霞が関「出戻り組」への期待と警戒感 回転扉は動くか

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大鹿靖明 中島嘉克
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 「リボルバーの会」。そんな名のグループが東京・霞が関にある。米国では、官民の人の行き来を「リボルビングドア(回転扉)」という。それにちなみ、いったん民間に転身後、再び中央省庁に戻ってきた官僚の集まりだ。9月には民間の専門人材に門戸を開くデジタル庁が発足する。新卒採用を前提に人材育成してきた省庁に、リボルバーは風穴を開けるだろうか。

 この会ができたのは2019年。約10人いるメンバーの顔ぶれは多彩だ。

 会長を務める金融庁審議官の堀本善雄さん(55)は、回転扉の代表的存在だ。東大卒業後、旧大蔵省に入省、金融庁で不良債権問題に携わった後、08年に金融機関向けコンサルティング会社プロモントリー・フィナンシャル・ジャパンに転職した。しかし業容は小さく、一時は「転職は失敗だったかな」と眠れぬ夜を過ごしたことも。だから「最初にお客さんがついて評価が得られたうれしさは忘れられません」。5年勤めた後、金融庁が検査改革で職員を公募したのに応じ、13年に復帰した。

 二つの世界で働いた利点をこう言う。「役所しか知らないと、民間の行動原理がわからず、トンチンカンな政策を講じるかもしれない」。自身も収益に責任を負い、経営の厳しさを知った。「両方知ってわかることがあります」

 経済産業省から福島イノベーション・コースト構想推進機構に出向する山本慎一郎さん(44)も、会員の一人。街づくりに関わりたくて東大卒業後、旧建設省に入省。12年勤めた後に「現場の仕事を」と退官し、自治体の政策立案や震災復興に携わってきた。東北で会った経産省職員に「想像以上に地に足のついた仕事をしている」と感心し、同省の社会人経験者枠に応募。19年に今度は経産官僚として霞が関に舞い戻った。

 様々な経験をしてきたゆえ、それぞれの思想や論理が肌身でわかる。「社会の改善と次世代のために全力投球できる」のが醍醐(だいご)味という。

 堀本会長から会に誘われているのが、金融庁マネーロンダリング・テロ資金供与対策企画室長の尾崎寛さん(57)だ。東大卒、旧三井銀行に入行後、旧大蔵、外務両省に計4年間出向した経験を持つ。マネロン対策の第一人者と言われ、金融庁が同室を新設する際、専門家を募ったのに応募した。「誰かから引き継ぎを受けた訳でなく、この分野を白地から開拓してきた。目の前のことに取り組んでいたら、いつのまにかここに来ていて」と笑う。

 会の生みの親で事務局を担うのは、経産省OBの栫井(かこい)誠一郎さん(38)。退官後、官民連携を手がけるパブリンク社を立ち上げた。「霞が関はガラパゴス。ベンチャーや外資、民間の働き方を輸入したら進化できます」。会員は金融庁、経産省以外にもいて、交流が広がっているが、それを表に出せないのが悩みだという。「省庁によっては、出戻り容認を明らかにしたがらないんです」

 民間企業では、ライバル企業への人材流出に悩んだヤフーが12年、「出戻りOK」を公言すると5年間で約50人が復帰した例がある。「有為な人材が辞める閉塞(へいそく)感を打ち破りたかった」と当時の宮坂学社長(現東京都副知事)は言っていた。

 メンバーではないが、回転扉の先駆者とも言えるのは伊原智人さん(53)だ。経産省で核燃料サイクル施設計画に疑問を抱き、原子力政策を見直す若手の中心だった。その後リクルートに転じたが、11年の東京電力福島第一原発の事故後、民主党政権から誘われ、持論の脱原発政策を実現しようと国家戦略室で働いた。民主党が下野すると再び退官し、いまはバイオエネルギーのベンチャー企業グリーン・アース・インスティテュートの社長を務める。

 官僚経験者について、伊原さんは「民間からいきなり政府で働く人より、『お作法』を知っているので働きやすい」と言う。とりわけ政治家への対応や他省庁との調整は経験者なら即戦力。だから「デジタル庁もそういう人を登用しては」と提案する。

「出戻り組」は格下に、官民癒着の課題も

 9月に発足するデジタル庁は、内部で一から育成した人材を中心とする霞が関では異色の組織となる。非常勤を含めた約500人の職員のうち、特別職のデジタル監をはじめ100~120人を民間から採用する計画。デジタル庁の母体となる内閣官房IT総合戦略室によると、元官僚の採用も検討するという。

 「役人の方が民間に行ってまた戻ってくるというのも大歓迎」。平井卓也デジタル改革相は4月の閣議後会見でこう語った。「回転扉」の仕組みづくりを進める考えだ。

 NTTデータ出身の平本健二・政府CIO上席補佐官も、官民の行き来の拡大に期待を寄せる。「役所は民間の最新の技術をリアルに知る人を入れられ、内向きの文化が変わっていくことにもつながる。そして、民間に戻った人は役所の仕組みを伝える広報官になる」

 とはいえ、定着には課題も多い。一つは、入省年次に基づく霞が関の人事や待遇だ。民間経験は評価されにくく、「出戻り組」はかつての同期より格下に置かれがちだ。官僚の給料は、転身先である金融機関やコンサルティング会社などより低いことが多く、収入減も甘受せざるを得ない。そのためデジタル庁は、優秀な人材を確保するため、先行採用した非常勤職員には兼業・副業を認め、年収換算で最大1千数百万円の待遇を用意した。

 さらに大きい課題は、官民癒…

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