「鉄道業界でもデジタル化が進み、運行管理のために車掌や乗務員がタブレットを使って、情報を得ることが一般的になりました。導入直後、車掌が乗務中にスマホを触っているとして、乗客が撮影した映像がマスコミで報じられたことがありましたが、今では理解も広がっている。にも関わらず、つい先日も乗務中にタブレットを操作していると、乗務員室と客室の仕切りのガラスをどんどん叩いて『何遊んでるの、危ないじゃない』という金切り声が聞こえてきました」(河合さん)
高齢客は女性で、証拠を残そうとしているのか、手に持ったスマホを河合さんに向けていたともいう。
「これは業務用のものです、と説明すると、今度は姿勢が悪い、勘違いさせる方が悪いと言われました。撮った映像を消すようお願いしたんですが、隠蔽したいのかと叱責されました。同じ経験をした乗務員は、少なくないんじゃないでしょうか」(河合さん)
これは差別じゃないよ
もはや、価値観の違いなどではなく、単なる勘違いと言いがかりではないかというレベルである。ときには業務妨害を引き起こしかねない行為だというのに、彼らは悪いことをしているとはまったく思っていない。それどころか正しいことをしていると思っているから、自分が客という立場を利用し、更なる暴挙に出る場合もある。ある飲食店チェーンに勤務するパート従業員・元山香奈子さん(仮名・40代)が怒りをあらわにする。
「人手が足りないところに来てくれたアルバイトが、東南アジア系の若い男の子でした。語学学校に通っていて、日本語は辿々しいものの、接客は丁寧で明るく、パートの私たちも可愛がってあげていたんです」(元山さん)
それから2週間ほどしたある日、高齢夫婦の客が、配膳役の外国人アルバイトではなく、厨房にいた元山さんをわざわざ呼び出した。夫婦は温厚そうな雰囲気だったが、その発言に元山さんは耳を疑った。
「まず男性客の方が落ち着いた様子で、あなたは外国人が出した定食と味噌汁と、日本人が出してくれた定食と味噌汁、どちらが食べたい? と仰いました。女性客も続けて、和食なんだから客はどう思うかしら?と質問してくるのです。明らかな差別ですし、それを聞いていた彼は、顔が青ざめていました」(元山さん)
さらにタチが悪いことに、この高齢夫婦、立ち去り側に「これは差別じゃないよ、日本人の普通の感覚だから、悪く思わないでね」と二人に優しく声をかけたのである。
「何も言えなかった自分が腹立たしく、彼には気にしないでと言うしかできなかありませんでした。それ以降、彼はすごく消極的になってしまい、店頭に立てなくなりました。あまり裕福でなく、留学生はアルバイトができる時間の上限もある中、なんとか仕事を覚えたいと、母国語で記した業務ノートまで作っていたんです。間も無くお店を辞めてしまいましたが、彼を守れなかったことは、今も強く後悔しています」(元山さん)
元山さんが上層部に相談したところ、本部の担当者は「別の店舗でも、高齢客から似たようなクレームが複数寄せられている」「怒っているというよりはアドバイスをしているつもりらしい」と聞き、愕然とした。
「明らかな差別ですし、極めて古い価値観だし、人手不足も理解していない。でも優しく言われたから、返す言葉が出てこなかったと言うのが正直なところです」(元山さん)
世界一の高齢化社会と言われる日本。かつてお年寄りといえば、知識が深く穏やかで、年若い人たちを導く存在として敬うべき存在として語られた。一方で、頑固で怒りっぽく迷惑な高齢者も存在したが、ごくまれに現れる特殊な人だからと、正面から対処されることはなかったように思う。だが、人口全体に対する高齢者の割合が増えるにつれ、独りよがりな思い込みからの迷惑行為をやり過ごすだけでは済まされないのではないか。
こうした一部の高齢者のせいで、ごく普通の常識的な高齢者までが現役・若者世代から冷ややかな視線を向けられかねない。単なる迷惑というだけでなく、差別的感情までを正しいことと押し付けていることは看過できない。事態は深刻さを増しているのだ。