2020年08月16日
中国の影響力工作という深刻な問題
「影響力工作」あるいは「誘導工作」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
ここ数年、安全保障や外交に関連した国際会議に参加すると、必ずと言ってよいほど中国による「影響力工作」についてのディスカッションとなります。英語では、「インフルエンス・オペレーション」となり、まだ定訳もなく、日本のメディアで扱う機会もそれほど多くはありません。というのも、水面下での活動ですし、情報公開ももっともなされない領域ですので、これについて深く知る機会が限られています。
この「インフルエンス・オペーレーション」を体系的に扱ったおそらく最初の一般書が、読売新聞の飯塚恵子さんが書いた、『誘導工作 ー情報操作の巧妙な罠』(中公新書ラクレ、2019年)ではないでしょうか。実態がよく分からないので、なかなか研究対象として深く知ることは難しいと思いますが、この著作はきわめて重要な一冊だと思いまして、ゼミなどでは学生にお勧めしています。飯塚さんは、この「インフルエンス・オペレーション」に対して、「誘導工作」という訳をあてています。
飯塚さんは、ロンドンに滞在している際に、イギリス国内で問題になっていたロシアからの「誘導工作」に注目して、それに対するインタビューなどでの調査からはじまり、さらにそのスコープを中国にまで広げております。とはいえあくまでもここでの焦点は、ロシアのイギリスに対する「誘導工作」です。
このような外部からの情報操作が、2017年のアメリカ大統領選挙や、2016年のイギリスのEU離脱を問う国民投票で大変に話題になったことは、皆さんもよくご存じかと思います。その後、主要国では、外国からの情報操作、誘導工作についてより深刻に調査や検討がされるようになり、実際にはわれわれが考えている以上にそのような情報操作が深刻化していることが分かるようになりました。普段、私も政府の内部の方と意見交換をする機会が多いのですが、その際に予想以上にそのような問題が深刻化していることを知り、私も少しずつ調べるようになりました。
この問題は、開かれた民主主義社会ほど、脆弱であること、そして閉鎖的な権威主義体制ほど外国からの浸透が困難であることがよく知られています。また、この点については、アメリカのシンクタンク、National Endowment for Democracy(NED)が、2017年12月にSharp Power: Rising Authoritarian Influenceという報告書を刊行して、一気に世界で話題になりました。その後、イギリスのエコノミスト誌や、日本の月刊誌『中央公論』でも「シャープ・パワー」の特集が組まれましたので、ご存じの方も多いかと思います。2018年4月に行われたソウルでのアサン・プレナムという大きな国際会議では、私も招待されて参加をしたのですが、急遽「シャープ・パワー」のセッションに登壇して欲しいと言われまして、お応えしてシャープ・パワーという言葉の「生みの親」のChristopher Walkerさんとご一緒のセッションで、日本における中国のシャープ・パワーの浸透について、少しばかりお話しをさせて頂きました。
2018年には、スタンフォード大学にあるフーバー研究所で、中国の「影響力工作」に注目をした報告書が刊行されて、中国のそのようなオペレーションが、日本、とりわけ沖縄に深く浸透している様子が論じられています(Larry Diamond and Orville Schell (eds.), Chinese Influence & American Interests: Promoting Constructive Vigilance, Hoover Institution Press, 2018)。
この頃からアメリカ政治においても、アメリカ国内における中国の「影響力工作」の浸透が問題視されるようになり、孔子学院に対する警戒感の増大や、メディアなどへとの結び付きがしばしば指摘されるようになっています。たとえば、2018年3月21日には、ジェームズタウン・ファウンデーションのフェローであるピーター・マティスが、「中国の対外影響力工作に対するアメリカの対応」と題して、アメリカの下院外交委員会アジア太平洋小委員会で、参考人として発言をしております(https://docs.house.gov/meetings/FA/FA05/20180321/108056/HHRG-115-FA05-Wstate-MattisP-20180321.pdf)。
残念ながら、日本ではこのような中国の「影響力工作」が注目されて、メディアなどで取り上げられる機会も少なく、その点において、米欧における中国の「影響力工作」に対する警戒感の増幅と、日本における習近平主席訪日を受けての日中友好のムードとで、かなりの程度温度差が生じるようになっています。日本国内ではたしてどのていど、中国の「影響力工作」が浸透しているのかについては、まだ分からないことが多いのですが、実態はわれわれの想定よりもかなり深刻であるというのが、上記のような報告書でも言及されている点です。それについては、Kerry Gershaneck教授が、Marine Corps University Pressでの電子ジャーナルの報告書で、強調している点でもあります(https://www.usmcu.edu/Outreach/Marine-Corps-University-Press/Expeditions-with-MCUP-digital-journal/To-Win-without-Fighting/)。
またより具体的な、「中国共産党の日本国内での影響力工作の概況」については、Russel Hsiao氏のA Preliminary Survey of CCP Influence Operations in Japanで簡潔かつ的確に描かれています。これらはいずれも信頼できる研究だと思っています。
そのようななかで、昨年に、カーネギー・カウンシルのシニア・フェローである旧知のデヴィン・スチュワートさんが、日本に訪問して、そのような中国の「影響力工作」の現状について話が聞きたいということで、昔からのお付き合いもあり、喜んでお会いすることにしました。報告書にまとめるということで、そのような日本での現状が知りたいということですので、たとえば慶應義塾大学では学問の自治と抵触する懸念もあるために「孔子学院」は設置していないということや、日本では中国政治研究の水準が極めて高く、たとえば防衛研究所などではそのような専門家の一部が、中国の「影響力工作」についての優れた研究をしているということをお伝えして、具体的なお名前もお伝えしました。同時に、メディアや一般国民の間では、中国の「影響力工作」についてはまだあまり認知されておらず、いわゆる伝統的な中国の「世論戦」や「政治工作」、あるいは中国共産党の対外連絡部の日本での行動などは、一部の専門家しかあまり意識していないとお伝えしました。また、政府内では、近年はこの問題がかなり深刻な問題として認識されているようだ、ともお伝えしました。
この問題について優れたフォローを続けてきたのが、読売新聞の大木聖馬記者と、元海兵隊外交部次長であったロバート・エルドリッヂ氏です。大木さんは、小川聡記者との共著、『領土喪失の悪夢 ー尖閣・沖縄を売り渡すのは誰か』(新潮新書、2014年)の第二章「沖縄独立論の陰に中国の存在」のなかで、「琉球民族独立総合研究学会」に、中国共産党が注目しており、水面下で一定の繋がりが見えることを丁寧に取材をして描いています。同様の指摘は、ロバード・エルドリッヂ氏の著書、『誰が沖縄を殺すのか』(PHP新書、2016年)でも書かれており、第一章「沖縄人民の民族自決? ー沖縄独立論の虚妄」のなかでも述べられています。スチュワート氏に対しては、これらを参考にして、中国の影響力の沖縄での浸透の深刻さを、指摘しました。それについては、上記のようなアメリカのシンクタンクの報告書でも触れられています。
中国はこの20年ほどで、パブリック・ディプロマシーの予算を飛躍的に増加しています。それらの予算の多くが、アメリカの同盟国において、アメリカとの「分離(decoupling)」の促進が重要な意図であるということは、上記の報告書でも触れられていることでした。ですので、それをもとに、スチュワート氏に対して、「中国共産党は、日本の中でも沖縄を主戦場として、大幅に増加した予算を用いて、メディアや世論に対して影響力を浸透させようとしている」ということ、上記の大木記者等の取材をもとに、「琉球民族独立総合研究学会などの団体に、中国政府も注目しており、関心を持って接近して、水面下で一定の繋がりが見られる」ことをお話ししました。
これらの発言が、Devin Stewart氏の、CSISでの報告書、China's Influence in Japan: Everywhere Yet Nowhere in Particularで参照して頂き、またこの報告書は日本の新聞もいくつかが取り上げて報道して大きく注目されました。というのも、この報告書が刊行された7月23日は、たまたま、マイク・ポンペオ国務長官が中国共産党体制に対するきわめて厳しい批判を行うを演説をした日であり、とりわけ中国のアメリカ国内での「影響力工作」や「諜報活動」にきわめて厳しい態度を取るようになったからです。アメリカ政府は、アメリカ国内の孔子学院を「教育機関」ではなく、「外交機関」として登録することを義務づけて、その政治的な活動を「影響力工作」の一環として問題視するようになりました。そのような動きに対して、日本は比較的盲目か、寛大であったために、このDevin Stewart氏の報告書が日本国内でも大変に注目されたのだと思います。
あくまでも、日本国内で40人ほどの専門家にインタビューした結果をまとめたもので、日本の専門家の間では特段新しい事実があるわけではない、という評価が一般的です。しかしながら、日本国内での中国の「影響力工作」というよく目に見えない実態を体系的に一定の分量を割いてまとめた報告書ですので、とても価値があり、またその評価や分析もバランスがとれたものだと思います。
しかしながら、他方で、私の上記のような発言部分が、英語でインタビューを行ったために、私の英語力の不足により、うまくその意図がつたわらなかったのかもしれません。スチュワート氏は、次のように記しています。“China is using indirect methods to influence Japan. There’s a covert route like influencing Okinawa movements through financing and influencing Okinawan newspapers to push for Okinawan independence and remove U.S. forces there,” Yuichi Hosoya of Keio told us. “That’s indirect strategy. It’s sharp power. We also can see sharp power in Japan such as cyberattacks.”
"Indirect methods"を用いた"sharp power"を行使しているので、なかなか中国の活動は日本国内では見えにくいということだと思うのですが、この文章の中のfinancing and influencing Okinawan newspapersというところが、一部の日本の保守系メディアなどでも取り上げられてしまいました。というのも、以前から沖縄の新聞社には中国のお金が流れているのではないか、という疑念を指摘していたからです。私は、そのような事実があるとは思っておりませんし、確認もしていません。それはdirect methodであり、そのような事実があればスキャンダルとなり、大問題として警察庁や公安調査庁もだまっていないはずです。あくまでも見えにくい「間接的な戦略」であることから、「シャープ・パワー」であると考えています。また、「大きな予算を用いて」というところや、上記のような沖縄独立を志向する団体と中国共産党の幹部に一定の交流が見られるというところが、おそらくはうまく伝わらず、あたかも中国のお金が直接、沖縄の新聞に流れているというような印象を与える英語になってしまったのだろうと思います。自らの英語の表現力の不足を、あらためて後悔しています。
それゆえに、デヴィン・スチュワートさんと相談して、そのような誤解や疑念が広まることは、沖縄の新聞各社にとっても不本意で迷惑であろうから、その部分を、上記のような私の意向がより正確に伝わるように修正するようにお願いしました。沖縄の新聞各社が、不必要に批判され、攻撃されることは私の意図ではありません。他方で、上記のような報告書が指摘するように、あるいは読売新聞の大木記者が取材をして述べているように、中国の「影響力工作」に沖縄への浸透は、もっと注目されていいと考えています。
そのような、私の英語力の不足からくる英語インタビューでの上記のような文章について、沖縄タイムズで記事となると、SNSなどで私に対する誹謗中傷が今広がっています。その発信源は、屋良朝博衆議院議員です。屋良さんとは、20年前に平和・安全保障研究所の安全保障奨学プログラムの第9期生としてご一緒して、とても親切にして頂き、沖縄料理の魅力や、基地問題の現状など、色々なことを教えて頂いてよい印象しかありません。とても優しい方で、また論理的に物事を考えるとても優秀な方でした。防衛庁担当で東京にいて、日米同盟の必要性や、しかしながらそれでも合理的に基地問題を解決する必要など、とてもリアリスティックに、沖縄の問題を論じておられ、よい印象しかありません。
しかしその後、沖縄に戻って、沖縄タイムス社会部長としていくつか米軍関係者の事故や事件が続いてからは、おそらくそれに心を痛めて怒りを感じたからだと思います。とはいえ、それなりに親しくさせて頂いた方が、まさか私に対して個人攻撃をするとは、想像していませんでした。屋良さんは次のようにTwitterで書いておられます。
「安倍御用達の学者はネトウヨ?
沖縄の新聞は中国資本が入っている、というデマに日本の学者も便乗、それをワシントンの有力シンクタンクが報告書に載せちゃった。
安保専門家までもがデマを根拠に脅威を煽るなんて、世も末だ。日本のエセ現実主義の底が見えた。
私たちは真のリアリストでありたい」
私のことを「ネトウヨ」と位置付けてて、「デマを根拠に脅威を煽る」と激しい言葉で批判しており、もともとよく知っている方からこのように書かれてしまうことは悲しいことです。優しさと、お力がある方ですから、国政でも沖縄県民のためにも是非力を発揮して欲しいと願っています。
ともあれ、もともとは私の英語力の不足から、適切なかたちで私の意見が伝わらなかったことが発端でもありますので、今後はより謙虚に、より正確に情報を発信するように心がけたいと思います。
ここ数年、安全保障や外交に関連した国際会議に参加すると、必ずと言ってよいほど中国による「影響力工作」についてのディスカッションとなります。英語では、「インフルエンス・オペレーション」となり、まだ定訳もなく、日本のメディアで扱う機会もそれほど多くはありません。というのも、水面下での活動ですし、情報公開ももっともなされない領域ですので、これについて深く知る機会が限られています。
この「インフルエンス・オペーレーション」を体系的に扱ったおそらく最初の一般書が、読売新聞の飯塚恵子さんが書いた、『誘導工作 ー情報操作の巧妙な罠』(中公新書ラクレ、2019年)ではないでしょうか。実態がよく分からないので、なかなか研究対象として深く知ることは難しいと思いますが、この著作はきわめて重要な一冊だと思いまして、ゼミなどでは学生にお勧めしています。飯塚さんは、この「インフルエンス・オペレーション」に対して、「誘導工作」という訳をあてています。
飯塚さんは、ロンドンに滞在している際に、イギリス国内で問題になっていたロシアからの「誘導工作」に注目して、それに対するインタビューなどでの調査からはじまり、さらにそのスコープを中国にまで広げております。とはいえあくまでもここでの焦点は、ロシアのイギリスに対する「誘導工作」です。
このような外部からの情報操作が、2017年のアメリカ大統領選挙や、2016年のイギリスのEU離脱を問う国民投票で大変に話題になったことは、皆さんもよくご存じかと思います。その後、主要国では、外国からの情報操作、誘導工作についてより深刻に調査や検討がされるようになり、実際にはわれわれが考えている以上にそのような情報操作が深刻化していることが分かるようになりました。普段、私も政府の内部の方と意見交換をする機会が多いのですが、その際に予想以上にそのような問題が深刻化していることを知り、私も少しずつ調べるようになりました。
この問題は、開かれた民主主義社会ほど、脆弱であること、そして閉鎖的な権威主義体制ほど外国からの浸透が困難であることがよく知られています。また、この点については、アメリカのシンクタンク、National Endowment for Democracy(NED)が、2017年12月にSharp Power: Rising Authoritarian Influenceという報告書を刊行して、一気に世界で話題になりました。その後、イギリスのエコノミスト誌や、日本の月刊誌『中央公論』でも「シャープ・パワー」の特集が組まれましたので、ご存じの方も多いかと思います。2018年4月に行われたソウルでのアサン・プレナムという大きな国際会議では、私も招待されて参加をしたのですが、急遽「シャープ・パワー」のセッションに登壇して欲しいと言われまして、お応えしてシャープ・パワーという言葉の「生みの親」のChristopher Walkerさんとご一緒のセッションで、日本における中国のシャープ・パワーの浸透について、少しばかりお話しをさせて頂きました。
2018年には、スタンフォード大学にあるフーバー研究所で、中国の「影響力工作」に注目をした報告書が刊行されて、中国のそのようなオペレーションが、日本、とりわけ沖縄に深く浸透している様子が論じられています(Larry Diamond and Orville Schell (eds.), Chinese Influence & American Interests: Promoting Constructive Vigilance, Hoover Institution Press, 2018)。
この頃からアメリカ政治においても、アメリカ国内における中国の「影響力工作」の浸透が問題視されるようになり、孔子学院に対する警戒感の増大や、メディアなどへとの結び付きがしばしば指摘されるようになっています。たとえば、2018年3月21日には、ジェームズタウン・ファウンデーションのフェローであるピーター・マティスが、「中国の対外影響力工作に対するアメリカの対応」と題して、アメリカの下院外交委員会アジア太平洋小委員会で、参考人として発言をしております(https://docs.house.gov/meetings/FA/FA05/20180321/108056/HHRG-115-FA05-Wstate-MattisP-20180321.pdf)。
残念ながら、日本ではこのような中国の「影響力工作」が注目されて、メディアなどで取り上げられる機会も少なく、その点において、米欧における中国の「影響力工作」に対する警戒感の増幅と、日本における習近平主席訪日を受けての日中友好のムードとで、かなりの程度温度差が生じるようになっています。日本国内ではたしてどのていど、中国の「影響力工作」が浸透しているのかについては、まだ分からないことが多いのですが、実態はわれわれの想定よりもかなり深刻であるというのが、上記のような報告書でも言及されている点です。それについては、Kerry Gershaneck教授が、Marine Corps University Pressでの電子ジャーナルの報告書で、強調している点でもあります(https://www.usmcu.edu/Outreach/Marine-Corps-University-Press/Expeditions-with-MCUP-digital-journal/To-Win-without-Fighting/)。
またより具体的な、「中国共産党の日本国内での影響力工作の概況」については、Russel Hsiao氏のA Preliminary Survey of CCP Influence Operations in Japanで簡潔かつ的確に描かれています。これらはいずれも信頼できる研究だと思っています。
そのようななかで、昨年に、カーネギー・カウンシルのシニア・フェローである旧知のデヴィン・スチュワートさんが、日本に訪問して、そのような中国の「影響力工作」の現状について話が聞きたいということで、昔からのお付き合いもあり、喜んでお会いすることにしました。報告書にまとめるということで、そのような日本での現状が知りたいということですので、たとえば慶應義塾大学では学問の自治と抵触する懸念もあるために「孔子学院」は設置していないということや、日本では中国政治研究の水準が極めて高く、たとえば防衛研究所などではそのような専門家の一部が、中国の「影響力工作」についての優れた研究をしているということをお伝えして、具体的なお名前もお伝えしました。同時に、メディアや一般国民の間では、中国の「影響力工作」についてはまだあまり認知されておらず、いわゆる伝統的な中国の「世論戦」や「政治工作」、あるいは中国共産党の対外連絡部の日本での行動などは、一部の専門家しかあまり意識していないとお伝えしました。また、政府内では、近年はこの問題がかなり深刻な問題として認識されているようだ、ともお伝えしました。
この問題について優れたフォローを続けてきたのが、読売新聞の大木聖馬記者と、元海兵隊外交部次長であったロバート・エルドリッヂ氏です。大木さんは、小川聡記者との共著、『領土喪失の悪夢 ー尖閣・沖縄を売り渡すのは誰か』(新潮新書、2014年)の第二章「沖縄独立論の陰に中国の存在」のなかで、「琉球民族独立総合研究学会」に、中国共産党が注目しており、水面下で一定の繋がりが見えることを丁寧に取材をして描いています。同様の指摘は、ロバード・エルドリッヂ氏の著書、『誰が沖縄を殺すのか』(PHP新書、2016年)でも書かれており、第一章「沖縄人民の民族自決? ー沖縄独立論の虚妄」のなかでも述べられています。スチュワート氏に対しては、これらを参考にして、中国の影響力の沖縄での浸透の深刻さを、指摘しました。それについては、上記のようなアメリカのシンクタンクの報告書でも触れられています。
中国はこの20年ほどで、パブリック・ディプロマシーの予算を飛躍的に増加しています。それらの予算の多くが、アメリカの同盟国において、アメリカとの「分離(decoupling)」の促進が重要な意図であるということは、上記の報告書でも触れられていることでした。ですので、それをもとに、スチュワート氏に対して、「中国共産党は、日本の中でも沖縄を主戦場として、大幅に増加した予算を用いて、メディアや世論に対して影響力を浸透させようとしている」ということ、上記の大木記者等の取材をもとに、「琉球民族独立総合研究学会などの団体に、中国政府も注目しており、関心を持って接近して、水面下で一定の繋がりが見られる」ことをお話ししました。
これらの発言が、Devin Stewart氏の、CSISでの報告書、China's Influence in Japan: Everywhere Yet Nowhere in Particularで参照して頂き、またこの報告書は日本の新聞もいくつかが取り上げて報道して大きく注目されました。というのも、この報告書が刊行された7月23日は、たまたま、マイク・ポンペオ国務長官が中国共産党体制に対するきわめて厳しい批判を行うを演説をした日であり、とりわけ中国のアメリカ国内での「影響力工作」や「諜報活動」にきわめて厳しい態度を取るようになったからです。アメリカ政府は、アメリカ国内の孔子学院を「教育機関」ではなく、「外交機関」として登録することを義務づけて、その政治的な活動を「影響力工作」の一環として問題視するようになりました。そのような動きに対して、日本は比較的盲目か、寛大であったために、このDevin Stewart氏の報告書が日本国内でも大変に注目されたのだと思います。
あくまでも、日本国内で40人ほどの専門家にインタビューした結果をまとめたもので、日本の専門家の間では特段新しい事実があるわけではない、という評価が一般的です。しかしながら、日本国内での中国の「影響力工作」というよく目に見えない実態を体系的に一定の分量を割いてまとめた報告書ですので、とても価値があり、またその評価や分析もバランスがとれたものだと思います。
しかしながら、他方で、私の上記のような発言部分が、英語でインタビューを行ったために、私の英語力の不足により、うまくその意図がつたわらなかったのかもしれません。スチュワート氏は、次のように記しています。“China is using indirect methods to influence Japan. There’s a covert route like influencing Okinawa movements through financing and influencing Okinawan newspapers to push for Okinawan independence and remove U.S. forces there,” Yuichi Hosoya of Keio told us. “That’s indirect strategy. It’s sharp power. We also can see sharp power in Japan such as cyberattacks.”
"Indirect methods"を用いた"sharp power"を行使しているので、なかなか中国の活動は日本国内では見えにくいということだと思うのですが、この文章の中のfinancing and influencing Okinawan newspapersというところが、一部の日本の保守系メディアなどでも取り上げられてしまいました。というのも、以前から沖縄の新聞社には中国のお金が流れているのではないか、という疑念を指摘していたからです。私は、そのような事実があるとは思っておりませんし、確認もしていません。それはdirect methodであり、そのような事実があればスキャンダルとなり、大問題として警察庁や公安調査庁もだまっていないはずです。あくまでも見えにくい「間接的な戦略」であることから、「シャープ・パワー」であると考えています。また、「大きな予算を用いて」というところや、上記のような沖縄独立を志向する団体と中国共産党の幹部に一定の交流が見られるというところが、おそらくはうまく伝わらず、あたかも中国のお金が直接、沖縄の新聞に流れているというような印象を与える英語になってしまったのだろうと思います。自らの英語の表現力の不足を、あらためて後悔しています。
それゆえに、デヴィン・スチュワートさんと相談して、そのような誤解や疑念が広まることは、沖縄の新聞各社にとっても不本意で迷惑であろうから、その部分を、上記のような私の意向がより正確に伝わるように修正するようにお願いしました。沖縄の新聞各社が、不必要に批判され、攻撃されることは私の意図ではありません。他方で、上記のような報告書が指摘するように、あるいは読売新聞の大木記者が取材をして述べているように、中国の「影響力工作」に沖縄への浸透は、もっと注目されていいと考えています。
そのような、私の英語力の不足からくる英語インタビューでの上記のような文章について、沖縄タイムズで記事となると、SNSなどで私に対する誹謗中傷が今広がっています。その発信源は、屋良朝博衆議院議員です。屋良さんとは、20年前に平和・安全保障研究所の安全保障奨学プログラムの第9期生としてご一緒して、とても親切にして頂き、沖縄料理の魅力や、基地問題の現状など、色々なことを教えて頂いてよい印象しかありません。とても優しい方で、また論理的に物事を考えるとても優秀な方でした。防衛庁担当で東京にいて、日米同盟の必要性や、しかしながらそれでも合理的に基地問題を解決する必要など、とてもリアリスティックに、沖縄の問題を論じておられ、よい印象しかありません。
しかしその後、沖縄に戻って、沖縄タイムス社会部長としていくつか米軍関係者の事故や事件が続いてからは、おそらくそれに心を痛めて怒りを感じたからだと思います。とはいえ、それなりに親しくさせて頂いた方が、まさか私に対して個人攻撃をするとは、想像していませんでした。屋良さんは次のようにTwitterで書いておられます。
「安倍御用達の学者はネトウヨ?
沖縄の新聞は中国資本が入っている、というデマに日本の学者も便乗、それをワシントンの有力シンクタンクが報告書に載せちゃった。
安保専門家までもがデマを根拠に脅威を煽るなんて、世も末だ。日本のエセ現実主義の底が見えた。
私たちは真のリアリストでありたい」
私のことを「ネトウヨ」と位置付けてて、「デマを根拠に脅威を煽る」と激しい言葉で批判しており、もともとよく知っている方からこのように書かれてしまうことは悲しいことです。優しさと、お力がある方ですから、国政でも沖縄県民のためにも是非力を発揮して欲しいと願っています。
ともあれ、もともとは私の英語力の不足から、適切なかたちで私の意見が伝わらなかったことが発端でもありますので、今後はより謙虚に、より正確に情報を発信するように心がけたいと思います。
hosoyayuichi at 16:43