2023.11.03

徹夜必至の一冊…!闘って敗れた10人の男たちの証言で描かれる「最強の闘士・井上尚弥の強さの正体」

発売日に3刷が決まったノンフィクション作品『怪物に出会った日~井上尚弥と闘うということ』(森合正範・著)。各方面で話題の本書の魅力を『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者・増田俊也氏が解説する。

ページをめくる手が止まらない

もちろん題名でわかっていた。

敗れたボクサーたちの視点から100年に一人の「怪物」井上尚弥の実像を浮き彫りにしようとする本だと。ファンの一人として3日ほどかけて楽しみながら読もうと思っていた。

ところが開くや頁を捲る手が止まらなくなり、ついに徹夜して読み終えてしまった。ここまでのめり込んで読んだノンフィクションは初めてである。

10月26日発売の本格ノンフィクション
 

「おまえに会わせたい若いやつがいる。素晴らしい感性を持つ天才肌の書き手だ。まだまだ大化けしそうなんだ。本人も会いたがってる。いちど3人で飯を食わないか」

私が中日新聞社時代に親炙し、大きな影響を受けた増田護記者(当時報道部長/同じ姓だが姻戚関係はない)から言われたのは十数年前だ。

私がまだ兼業作家だった頃である。その《若いやつ》こそ名古屋本社中日スポーツ総局のドラ番として頭角を現しつつあった森合正範記者だ。すれ違いで結局会えぬまま私は専業作家となり、森合記者は東京新聞運動部へ異動した。やがて彼は元極真空手の山崎照朝の評伝で注目を集め、会心の2作目として本書を出した。

【PHOTO】Gettyimages

私が徹夜で読んでしまった理由を「面白かったから」という陳腐な言葉で表現したくはない。では森合のボクシングに対する情熱に感銘したからか。それも少し違う。

一晩考えてわかった。彼の優しい眼差しに打たれたのだ。彼は井上尚弥を多面的に描くためと言って11人に会いながら、本当はその敗者たちを救いたかったのだ。

例えば佐野友樹の試合描写は迫真の筆致だ。網膜剥離との闘いも感動的である。しかし見よ。79頁の写真を。地に足をつけて歩きはじめた佐野の表情を写した森合のシャッターの繊細さを。

あるいは自身をKOした井上を繰り返し讃える場面でオマール・ナルバエスの人柄を読者に知ってもらおうとする姿勢を。

あるいは無残な敗れ方をした河野公平にほんの数メートル離れたところからメールを送る妻の眩しいまでの愛の描写を。

森合正範の次の作品も楽しみで仕方ない。

10月26日発売の本格ノンフィクション
ますだ・としなり/'65年生まれ。'12年『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で大宅賞他受賞。『猿と人間』他

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