ゴヲスト・パレヱド:Re

橘寝蕾花(きつねらいか)

第1話 夜半の追撃

 妖怪と人間が共存する現代。さりとて両者の間に問題はあれど、概ね良好に過ごせている。

 とはいえ人間の全てが善人ではないように、妖怪もまた同様だ。彼らの中にも、悪事を働く者は一定数いる。

 それらを取り締まるのが『退魔師』と呼ばれる存在だった。


「待て!」


 若い声が、夜半よわの空に弾けた。

 黒いジャケットにカーゴパンツの少年が、数十メートル先を走る男を追っていた。隣を並走する山吹色のノースリーブジャケットを着たハクビシン妖怪の少年に目配せし、散開する。


 路地に駆け込む一つの影。三尾の犬妖怪だ。頭部はイヌ科のそれで毛皮に覆われ、変化が解けかかっている。半獣人状態のそいつは着ていたジャケットを脱ぎ捨てた。

 八月の終わりの生ぬるい風が吹き抜け、獣の匂いを孕ませた。

 追走者はすぐそこまで来ている。犬妖怪の男は九字印を結ぶ。兵の印を結んで妖力を練り上げると、タコの式神を顕現した。


「追い詰めたぞ」


 路地の出入り口に立ち塞がる少年。白髪を夜風に揺らし、日本人らしからぬ青い目で相手を射抜いた。顔立ちや背格好は、この国の高校生然としている。おそらく祖先に妖怪を持つが故、白い毛髪と青い虹彩を持つに至ったのだろう。

 少年——漆宮燈真しのみやとうまは相手がすでに術を展開していることに舌打ちし、印を結んだ。

 烈、闘、在。

 妖力基礎操作術の一つ、身体強化術。妖力で筋力や剛性、瞬発力を強化し、敵を撃ち倒す攻撃能力と防御能力を得るものだ。


「糞餓鬼、あまり大妖おとなを舐めるな」

「真っ当に歳食った妖怪はそんな小物みたいなこと言わないだろ」


 あえて挑発。直後、タコ脚が突っ込んできた。

 燈真は先天しつつ足先を拳で弾き、吸盤に絡め取られないよう素早く屈む。脚が巻き付かんとしてきたがその時には跳躍。ビルの壁を蹴って、相手の首へ蹴りを放つ。

 犬妖怪は左肘を跳ね上げてブロック。相手は印を省いて強化術を発動していた。術師としての力量は相手の方がずっと上だ。


 燈真は相手の腕を蹴り付けて後方に飛ぶと、非常用階段に降りた。そこへ、タコ脚が槍のように突っ込んでくる。

 手すりをつかんで腕力だけで上に跳躍、屋上まで跳ね上がった。が、


「くそっ」


 右足のワークブーツを脚が掴んでいた。燈真は強引に左足で蹴り付けるが、鉄板を芯に分厚いゴムでコーティングしたようなタコ式神の足を払いのけられない。

 そこへ、サクンッ、と数本の針金のような、より合わせられた毛針が突き刺さった。

 パンッ、と電撃が迸り、タコ脚が弾け飛ぶ。

 燈真はすぐに屋上に上がり、顔を上げた。


「うな牛丼豚汁付きな」

「覚えてたらな。タコの式神だ。術師を叩けば終わると思う」

「式神は俺がやる。燈真は術師をぶん殴れ」


 ハクビシン妖怪の少年——雷獣の尾張光希おわりみつきは、二本の尾を軽く振る。右手に呪具の一種である短刀を逆手に構え、全身をパチパチ帯電させていた。

 非常用階段を蹴散らしながら、タコを背負う形で相手の『呪術師』が現れた。

 そいつはほとんど本性を表し、犬の姿になっている。三本尻尾の巨犬。体重は六十キロに達するほどか。


 犬とタコのミスマッチな組み合わせに、燈真はふんと鼻を鳴らす。光希が尻尾を振って、毛針を放った。

 電磁の閃きを伴うそれがタコに迫る。呪術師はタコ脚を振って本体の身を守った。

 燈真が駆け出すと同時に光希がパン、と手を叩く。


「〈つう〉」


 バチッと電撃が弾け、毛針に電撃が誘導された。二本のタコ脚が吹っ飛び、犬面が悔しさで牙を剥く。

 燈真は拳を固く握りしめ相手の懐に突っ込むと、通常の動物と違いすぎる異様な恐ろしさを伴う犬妖怪に拳を振るった。拳打が妖犬ようけんの顔面に命中し、犬歯が一本吹っ飛ぶ。

 左の拳を振り上げてアッパーを見舞い、タコ脚に捕まれる前に後ろに飛び退いた。

 吹っ飛んだタコ脚の断面がボコボコと粟立ち、再生の兆しを見せる。


「長々やってると削られる。次で決めるぞ光希」

「わかった、しっかり畳みかけろよ」


 犬妖怪が「グルルル」と喉を低く鳴らし、再生させたタコ脚でコンクリートを殴りつけた。すると破片を舞い上げ、それを弾いて飛ばしてくる。

 対人地雷の如き一撃。耐久力に優れる燈真が光希の前に立ち、背中で破片を受け止めた。


「ッ〜〜!」

「大丈夫か!」


 燈真は奥歯を噛んで激痛に耐える。


「問題ない! 脚落とせ!」


 燈真が走り出すと同時に光希が尾を振って毛針を飛ばす。八本の脚に突き刺さったそれに、手を打って「〈通〉」と発すると、電磁誘導された電撃が食い込み、炸裂した。


「糞餓鬼共ッ!」


 燈真は無用の長物と化した頭足類の式神から分離された犬妖怪を抑え込み、喉を締め上げた。

 ギチギチと腕に筋が浮かび上がり、相手が苦しげに呻く。


「観念しろ!」

「ぐ——く、わかった、降参、だ……!」


 燈真はその言葉を聞くなり、縛妖索ばくようさくを取り出す。三尾レベルの妖怪であれば問題なく縛れる、三等級相当の呪具だ。もっと等級の高い縛妖索なら、五尾なども封じられる——が、そこまでオーバースペックなものは必要ない。費用対効果的に見合わないと、上も用意してくれない。

 燈真はそれで犬妖怪の手足を縛り、担ぎ上げた。

 未だ悔しげに呻いているが、呪術師の犬妖怪は抵抗しない。


「この仕事は動物好きには堪える」


 燈真のぼやきに、光希が『退魔局』と連絡をとりながら言った。


「人間サマらしい意見だな。俺らにとっちゃ、妖怪に前だろうと今も、変わんねえよ。食うか食われるかだ」

「そっか……」


 光希は純血の妖怪で、生まれた時から妖怪だった。だが中には動植物や事象が後天的に妖力を得るケースもある。人間も同様だ。犬が犬妖怪になり、猫が猫又となるように、人間も鬼や天狗に成る。

 燈真は開いた手でグッパグッパ閉じたり開いたりしながら、だいぶ動けるようになってきたという満足感と、そして未だ拙いところがあると反省した。


 人間と妖怪が共存する現代。


 様々な理由から平成末期レベルの文明水準で止まった西暦二〇七五年の日本——裡辺りへん地方。

 東北地方三陸海岸沖東洋上にあるそこは、古くより妖怪の都と呼ばれていた——。

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