活を送れるようになるとはとても思えない。心がスッキリしないのだ。
だから断罪だとかそういうのはそこそこにして、平和的な解決を望んでいるわけであります。ラブアンドピース! ほらダブルピースしろダブルピース! アクメを添えて。
「でも、あいつを許すかどうかは俺だけが決めていいことじゃないしな。……どうしたらいいか分かんねぇ」
「……焦らなくていいと思う」
レースで結果を残した上位のウマ娘たちが歌って踊るためのステージにそこそこ大きめなレジャーシートを敷き、無人の売店から持ち出してきたお弁当たちを広げた。一応お金は置いてきました。
「先生が言った通り、カラ子の事はベルちゃんたちと一緒に決めることだから」
「……それもそうか」
「ハヅキもここでゆっくり考えればいい。庇うにしてもみんなを納得させるだけの言葉はきっと必要」
「そだな。どっちつかずで帰るのだけはやめるよ」
というわけで、これまでバトッてきた宿敵のくせに友達になれそうな余地を見せてきやがったよく分からん不思議存在のことは一旦置いといて、ようやく二人が揃ったので真の意味での休息が取れるようになった。マジでめっちゃあり得んくらいダラダラしてから帰ろう。
「……で話は変わるが、お前の感覚で言うとどのくらいこの空間にいたんだ?」
「二週間くらい。はい、あーん」
「むぐ。……ッン、あんま現実世界とは変わらないのか」
「うん、走ったりのんびりしたりして過ごしてたけど、さすがにちょっとヒマだったかも。……ん、お茶?」
「さんきゅ」
いくら設備が整っているデカいレース場とはいえ、無人で無音な施設に二週間以上も一人でいるなんてもはや修行の域だ。なんだそのムッチリ造形な精神は……その船を漕いでゆけ。
「……あれ、そういえばカラ子はこのレース場にいたのか? 二週間いた割にはあいつお前の存在には気付いてなかったみたいだが……」
「ううん、たまに上から眺めてたけどあの子は外にいた。ダートだったり林道だったり、深層領域はここだけじゃなくていろいろあるよ。たまにニンジンが空を飛んでたりもする」
「マジでよく分からん世界だな……」
もぐもぐと昼食を口に放り込みつつ情報交換をし、万が一またここへ落ちた場合の対応策などを考え──それから少し経って、二人とも小難しい話をするのはいつの間にかやめていた。
「なぁ、そっちの卵焼きくれよ」
「エビフライとなら交換してもいい」
「対価デカい……」
これまでの大変な過去は一旦忘れて、ライブステージから見える観客席や蒼い空を眺めながら二人でお弁当をつついている。
こうして二人きりでいる時間はとても久しぶりで、食べ終わる頃にはすっかり自分たちを取り巻く環境の全てを脳の端っこに追いやって、ただ穏やかな時間を過ごしていた。
「サンデー」
「なに」
「このレース場出てさ、散歩でもするか」
「うん」
ぬるっと行動指針が確定し、レジャーシートや諸々を片付けた俺たちは少しの飲み物だけを携えてライブステージを後にした。どこにいても回復できるならどこへでも行ってしまおう。逃避行。
「ぎゅうー」
「何で腕にくっついてるんですか」
「ハヅキ、ちょっと筋肉ついた?」
「そうかしら」
それならこちらも気になっていることがある。どこかしこも柔らけ~♡ あれ、さんぽなのにイクんですか?
「お前こそ今回の再構築でなんか雰囲気変わったぞ」
「大増量キャンペーン実施中です」
「期間はいつまで?」
「たぶん半永久」
交尾向きの身体、よし……と。丁寧丁寧にPDCAサイクルを回していけ。PDCAとはパイデカ・キャビンアテンダントの略称です。空を飛ぶような絶頂体験をご案内!
「さわる?」
「その前に俺の筋肉を触ってみろ」
「かちかち」
「ワハハ。モテるためにもっと筋トレするか」
「どうせ続かない」
小生意気な女、しかし俺のことを理解し過ぎ。葉月理解度検定一級は取得済みなので殿堂入りにしとこ。ワシの形にフィットしているね。
「森の中は涼しいな……あのベンチで一旦休むか」
「ハヅキ」
「うん?」
「呪い、もう消えてるみたい」
「そりゃめでたいな。もうあの儀式をしなくて済むってわけだ」
暖かな木漏れ日を感じる、林道にポツンと鎮座するベンチに座って一休み。
レース場を出た時から繋いでいた手は未だに繋がれており、俺も彼女も放そうとする気配はない。あっつぅ……好き好きオーラでほっかほかだな。あんま調子乗ってんじゃねーぞ! 慌てなくていいよ僕だけのマイハニー♡
「ハヅキが怪異に狙われる理由はもう無くなった」
「そうだな」
「私がついてなくても、もう大丈夫」
「そうかもな」
「うん」
「元々マンハッタンさんと一緒に過ごしてたんだもんな。これでようやく帰れるってわけだ」
「……うん」
まぁ知らないが。そんなこと。
怪異なんざ
「ウチにいろよ」
「えっ?」
「てか俺のそばにいてくれ」
「……大変なこと言ってる」
ラブコメよりヤバい事いっぱいしてるだろ既に。青鹿毛の嫁入り。いつも視姦していましたよ♡ イライラさせやがって……!
「相棒なんだろ」
「それは、まぁ」
「今まで通りじゃダメか?」
「ちょっとだけ……事情は変わった」
「それなら──」
俺は彼女の方を向き、額と額とくっつけた。
「ハヅキ……?」
「俺の記憶、ちゃんと伝わってるか」
「かなりたくさん。……なんか芦毛の子が多い」
「全部共有できた?」
「うん。大変だったね、年末年始」
全くその通りだ。
「マジで大変だった。やっぱりサンデーがいてくれないとボロカスだ俺」
「あんまりカッコよくないこと言ってるよ」
「サンデーの前でカッコつけた事あったか?」
「……わかんない」
どうでもいいのだ。
恰好がつかなくても構わないのだ。
どんなにダサかろうが知ったことではないのだ。
心が読めるなら分かるだろう。
よめなくたってわかるだろ。
「なぁ、サンデー」
俺の顔を見れば、お前なら分かってくれるだろ。
「めちゃくちゃ普通に言うが、向こうに戻っても一緒にいたいんだよ。……こういうのってやっぱもっとカッコよく言わないとダメか」
「……どうだろ」
額を離し、手を離し、互いを見つめる。
「そもそもハヅキに対してドキドキした事、あんまりない」
「つらい……」
「……でも、一緒にいて安心はしてた。……気がする」
「どっちやねん」
「言葉がうまく出てこない」
「それはまぁ……俺も一緒ですが」
とにかく一緒にいたい。
まだ相棒のまま、もうしばらく二人で過ごしたい。
頭の中にあるのは本当にそれだけなのだ。おい! 心読んでるならわかるだろお嫁さんがよ。やっぱ俺たち相性抜群だね♡
「──わかった」
新雪のように白い髪の少女は、一言つぶやいた。
「サンデー?」
「とりあえず、今はまだハヅキと一緒にいる」
「いいのか」
「たまにカフェのとこにも帰る。うそ。たまにじゃないかも。頻繁」
お、なんだいっちょまえに焦らすのか、その意気やよし。隣にいてくれるなら何でもええわ。
「スズカちゃんやベルちゃんとも走りたい」
「あぁ」
「カフェがいるあの街を護りたい」
「そうだな」
「──相棒が私のこと好きすぎるみたいだから、一緒にいてあげた方がいいみたい」
「間違いない」
「……だから今は一緒にいる」
言いながら彼女は再び俺の手を握り、今度は向こうから顔を近づけてきた。キスするの? 結婚してしまうよ?
「それから私も相棒のことちょっと好きすぎるかも」
「お互いに相棒だからな」
「ふふ」
小さく笑い、俺の頬に軽く口づけをした。
一旦お返しという事で、俺も同じことをしておいた。
「ハヅキ、くすぐったい」
「くすぐってやろうか普通に」
「だめです」
「耳元が弱いんだよな」
「あぅ……ふふ、あは。やめてばか」
「お前はガッツリ脇をくすぐってくるのかよちょっ待っハハハ! 加減しろ! 弱点摩擦罪」
二人して互いを擽り合うとかいう、もはや一周回って子供同士でも滅多にやらなそうな遊びをして。
「そういえば手紙、読んだぞ」
「バレましたか」
「現実でも着てくれるのか」
「そこは気分次第」
「クラシカルなメイド服で給仕してくれ」
「じゃあやる代わりにみんなの前で服とか髪をしっかりセットして執事やって」
「調子に乗りました申し訳ございませんでした……」
他愛のない話をしつつ、時間になったので光の玉があるレース場へ向かっていき。
「あ、ハヅキ。言うの忘れてた」
「どした」
「──迎えに来てくれて、ありがとう」
「…………礼を言われるような事じゃないが、まぁ素直に受け取っておくわ」
「今夜は私が夜ご飯を用意する」
「そりゃいい。夢も楽しみになるな」
「うなぎ、牡蠣、チョコレート、グミサプリの亜鉛やマカなど」
「夢で済む話だよな……?」
やたら俺より生命力に溢れ巻くっているらしい相棒と二人で深層領域を脱し、ようやっと元の現実世界へと帰っていくのであった。
シーンをスキップしますか?
→はい。
いいえ。