貯金箱
教育とは何だろうか?
教え、育てるという字を書くが、それがどこからどこまでを指すかは千差万別だ。
極端な話、読み書きを教えるだけでも教育と言えてしまうし、逆に十年以上学校に通って生涯使わないようなものも含めて知識をどっさり詰め込む制度が整っていてもなお、教育が不十分と見做されることもある。
では何をもって教育とするか。
俺が思うにそれはその社会で使える人間を育てることだ。
どういう風に使える人間にするか、そのためには何が必要か、どれくらいの年月がかかるか、それらを明確にした上で教育内容を作り、学校をはじめとしたインフラを整えて、適切な人材を用意する。
では、この世界の教育はどうなっているかというと──はっきり言ってゴミかカスのどちらかである。
中世のような封建制が敷かれ、それぞれの身分がそのまま社会での役割に直結し、しかもそれが固定化されている世の中で、国民に広く教育を施すという発想自体ないのだと思われるが、それにしても公の教育機関が王都の学園一つしかなくて、しかも貴族家や騎士家の子女しか入れないとか、時代遅れもいいところだ。
学園に入れない平民たちはほぼ無学と言っていい。
平民たちの生活する街や農村に行けば字も読めない奴が当たり前にいる。
彼らには生涯まともな教育を受ける機会が殆どないのだ。平民が受けられる教育は神殿が慈善事業として行なっている庶民学校に行くか、家庭教師を雇うしかない。
そして当の平民たちも教育の必要性を認識していない。訳の分からない学問など不要、生活の知恵があればいい、勉強なんてしている暇があったら働け──って感じだ。
支配する側にとっても、平民たちは無学でいてくれた方が反乱の恐れがなくて都合が良い、というのもあるのだろう。
だがそれは結局のところ長い目で見れば大損だ。
国力が上がらない、いや、相対的には下がり続けるのだから。
下手に魔法なんて便利なものがあったり、滅んだ古代文明の遺物を調べて利用できるせいか、技術水準と社会構造が噛み合っていない。
そのせいで知的労働に従事できる人材が人口に比して極端に少なく、あらゆる面において中央と地方の格差が酷い。
中央、つまり王都と周辺にはいくつもの工場があって、色々な工業製品が作られ、港に道路、水道、電気などの社会インフラがばっちり整えられている。
日本で言うところの大正時代から昭和時代初期くらいのレベルの近代都市がそこには実現している。
翻って地方では多少差こそあれど、多くが産業革命前くらいのレベルである。
一部の軽工業を除けば、工業は殆ど育っておらず、採れた資源は何らの加工もされずに中央に送られていき、あまつさえそれを原料として作られた工業製品を高値で買わされる。
そうやって吸い上げられた富は殆ど還元されることはなく、そのせいで常に貿易赤字状態だ。
社会インフラの整備は極めて限定的で、老朽化した部分の更新も、新たな拡充も、金がなくてなかなか進まない。
──これでは地方は植民地も同然ではないか。
だから俺は領民の教育に力を入れると決めた。領地の地力を上げるには人材を育てなければならない。
ダンジョンで見つけたりサルベージして財宝を手に入れても所詮は泡銭だし、採掘権が戻った資源もそう遠からず枯渇する。
ならば今のうちから別の稼げる産業を育てておかなければならない。その担い手となるのが、教育した領民共だ。
読み書きと足し算引き算くらいしか教えていなかった寺子屋じみた従来の学校をお払い箱にして、新しい学校を作った。全ての領民の子供が強制で入る義務教育の学校だ。
彼らを相手に教鞭を執るのは、従来の学校で教えていた者に加えて、ファイアブランド家に仕える騎士家から選りすぐった者たちだ。彼らは学園を卒業しており、教養があるので、数学や物理化学から魔法や礼儀作法まで幅広く教えられる。
学校は去年から開校しており、早速見込みのありそうな子が何人かいるとの報告も上がっている。
ゆくゆくは理工分野や経済分野、医薬分野に教育分野まで教えられる総合大学のようなところも整備したいところだ。
さて、領民の教育について考えている俺だが、俺自身もこれから教育を受けることになる身である。
今年、俺はいよいよ王都の学園に入学する。
正直、上り調子になってきたこのタイミングで領地を空けるのは不安だが、行かないという選択肢はない。
俺が正式にファイアブランド領の領主として認められるには学園を卒業しなければならないのだ。
学園に入ったら三年間は学園の寮暮らし。領地には長期休暇の時しか戻ってこられないだろう。
──それまでにまだやっておきたいことが色々ある。
「もう学園入学か。長かったようであっという間だな」
呟くと、ティナが「そうですね」と返してくる。
その優しい声と、肩を揉んでくれる柔らかい手が安心感をもたらしてくれる。
しばらくティナのマッサージを堪能し、肩凝りもほぐれたところで俺は立ち上がって伸びをする。
「さてと、仕事もひと段落したことだし、”貯金箱“を割ってくるとするか」
「お嬢様、貯金箱を持っていらしたのですか?」
ティナが若干驚いた顔をする。
「手元にはないな。だが、確かにあるぞ」
そして俺は着替えとパイロットスーツの入ったスーツケースを手に執務室を出る。
「空賊狩りの時間だ」
◇◇◇
空賊というのは実に厄介な存在だ。
奴らは数隻の小規模な船団で活動する。そのせいで隠密性と機動性が高く、いつどこに現れるか予測がつかず、探してもなかなか見つからず、いざ姿を現しても、通報を受けて軍が駆けつける頃には奪るものを奪って逃げ去っている。
そんな厄介な空賊に対して俺が取る対策は至ってシンプル。見つかるまで探し、見つけたら殲滅、だ。
ファイアブランド領周辺及びその交易路上で略奪を行うことは即ち、ファイアブランド領に、その支配者である俺に損害を与えることを意味する。
ならばその損害はきっちり賠償してもらわないといけない。彼らの命でな。
「目標確認!」
見張り員が大声で報告してくる。
双眼鏡を覗き込むと、小さな浮島とその周囲に群がる飛行船が見えた。
「奴らの情報は正しかったな。予定通り上陸戦の準備だ」
「はっ!総員、戦闘配置!直掩鎧部隊、発艦!」
艦隊指揮官が命令を下し、艦隊が戦闘態勢に移行する。
今回の作戦目標は先程見たあの小さな浮島を制圧すること。
その浮島は地図に載っていない未知の浮島で、空賊共が基地を作り、拠点として使っている。
二ヶ月前にうちの商船を襲ってきて返り討ちにしてやった空賊の生き残りを尋問して存在を知り、一ヶ月かけて探し出し、更に一ヶ月かけて攻略の準備をしてきたのだ。
「中型戦艦二隻を確認。その他改造砲艦四。全艦こちらに向かって来ます!」
「各主砲、射撃用意。指示を待て。管制室、照準を先頭の敵艦に。測的を開始せよ」
『了解。測的開始します』
艦長の指示でマスト上部に設けられた射撃管制室が動き出す。
「さて、この艦の性能の初披露といこうか」
今回の作戦の主力となるのが今俺が乗っている大型飛行戦艦【ヴァルキリー】だ。
二年前に策定した艦隊整備計画に基づいて工廠に発注した最新鋭の主力艦四隻のうち、最初に就役した艦で、今年の初春にようやく乗組員の訓練が完了したばかり。
ベテランを選んで配属したものの、艦自体が大きく、乗組員の数が多い上に、これまでにない新機軸もあってやはり慣熟には時間がかかった。
この戦いがこの艦と乗組員たちの最初の実戦となる。
「取り舵四十。右舷砲撃戦用意!管制室、諸元送れ」
「了解!」
ヴァルキリーが迎撃に出てきた空賊の飛行船に舷側を向け始める。
その動きは二百メートルを超える大型艦とは思えないほど軽快だ。さすが最新鋭は違うな。
そして、管制室から射撃準備完了の知らせが届く。
『目標、完全にこちらの有効射程に入りました。照準よし!』
「撃ち方始め!」
艦隊指揮官の号令で舷側に並んだ主砲が一斉に火を噴いた。
何発もの砲弾が赤い光を曳いて飛んでいき──全弾外れて手前の空中で爆発する。
だが──
『修正。〇三七、〇二五』
『装填よし!』
「撃ッ!」
すぐに次弾が発射され、今度は敵艦の上を飛び越えて向こう側で爆発する。
『修正。〇一九、マイナス〇一一』
またすぐに次の砲撃が行われ、敵艦が爆発の煙に包まれた。
どうやら散布界に捉えたようだ。
煙の中から敵艦が姿を現す。
そのうちの一隻が煙を上げていた。
「目標への命中を確認!目標、艦首付近にて火災発生の模様」
「よし、このまま距離を保ち、攻撃を続行せよ」
三射目で早くも直撃弾が出たことに艦内は沸く。
その勢いのままに放たれた四射目が煙を上げていた敵艦の艦橋を吹き飛ばした。
「目標沈黙!」
「よし、次、目標を後続の敵戦艦に」
空賊の飛行船が一方的に攻撃を浴びて炎に包まれている一方で、こちらにはまだ一発も砲弾は飛んできていない。
それもそのはず、こちらは空賊共の射程外にいるのだ。
まさに一方的な蹂躙である。
艦隊戦といえば至近距離まで近づいて撃ち合うのが常識なこの世界で、このような戦い方が可能となったのは新しい射撃の方法と、強力な新型砲によるものだ。
ヴァルキリーでは従来のように各々の砲手が照準・発射を行う【独立打方】ではなく、管制室から送られる発砲諸元に基づいて一斉に射撃する【一斉打方】を行なっている。
砲手たちは基本的に指示に従って砲を動かすだけで、照準は管制室の方位盤が、発射は司令室の射撃盤がやってくれる。
当初は少なからず反発を生じさせた一斉打方だが、命中精度は桁違いである。
作戦前に行われた演習では、一斉打方で戦ったヴァルキリーが独立打方で戦ったアリージェントの五倍もの命中率を叩き出して圧勝している。
加えてヴァルキリーが搭載している新型砲は他の艦が搭載している砲よりも圧倒的に射程が長い。
砲身が長く、初速が高いことによるものだが、これに加えて重い砲弾を使うことで威力もかなりのものになっている。空賊共が使うオンボロ船のシールドや装甲など簡単にぶち抜く。
──本来はその威力がその砲の売りであって、長射程はその副産物に過ぎないのだが。
ともかく、よく当たる撃ち方と強力な主砲を併せ持ったヴァルキリーはアウトレンジから一方的に高精度の砲撃を浴びせて相手を殴り殺す凶悪な化け物と化している。
そんなヴァルキリーに恐れをなしたのか、空賊共が逃げ始めた。
「敵が回頭を開始!浮島へ向け退却していきます」
「敵わぬと見て逃げ帰りましたかな」
「いや、誘い込むつもりだろう。おそらくまだ何か隠し玉がある。距離一万を保ちつつ追跡。グリーブス隊を先行させ、偵察を行わせろ」
艦隊指揮官の指示に従い、鎧一個中隊が艦隊から離れて逃げていく空賊共を追いかけていった。
先頭を飛ぶ黄色い鎧の背には漆黒の大剣が装備されている。
その鎧のパイロット──中隊長には覚えがある。
「グリーブス──ダリル、だったか」
三年前のウィングシャーク空賊団との戦いではあの大剣を敵に奪われ、その後のオフリー軍との戦いでは単独で殿を務めるという無茶をやらかし、二度とも俺が間一髪で助けたあの若手の騎士が、今ではパーソナルカラーで乗機を彩り、先行偵察隊を率いるほどのエースである。
彼が率いる部下たちも精鋭揃いのようで、編隊にまるで乱れが見られない。
優秀な手駒が育っているのは嬉しい限りだ。
程なく、先行したグリーブス隊からの報告が届く。
「グリーブス隊より入電。敵浮島に偽装された砲台を発見とのことです」
「やはりか。オーブリー隊を増援に送れ。まず砲台を潰す」
「はっ!」
直掩として張りついていた鎧がもう一個中隊、敵の浮島へと向かっていくが、彼らが到着する前に敵の浮島に巨大な火柱が上がった。
「グリーブス隊より入電。敵砲台の破壊に成功したとのことです!」
「何?早いな。よし、本艦も前進だ。砲撃準備!上陸前の地均しだ」
ヴァルキリーが速度を上げ、空賊の浮島目掛けて突入する。
その先では、先行したグリーブス隊と増援に駆けつけたオーブリー隊が迎撃に上がってきた空賊の鎧と空中戦を始めていた。
数の上では空賊の鎧の方が多かったが、力の差は歴然だった。
墜ちていくのは空賊の鎧ばかり。それどころか、一部の味方機が逃げ込んだ空賊の飛行船を攻撃して炎上させていた。
完全に空賊共を手玉に取っている。
おかげでヴァルキリーは何らの妨害も受けずに浮島に接近し、空賊共の基地を射程に収める。
「面舵いっぱい!減速開始!」
「グリーブス隊、オーブリー隊へ通達。射線上から退避せよ」
ヴァルキリーが目標の基地に舷側を向け始めると、戦っていた味方の鎧部隊はさっさと戦闘を切り上げて再集合し、その場を離れた。
「砲撃準備完了。射線上に友軍機なし!」
「主砲発射!」
左舷の主砲が一斉に火を噴き、空賊共の基地が爆煙に包まれた。
「敵飛行船に動きあり!中型戦艦一隻が逃走を図っています!」
「ガルムに対処させろ。絶対に逃すなと言っておけ」
「了解!」
ズタボロになりながらも、ヴァルキリーが基地への砲撃を行っている隙に逃げ出そうとした空賊の飛行船だが、その針路上にこちらの中型飛行戦艦が立ちはだかり、猛攻撃を加える。
ロクな反撃もできずに砲火を浴びて火達磨になる空賊の飛行船。
味方を捨てて自分たちだけ逃げようとした卑怯者には相応しい最期だな。
「敵地上施設、壊滅した模様です」
「撃ち方やめ。地上軍の上陸を開始せよ」
「はっ!」
砲撃が止み、後方で控えていた輸送船が護衛のフリゲートと共に浮島へと突入してくる。
「オーブリー隊より入電。上陸地点確保、です!」
「信号煙確認!一時の方向!」
「アンブローズより入電。上陸隊第一陣、発進したとのことです」
見ると、兵士たちを満載した小型艇が六艘、赤い信号煙の上がる埠頭へと向かっていく。
そして着岸した小型艇からワラワラと兵士たちが飛び出し、基地の方へと突撃していった。
「結局私の出る幕はなかったな」
制圧された空賊共の基地に足を踏み入れた俺はそう呟いた。
手強い敵も予想外の罠もなく、全てが上手くいってあっさり倒せてしまった。
「良いことではありませんか。あったら困りますよ」
艦隊指揮官がジト目で言ってくる。
分かっていないな。
確かに作戦の大成功は喜ばしいことだし、ヴァルキリーの性能や部下たちの強さを確認できたし、戦利品として飛行船や浮島が手に入った。
それはいいのだが──やっぱり物足りないのだ。見ているだけで終わってしまうというのは張り合いがなくてつまらない。
こうなったら連中が貯め込んだ財宝に期待するしかない。
宝探しができれば少しは楽しめるだろう。
そしてちょうど良いタイミングでそういうことが得意な連中が現れる。
「エステル様。ウルフパック、到着致しました」
振り返ると、灰色の軍服に身を包んだ六人の兵士たちが並んで立っていた。
彼らは俺が新しく創設した特殊部隊だ。創設のきっかけは三年前のオフリー家との戦いで、屋敷に侵入した隠密部隊に番兵たちが大勢やられ、ティナたちが攫われかけた苦い経験である。
今度またどこかと戦争になって、そんな隠密集団が現れた時の対処のため、ファイアブランド軍にも同様の隠密部隊が欲しい──そう考えた。
生憎とファイアブランド軍には良い人材が見つからなかったので、セルカの提案で傭兵団をスカウトした。その傭兵団こそ、彼ら【ウルフパック】である。
彼らはその少人数ゆえに奇襲攻撃、後方撹乱、破壊工作の類を得意としてきた傭兵団であり、当然それらへの対処も熟知している。
そんな彼らを宝探しに動員しているのは、彼らが隠し部屋や隠し通路の類を見つけるのに長けているからだ。
彼らも彼らで宝を見つければ追加で特別報酬が貰えるとあって張り切っている。
「来たか。では宝探しに行くぞ」
「はい。よし、気合い入れろ野郎共!」
リーダーが檄を飛ばし、他のメンバーが応で答える。
艦砲射撃で廃墟になってしまった空賊共の基地へ、俺たちは宝を求めて踏み込んでいく。
こうして武力で叩き潰し、全てを奪い取る。そんな悪事を大手を振って働ける相手が空賊である。
貯め込んだ宝も、飛行船も、鎧も、武器も、浮島も、何もかも──全てが俺の財産となる。
空賊は俺の財布だ。
◇◇◇
「エステル様、空賊の基地を貯金箱呼ばわりするとは何事ですか!このサイラス、ティナから聞いた時は微笑ましい気分になりましたのに。基地を持つ空賊団相手に少数の艦隊で挑んだと聞いて腰を抜かしましたぞ!」
執事のサイラスが小言を言ってくる。
空賊討伐を終えて屋敷に戻ってきたと思ったらこれだ。
こいつ、俺が領主として領内を仕切るようになってから明らかに小言が多くなった。
「それはお前の勘違いだろうが。それにちゃんと勝ってきたぞ」
「そのような問題ではございません。そもそも、貯金箱を割りに行くと言って艦隊を動かすとは何事ですか!」
「私の艦隊だ。私の力だ。私が必要だと思った時に使うんだよ」
プイッと顔を背けると、サイラスはその先に先回りしてくる。
「もう充分過ぎるほどご活躍はされております。どうかお願いですからもう前線に出ることはお控えください」
「そんな心配しなくても来月には学園に入学だ。もう前線には出られねえよ。というか、今回だってブリッジから見ていただけで終わったし」
それを聞いたサイラスが白いハンカチで目頭を拭う。
「エステル様も学園に入学する歳になられましたか。よくぞここまで──」
「ふん。精々三年間楽しくやってくるとするさ。ずっと領地から引き離されるんだ。せめて待遇は良くしてもらわないとな」
「と言いますと?」
腑に落ちない顔をするサイラスに、俺はニヤリと笑って俺の悪巧みを教えてやる。
「賄賂をたんまり送ってやった。今回の空賊討伐もそれがあってちょっと懐を温めておきたかったのが理由だよ」
「エステル様、そこは賄賂ではなく寄付でございましょう」
サイラスがツッコミを入れてくるが、「どちらも同じだろ」と言ってスルーする。
学園は入学金や学費は必要ないが、暗黙の了解として家の格に応じた寄付をすることになっている。
中には寄付金の額を多くして便宜を図ってもらう奴もいると聞く。
──そう、俺のようにな!
学園に送った賄賂は新品の飛行戦艦が買えるくらいの額だ。
それをファイアブランド家の私財から出したので、その埋め合わせという意味でも浮島を持つ空賊の討伐はやる必要があった。
飛行戦艦や浮島を持っている強力な空賊団の討伐には大きな戦力が必要で、莫大なコストと損害の危険が伴なうハイリスクな事業だが、成功した時のリターンも極めて大きい。
一つは戦利品。
空賊を討伐した者は戦利品を全て自分のものにすることができる。
鹵獲した飛行船や鎧も、奴らが貯め込んだ財宝も、降伏してきた捕虜も、全てだ。
飛行船や鎧は修理や改装を施して戦力の頭数に加えるか、そうでなければ商船や作業用機として再利用したり、解体して資材や浮遊石を回収することができる。
財宝は言わずもがな。売れば大金になるし、気に入ったのがあれば俺のコレクションに加えてもいい。
そして捕虜は飯と寝床だけで扱き使える労働力として、北部での資源開発に投入できる。
領民ならよほど待遇を良くしないと、いや、どんな好待遇でもやりたがらないであろう過酷な労働も、空賊の捕虜たちになら遠慮なくやらせられる。
空賊たちは処刑されずに済み、こちらは資源で儲かる。まさにウィンウィンだ。
今回はそれらに加えて浮島も手に入れた。
しかも整備すれば良い港や発着場になりそうな地形を備えた優良物件である。
ここ三年で軍艦も鎧も増えて基地が手狭になってきたところだし、この浮島に移設するのも良いかもしれない。
二つは信用だ。
強力な空賊の討伐に成功した、というのはかなりの栄誉であり、その実績があれば貴族社会のみならず、経済界でも名を売れる。
評価が上がり、商人たちには信頼されて舞い込んでくる取引も増える。
やがては信用が生まれ、人伝にどんどん情報が広がって取引相手も、動く金の額も増えていく、というわけだ。
富と各種資源、そして栄誉と名声、 信用──それら全てをもってして領地を潤してくれるのが空賊討伐なのである。
「そう考えると今回は当たりだったな。けっこう貯め込んでいたし、ロストアイテムっぽいのもあった。査定が楽しみだ」
良い気分で扉をくぐり、自分の部屋に帰還する。
「ただいま。ティナ」
部屋を掃除していたティナは手を止めて優しい笑みで答える。
「おかえりなさい」