俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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幕間 俺が私になるまで Ⅰ

 何度目を覚ましたって変わらない。

 目が覚めて真っ先に目に飛び込んでくるのはベッドの上に張られた天幕の模様。

 前世だとプリンセスベッドといったか──天蓋の付いた洒落たベッドで毎晩眠りに就き、毎朝目を覚ましている。

 前世で最期を迎えたボロアパートの汚れた布団とは比較にならない寝心地の良さ。

 

 でも俺の気分はどこか晴れない。

 環境に不満はない。でも、いつもどこか寂しい。

 ついこの間までずっと、当たり前にあったものが今の俺にはない。

 

 ないと分かっているのに確かめようと手を伸ばし、そしてないことを確認して溜息を吐く。

 

 俺は男だった前世の記憶を持ったまま、身体は女になってしまった。

 

 

 

 TS転生──元後輩の新田君はそう言っていた。

 前世と逆の性別の人間として転生するという物語のジャンル。同人誌や二次創作でよくある題材だと。

 

 でもいざ自分がそうなってみると、言い知れぬ恐怖が胸中に巣食うようになった。

 女の子らしい服を着せられ、女の子らしい髪型をさせられ、女の子らしい言葉遣いをさせられる──それは自分が男であるという自己認識の上に立って生きてきた俺にとっては思っていたよりもずっと辛かった。

 そんな生活が続いていると、自分が前世で男だったのが夢か思い込みなのではないかと思えてくるのだ。

 

 唯一の前世との接点である案内人は姿を見せず、手紙もいつの間にかなくなっていた。

 俺が男だと実証できる材料は前世の記憶以外になく、周りの全てが、そして自分の身体でさえもが俺が間違いなく女だと告げてくる。

 認識と実態の乖離がこれほどまでに精神的に堪えるものだなんて知らなかった。

 

 その恐怖に対して俺はささやかながら抵抗を試みた。

 長かった髪を短く切ったり、「俺」という一人称を頑なに使い続けたり、剣の修行に打ち込んだり──そうすると周りがそれを訝しむ。

 貴族令嬢らしくないとか、品がないとか、おかしいとか、そんな風に陰口を叩かれる。

 

 でもやめられなかった。

 やめてしまったら、前世の男としての俺が消えてしまって、俺が俺でなくなってしまうのではないか──そんな風に思えたから。

 

 

 

「おはようございます。お嬢様」

 

 優しい声がしたかと思うと、カーテンが開けられ、朝日が差し込んでくる。

 専属使用人のティナが来たのだ。

 

 彼女は毎朝決まった時間に俺の部屋に来る。そしてカーテンを開け、俺の着替えを用意し、身支度を手伝い、部屋の掃除をする。

 

 彼女は俺にとって何なのか、説明しろと言われても難しい存在だ。

 専属使用人の一言で片付けるには彼女の存在は俺の中で大きすぎた。

 確かに使用人として毎日扱き使ってはいるのだが、完全に使用人と割り切れているわけでもない。

 

 どこかで彼女を失うことを恐れている。

 前世の元妻にされたように、捨てられたりしたら──笑顔の裏で俺のことを嗤っているのだとしたら──そんな不安がいつもどこかにある。

 

 その不安に駆られて伽を命じて彼女を抱き、柔肌と嬌声を味わいながらも怪しい兆候がないか探し、見つからないことにひとまず安堵することを繰り返す──それは痛みを別の痛みで紛らわせるようなものだが、これもやめられない。

 

 前世の元妻にずっと騙されていたと知ってから、俺は女という生き物を信用できないでいる。

 自分自身がその信用できない女という生き物になってしまったことへの嫌悪感あるいは忌避感と、ティナだけは違うと信じたい気持ちが混ざり合って、それがティナを抱くという行動へと俺を駆り立てる。

 彼女を性欲の対象として見ること、彼女を失うのを恐れることが俺の心は男だと実証する材料になる。

 

 でも今は朝だ。やることがある。

 俺はティナが用意した練習着に着替えて屋敷の外に出た。

 

 起きたらまず日課である剣の修行だ。

 

 剣を振るっている時だけは何もかもを忘れられる。

 剣のことだけを考えられる。

 俺が、ありのままの人格でいられる。

 

 剣を教えてくれるニコラ師匠は俺に女の子らしい振る舞いを強いてくることがない。

 一人称が「俺」でも、胡座をかいて座っても、男言葉を使っても、小言一つ言ってこないし、溜息を吐いたりもしない。

 ニコラ師匠に見守られて剣の修行をしている時、俺は息苦しさから解放される。

 

 ──そう思っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「ニコラ殿。貴方からも言い聞かせてくださらないかしら?」

 

 エステルの母【マドライン】にお茶に呼ばれたかと思えば、カップに口も付けないうちにそんなことを言われたニコラは困惑する。

 

 なぜ剣の師(ただし偽物)でしかない自分が行儀の悪い、そして気性も荒い小娘を躾けなくてはならないのやら。

 確かにエステルの行儀の悪さはニコラも知るところだが、それは「貴族令嬢としては」という前置きが付く。

 ニコラにしてみれば貴族令嬢の行儀作法やマナーこそ無駄としか思えない。

 聡明で、それでいて心の強いエステルがそのような無駄に縛られることにうんざりしてもおかしくはない。

 

「いえ、自分は剣を教えているだけでして──」

 

 そう言い訳しようとしたニコラだが、マドラインはピシャリと言った。

 

「ですがあの子と接している時間は私たちよりも長いでしょう?それに教えているといってもあの子が練習しているのを見守っているだけではありませんか。給料分の働きとはとても思えません」

 

 ぎくりとするニコラは慌てて弁解する。

 

「いえ、あれは私の教育方針なのです。反復練習によって動きを身体に覚えさせ、どうすればより良くできるか自分で考えることで剣士としての本質的な成長を──」

「あの子は将来剣士になるのではないのですよ!?あの子は将来どこかの家に嫁ぎ、夫を支え、後継ぎの子を為すのです。あの子があのままでは良い貰い手がありません。それ以前に私たちファイアブランド家の品格を疑われます」

 

 マドラインの剣幕にニコラは思わずたじろぐ。

 元来気が小さい男であるニコラに貴族家の奥方との言い争いなどできない。

 

「とにかく、貴方からエステルに振る舞いに気を付けるように言い聞かせてくださいまし。あの子は貴方の言うことには文句の一つも言わずに従うと聞いています。そこを見込んで依頼しているのです」

 

 命令することもできる。だが()()しているのだ──言外にそう言われていることを感じ取ったニコラは断ればクビになると察した。

 冗談ではない。せっかくこんな割の良い仕事にありついて、日銭を稼ぐ貧乏暮らしから抜け出せたのに、こんなところでクビになりたくはない。

 

「──承知致しました。奥様」

「全く──最初からそう言えば良いのです」

 

 マドラインが優しげな顔つきからは想像できない棘のある言葉を発する。

 

 部屋を辞したニコラは焦った。

 エステルが振る舞いを改めなかったら、その時も自分はクビになるだろう。

 だが下手なことを言ってエステルを怒らせるのも怖い。

 既に木剣で、しかも一撃で相手を殴り殺せるほどの力を彼女は持っている。

 

 どうしたものかと思いあぐねるニコラだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 その日、日課の鍛錬を終えた直後に師匠は言った。

 

「エステル様──心が揺らいでいませんか?」

 

 やはり伊達に毎日俺を見守っているわけではないようだ。

 俺の些細な変化にも師匠は気付く。

 

 昨夜──普段弟の世話にかかりきりのはずのお袋に珍しくガミガミと振る舞いを詰られたのを引きずっていて、それでいつもより調子が悪かった。

 女であることを強いてくるお袋もお袋だが、それ以上に()()()()()ことで凹む弱い自分が嫌いだ。

 

「──すみません。至らないことばかりで」

 

「誤魔化さないで頂きたい」

 

 師匠はいつもと違った声音で俺の謝罪を遮った。

 

 そして師匠の口から出てきたのは恐れていた言葉だった。

 

「エステル様──いつまでそう頑なに令嬢としての振る舞いを拒まれるのですか?」

「え──師匠──なぜ──」

 

 師匠なら俺に女の子らしい振る舞いを強いてこないと、そう思っていた。

 その自分勝手な信頼が崩れていく。

 

「鍛錬の間はいざ知らず、屋敷の中でもお行儀が悪いと皆様が嘆いておいでです。エステル様、私が言うのも差し出がましいですが、貴女はこの家の長女であり、いずれは他の貴族家に嫁ぐか、婿殿を迎えることになるのですよ?ですから今のうちから淑女としての振る舞いを身に付けられてはと思うわけで──」

 

 師匠まで──師匠まで俺に貴族令嬢として振る舞えと言うのか。

 

 裏切られたような気持ちになり、自分でも何なのか分からない色々な激情が込み上げてきたかと思うと──俺の目から涙が溢れた。

 

 ──まただ。この身体はやたらと涙脆い。

 こんな弱虫が自分だなんて認め難い。

 転生する時、次の人生では強さを身に付けて、好き勝手に、思うままに望むままに欲望のままに生きてやると決めたのに。

 剣の修行を始めた時、他者を恐れないための力を得るためなら、どんな苦行でも歯を食い縛って耐えると誓ったのに。

 涙ひとつ堪えることもできないなんて。

 そんな自分が惨めで、恥ずかしくて、嫌になる。

 

 

◇◇◇

 

 

 ニコラは自分の失敗に焦りを隠せずにいた。

 なるべく頭ごなしな叱責にならないように気を遣って言ったつもりだったのだが、それでもエステルの気に障ったらしい。

 彼女は大粒の涙を浮かべて、それを必死で堪えようとしていたが、結局できずに走り去った。

 

(くそ──大変なことになった)

 

 あの様子ではかなり尾を引くだろうという確信がニコラにはあった。

 伊達に長年女遊びに明け暮れてはいない。

 あれは地雷を踏み抜いてしまった時の反応だ。普通の女ならそれこそ激昂しながら平手打ちしてきてもおかしくないくらいだ。

 エステルはそうしてこなかったが、このまま彼女の不興を買ったままでは彼女にクビにされてしまう。

 

 割の良い仕事を守るためにエステルの機嫌を直す方法を考え始めるニコラは彼女に最も近いところにいる人物に話を聞くことにした。

 

 

 

「お嬢様は──女性であること自体が嫌なのかもしれません」

 

 エステルの専属使用人の【ティナ】はそう言った。

 

 彼女が出したお茶を飲もうとしていたニコラは思わず手が止まった。

 

「嫌、とは?」

「時々いるんです。自立心が強くて、周りが何と言おうと自分の望む生き方を断固として追求するような──そんな人が。お嬢様は誰かに嫁ぎ、誰かの子供を産む──そんな女性としての生き方を拒絶しておられるのでしょう」

「何と──するとつまり──あの振る舞いは──」

「ご自身が女性であると認めたくないが故でしょうね──男性として生まれたならばあのようなことをする必要もなかったでしょうに──」

 

 ティナは悲痛な表情を浮かべる。

 

 言われてみればニコラにも心当たりはいくつもあった。

 立ち方、座り方、走り方、言葉遣い──どれをとっても女の子らしい可愛らしさがまるでない。

 意識していなくても滲み出るはずの原初的な媚態が、エステルからはまるで感じ取れないのだ。まるで意図して隠しているかのように。

 幼い女の子が興味を示すような洒落た衣服やアクセサリーにもまるで興味を示さず、スカートやドレスなど絶対に着ようとしない。

 そして何より、剣を習いたいと言って希望したのが、令嬢の嗜みとされるフェンシングではなく、本格的な実戦剣術である。

 すぐに飽きるか、嫌になって投げ出すだろうという周囲の予想を覆し、ニコラの課す鍛錬を愚直に毎日こなし続けている。

 

 それらが全て、自分が女性であることを否定したいが故の行いだったとすれば──納得がいく。

 聡明なエステルが未来に思いを馳せて、そして自身を待ち受けている貴族女性としての運命──誰かに嫁ぎ、跡取りの子供を産む──を悟ってしまい、それに激しく恐怖した。

 そしてその恐怖から逃れるために必死で女性らしく振る舞うことを拒んで、女であることを否定しようとしているのだとしたら──貴族令嬢としての行儀作法やマナーを強要されることに反発するのはむしろ必然とも言える。

 

 だが、だからと言ってマドラインからの依頼を遂行しないわけにはいかない。

 そこでニコラはティナに助力を求める。

 

「それはまた──難儀な方ですな。ですが、このままではエステル様のためになりません。何とか、取り繕うだけでもして頂かねば──エステル様は今どちらに?」

 

 屋敷には戻っていないようで、使用人や執事に聞いても行方は分からなかった。

 

 問われたティナは一瞬目を細めたかと思うと、視線を落として言った。

 

「──おそらくあの場所でしょうね」

 

 

◇◇◇

 

 

 俺は前世で逃げ場というものを持っていなかった。

 会社では陰険な糞上司や使えない馬鹿のくせしてプライドだけは一丁前な若い奴に悩まされ、家に帰っても妻は先に寝ているか、文句や小言や愚痴ばかり。

 休日も妻は着飾ってどこかに出かけて──この時点で浮気を疑うべきだった──子供は遊びに出かけて俺は家に一人。

 俺が本当の意味で逃げ込んで安らげる場所はなかった。

 

 でも今世には一応、ある。

 前世の記憶が戻る前から気に入っていた場所で、前世の記憶が戻った場所。

 駄々っ広い屋敷の庭の林を抜けた先にある草原だ。

 嫌なことがあった時、行き詰まった時はここに来る。

 寝転がっていると柔らかい草とそよ風、そして遮るもののない大空が苛立ちで荒れる心を鎮めてくれる。

 

 だが今度ばかりはそう簡単にはいかない。

 師匠まで俺に令嬢としての生き方を強いるようなことを言ってきたのはショックだった。

 

 俺は権力を振るって領民を虐めて富を搾り取る悪徳領主になりたいのであって、()()()()になりたいのではないのに。

 

 領主と領主の妻とでは立場も権力もまるで違う。

 できる贅沢の度合いで言うなら同じか、妻の方が上だろうが、それでも妻では駄目なのだ。

 領主の妻は夫の進退に人生の全てを左右される。

 自分は何もしていなくても夫がやらかしたヘマの巻き添えを食って人生終了、なんてこともよくある話だろう。

 

 ──冗談ではない。他人に運命を握られて生きるなど真っ平だ。

 

 なのに周囲は俺を「いずれ領主の妻になる淑女」にしようとする。

 それがひたすら鬱陶しくて、そしていつかそれに屈してしまいそうで、怖い。

 

 こんな思いをするなら前世の記憶なんて引き継がなければよかったのかとすら思えてくるが──すぐにそんな愚考を打ち消した。

 俺を虐げて陥れて嘲笑った奴らへの怒りと憎しみを忘れたら──あの時、人生最大の過ちを悟った時の俺が消えてしまったら──俺はまた虐げられ、奪われるばかりの弱者の人生を歩むだろう。

 そんなことは絶対にあってはならない。

 

 だから──前世の、男としての俺が消えてしまわないために、俺は抗い続けなければならない。

 

 

 

「やはりここにおられたのですね」

 

 不意に聞き覚えのある優しい声がした。

 

 身体を起こすとティナと──師匠が立っていた。

 そういえばティナはこの場所を知っているんだった。でも主人の秘密を師匠にバラすとはいただけない。

 

「エステル様──」

 

 師匠は俺の前に進み出てくると──膝をついて頭を下げた。

 

「先程は軽率短慮な発言、申し訳ありませんでした」

「──え?」

 

 お説教でもされるのかと思っていたら、師匠が頭を下げた。

 

 俺は少し面食らって間の抜けた声を出してしまう。

 

「エステル様がなぜ令嬢としての振る舞いを拒んでおられるのか、その理由を知ろうともせずに、一方的な物言いでエステル様に不愉快な思いをさせてしまいました。どうか、お許しください」

 

 落ち着いた声音でしっかりと謝罪の言葉を口にする師匠を見て、心が幾分か軽くなる。

 

 こんなことを言ってきたのは師匠が初めてだ。

 やっぱり師匠は凄い人だ。剣術だけではなく、人間ができている。

 

「その上で、どうかお聞かせください。エステル様は貴族女性として将来誰かに嫁ぐことが受け入れ難いのではとお察ししますが、その通りでしょうか?」

「──はい」

 

 今まで言えなかった本音をやっとさらけ出せた。

 お袋にガミガミ言われた時には、どうせ言っても余計にお説教が長引くだけだと思って言えなかった俺の本音に師匠は辿り着いてくれた。

 

 それが嬉しくて、また涙ぐみそうになるが、今度はどうにか堪えた。

 

「そうですか。では──エステル様はどのようになさりたいのですか?嘘偽りなく本心から教えて頂きたい」

 

 今まで俺がどうしたいかなんて聞かれなかった。

 俺がどう生きるかは周囲が勝手に決めて、俺をその決められた生き方の通りに行動させようとしてきた。

 俺を──男性への贈呈用の人形に仕立て上げようとしてきた。

 

「領主に──領主になりたい、です」

 

 耳打ちした俺の答えを師匠は嗤わなかった。

 

「立派です。エステル様。その志は立派ですぞ」

 

 しっかりと俺の目を見て師匠は微笑みながらそう言った。

 

 心の中にあるしこりが取れていく。

 俺は領主を目指すことに対する承認欲求に飢えていたらしい。

 いつか親父と弟を追い落として俺がファイアブランド領の領主になってやる──その思いを、周りの全てが俺に貴族女性としての生き方を強いてくる中で、自分一人の意志だけで維持し続けられるほど俺の心は強くなかった。

 

 駄目だな。いくら力としての強さを得たところで、メンタルが弱ければ何も変わらないだろうに。

 

 だから──そんな弱い自分を見つけた以上、鍛え直さねばならない。

 

「エステル様、こう考えてはいかがでしょうか?女性らしい振る舞いをすることや行儀作法、マナーを守ることは本質的には剣の修行と同じ──己を磨き、高めるためだと。大事なのは得た力や技そのものではなく、それらをどう使うかです。それがしっかりと心の中にあれば、それらはエステル様にとって素晴らしい財産となるでしょう。無闇に拒絶するのではなく、上手く付き合い、使いこなすことを考えるのです」

 

 その言葉は今までのどんな注意や忠告よりもすとんと胸に落ちてきた。

 

 

◇◇◇

 

 

 半年後。

 

 俺は前世と合わせても人生初の挑戦をしていた。

 

「お似合いですよ。お嬢様」

 

 ティナが俺を褒めてくる。

 

「そ、そうか?」

 

 やはり実際やってみると緊張するものだな。オシャレというやつは。

 

 姿見には洒落たクロスタイ付きのブラウスにロングスカート姿の美少女が映っていた。

 短かった白銀の髪はセミショートくらいには伸びており、後ろで小さなポニーテールになっている。前髪は右側はそのまま垂らし、左側は後ろに流してヘアピンで留めている。

 

 髪型をセットしたのはティナだ。

 俺が髪を結んでくれと言ったら嬉々としてやってくれた。

 

 姿見の前でくるっと回ってみる。

 

 うん──悪くはないはずだ。自分の身体だから別に見惚れたり興奮したりはしないが、それでも前世の感覚からすれば凄く可愛い。

 ただ、これから街にお忍びで出かけるにしては少しオシャレ過ぎやしないかとも思うが。

 

 

 

 ティナと一緒に使用人たちに見つからないようにそっと屋敷を抜け出し、庭の柵の所にある搬入用の門へと向かう。

 

 そこで執事の【サイラス】が俺を待っている。

 この執事は何かと俺に親切だ。

 そして俺が少しずつ女らしい振る舞いを受け入れ始めてから、親切の度合いは増した。

 やっぱりこいつも女らしい(エステル)を望んでいるんだな、という気持ちはあるが、可愛がられるというのも悪くはない気分だ。

 お忍びでの外出に協力してくれるのもポイントが高い。

 

 サイラスが門の掛け金を外し、俺たちが通れるくらいに小さく開けてくれる。

 

 俺たちが門をくぐるとサイラスは見送りの言葉を口にする。

 

「行ってらっしゃいませ、エステル様。──お似合いですよ」

 

 俺は小さく振り向いて返す。

 

「ありがとう」

 

 その言葉は紛れもなく本心からのものだと自信を持って言えた。




ニコラ「ふふ、やっぱりものは言い様ってこったな。ちょろいもんだ。ま、あんな悩み所詮一過性の麻疹みたいなものだろうし、そのうち領主になりたいなんて夢も忘れて女になるだろ。はっはっは!」

エステル「師匠のおかげで目が覚めた!」

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