徹夜必至の一冊…!闘って敗れた10人の男たちの証言で描かれる「最強の闘士・井上尚弥の強さの正体」
ページをめくる手が止まらない
もちろん題名でわかっていた。
敗れたボクサーたちの視点から100年に一人の「怪物」井上尚弥の実像を浮き彫りにしようとする本だと。ファンの一人として3日ほどかけて楽しみながら読もうと思っていた。
ところが開くや頁を捲る手が止まらなくなり、ついに徹夜して読み終えてしまった。ここまでのめり込んで読んだノンフィクションは初めてである。
「おまえに会わせたい若いやつがいる。素晴らしい感性を持つ天才肌の書き手だ。まだまだ大化けしそうなんだ。本人も会いたがってる。いちど3人で飯を食わないか」
私が中日新聞社時代に親炙し、大きな影響を受けた増田護記者(当時報道部長/同じ姓だが姻戚関係はない)から言われたのは十数年前だ。
私がまだ兼業作家だった頃である。その《若いやつ》こそ名古屋本社中日スポーツ総局のドラ番として頭角を現しつつあった森合正範記者だ。すれ違いで結局会えぬまま私は専業作家となり、森合記者は東京新聞運動部へ異動した。やがて彼は元極真空手の山崎照朝の評伝で注目を集め、会心の2作目として本書を出した。
私が徹夜で読んでしまった理由を「面白かったから」という陳腐な言葉で表現したくはない。では森合のボクシングに対する情熱に感銘したからか。それも少し違う。
一晩考えてわかった。彼の優しい眼差しに打たれたのだ。彼は井上尚弥を多面的に描くためと言って11人に会いながら、本当はその敗者たちを救いたかったのだ。
例えば佐野友樹の試合描写は迫真の筆致だ。網膜剥離との闘いも感動的である。しかし見よ。79頁の写真を。地に足をつけて歩きはじめた佐野の表情を写した森合のシャッターの繊細さを。
あるいは自身をKOした井上を繰り返し讃える場面でオマール・ナルバエスの人柄を読者に知ってもらおうとする姿勢を。
あるいは無残な敗れ方をした河野公平にほんの数メートル離れたところからメールを送る妻の眩しいまでの愛の描写を。
森合正範の次の作品も楽しみで仕方ない。