俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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お茶会

 学園で開かれるお茶会というのは一般的なお茶会とは少し違う。

 

 建前上は社交の練習あるいはマナーの実践のための非公式な行事ということになっているが、その実情は男子生徒の婚活である。

 

 気になる相手がいれば招待状を書いて渡し、お茶会用の部屋を借り、茶器と茶葉とお菓子を用意し、当日はもてなしという名のアピールと交際の申し込みを行う。

 

 膨大な金と手間暇がかかる上、粗相があれば女子たちの間でその情報が広まってしまうため、誘う相手はきちんと選んだ上で入念な事前準備をせねばならない。

 

 その事情にも関わらず、リオンがエステルをお茶会に誘ったのはいよいよもってシナリオが妙な方向に行き始めたからだった。

 

 まず、最初の攻略対象である王太子殿下との出会いイベントを乗っ取ったマリエという名の謎の子爵家令嬢。

 彼女はその後他の攻略対象との出会いイベントにも立て続けに姿を現し、今や攻略対象五人のうち四人までもが彼女に好意を抱いている。

 つい先日も、友人たちと庭園で談合していたら王太子殿下が婚約者である悪役令嬢の小言を突っぱねてマリエをお茶会に誘う場面に遭遇したばかりだ。

 

 それらのイベントが起こっていた間、主人公──オリヴィアはずっとエステルと一緒で、出会いの「で」の字もない有様。

 

 唯一残っている攻略対象のクリスはというと──マリエからの接触こそまだないが、オリヴィアとも面識は全くなく、それどころか早朝の鍛錬を共にしているエステルのことが気になっている模様。

 

 このような状況に陥って、リオンは何とかシナリオの修正に繋がる糸口はないものかと必死で考えた。

 

 そして出た結論はエステルとオリヴィア、クリスの三人に対する介入だった。

 

 まずエステルに接触して交友関係を築き、彼女を通じてオリヴィアとクリスとも交流を持つ。

 その後はオリヴィアとクリスをくっつけるキューピッド役として立ち回る。

 

 クリスには婚約者がいるので気が咎めるが、世界の破滅を回避するためだ。

 簡単ではないだろうが、マリエに籠絡された四人よりは可能性はある。

 

 それとエステルが自分と同じ転生者なのかどうか、そしてその目的が何なのか、確かめたい。

 可能ならば、シナリオ修正への協力を取り付けたい。

 

 そんな思惑を胸に、リオンはお茶会の準備に取り掛かった。

 

 敬愛する師匠に相談し、落ち着ける空間を演出するように内装を整え、彼女の出身地である北方でよく使われている茶葉やジャムを取り寄せ、お菓子も過去の調査結果を考慮して甘さ控えめなもので揃えて注文した。

 

 師匠はリオンがエステルをお茶会に誘おうとしているのを知ると驚きこそしたが、特に止めようとすることも詮索することもなく、快く協力してくれた。 

 何でも、つい先日エステルの身元引受人となり、彼女と面識を持ったとのこと。

 そして事実無根の悪評が広がって孤立している彼女のことは教師として気にかけていたらしい。

 

「ミスエステルは世間で騒がれているような無分別な方ではありません。ミスタリオンには心配ないと思いますが、先入観を捨て、真心を持って接するのですよ」

 

 その師匠の言葉を肝に銘じ、エステルが一人になるタイミングを待って招待状を渡しに行ったのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 リオンが差し出してきた紙は洒落たデザインの上質なやつで、達筆な字で宛名と署名が書いてあった。

 

 お茶会の招待状のようだが、一体どういう風の吹き回しだろうか。

 

 これまで、さっぱり話す機会が訪れなかったのに、今になって向こうの方から声をかけてくるとは。

 

 しかもお茶会──その意味するところは知っている。

 

 多くの場合、それは男子生徒が意中の女子に結婚を前提にした交際を申し込むために設ける場だ。

 

 サイラスから聞いたが、親父も学生時代カタリナを口説くのにそれはもう何度も趣向を凝らしたお茶会を開いたらしい。

 

 リオンも男子ならお茶会の意味は俺以上に分かっているはず。

 

 なのに俺を──ただでさえ実家の悪評が立っている上に殺人鬼のレッテルまで貼られた段階で──わざわざお茶会に誘うというのは不可解だ。 

 

 俺に一目惚れして悪評にも構わず果敢に口説こうとしている──という様子でもない。

 もしそうならもっと前、事件が起こるより前に口説かれているだろう。

 

 だから、返事をする前に尋ねてみた。

 

「お誘いは嬉しいが──なぜ私を誘うのかな?」

 

 するとリオンは一瞬目を泳がせたかと思うと、わざとらしく頭を掻いて言ってくる。

 

「えーとその──ずっとエステルさんとお話ししたいと思っていたんです。エステルさん、色々凄いことされていると聞いていますので──」

 

 作り笑いを浮かべてはいるが、嘘を言ってはいない。俺と話したがっているというのは確かなようだ。

 

 ただ、そこにあるのは憧れや好奇ではなく、疑惑と警戒である。

 

 そして思い出すのは入学式の時。

 講堂でリオンが最初に俺に向けてきた視線はまさにこういう感じだった。

 

 ということはおそらく、リオンは学園に入学する前からファイアブランド家の娘として俺をマークしていたのだ。

 

 成り上がりと呼ぶにも烏滸がましい偽物とはいえ、伯爵家に勝ったともなれば、警戒する者も出てくる。

 リオンはそういう者たちの一人で、一般に出回っている根拠のない悪評ではなく、直接の対話による正確な情報収集のために俺に会おうとしている──といったところか?

 

 いいだろう。乗ってやる。

 その代わりそちらの情報も引き出させてもらおう。

 仲良くやれそうならそれで良し、そうでないなら妙なことを考えないように釘を刺してやる。

 

 そう考えて俺は返事をする。

 

「そうか。それなら──」

 

 姿勢を正し、礼儀作法に則って会釈を返す。

 

「ご招待、ありがたくお受けします」

 

 笑顔を貼り付けて招待状を受け取った。

 

 

 

 受け取った招待状を大事そうにしまい、歩き去っていくエステルの姿が見えなくなってから、リオンはどっと息を吐いた。

 

 彼女の近くにいるだけでとてつもないプレッシャーがかかり、背中が汗で濡れていた。

 

 これまで見てきた学園の女子たち──同級生の男子たちがお茶会の招待状を渡し、そしてそれを鼻で笑って断ってきた連中──に比べれば、にこやかで好意的な反応こそ返してくれたが、その笑顔すら何とも言えない凄みがあった。

 下手なことを言えば次の瞬間物理的に首が飛ぶ──そんな心配を大真面目にしたほどだ。

 

『浮かない顔ですね。ちゃんと誘えたではありませんか。これでマスターの希望していたお話ができますよ』

 

 隠れていた相棒が姿を現し、言ってくる。

 

 この時ばかりはオーラを感じ取れない機械である相棒が羨ましい。

 

「入学式の時も凄かったけど、間近で見ると迫力が違うな。心臓が破れそうだったぞ」

『ご安心ください。マスターは健康体ですので緊張程度で心臓破裂のリスクはありません』

 

 こういう回答をするところはやはり機械だなとリオンは思う。

 

 だが、それが安堵感を呼び、落ち着きが戻ってくる。

 

『それはそうとマスター』

「何だ?」

『間もなく授業開始時刻です』

「あっ!やべ」

 

 大急ぎで教室に向かったリオンだったが、疾走虚しく遅刻し、説教を喰らうのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「お茶会、ですか?」

 

 ティナが意外そうに目を見開く。

 

「ああ。正直招かれるとは思っていなくてさ。こういうのって準備とか要るのかな?」

 

 食堂で俺はティナに相談を持ちかけていた。

 

 貴族社会での礼儀作法の心得があるティナならお茶会に行く時の作法やマナーも知っているのではないかと思ったのだ。

 

 ファイアブランド家には学園でのルールや女子の作法について教えてくれる人がいなかった。

 お袋は普通クラスだったから上級クラスのことはさっぱりだったし、周囲の女子生徒は──気軽に相談できる関係の奴はいない。そもそもアイツら男子相手には横柄だったりいい加減な態度ばかりである。

 なのでちっとも参考にならない。

 

「そうですね──せっかくお相手の殿方がお金と手間暇かけて準備してくださるんですから、相応の格好で行かないといけませんね」

 

 ティナが少し考えて真剣な顔で言った。

 

「相応の格好?おめかしってことか?」

「そうです。服は制服で良いかと思いますが、髪のセットとメイクは必要かと思いますよ」

「メイクだと!?」

 

 思わず声が上擦ってしまう。

 

 メイクというのは今までどうしても越えられなかった一線なのだ。

 

 幸いにというか、俺の顔はメイクなしでもそれなりに綺麗に見えるおかげで今までやらずに済んでいたのだが──

 

「そうです。領地で家臣や商人の方々を相手にしていた時とは違います。お相手は他所の貴族家の方なんですから、相応の身嗜みが必要ですよ」

「そ、そう、なのか──」

 

 ティナの妙な迫力を前に言い返せずにいると、オリヴィアが何やら慌てた様子でやって来る。

 

「エステルさん!あ、あの、さっきこれ、貰ったんですけど──」

 

 慌ただしくトレーを置いて取り出したのは──お茶会の招待状だった。

 

 随分と装飾が多い高級感のある紙から、出した奴が只者ではないことが分かる。

 結婚相手の対象に入らないオリヴィアにわざわざこんな高級品を使ってお茶会に誘うとは、物好きな奴もいたものだ。

 

「お前も貰ったのか。誰に貰ったんだ?」

「えっと、紫色の長い髪の方で、名前はブラッドさんと──」

 

 オリヴィアから招待状を受け取って署名欄を見てみると、そこには流麗な続け字で【ブラッド・フォウ・フィールド】と書かれていた。

 

 フィールドという家名には聞き覚えがある。

 たしか、王国開闢期から続く名門で、代々ファンオース公国との国境を守っている辺境伯家だ。

 

 王太子殿下に公爵令嬢、剣豪に加えて、そんな名門中の名門の御曹司までいたとは今年の新入生はさながら綺羅星のごとしだな。

 

 だが、だとすれば重大な懸念がある。

 

「このフィールドって奴、王国でも五本の指に入る名門貴族のお坊ちゃんだぞ。このお茶会もかなり大規模だ。庭園一つ貸し切るくらいだから他の連中にもお呼びが掛かっているだろうし──はっきり言って危険だと思うぞ」

「え?危険って──」

 

 首を傾げるオリヴィアに俺は予想される事態を説明する。

 

「お前、ただでさえ平民だからって除け者にされているのに、そんな貴公子様のお茶会に出るとか、他の招待客連中が許すと思うか?行ったところで間違いなく追い出されるし、嫌がらせが酷くなるかもしれないぞ」

「ッ!」

 

 オリヴィアが息を呑む。

 

 だが、顔を蒼褪めさせながらも、後ろめたい様子を見せる。

 

「でも、せっかく貰ったんですから──」

「そういうのは気にするな。どうせ大勢に招待状を出しているんだから、一人くらい来なくても気が付かねーよ」

 

 フォローしてやるが、オリヴィアの表情は優れない。

 

 全くしょうがない奴だ。

 

 俺はリオンから貰った招待状を取り出してオリヴィアに見せた。

 

「そんなにお茶会に行きたいなら私と一緒に来いよ。私もちょうど同じ日に招待されているからさ」

「え?でも、そちらは招待されたのエステルさんだけですよね?私が行っていいんでしょうか?」

「心配ならあいつに確認しといてやるよ。とにかく、そのフィールドって奴のお茶会に行くのはやめとけ」

「そうですか──分かりました。エステルさんが言うならそうします」

 

 オリヴィアはようやく折れた。

 

 

◇◇◇

 

 

 お茶会当日。

 

「へぇ──お前随分化けたなぁ」

 

 ティナにおめかしさせられたオリヴィアを見て俺は思わず呟いた。

 

「こういうの、初めてで──恥ずかしいです」

 

 耳を赤くして俯くオリヴィア。

 

「そんなに恥ずかしがることはありませんよ。お綺麗です。自信を持ってくださいな」

 

 ティナが姿見の前にオリヴィアを立たせてその姿を見せつける。

 

 縦長の鏡に映し出されたのは明るく清楚な雰囲気の美少女である。

 良く言えば素朴な、悪く言えば垢抜けなかったボブカットが小さなポニーテールになって活発な印象を与え、トーンを揃えたメイクが透明感を醸し出している。

 

「綺麗──」

 

 オリヴィアが鏡に映った自分の姿に見入っている。

 よく見ると口角が僅かに上がっていた。やっぱり女の子だな。

 

「何だか──私じゃないみたいです」

「いいや。お前だよ。お前の素質が引き出されただけだ」

 

 前から磨けば光るタイプだと思っていたが、実際そうだったのが証明された。

 

「あ、ありがとうございます」

「さて、準備できたなら行くか。ちょうど時間だ」

 

 既にリオンの許可は取ってある。

 後から招待されていない者を連れて行くのはマナー違反かとも思ったが、懸念に反してリオンはあっさりと承諾してくれた。

 

 ティナの見送りを受けて部屋を出る。

 専属使用人を連れて行くのはマナー違反だと言うので、連れて行けなかった。

 仕方ない。彼女には帰ったらたっぷり土産話をしてやろう。

 

 寮を出て校舎に向かうと、休日だというのにそこそこ人がいた。

 理由は無論、お茶会である。

 

 五月は特にお茶会が多く行われる時期らしい。

 大方、新入生の女子目当てのお誘いが活発だからだろう。

 実際、見かけるのは女子ばかり、それも殆どが新入生である。

 

 彼女たちは俺たちを見ると次々にお喋りをやめて目を逸らす。

 そして、通り過ぎた後で奇異の目を向けてヒソヒソと話している。

 

「え、あれ、ファイアブランドだよね?」

「あの感じだとお茶会に行く雰囲気じゃない?」

「だよね。誘ったの誰だろ?」

「全然見当付かないけど命知らずだよね」

「本当それ。しかも隣の子平民じゃん。あり得なくない?」

 

 聞こえてくるその声に内心舌打ちしながら廊下を進み、招待状にあった部屋の前に辿り着く。

 

 ノックをすると、扉が開き、満面の笑みを浮かべたリオンが出迎えてくれた。

 

「ようこそお越しくださいました」

 

 アイロン掛けしたばかりと思しきパリッとした制服姿と流麗な所作から、気合の入れようが窺える。

 

 そんなリオンに案内されて席に座ると、早速リオンがお茶を淹れ始めた。

 

 どうやらお茶にはこだわりがあるらしく、真剣な眼差しで温度計を突っ込んだケトルを見つめている。

 よく見ると、お茶の道具も部屋の調度品も並べられたお茶請けも随分と良質なものばかりだ。

 

 ──妙だな。

 昔見たリオンの実家は辺境で爵位はおそらく男爵、おまけに金使いの荒そうな正妻もいて、同時期のファイアブランド家以上に貧乏な感じだった。

 とても学園に通う息子に多額の仕送りなどできるとは思えない。

 なのに一度のお茶会にこうも金をかけている──何か一山当てでもしたのだろうか。

 

「お茶請けはどれにしましょう?」

 

 リオンがにこやかに訊いてくるので、適当に甘過ぎなさそうなものを頼んで口に運ぶ。

 

「美味いな」

 

 思わず声が漏れた。

 ファイアブランド領のどの店のお菓子よりも美味い。

 

「それはよかった!良いお店で今朝作ってもらったんですよ」

 

 心底嬉しそうな顔で言ってくるリオン。

 

 その横でオリヴィアが冷や汗を浮かべている。

 

「あ、あの、そんなに良いもの私が頂いてもいいんでしょうか?」

 

 不安そうに訊くオリヴィアだが──

 

「もちろんですよ。お二人のために用意したんですから。遠慮なくどうぞ」

 

 リオンは爽やかな笑顔で食べるように勧めていた。

 

 心なしか涙を浮かべているように見える。

 まあ、リオンからすればオリヴィアに天使みたいな尊さを感じてもおかしくないだろうが。

 所構わず専属使用人という名の男奴隷を連れ回して男子に横柄な態度を取る学園の女子生徒相手に比べれば、まさに月とスッポン──いや、玉と石だろうか。

 

「だそうだ。遠慮しないでありがたく頂いとけよ」

 

 リオンに同調すると、オリヴィアは恐る恐るお菓子に口をつけた。

 次の瞬間、強張っていた顔が一気に綻ぶ。

 

「気に入って頂けましたか?」

 

 リオンが問いかけると、オリヴィアはリスみたいに口いっぱいに頬張ったお菓子を急いで呑み込んで頷く。

 

「はい!こんな美味しいお菓子、初めてです」

 

 その仕草がまた可愛い。

 こっちまで気が抜けてくる。

 

「よかったなオリヴィア。それとリオン、敬語なんていらないぞ」

 

 そう言ってやると、リオンは若干驚いた顔をする。

 

「私たち全員同級生だろ。堅苦しいのはなしでいこうぜ」

「あ、ああ、そう──だな」

 

 ぎこちないながらもリオンは敬語をやめた。

 

 そして砂時計に目をやり、急いでポットからお茶を注ぐ。

 

「どうぞ」

 

 そう言って出されたお茶の色に俺は見覚えがあった。

 実家でサイラスがいつも淹れてくれていたのにそっくりだ。

 

 一口飲んでみると、馴染みのある味が口の中に広がった。

 サイラスが淹れてくれたものとは比べるべくもないが、お茶の持ち味を引き出せていて、十分美味しい。

 

「この茶葉、私がよく飲んでたやつじゃないか」

「そうなのか?口に合ったかな?」

「ああ。何か、懐かしくなっちまった。よく手に入れたな」

「ああ、師匠に選んでもらったんだよ」

 

 リオンがホッとした顔をする。

 

「師匠?」

「ああ。マナーのルーカス先生──って知らないか。俺たち男子にお茶会のマナーを教えてる先生だよ。お茶の奥深さ、本物のもてなしってやつを教えてもらってさ、だから師匠って呼んでるんだ」

 

 なるほどな。

 お茶へのこだわりと素人らしからぬ腕前はその師匠の影響なのか。

 

 しかも話している時の口ぶりからするとかなり心酔していると見える。

 

 ──親近感が湧くな。

 

「なるほどな。随分お茶にこだわっていたと思ったら、そういうわけか。はっきり言って学生のクオリティじゃないぞこれ」

「ああ。師匠に教えてもらった手前、手は抜けなくてな。それに個人的にお茶会の格が必要って事情もあるし」

「格?」

 

 リオンは少し考えてから、事情を語り始める。

 

「実は俺、実家から独立したんだ。ちょっと事情があって冒険の旅に出て、その時得た財でな。だからその実績に見合った格式高いお茶会をしなきゃいけないんだよ」

 

 溜め息混じりに話すリオンだが、聞き捨てならない言葉が混じっていた。

 

「冒険?お前、冒険に出たのか?」

 

 思わず前のめりになってしまった。

 

「あ、ああ。()()()の時にな。けっこう噂になってたみたいだけど、聞いてない感じ?」

「十四歳の時ってことは一昨年か?」

「いや、帰ってきたのが十五歳になってからだったから去年だよ」

「去年──」

 

 記憶を探る。

 

 そして思い当たった名前とリオンの苗字が一致することに今更ながら気付く。

 

「幸運者バルトファルトって、お前のことだったのか!?」

「そうだよ。ていうか、幸運者って言い得て妙だな」

 

 リオンが苦笑しながら頷く。

 

 だが、俺はすっかり度肝を抜かれていた。

 十代で冒険に出てしかも成功を収めた奴が俺以外にもいたことだけでも驚きだが、まさかリオンがそれだったとは思いもしなかった。

 しかも、俺が聞いた話では幸運者バルトファルトが見つけたのは財宝だけでなく──

 

「え、じゃああの話は本当なのか?未発見の浮島と、まだ動くロストアイテムの飛行船も発見したっていう」

「ああ、本当だよ」

 

 ──公爵令嬢に剣豪、規格外の才能の特待生、辺境伯家の御曹司の次は、俺以上の成果を上げた冒険者と来たか。

 今年の新入生は一体どうなっているのだろうか。

 

 俄然リオンへの興味が湧いた。

 

「その話詳しく聞かせてくれよ」

「いいけど──あんまり楽しい話じゃないぞ?」

 

 そう前置きしてリオンが語り始めたのは、リオンの置かれたあまりにも理不尽な状況とそれに対する叛逆の物語だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 一年半前。

 

 バルトファルト男爵家の三男にして庶子、【リオン・フォウ・バルトファルト】は強い憤りと後悔の中にいた。

 

 理由は先程当主である父親の正妻が持ち込んできた縁談である。

 

 正妻はわざわざ大金をかけて三男であるリオンを学園に入学させる意味などないと主張し、父親も家の財政状況が厳しいのは事実だと言っていたが、それにしても些か常識外れが過ぎた。

 

 学園の卒業どころか成人すらもしていない段階で縁談がやってくる時点でおかしな話だが、それよりも相手が問題だった。

 

 正妻曰く「歴史ある家の娘さん」とのことだったが、その人物自身は世襲できる家を持たず、おまけに年齢は五十歳過ぎ、結婚は今回で八回目。

 見るからに危険な気配が漂っていた。

 

 そして正妻が発した一言でそれは完全な確信へと変わる。

 

「成人後には軍人として働く道も用意しました。精々頑張るのね」

 

 彼女らの狙いは自身の戦死、それに伴い支給される遺族年金である、と。

 

 見れば、今まで結婚した七人の夫は全員名誉の戦死を遂げたと身上書に堂々と書いてあり、もはや隠す気もない。

 

 激しい怒りと恐怖の中でなぜか思い出したのは、前の年に父親から聞いた話だった。

 

 

「何でも空賊と連んで辺境の子爵家に戦争を仕掛けたらしい。でもその子爵家は攻めてきたオフリー家の軍を打ち破ったそうだ」

「子爵家が、伯爵家を?」

「よほど強い軍隊を持っていたんだろうな。オフリーの軍に攻められる前に大きな空賊団に領地を襲われたらしいが、これもあっさり倒したんだと。で、その空賊の飛行船からオフリー家と連んでいた証拠が見つかって、オフリー家取り潰しに繋がったってわけだ」

「へ、へぇ──凄いなその子爵家。何て家なの?」

 

「ファイアブランド。ファイアブランド子爵家だ」

 

 

 そしてリオンは悟る。

 

 ──そうか。ファイアブランド家もこういう状況でこういう気分だったわけか。

 

 彼らの敵は圧倒的な戦力と家格の高さ、王国中枢への繋がりを持つ伯爵家。

 そして今自分を追い込んでいるのは、王国の制度と価値観に守られ、こちらの弱みに漬け込んで好き放題狼藉を働く悪女共。

 

 抗ったところで到底勝ち目など見えない強大な相手ではあれど──

 

(この状況を打開できる武器は──ある!)

 

 今まで持っていながら特に使うこともなく、時と共に薄れていくに任せていたこの世界の秘密。

 今こそそれを使って抗うべきではないのか。

 

 攻め込んできた空賊を倒し、その時偶然手に入れた伯爵家の犯罪の証拠を活用して伯爵家を倒し、未来を掴み取ったファイアブランド子爵家のように。

 

 そう考えて、リオンは決断する。

 この理不尽を強いてくる者たちへの叛逆を。

 

 その意志を込めて、リオンは正妻に向けて口を開いた。

 

「──いいでしょう。ならその金は俺が自分で用意します。それなら、問題ないでしょう?」

「あら、金を稼いだこともない穀潰しが随分大きな態度に出たわね。このお見合いの話を断るのは失礼に当たるわ。入学費だけを稼げば良いなんて都合の良いことだけを考えているのなら止めておきなさい」

 

 鼻で笑って、聞いていない話を持ち出してくる正妻に腸が煮えくり返りながらも、リオンは努めて笑顔で言い放つ。

 

「そうですか。ならばその失礼とやらの補償も言い値で払いましょう。いくらですか?」

 

 正妻が額に青筋を浮かべて怒鳴ってこようとしたが、その前に父親が仲裁に入った。

 

 そして三人の間で後日正妻を通じて先方から提示された金額を支払えば縁談は取り消すとの合意が形成された。

 

 一先ずは怒りと悔しさは残りながらもその場は収まって、父親共々安堵したリオンだったが、彼はまだ知らなかったのである。

 

 縁談の裏にあった恐るべき事実と、これから待ち受ける悲劇を──




バタフライエフェクトでリオン君もハードモードになっちゃったのです。

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