「圧倒的じゃないか!」
アヴァリスのコックピットで俺は笑いを止められずにいた。
これだ──これなのだ。
圧倒的な力で敵をねじ伏せる。
とんでもなく強力な兵器で敵を蹂躙する。
しかも相手は空賊だ。
前世の取り立て屋と重なるような怖い連中を力でねじ伏せていることが、堪らない快感を生じさせていた。
奪われる側から奪う側に回れた。
そうか──これが強者の見ている景色なのか。最高じゃないか!
「効かねえなぁ!」
こちらに斬りかかってきた空賊の鎧目掛けて大剣を振るうと、面白いように壊れていく。
対して俺の乗るアヴァリスには傷一つ付かない。
ただでさえ高い機動性に耐えられるよう頑丈にできているのが、セルカと融合合体したことでとんでもなく堅牢になっているのだ。
おかげで俺は被弾を恐れず思う存分暴れられる。
そしてアヴァリスはスピードもパワーも普通の鎧とは段違いだ。
他のどの鎧よりも速く飛び、剣を振るえば狙った場所を必ず斬り裂き、敵を圧倒する。
頑丈で、速くて、思った通りに動いてくれる。
最高の機体だった。
「はっはっは!強い!強いぞ!陽動なんて言わずにこのまま殲滅してやる!」
アヴァリスの強さに興奮する俺は昔を思い出す。
剣術を学んでいたはずなのにアヴァリス──当時はまだ名無しだったが──の操縦訓練をニコラ師匠に課された時、これが一体何の役に立つのかと思っていた。
でもやっていなかったら今の俺はいないだろう。
師匠はやはり先の先まで読んでいたのだ。
俺が領主になるまでに、そしてなった後に立ちはだかるであろうあらゆる苦難を想定して、このような戦いに参加することもあり得ると思ったのだろう。
だから俺に鎧の操縦技術を身に付けさせようとした。きっとそうだ。
師匠の教えには全て意味があったのだ。
「いやはや、師匠様様、案内人様様だな」
アヴァリスを急旋回させてすれ違った空賊共の後ろを取り、一機の背中に大剣を突き刺す。
重要機構からコックピットまで大剣に貫かれた空賊の鎧は一撃で動かなくなる。
大剣を横なぎに振るうと、相手の鎧が後ろ向きに投げられる形になり、自然と大剣は抜ける。
「さてと、次はどいつだ!?」
興奮冷めやらぬまま次の獲物を探す俺にセルカが水を差してきた。
『盛り上がっているところ申し訳ないけれど、ちょっと悪い知らせよ。さっき狙ったデブは仕留め損なったわ』
さっき撃った二発目の飛槍は命中しなかったらしい。
「何?外したのか?」
『違うわ。飛槍が
超音速で飛んでくる飛槍を叩き斬るとは確かに凄いことだ。
空賊の分際で腕が立つ奴がいるらしい。
きっとエースだな。仕留めたら賞金でも出るかもしれない。
「上等だ。次はそいつにしてやる。どこだ?」
『後ろよ。向こうから来るわ!』
振り返ると、件のデブ──他の鎧より大型で見るからに重装甲な鎧が左手にライフル、右手に大鉈のような武器を構えてこちらに向かってくるのが見えた。
「いたな」
応戦しようとする俺だが、味方の鎧が割って入る。
『奴を止めろ!エステル様に近づけるな!』
──余計なお節介を。俺の獲物だぞ。
だがまあ、俺のために強敵に立ち向かう勇気と忠誠心は認めてやろう。
割って入った味方の鎧が三機、デブに立ち向かっていったが──
『な、何だこいつは!?』
『硬い!』
『怯むな!止めろおおお!』
味方機はデブを仕留められなかった。
対鎧用の魔弾で三方十字砲火を浴びせたが、殆どの弾が躱され、当たった弾も装甲に弾かれて全く効いていない。
そしてお返しに放たれたデブからの銃撃で一機が被弾した。
『おのれ!こうなれば!』
不意に味方の一機が剣を抜いた。
俺が持っているのと同じアダマティアス製の大剣──全部で六本あったので俺が使う分を除いた四本を選抜した味方に配ってあった──でデブ目掛けて斬りかかる味方機。
しかし、デブは大鉈で斬撃をいなし、逆に味方機の腕を引っ掴んだ。
『ええい!放せ!ぐああああああ!』
味方機の腕が圧し折られ、剣が奪われる。
──なんと情けない。あいつらに任せたのが間違いだった。
俺は操縦桿を倒し、デブのところへと向かう。
◇◇◇
ファイアブランド家に仕えるグリーブス騎士家の長男【ダリル・グリーブス】は焦っていた。
エステルが家出した際に取り逃がしたことで所属していた精鋭部隊は全員揃って降格処分とされた。
剣術と鎧の操縦技術に優れ、若くして精鋭部隊に配属されて、貴重な新型の鎧を与えられたことにプライドを持っていたダリルにとっては受け入れ難いことだった。
おまけに追跡中に起こった怪奇現象──撃った弾が戻ってきたり、目標に斬りかかったと思ったら味方機に斬りかかっていたり──をいくら説明しても信じてもらえず、父にまで「見苦しい言い訳をするとは見損なった」と言われた。
全部エステルのせいだと、彼女を恨んだ。
だが、そのエステルによって挽回の機会がもたらされた。
取り上げられた愛機に再び乗れることになり、更には剣の腕を見込まれてロストアイテムであるアダマティアス製の大剣を支給された。
そして同じように降格処分になった隊員たちと共に再編された精鋭部隊に入れられ、港島への攻撃に参加させられたのだ。
しかも港島への攻撃にはエステルが自ら鎧で参加すると言い、実行に移した。
そして味方機を振り切って突撃したかと思えば、次々に空賊の鎧を叩き落としていった。
驚愕と共にエステルを讃える声が味方の間に広がる。
それがダリルの焦りを一層掻き立てた。
何としてもここで失点を挽回し、エステルを見返してやらなければ──彼がそう思って逸り、エースと思しき敵機に斬りかかったのも無理はなかった。
だがその結果──
(ああ──死ぬのか)
迫ってくる漆黒の大剣を見てダリルは悟った。
ついさっきまで自分が振るっていた武器を敵に奪われ、その武器で斬り殺される──何とも情けない最期だ。
父は何と言うだろうか──きっと怒るだろうな。「馬鹿野郎!」って怒鳴って拳骨をお見舞いしてくる。痛いだろうな。父の拳骨は痛くて、怒鳴り声を聞くと身が竦んでしまって──
──あれ?そういえば今「馬鹿野郎!」って聞こえなかったか?
次の瞬間、目の前にまで迫っていた大剣が大きく逸れて空を切った。
ダリルを斬り殺そうとしていた空賊のエース機は純白の鎧に飛び蹴りを食らって乱回転しながら吹っ飛んでいく。
「な、何が──?」
何が起こったのか分からずに混乱するダリルを味方機が掴む。
『おい!無事か!』
「あ、ああ」
『よし、喋れるならいい。さっさと離脱しろ』
味方に引っ張られて戦闘空域から離脱するダリルが後ろを振り向くと、空賊のエース機と激しく鍔迫り合うアヴァリスが見えた。
『エステル様が割って入らなかったらお前今頃斬り殺されていたぞ。戦いが終わったらちゃんと礼を言ってこい』
味方の言葉で先程見えた純白の鎧はアヴァリスだったのだと、ダリルは悟る。
エステル様が助けてくれた?──俺を?エステル様を恨んで、功を焦って、一人で敵の強者に斬りかかって、支給されたロストアイテムの剣を奪われてそれによって斬り殺されるところだった、情けない俺を?
ダリルは泣いた。
◇◇◇
デブのくせしてなかなかどうして、骨がある奴だ。
味方機から奪ったロストアイテムの大剣で俺と剣戟を繰り広げる重装甲の鎧。
攻撃力と機動力を重視した軽量型の鎧が主流の今、重装甲の鎧など時代遅れらしいが、大きいし、パワーがあるし、俺は嫌いじゃない。
おまけに中身も他の空賊とは段違いの手練れらしく、俺と剣での打ち合いをやってのけている。
そして鍔迫り合っていても勝ち目が薄いと分かるや、すぐに距離を取ろうとし始める。
だが逃がさない。
大剣を大腿部にしまい、背中のラックからパイルバンカーを取り出す。
丁度戻ってきた一発目の飛槍をパイルバンカーに装填し、逃げるデブ目掛けて撃った。
できればそのまま仕留めたかったが、デブは気付いていたようで、振り向きざまに大剣を振るう。
だが今度は狙ったのはコックピットではなく、脚部である。
直前で軌道を変えた飛槍はデブの大腿部に突き刺さり、大剣は空を切る。
直後に飛槍が爆発を起こした。
コックピットに直撃しなくてもこれなら大ダメージだろうと思っていたが、甘かった。
確かに脚部は吹っ飛んでいたが、それ以外の箇所にはダメージになっていない。
「トドメが必要か」
再び接近戦に持ち込むべく、パイルバンカーを大剣に持ち替えてデブを追いかける。
追いすがる俺にデブは大剣をしまい、ライフルを構えた。
銃口に魔法陣が浮かんだかと思うと、そこから尖った石礫が無数に発射される。
おそらく土魔法の一種だろう。ライフル弾と同等かそれ以上の速度で襲いかかってくる尖った石礫の雨──なるほど、普通の鎧からすれば凄まじい脅威だ。
だが、アヴァリスの防御力の前にはそれこそ鉄の壁に小石を投げつけるも同然である。
装甲に当たった石礫が甲高い音を立てて砕け散る。
デブは何度も石礫の雨をお見舞いしてくるが、そのことごとくをアヴァリスは弾き、デブへと迫る。
『後ろよ。狙われてるわ』
不意にセルカが警告してきた。
デブを追いかけるアヴァリスを背後からライフルで狙う空賊の鎧が二機。
「ちっ、罠か」
毒づく俺だが、デブを追うのはやめない。
背後から放たれた対鎧用の魔弾が過たず、アヴァリスの翼に直撃する──直前で思いっ切りUターンして戻っていき、撃った空賊の鎧に命中した。
鏡花水月──いかなる攻撃も空間ごと捻じ曲げて逸らし、相手に向かって打ち返すことも可能なチート技。俺の切り札だ。
魔弾でもアヴァリスの装甲などまず貫けないので別に使う必要もなかったのだが、鬱陶しかったので使った。
ほら、カスダメでも後ろから撃たれ続けたら苛々するし。
俺の背後を取っていた二機の空賊の鎧は戻ってきた自分の弾に爆砕されて四散する。
「馬鹿が!背後を取ったくらいで落とせると思ったか!」
バラバラになって墜ちていく空賊の鎧を嘲笑いながらデブに追いつき、大剣を振り下ろす。
デブはギリギリで大剣を抜いて俺の斬撃を受け止めていた。
接触したことで相手の声が聞こえてくる。
『お前、何をやった!何の魔法だ!?』
野太い男の声──前世の借金取り共を思い出す。
そんな厳つそうな男が焦っている。
「ああ、さっきのアレか?鏡花水月と言ってな、魔法も使うがれっきとした剣術の奥義だ」
優越感たっぷりに教えてやると、相手は怒鳴ってきた。
『子供?って、そんな剣技があるか!一体どこの流派だ!?』
「決まった名はない。名前は自分で付けるのさ。だが師の名を教えてやる。ニコラだ!」
『はあ!?知るかそんな奴!ドマイナー剣術使いがヌケヌケと──』
──鏡花水月とニコラ師匠を侮辱するとは良い度胸だな。
大剣の柄から右手を離し、ガントレットの飛び出しナイフでコックピットを突き刺した。
『ぐああああああ!!』
悲鳴を上げる相手に俺は冷たく言い放つ。
「ドマイナーとは言ってくれるじゃないか。ならお前らを叩き潰して師匠と鏡花水月の名を広めてやるよ」
『た、助けてくれ!降伏、降伏するから!』
「騒ぐなやかましい」
『助けて!お願い──します!うああああああああ!!」
飛び出しナイフの先端が血に濡れ、機体にも返り血がかかるが、構わずに悲鳴が聞こえなくなるまで何度もコックピットを突き刺し、静かになったデブ鎧を海へと放り投げた。
直前に奪われた大剣を取り返すのは忘れない。
落ちていくデブ鎧を見て味方は歓声を上げ、空賊たちは恐怖に慄く。
『か、頭ああああああああ!!』
『そ、そんな!』
『冗談じゃねえ!お、俺は逃げるぞ!』
どうやら倒したデブに乗っていたのは空賊の頭領だったらしく、空賊共が一気に統制を失い、総崩れになった。
何機かが逃げ出し、すぐに他の空賊の鎧も次々に後を追って逃げ出していく。
『エステル様!』
味方機が近づいてきた。
『艦隊より通信です。敵戦艦を無力化、陸戦隊が上陸を開始したとのことです』
ベストタイミングだ。
逃げていく空賊共に帰る場所はもうない。
「よし、追撃だ。艦隊とで挟み撃ちにしてやれ!」
『了解!』
ファイアブランド軍の鎧が一斉に逃げる空賊の鎧を追って港島へと向かう。
逃げ惑う空賊たちの鎧は面白いように墜ちていった。
◇◇◇
アヴァリスで港島に降り立ったのは全てけりが付いてからだった。
空賊の鎧は全て撃ち落とされるか、捕獲され、港島は陸戦隊によって制圧されていた。
海上ではサルベージが始まっており、墜落した鎧が次々に拾い上げられて港島に運び込まれている。
アヴァリスから降りた俺に炎のような赤い軍服に身を包んだ兵士たちが敬礼してくる。
厳つい男たちが俺に対して礼儀正しいとか──実に楽しい。
制圧された空賊の飛行戦艦の前には両手を後ろ手に縛られた空賊たちが集められていた。
「エステル様」
三角帽子を被った艦隊指揮官が近づいてきた。
「三十二名を捕虜にしました。奴ら宝を差し出すと言って慈悲を求めております」
──慈悲?慈悲だと?
寝言は寝てから言うものだ。人の領地に土足で踏み込んで略奪しておいて虫がいいにも程がある。
「慈悲など不要。さっさと処刑しろ」
「──はい!」
心なしか嬉しそうに返事をする艦隊指揮官はすぐに銃殺隊を用意させていた。
『容赦ないわね』
側に浮かぶセルカが言ってきたが、考えは変わらない。
「俺の領地で略奪した罰だ。『空賊殺すべし。慈悲はない』って格言もあることだしな」
『え?そうなの?凄いわね』
俺の冗談を真に受けるセルカを見ていると、ちょっと居た堪れなくなった。
こいつは知識や能力こそあれどかなりの世間知らずだ。
「嘘だよ。今作った」
『あはは、何よそれ』
くだらない冗談で笑うセルカのおかげでどこか気持ちが軽くなる。
地面に八本の杭が立てられ、空賊たちが八人、縛り付けられる。
その前にライフルを持った兵士たちが八人横一列に並んだ。
「やめてくれ!死にたくない!」
「頼む!許してくれえええ!」
「何でも差し出しますからあああ!」
「嫌だあああ!助けてえええ!」
情けなく命乞いする空賊共に向けられる兵士たちの目は冷ややかだった。
「構え!」
艦隊指揮官の合図で兵士たちが一斉にライフルを構える。
「撃て!」
八つの銃声が響き、空賊たちの悲鳴が止んだ。
撃った兵士たちは下がり、別の兵士たちが空賊たちの死体を運び去っていく。
そしてまた八人の空賊が杭に縛り付けられる。
空賊たちの悲鳴が鬱陶しくて俺はその場を離れた。
それに処刑を見ているよりもよほどやりたいことがある。
◇◇◇
「さてと、お宝探しといこうか」
空賊共の旗艦と思しき三百メートル級の大型飛行戦艦に乗り込んだ俺は、空賊共がどこかに貯め込んでいるらしい財宝を探し始める。
セルカは他の飛行船を捜索するために俺の側を離れており、代わりに臨検を行う部隊を連れている。
その部隊の隊長が俺に進言してきた。
「エステル様、可能性が高いのは二重底か、隠し倉庫かと」
「よし、手分けして探せ。何か見つけたらすぐに教えろよ」
兵士たちは頷いて八人ずつの班に分かれた。
俺は一班を率いて取り敢えず二重底を探そうと船底に向かう。
通路には乗り込んだ陸戦隊との戦闘の痕跡が生々しく残っていた。
壁のあちこちに弾痕が穿たれ、床の所々に血痕がある。
不意にどこか懐かしい気配がしたかと思うと、視界の隅を何かが横切った。
「あれ?」
「どうされましたか?」
兵士の一人が怪訝な顔で尋ねてくる。
「今犬か何かいなかったか?」
「犬ですか?我々は見ませんでしたが──鼠捕り用に飼われているのかもしれませんね」
鼠対策として船に犬や猫を乗せるのは前世で聞いたことがある。
待てよ。前世といえば──犬を飼っていた。
死に際に迎えに来てはくれなかったが、それでもかけがえのない存在だった。
だから妙に懐かしさを覚えたのだろう。
「あっちに行くぞ」
俺は犬のようなものが消えた方向へと足を進める。
通路がずっと先まで続いていて、両脇に扉が並んでいる。
殆どは戦闘中に蹴破られたのか、倒れたり蝶番が外れたりしているが、隠れる場所は多そうだ。
互いに死角を補い合いながら慎重に部屋を捜索していくが、人の気配はなく、犬もいない。
そして見つけられないまま通路の突き当たりまで来てしまった。
「行き止まりですね」
突き当たりの壁を見た兵士が呟く。
仕方ない。引き返して船底に行くか。
踵を返したその時、
振り返ったが、そこには変わらず壁があるだけだ。
「エステル様?」
「この向こうに部屋があるぞ」
俺は壁を叩いて言った。
魔力での空間把握をやってみたら、向こうに小さな部屋があることが分かった。
ついでにこの壁は隠し扉だ。
兵士に扉を破壊させて中に入ると、そこにあったのは執務室のような部屋だった。
机と椅子があり、部屋の両端には棚がある。奥の方には小さな窓。
窓を開けてみると、どうやらここは船尾の方らしく、下に飛行船の方向舵が見えた。
兵士たちに部屋の捜索を命じ、俺は犬を探すが、見つからない。
犬が隠れられそうな場所なんてないのにどうしてだろう。空間把握を使った時も犬らしい反応はなかったし──不思議だ。
もしかしてあの鳴き声は聞き間違いだったのか?
「なっ!?これは!」
不意に兵士の一人が素っ頓狂な声を上げる。
「どうした?」
兵士は手紙の入った箱を見せてくる。
「この封蝋の紋章はオフリー家のものです!」
見てみると手紙は封蝋を傷つけないように上の方をナイフで切って開けられている。
中に入っていた手紙には何かの指示か取り決めのような文言が書き連ねてあった。
文の最後の署名はイニシャルで、書いた奴の名前は断定できないが、筆跡はこれまでオフリー家から送られてきた書状のもの──つまりオフリー家の現当主のとそっくりだ。
オフリー伯爵家当主と空賊との間でやりとりがあったことを示す、動かぬ証拠だ。
「でかしたぞ。こいつは良い脅迫材料になる」
手紙の入った箱を受け取って鞄に入れると、通信機が鳴り出した。
「エステルだ」
『あ、エステル様。丁度良かった。見て頂きたいものがあります。四番埠頭まで来てください』
「何だ?宝でも見つけたのか?」
『ええ──ですが何分とんでもないものでして──』
歯切れの悪い相手に苛立った俺はすぐに行くと言って通信を切った。
宝探しと犬の捜索は中断されてしまった。
◇◇◇
行った先にはボロボロの鎧があった。空賊の頭領が乗っていた重装甲の鎧だ。
その前に兵士と商人らしい人間が集まって何かを見ている。
「あ、エステル様」
三角帽子を被った艦隊指揮官が俺に気付き、その何かを持ってきた。
それは洒落た箱に入った首飾りだった。
宝石がいくつも嵌め込まれていてとても綺麗だ。
「この首飾りがどうかしたのか?」
「ご覧ください。これは神殿の紋章です」
「神殿?」
指揮官が首飾りを裏返すと、確かに紋章が刻まれている。
「神殿の宝を空賊が持っていたのか?偽物だろう?」
「それがそうとも言い切れんのです。この首飾り──言い伝えにある失われた【聖なる首飾り】にそっくりでして」
「聖なる首飾り?」
たしかホルファート王国史の本にそんなアイテムが出てきた。
ホルファート王国建国の英雄である五人の冒険者と一緒にいた──
「──【聖女様】のか?」
「はい。外見的特徴の一致、偽造困難な神殿の紋章も刻まれている──そんなものが市井に出回るはずはありません。私としては神殿に届けて鑑定を依頼すべきと考えます」
俺は記憶を探って聖女に関する知識を思い出す。
聖女はホルファート王国建国に関わった五人の冒険者と行動を共にしていた仲間だ。
彼女がいたからホルファート王国は誕生したと伝えられ、そしてその力は今も神聖視されている。
だが五人の冒険者の血筋は王族と名門貴族として残ったのに対し、聖女は行方不明となった。建国後に役目を終えたと判断し、また冒険の旅に出たというのが通説だが、詳細は不明のまま。
ただ、聖女は王国に三つの宝を残していった。
【聖女の杖】、【聖なる腕輪】、そして【聖なる首飾り】。その三つの道具と、それらに認められた資格を持つ者が揃えば聖女の力を再現できるのだとか。
それらの宝を保管しているのが神殿だ。
だが、何十年も前に腕輪と首飾りは行方不明になり、王宮を巻き込んだ大騒動になったらしい。
当時の神殿は何をしていたのかと思うが、その首飾りが盗まれて闇市場で売られ、空賊に買われたのだとしたら──目の前にあるこの首飾りは本物かもしれない。
「もし本物なら──」
「ええ、神殿が動きます。エステル様、これは好機です。この首飾りが本物だったなら神殿を味方に付けられます。そうすれば神殿の口利きでオフリー家との戦争を回避できます」
嬉しそうに話す指揮官だが、俺にはそうは思えない。
「残念だがそれは多分無理だな」
「なぜです?」
俺は鞄から隠し部屋で見つけた手紙を取り出してみせた。
「こ、これは──!」
指揮官は手紙を読んで驚愕に震える。
次第にその表情は憤怒に変わっていく。
「オフリー家が空賊が殲滅されたと聞いたら、そいつが私たちの手に落ちたと考えるはずだ。どんな手を使っても奪いに来るぞ。どう足掻いてもオフリー家との戦いは避けられないさ」
悲観的な予測を述べつつも俺は幸運だと考えていた。
オフリー家を社会的に抹殺できる犯罪の証拠と、神殿という大きな組織に恩を売れるかもしれない宝が同時に手に入ったのだ。
こんな幸運をもたらす可能性といえば──
「素晴らしいフォローだよ。案内人」
リオン「おいいいいいいい!何イベント潰してんだああああ!!」