「ジャニーズ」の名前が撤去された旧ジャニーズ事務所の社屋
14日、旧ジャニーズ事務所(現・SMILE-UP.)の創業者・ジャニー喜多川氏から性加害を受けたと告発していた、大阪府の40代男性が10月中旬に大阪府箕面市の山中で死亡していたと報じられた。現場近くからは遺書のようなものが発見され、自殺とみられている。告発後、男性はSNSなどで「金が欲しいんだろう」など、誹謗(ひぼう)中傷を受けていたという。遺族側は旧ジャニーズ側が男性の訴えを放置し、誹謗中傷に対しても何ら対策を取らなかったと批判している。遺族代理人や男性の知人らに取材をすると、ジャニーズ側の対応の問題点が見えてきた。
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男性は、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー。未成年のころに受けたジャニー氏による性被害を一部メディアで告発していた。
14日、男性の遺族は、代理人弁護士を通じてこれまでの経緯と現在の気持ちを公表した。
「彼は、2023年10月13日未明、自ら命を絶ち逝去いたしました。突然の旅立ちをいまだに信じられず、現実感がなく、私たち家族は呆然とした日々を送っています。彼は本年5月、旧ジャニーズ事務所に電話で、在籍時の1995年(当時19歳)にジャニー喜多川から性加害を受けたことを訴えました。事務所の応対者は、在籍確認を行い、『担当者が必ず折り返す』旨を約束しました。しかし、その後5か月以上、ジャニーズ事務所から連絡は一切ありませんでした。未成年時に受けた性被害の深いトラウマを抱えながらも、『若い人たちによりよい社会を残したい』と、9月に再度の告発もしました。その訴えにも事務所からはなんの応答もなく放置され、彼の焦燥感、悩みは深まっていました。
また、彼は事務所に対して誹謗中傷への対策も求めていましたが、事務所幹部は会見で『誹謗中傷をやめてください』と呼びかけるのみで、具体的な措置を講じていませんでした。彼は、被害者が自ら対策に取り組まねばならない状況について、『事務所がやるべきことを、なぜ被害者だけが負担を負わなければならないのか』と語っていました。彼の心労は、元々抱えてきた性被害のトラウマの再燃とも相まって、一層深刻なものになっていました。そして13日、家族を残したまま、志半ばで自死するに至りました」
「SMILE-UP.」の社長を務める東山紀之氏
■妻子に宛てられた遺書の中身
残された遺族の心境は察するに余りある。生前の男性の人柄について知人はこう話す。
「彼は若いころに金銭面で苦労もしてきましたが、真面目で気さくな人でした。男性は未成年の時、ジャニー氏に受けた性加害のトラウマと誹謗中傷で、苦悩していました」
亡くなる数日前も、普段と特には変わった様子はなかったという。
「彼は『当事者の会』に入る前から、独自で旧ジャニーズ事務所に連絡をしていた。ところが、旧ジャニーズ事務所は、彼の訴えを放置していたんです」(事情を知る関係者)
性被害を告発をした人の中には、SMILE-UP.側から連絡がきた被害者もいる。なぜ、男性の訴えは放置されたのか。補償の申告をした被害者の一人はこう話す。
「SMILE-UP.の窓口は元判事の弁護士3人で切り盛りしているので、確認作業などが追い付かないのだと思います。もっと人数を増やせばいいのに、それをしないのだから、やはり被害者を軽んじているんですよ。対応にバラツキがあるのは、人を見て、連絡をしたりしなかったりを判断しているからだと思います」
遺族の代理人弁護士によると、男性はやはり性被害、及びそれを告発したことに関して深い悩みを抱えていたようだという。
「遺書は妻と子どもに宛てられていて、家族の生活を心配することの他に、『性被害の記憶が蘇って、平常心を保てなくなってきている』という内容が書いてありました。そこが(自殺の動機の)中心だろうと推察しています」
葬儀はすでに終わっているが、SMILE-UP.側からは、「先方の弁護士を通してお悔やみのメールがきた」(代理人)だけだという。
「SMILEーUP.」副社長の井ノ原快彦氏
■亡くなった後に「個別に補償交渉がしたい」
前述のように、男性は性被害の訴えを旧ジャニーズ事務所に放置され続けたことを気に病んでいた。SMILE-UP.側からは、男性が亡くなった10月13日から一週間程がたったころ、「遺族の方に対して、当事者の会の弁護士を通じて『個別に補償交渉をしたい』という申し出があった」(代理人)という。
前出の男性の知人も、葬儀後のSMILE-UP.側の対応に疑問を抱いている。
「男性が亡くなったことを知った後も、SMILE-UP.側は自殺した事実が明るみに出るのを恐れて、ひた隠しにしてきました。だから、亡くなってから1カ月も表に出なかったのです」
当事者のプライバシー保護もあり、遺族以外が事実をどこまで公表するかは難しい面はある。だが、自殺の原因の一端が性被害告発に対する誹謗中傷であるならば、これ以上被害を拡大させないためにも、SMILE-UP.社がある程度の情報開示をして、誹謗中傷を止めさせる対策を徹底する必要はあっただろう。
SMILE-UP.社に遺族の訴えに対する事実確認やこれまで公表しなかった理由などを問い合わせると、文書で以下のように回答した。
「ご逝去の報に接し、ご遺族皆様のご心痛いかばかりかとお察し致します。謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。スマイルアップは、5月時点では被害者窓口機能が立ち上がっておらず、その後、再発防止特別チームの提言により、被害に遭われた方へのご連絡は、第三者である救済委員会に全て委ねることとなりました。救済委員会からは2回、心のケア窓口からは2回、ご本人に折り返しご連絡していると伺っております。弊社としては、繰り返し被害者への誹謗中傷をしないようにお願いするなど、弊社側でできることは取り組んでまいりました。しかしこのようなことになり何も返す言葉はございません。今後は、被害にあわれた方やご家族等に対する誹謗中傷は法的に対応できないか検討しております。また亡くなられた方のご遺族からのご意向により、個人の情報や詳細についてのコメントは、差し控えさせて頂いております」
なお、SMILE-UP.側が男性の死を「隠していたか」という問い合わせには「そのような事実はございません」と回答した。
X(旧Twitter)でコメントした元「忍者」の志賀泰伸氏(撮影/上田耕司)
■「彼の無念に、私は立ち向かいます」
男性が所属していた「当事者の会」には、今でも心無い誹謗中傷が届いていることから、同会は情報発信に慎重になっているという。元メンバーはこう明かす。
「熱狂的なジャニーズファンと思われる人たちから、SNSなどで『ジャニーズがなくなったのはお前のせいだ』『お金目当て』『ウソはすぐバレる』などいろいろな言葉でののしられる。本人ばかりか、家族にまで誹謗中傷が及ぶことがあります。そんな状態では、もう発信したくないと思う気持ちはわかります」
実際、「当事者の会」の平本淳也代表は10月10日、ネット上で誹謗中傷を受けたとして、神奈川県警に刑事告訴した。同じく、「Kis-My-Ft2」の元メンバーで、ジャニー氏からの性被害を告発した飯田恭平氏も11月9日、神奈川県警に被害届を提出した。
「忍者」の元メンバーで、ジャニー氏の性被害を告発した志賀泰伸氏は14日、自身のX(旧Twitter)で今の思いをこうつづった。
<現在私は療養中で一切のコメントはしないように各関係者より指導がありましたがどうしてもがまんできません。誠に勝手ながら。関係者の皆様申し訳ございません。彼の無念に、私は立ち向かいます。志しを共にした仲間でした。彼の勇気ある行動を決して無駄にしては、決してあっては、なりません。私自身、とても、辛く、苦しく、悔しく、深い悲しみの中にいます。皆様が、立ち上がる事を切に願います。涙がずーっと止まりません。残された小さな子供達家族を、思うと…すみません。言葉がでません。すいません。>
「ジャニーズ性加害問題当事者の会」のメンバー(23年9月時点)
■被害者家族は「涙と震えが止まらない」
残された家族の悲しみはあまりにも深い。ジャニー氏から性加害にあったことを公表した男性の妻はこう憤る。
「誹謗中傷する人たちは、本当に苦しい目に遭ったことのない愚かな人たちだと思います。被害者を責めるより、加害者を責めることにエネルギーを使ってほしい。被害者はもう傷ついているのに、なぜ、さらに傷つけるのでしょうか。私には理解できない。家族は本当にたまらないし、涙と震えが止まらなくなるんです。ジャニー氏の性被害にあった男性のお母さんが自殺していたということも報道されています。家族だってみんな苦しめられているんです」
遺族の代理人弁護士は、SMILE-UP.社に対して、真摯で適切な対処を求めていくという。事実が明るみに出た今、SMILE-UP.社はどう対応するのか。被害者やその家族に対する姿勢が問われている。
(AERA dot.編集部・上田耕司、今西憲之)
◆「日本いのちの電話」相談窓口◆
厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけている。
◆ナビダイヤル 0570・783・556(午前10・00~午後10・00)
◆フリーダイヤル 0120・783・556(毎日:午後4・00~9・00、毎月10日:午前8・00~翌日午前8・00)
上田耕司