米国ローカルテレビ篇part1:放送エリアのはなし①~「データが語る放送のはなし」⑨

木村 幹夫
米国ローカルテレビ篇part1:放送エリアのはなし①~「データが語る放送のはなし」⑨

2カ月以上間が空いてしまいましたが、放送のいろいろな側面をデータをもとに見てみる"データが語る放送のはなし"第9回です。今回から何回か連続で米国のローカルテレビに関するデータをご紹介します。パート1である今回のテーマは、"米国ローカルテレビの放送エリア"です。

日本の地上波テレビのエリアについては、この連載の第1回第2回で取り上げましたね(誰も覚えてないかも知れませんが......)。日本同様、というか日本の民放の放送制度はそもそも米国を参考にして作られたものですが、米国の地上波テレビの放送対象エリアも商業放送、PBSPublic Broadcasting Service : 個人や団体からの寄付金や助成金で運営する非営利の放送事業者)とも全てローカルです。日本ではNHKは全国放送ですが、米国に地上波の国内向け全国テレビ放送局は存在しません。

ローカル放送が基本の国は希少

じゃあ、よく聞く4大ネットワークだか5大ネットワークというのは何なの? ということですが、これは日本の民放の5系列同様、番組供給のネットワークです。日本との違いは、以前も述べましたように、日本では在京キー局など広域圏の大規模放送局が、番組の制作・供給機能も合わせて担っていますが、米国の場合は、放送局とは別に番組の編成・制作を行い、全米に供給する"ネットワーク会社"が存在します。それらが、CBSNBCABCFOXなどです。同時にこれらのネットワーク会社は、いくつかのテレビ局(直営局と呼ばれます)の放送免許を所有する"テレビ局所有会社"でもありますが、資本関係が全くない他のテレビ局所有会社が免許を持つテレビ局(加盟局と呼ばれます)にも番組を供給し、全米ネットワークを構築しています。

余談ですが、地上波テレビ放送エリアの基本がローカルという国はかなり珍しいのです。私は、米国と日本のほかには、韓国がそれに近いということくらいしか知りません(ほかにもあるよ! と言う方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください!)。ほとんどの国では、地上波テレビは全国放送だけか、メジャーで大規模な全国放送局(全国1社の場合もあれば、いくつかの会社で構成される場合もあります)とマイナーで小規模かつカバレッジが狭いローカル放送局(全てのエリアにあるわけではなく、主要都市だけの場合が多いようです)の組み合わせです。ラジオの場合、ローカルラジオは全世界にありますが、米国や日本のように、地上波テレビはローカル局が基本で、ローカル局が全国にくまなく存在しているという放送事業の構造は、それだけで世界的にかなりユニークなのです。

全米で210のエリア、
エリア当たりの人口は日本の半分以下

本筋に戻りましょう。日本の民放地上波テレビのエリアは、広域圏内の県域を除けば、32ですが、米国のローカルエリアは210あります。人口が日本の約2.8倍の3億3,300万人程度あるとはいえ、多いですね。単純計算で、エリア当たりの人口は日本の半分以下になります。

このエリア区分は、視聴率調査を行うニールセン社が独自に調査し、毎年、改訂しているもので、DMADesignated Market Area)と呼ばれます。エリアの定義は同じ放送局の信号を受信しているエリアです(受信形態は地上波直接受信、ケーブルテレビ、衛星放送のフィードを問いません)。各都市圏の都心部だけでなく周辺部分も含まれますし、ダラス・フォートワースやサンフランシスコ・サンノゼのような複合都市圏もあります。州をまたがるエリアもあります。ニールセンは全米で視聴・聴取率調査を実施していますので、調査に用いるメーターなどを利用して計測し、エリア全体としての世帯数を推計しているようです。受信できるエリアに変化がなくても、世帯数は常時変動していますから、順位も変動します。広告主や広告会社にとって、DMAデータの主な用途は、広告出稿の際のリーチを計算することです。DMAは、テレビ、ラジオ広告だけでなく、新聞や屋外広告などへの広告出稿でもリーチの推計に利用されます。

DMAは、現実の商圏(マーケット)です。基本的には、カバーできている範囲がその局のマーケットと言う考え方ですので、ニールセンが毎年、実際に受信可能な範囲を推計しています。なお、FCCは基本的にDMAをベースに用いて地上波テレビの放送免許を交付しますが、全てのケースで厳格にDMAに沿うように交付しているわけではないようです。現実の周波数の利用状況やそのエリアの特性、規模、事業者の要望などを勘案して、比較的柔軟に対応しているようです(これが厳格に適用されるのは、むしろケーブルや衛星での地上波の再送信エリアのようです)。

ニューヨークで近畿と中京の中間くらいの規模

図表2021年のDMAランキング(世帯数基準)で、1位から10位までの上位エリアと中央値の105106位のエリア、208位から210位までの最下位エリアのリストを示しました。1位はニューヨークで約745万世帯です。ニューヨーク市だけでなく、ニュージャージー州やコネチカット州の一部など州をまたがって周辺の地区まで含まれますが、規模としては関東広域圏(約2,000万世帯)の4割弱です。近畿広域圏(約920万世帯)と中京広域圏(約480万世帯)の中間あたりでしょうか。以下、2位のロサンゼルス、3位シカゴ、4位フィラデルフィアまではここ何十年間不動ですが、5位のダラス・フォートワースはここ20年間くらいで1011位あたりから急速に順位を上げてきました。アトランタやヒューストンも順位を上げており、反対にワシントンD.C.やボストンなどが順位を下げています。ヒスパニック系を中心とする移民による人口増の影響でしょうか。

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<図表.DMAランキング(2021年)

半分以上のエリアは30万世帯以下

105-106位の中央値付近のエリアを見ると、Lincoln & Hastings-Kearneyはネブラスカ州の州都リンカーンを含むエリア、Evansvilleはインディアナ州の南西部でイリノイ州、ケンタッキー州との境界に近い市です。これらのエリアの世帯数は28-29万世帯ですから、日本のテレビ放送エリアで言えば、32エリア中最も世帯数が少ない福井(約29万世帯)と同程度です。中央値で日本の最も世帯数が少ないエリアと同程度ですから、それより下位のエリアは日本では存在しないほど世帯数が少ないエリアが100以上連なっています。

208位のAlpenaはミシガン州北部、五大湖のひとつヒューロン湖に面した人口1万人の市とその周辺部、209位のNorth Platteはネブラスカ州にある人口2万3,000人程度の市です。208209位エリアの世帯数は1万5,000前後ですから日本で言えば、人口2万人台の小さな市または町といった規模です。210位のGlendiveは、モンタナ州にある人口4,900人程度の農業と牧畜の小さな市を中心とするエリアですが、最小のDMAとして結構有名なようです。一度行ってみたいですね。

全米のテレビ局数はフルパワーだけで1,700局以上

表の右端にエリア内のテレビ局数を示しました(最新のデータではないかもしれませんが、大きくは変わっていないと思います)。ただし、この局数は一般的に"フルパワー"または"フルサービス"と呼ばれる局だけです。これらの局の総数は全米で1,756局ありますが、UHF1,265局、VHF491局です。このうち1,373局が商業放送、383局が教育目的などの"Educational"と呼ばれる非商業放送です。

米国で、‟フルパワー"ないし"フルサービス"と呼ばれる局は、基本的に、日本で言う広域・県域局の親局に相当するようです。FCCのカテゴリーでは"トランスレーター"というものがありますが、これが中継局に相当するようです。トランスレーターは全米で計3,175局(UHF2,444局、VHF731局)あります。トランスレーターは、災害・緊急情報を除いて、親局と異なるオリジナルの番組を放送することは禁じられています(以上、全てFCCデータより。202210月5日時点)。

親局約1,800局に対し、中継局(トランスレーター)約3,200局ですから、単純計算で親局1局に対し中継局は1.8局程度しかありません。日本は国土面積が米国の26分の1しかないにも関わらず、NHK以外の放送事業者だけで7,600局程度の中継局を運営していますから、様相が全く異なります。米国の地上波放送は、日本のように極めて緻密に中継網を張り巡らし、全国をカバーしているわけではありません。エリア内に山岳部を抱えるエリアなどは何局かの中継局を運営していますが、平野部など多くのエリアでは、日本に比べるとかなり大出力の親局だけで効率よくカバーし、あとはケーブル・衛星でどうぞという考え方です。つまり、採算のとれる範囲だけに地上波の電波で届けるという考え方です。この辺の状況は、日本とはかなり異なりますね。ちなみに、これらとは別にFCCの用語で"LPTV"と呼ばれる狭い範囲をカバーする低出力で小規模な局もありますが、これについては、機会があればご紹介します。 

なお、冒頭にみたように、ニールセンは毎年一回、DMAを改定して公表していますが、このスタイルは2021年版を最後に廃止するそうです。今後はニールセンが持つ別のデータ(Local TV Station Information Report : 月次)で代替されるようなのですが、FCCがそれをどう活用するのかなどは議論中です。ひとつだけ確かなのは、世帯数はもう推計されないということです。日本でも最近ようやく、そうなってきましたが、米国ではかなり以前から、視聴の単位は世帯ではなく、個人が主流でしたので、これは当然の流れではあります。

この回はここまでです。次回は「放送エリアのはなし②」として、エリア内のテレビ局の構成を見ていきます。日本と似ているところもあれば、全く異なるところもあります。日本の民放テレビの将来を考えるにあたって、参考になりそうな点を中心にご紹介します。

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