息絶えた男の前で彼は高笑いしていた。
「彼が気付いた時にはもう遅い。きっと楽しいだろうな。こんなはずではなかったと、悔やみ、憤り、悲しみ──きっと私を恨む!憎み、そしてそれが私の糧となる!悪党になって異世界で不幸を振りまいても良し、不幸になって私を憎んでも良し!これからが楽しい時間です!」
両手を広げて喜びを表現する彼──案内人は息絶えた男に嘘を吐いていた。
次の人生で幸せになってもらいたいなどとは微塵も思っていない。そもそも案内人は息絶えた男を破滅させた張本人である。
幸せに生きている善良な人間がどれだけ転ぶか見たさに不幸の種を放り込んでみたら、予想を超える不幸の連鎖が発生し、大いに楽しめた。
だからその続きを用意するために男を異世界に転生させてやろうと思ったのだ。
案内人は人の幸せを願う存在ではなく、その正反対──人を不幸にし、その負の感情を糧として生きる存在だった。
案内人にとって自分が不幸にした人間の負の感情は最高の食事と一緒であり、これまで多くの人間を食事を楽しむような感覚で不幸にしてきた。
息絶えた男もその一人だ。
そろそろ行かないと、と指を鳴らして瀟洒な木製の扉を出現させると、ドアノブに手をかけ、どうやって楽しむかを考え始める。
「まずは彼をどこに転生させるか考えなくてはいけませんね。幸せな家庭に放り込み不幸にしていくのもいいですがそれは以前楽しみましたし──今回は成り上がったところをどん底に叩き落とすべきでしょうか?しかし、それまでに感謝されては気分が悪いですし──」
顎に手を当てて考え込む案内人は背後から見られていることに気付いていなかった。
犬のような輪郭の淡い光が息絶えた男の傍に寄り添い、案内人に鋭い視線を向けていた。
「そうだ!今度は女性として人生を送らせてみるというのはどうでしょうか?丁度女性が権力を握り、増長している国があったはず。そこの貴族令嬢にしましょう。チヤホヤされて増長し、前世の鬱屈を周囲にぶつけ、その挙句に破滅の坂を転げ落ちる──良い!実に良い!!最期はそうですね──今まで踏みつけにしてきた者たちに罵られ、いたぶられ、凌辱されるのが良いですね。私を恨み、絶望しながら死んでいく彼──いや彼女と言うべきでしょうか?楽しめそうですね!あぁ〜、今から待ち遠しい」
案内人は自分の身体を抱きしめて捩り、自身の素晴らしい閃きに酔いしれる。
「今度の人生はまさに天道とでも言うべきもの──他者を見下し、踏みつけ、享楽のうちに生き、やがて積もり積もった恨みと憎しみの炎に焼かれ、苦悶の叫びを上げて落ちていく。その後は長く苦しい地獄の始まりだ!私の幸せのために精々もがき苦しみなさい!」
考えが纏まり、スッキリとした気持ちで扉をくぐる。
それと同時に小さな光になった犬も飛び込んだ。
扉が閉まると同時にこの世界から消失し、後には物言わぬ亡骸だけが残される。
世界の狭間とでも言うべき闇に満たされた空間で、案内人は旅行鞄に腰掛けてニヤニヤしながら目の前の映像を見ていた。
「ほほう、やはり側仕えの奴隷を置きましたか。しかも、女奴隷を置いて慰み者にしているとは──まあ今のうちはいいでしょうが、いずれ嘲笑の的になる──それに気付かずにおめでたいことですね。実に楽しみです。ん?」
映像の中での彼──否、彼女の動向が変化し、案内人は前のめりになる。
彼女──エステルは力が欲しいと言っていた。
『武芸でも何でもいい。個人の力って意味で強くなりたい!』
それを聞いた案内人は歓喜する。
「奪われないために力が欲しい、ですか。実に短絡的な思考ですね。だが、それが良い!」
案内人が指先で映像に触れると、身体から黒い煙が発生し、映像に染み込んでいく。
「素晴らしい逸材を用意して差し上げますよ。アフターサービスもしっかり行うのが私のポリシーですからね!」
エステルの映像の隣に地味なローブを羽織った男の映像が出現する。
全く心得がないわけではなく、それでいて優秀ともいえない者──という塩梅の難しい人選だったが、案内人はすぐに求めていた人材を見つけ出せた。
案内人はその男とエステルに縁を繋ぐ。
人間の繋がりは馬鹿にならないもので、七人ほど介せば有名人にも辿り着くのは人間界でも知られた話である。
その繋がりを利用して、自分に都合の良い者がエステルの師となるように細工するなど、この時の案内人には造作もなかった。
これで後はどうやってもその男がエステルの師となる。
「楽しんでくださいね、エステルさん。その剣を何に使うのか、じっくりと見せて頂くとしましょう」
案内人は口を三日月型に歪めてほくそ笑んだ。
ファイアブランド家の屋敷──その屋根の上に扉が出現する。
「さてと、あの男は上手くやったのでしょうか?」
七年ぶりにエステルの様子を見に来た案内人は、屋敷の屋根から周りを見渡し、庭の芝生の上に立つエステルを見つけた。
以前見た時よりも成長し、顔立ちは可憐から美麗への過渡期に差し掛かっている。
「これはこれは、今世の母親の面影が出てきましたね。将来が楽しみなことです。己の美貌と立場を武器に他者を思うがままに使役し、搾取し、虐げる──さぞかし気分が良いことでしょうね。そして恨みを買えば私も気分が良くなる!好循環ですね」
不意に屋敷から騎士が一人出てきた。
屋敷の番兵を束ねている騎士だ。
「遅いぞ」
エステルが不満をぶつけると、騎士は「申し訳ございません、エステル様」と謝りながらエステルのもとに駆け寄る。
「おや?あの男はもういないのでしょうか?──まあいいでしょう」
上手く騙しおおせて逃げたにせよ、バレて斬られたにせよ、案内人にとっては気に留めることでもない。どちらに転んでも楽しめるのだから。
エステルは木剣を二本手に取って、騎士に一本渡した。
そして二人は十メートルほど距離を取って向かい合う。
「さて、どの程度の腕前になったのか、楽しみですね」
案内人はエステルの実力など井の中の蛙──領地、否、屋敷の外に出れば通用しないレベルのものと思っていた。
魔法である程度強化できるとはいえ、たかだか十二歳の少女の身体では膂力も体力も低いし、何より師が低レベルなのだ。ならば低レベルの剣技しか身に付いていないだろう、と。
だが案内人としてはその方が都合が良かった。
自分の正確な力量を知らないまま幼稚な万能感だけが肥大していけば、世間に出た時、打ちのめされて心が挫けるだろう。そうなったら絶望と共に師を激しく憎悪するに違いない。
その絶望と憎悪の味はどんなものになるか──想像するだけで歓喜に震える。
騎士が呪文を詠唱すると、周囲に六つの火球が出現し、槍の形を取る。
「貫け!ファイアランス!」
騎士が叫ぶと、炎の槍は一斉にエステル目掛けて襲いかかる。
直撃すれば間違いなく焼け死ぬ威力を宿した槍は、しかし一本もエステルには当たらない。
全部エステルに当たる直前で捻じ曲がって軌道を変え、地面にめり込んで赤熱化した溝を掘るだけに終わった。
「──へ?」
信じられない光景に案内人は思わず間抜けな声を漏らす。
一体何が起こったのか理解できなかった。
その間にエステルは距離を詰め、木剣で騎士に打ちかかる。
その速さと重さはファイアブランド家お抱えの騎士の中で最も腕の立つ剣士からいなす以外の選択肢を奪うほどに凶悪であり、しかもいなしても木剣に纏わせた風魔法が遅れて襲いかかってくるため、相手にその対応を強いることができるという高度なものだった。
騎士の方は玉のような冷や汗を浮かべてエステルの攻撃をいなし続け、時々魔法攻撃やカウンターを放つだけ。
手心を加えているのではなく、それしかできないのだと、案内人にも分かった。
そして騎士の反撃はどれも全くエステルに届かない。
魔法攻撃はことごとく逸れていって地面を耕すだけ、木剣は見えない障壁に弾かれているかのように逸れていく。
「──は?いや、ちょっと待て嘘だろ!?どうなっているんだ?」
案内人は想像を絶する光景に理解が追いつかない。
いくら魔法があって、肉体的に優れていたとしても、たかだか数年であそこまで強くなれる者などそうはいない。
それこそ百年に一人出るか出ないかというレベルである。
案内人が口をあんぐりと開けて呆然としているうちに、遂にエステルの木剣が騎士の太腿を打ち据え、体勢を崩させた。
直後、騎士の手から木剣が弾き飛ばされ、喉元にエステルの木剣が突きつけられる。
「お見事です。エステル様」
騎士が降参すると、エステルはクロノグラフ*1を手に取ってタイムを見る。
「百十秒か。六回も使って十秒オーバーするとは。まだまだだな」
悔しげにクロノグラフを見つめるエステル。
既に実力は並の騎士を遥かに凌駕し、一流の域に達しているにも関わらず、自惚れるどころか、満足している様子もない。
(あの男一体何をした?何を教えた?なぜこんなことになっている?)
案内人はエステルの師──ニコラの姿を探した。
程なく、ホルファート王国本土のどこかにある酒場で酒を呷るニコラの映像が映し出された。
給仕を兼ねた娼婦と思しき女性が隣に座り、接待をしている。
『──何なのあの娘?意味分かんない』
『あらぁ、またお弟子さんの話?』
酔っ払ったニコラは女性相手に愚痴をこぼしていた。
『俺なんか剣士としちゃ、二流、どころか三流だよ。なのにあの娘ときたら、俺が出任せで言ったことまで馬鹿正直に実行してさ。気が付けば八歳で俺を超えて、十歳で一流一歩手前だよ』
女性がくすくす笑っている。
『それで十二歳で一流剣士になったんだっけ?ニコラさんの冗談面白いわねぇ』
『冗談じゃないんだよ!あの娘は──あの娘はなあ、三方から同時に何百発も石を投げつけられたのに全部かすらせもしないで叩き落としたんだぞ。しかも微動だにせずにだ!もう怖すぎて自分で飛行船借りて逃げたよ!おかしいだろあの娘。意味が分からん』
自分が見せた幻を本物の技として完成させてしまったエステルが信じられないようだ。
ニコラの映像が消えると、案内人は額を押さえた。
頭痛がする。原因はエステルだ。
(それにしても俺は運が良いな。実に素晴らしい師匠に剣を学べた。案内人様様だな)
聞こえてくる心の声──そこには感謝が込もっていた。
それが案内人には不快だ。
負の感情を糧とする案内人にとって正の感情──特に感謝は毒となる。
このままでは気分が悪い。
「何か──思い切った手を考える必要がありそうですね」
案内人はエステルに負の感情を抱かせるための仕込みを考えることにした。
「やはり不幸にするのが一番ですね。精神的なダメージを与えるとするなら──」
可愛がっている
今世のエステルは貴族女性だ。
その貴族女性が避けては通れない問題──結婚が降りかかる、というのはどうだろう。
彼女に強い忠誠心を抱いているらしい女奴隷を男に寝取らせるよりよほど簡単にできそうなのもポイントが高い。
エステルの今世の父親【テレンス】はエステルを疎んでおり、彼女に婿を取らせるよりも側室との間に生まれた息子を跡継ぎにすることを願っている。
少しのきっかけでエステルには酷い縁談が舞い込んでくるに違いない。
ただ、ここで完全に追い込んでは先の楽しみがなくなってしまう。
だから逃げ道を用意することにした。もちろんそれとて罠である。
逆境を切り抜け、領主になる望みを叶える一手と見せかけて敵性存在を取り込ませる。
この世界には誰も知らないが、古の物騒な遺物が多数現存しており、現生人類に対して明確な敵意を持つものも多い。
そういう存在の所へ赴かせるのだ。
結婚を受け入れれば地獄、逃げ道を選んでも味方に偽装した敵を抱え込むことになる。
どう転ぼうが、案内人にとっては美味しい。
「そうと決まれば早速候補を探しましょうか。やはり旧人類陣営からですね。うーん──この船では役に立たない。こちらの船はほぼ生まれ立てに等しい上に強力過ぎる──おお?」
案内人が候補の一つに目を留めた。
映像が大きくなり、案内人の正面に移動する。
「これは中々良さそうですね。全くの未踏空域ではなく、到達も比較的容易──さらに性質は頑固、と。うん、この者にしましょう!」
案内人が手の指を広げると、掌から黒い煙が発生し、形を取り始める。
やがて煙は一枚の地図と、一個のコンパスへと変わった。
「さて、父親の尻を叩くとしましょう。エステルさんは果たしてどちらの道を選ぶか──楽しみですね」
案内人は愉悦の笑みを浮かべて仕込みに取り掛かる。
夕焼けが闇に駆逐されていく黄昏時。
六機の鎧が空に瞬くマゼンタ色の光を追って飛んでいく様子を案内人は屋敷の屋上から眺めていた。
「エステルさんが選んだのは逃げ道の方──予想通りですね」
案内人は今のところ計画通りに物事が進んでいることにご機嫌である。
エステルは案内人の話を信じて鎧で家を飛び出し、そのエステルに対するテレンスの怒りと憎しみを見た案内人は歓喜した。
怒り狂ったテレンスはエステルの鎧を撃ち落とすよう命令を出したが、エステルは追っ手を次々に返り討ちにして逃げていった。
その報告を聞いたテレンスの心中に恐怖が生まれ、それがエステルへの憎しみを煽る。
その憎しみを案内人は歓喜と共にじっくりと味わった。
ヴィアンドはエステルの負の感情であり、テレンスのそれは精々オードブル乃至はスープ程度だが、エステルと関わりが深い人物であるため、十分美味である。
──案内人がテレンスの負の感情を味わっていた頃、案内人を見張っていた小さな光が離れて水平線の彼方へと飛んでいった。
そして案内人はまたミスを犯した。
テレンスの負の感情が想像以上に美味だったため、エステルと関わりを持つ者の負の感情をいろいろ味わってみたい、という欲が芽生えたのだ。
「ああ〜、良い!実に美味!!」
案内人は苦痛に呻く騎士の娘を見て歓喜に震えていた。
高潔な人間は本来であれば近寄り難い存在なのだが、それが今、機械──彼女は怪物と認識しているが──に拷問されて堕ちているのだ。
死にたくない、なぜ私がこんな目に──そうだ、エステルが無謀にも女三人でのダンジョン攻略を強行したせいだ。
そんな考えがこの高潔な騎士の娘の胸中に芽生えたことに案内人は狂喜乱舞していた。
「なんという僥倖でしょう!高潔な魂が堕ちた時に生じる怒りや憎しみはより美味となる──それを確かめられたのは何時ぶりか!」
案内人は思いがけずありついた美味──アーヴリルの負の感情に夢中でエステルのことが一時的に頭から抜け落ちていた。
──その隙にまたしてもエステルの下に駆けつけるものがいた。
「ちがあああああう!そっちじゃないいいいい!」
案内人は叫んだ。
「なぜだ?どうやって辿り着いた?あり得ない!」
美食を堪能したかと思えばいつの間にか計画が狂っていた。
訳が分からない。頭の中が疑問符と焦燥で満たされる。
映像を呼び出そうとしたが、酷いノイズがかかってまるで見えなかった。
自分が美食に夢中になっている間に何があったのかを知る術はない。
そしてあれよあれよと言う間にエステルは予定外の存在──セルカを解き放ち、案内人が送り込もうとしていた面従腹背の味方──ライチェスを完全な敵と認識してしまった。
「どこで計画が狂った?ええい、こうなっては先回りして次の手を考えるしかない!」
案内人は苦虫を噛み潰したように口元を歪ませながら扉を出現させ、その場から去った。
◇◇◇
目覚めた時に感じたのは眩しさと、そして暖かさだった。
「ん──ここは?」
身体を動かそうとすると、普通に動いた。
──拘束されていたはずでは?
その疑問の答えはすぐにもたらされた。
「お目覚めです!」
「おお!──おい、大丈夫か?」
聞き覚えのある声がしたかと思うと、見知った顔が二つ、眩しい光を遮った。
「エステル──様?それに──」
「よかった。喋れるみたいだな」
「ええ。酷い怪我でしたからね」
エステルとティナはそう言って安堵の溜息を吐いた。
「私は──あの化け物はどこに?早く、逃げませんと──」
慌てるアーヴリルをエステルは制止した。
「落ち着け。あいつはもういない。ここは大墳墓の外だ。私たちは脱出できたんだよ」
その言葉にアーヴリルは思わず周囲を見渡すが、見えるのは柔らかい土の地面と森の木々だけだ。
「ここは最初に上陸して野営地にした所だよ。ダンジョンが崩落して危なかったんでな。ここまで逃げてきたんだ」
「どう──やって──」
訊き終わる前にアーヴリルの意識は再び暗転する。
再び気絶したアーヴリルだが、傷や火傷は既に治っている。
セルカが治療魔法を使って手当てをしてくれたのだ。
ティナの方はもうピンピンしている。
目を覚ました時にはわんわん泣いて大変だったが、すぐにアーヴリルの手当てを手伝ってくれた。
さてと。そろそろ衝撃波が過ぎて、爆心地付近も落ち着いてきたところだ。
飛行船を取りに行かなくては。
「セルカ。もうひとっ飛びしてくれ」
『いいわよ。任せて』
セルカは鎧の手で胸部をどんと叩く。
彼女は結局俺に付き従うと言った。
一人で外の世界に出たところでどこに行けばいいのか分からないし、解放してくれた貴女の助けになりたい──そう言ったのだ。
やはり案内人の言ったことは本当だった。
俺の味方になる存在はここにいた。
「ティナ、アーヴリルを頼む」
「はい、お嬢様」
ティナを動かせないアーヴリルの守りに付け、俺は鎧に乗り込んで飛び立つ。
俺の飛行船はちゃんとそこにあった。
アーヴリルの飛行船は倒れた木の下敷きになって大破していたが、俺の飛行船は無傷で地面に鎮座している。
あれだけの凄まじい衝撃波に襲われてよく耐えたものである。
「全く、見た目オンボロのくせして──良い船だよお前は」
軽く小突いてやると小気味良い音がした。
鎧を貨物室に収容し、ブリッジに入ってエンジンを始動する。
魔石のエネルギーが浮遊石に供給され、飛行船がふわりと浮かび上がると、プロペラが唸りを上げて回り出し、飛行船を前に進める。
舵輪を回して飛行船を回頭させながら、俺は呟いた。
「帰ろう」
ティナとアーヴリルを拾い、ファイアブランド領への帰途に就いた俺はブリッジで舵輪を握りながら思いを馳せる。
傷だらけの旅路ではあったが、俺の冒険は成功と言っていいだろう。
失ったものは多かったが、仲間の命は一人も失われず、セルカという最高の味方を従えることができた。
この冒険が成功したのはやはり案内人の加護のおかげだな。
実家の軍との空中戦で位置を見失った時に助けてくれたし、アクロイド男爵領ではアーヴリルと出会わせてくれた。
俺の慢心でコンパスが失われ、ティナとアーヴリルが捕まってしまっても、ライチェスの注意が二人に向いている隙を突いてセルカの所へ案内してくれた。
そして俺はセルカの助力を得て二人を救出し、ライチェスを倒すことができた。
あいつは言葉少ないながらも確かに俺を助けてくれていたのだ。
「案内人──疑って、罵ったりして悪かったな。お前のおかげで冒険は成功だ。お前のサポートがなかったらまた前世みたいに──いや、それ以上に情けない死に方をするところだったよ。これで後は金を手に入れて帰るだけだけど、セルカがいればやれそうだ。本当に──本当にありがとう」
止めどなく涙が溢れてくる。
前世に比べると呆れるほど涙脆い身体だが、今は嫌いじゃない。
◇◇◇
ファイアブランド家の屋敷の庭。
「ぐぁぁぁあああああああああああああ!!」
案内人が胸を押さえ、熱さと痛みにのたうち回っていた。
「痛い!痛い!やめろおおおおおおおおおおおおお!!」
エステルから伝わってくる感謝が焼けた鉄のごとく案内人の胸を焼き、頭が割れそうなほどの頭痛を引き起こしていた。
「力が──私の力がああああああああ!!」
流れ込んでくる感謝の気持ちが急速に案内人の力を奪っていく。
激痛に耐えながら案内人は扉を出現させ、這々の体でこの世界から逃げ出そうとしたが、扉を開けた先はどこにも繋がっていなかった。
「な、なぜだ!なぜ繋がらない!?」
案内人は混乱する。
そして扉はひび割れ、腐食し、やがて倒壊して消滅してしまう。
「そんな!なぜだ!?なぜたかだか数年分の、それも一人の感謝でここまで──」
そして案内人は気付く。
「まさか──セルカか!」
数千年単位の時間を閉じ込められたまま過ごしてきたセルカは自分を解放してくれたエステルに途方もない感謝の念を抱いている。
それがエステルの感謝に上乗せされ、本来ならばあり得ないほどの威力となって案内人に襲いかかっていた。
再び大きな激痛の波が襲ってきて案内人は一層大きな悲鳴を上げる。
その絶叫は数分間途切れることなく続いた。
しばらく経つとエステルの感謝が和らぎ、痛みがだいぶマシになった。
ようやく一息つけた案内人は拳を握り締めて震える。
「許さない──絶対に許さないぞ、エステル。よくもこの私をこんな目に──必ず、必ずだ。私はお前を地獄に叩き落としてやる!」
よろよろと立ち上がった案内人は歯を食い縛ってエステルへの復讐を誓った。
「手始めにお前の帰る場所を奪ってやる。お前が帰ったところでもはや詰み。冒険成功の喜びも束の間、お前はどん底に叩き落とされる。最後に笑うのはこの私だ!!」
そんな案内人を植え込みに隠れ窺っている犬がいた。