「──様!お嬢様!」
いつの間にか横にいたティナとアーヴリルの叫びが半ば放心状態だった俺をショックで現実に引き戻した。
「しっかりしてください!すぐ近くにいるわけじゃありません!」
「右側からは敵は来ていません!右に逃げましょう!」
「──あ、ああ。そうだな」
俺は深く考える余裕もなくティナとアーヴリルを鎧の肩に乗せ、ハッチを開けたまま走り出す。
目の前の突き当たりを右に曲がると、真っ直ぐな通路が続いていた。
後ろをしょっちゅう振り返りながら必死で走って逃げるが、可変式推力偏向翼を使えない鎧は鈍足だ。ただでさえ重い機体にデッドウェイトになった翼が加わり、人間が走るのと大して変わらない速度しか出せない。
不意にティナが叫んだ。
「後ろです!」
直後にライフルの発砲音が聞こえた。
ロボットに追いつかれたらしい。
鏡花水月を使うため、敵の位置を探るべく空間把握を使おうとしたが、急に鎧の脚が動かなくなり、鎧は前のめりに倒れてしまう。
「「きゃっ!」」
ティナとアーヴリルが慣性で投げ出され、床に転げ落ちる。
ロボットにレーザーで撃たれたのだと理解した時にはもうコックピットの背中が熱くなっていた。
湯たんぽ程度の熱さが一瞬で焼けた鉄のような熱さに変わる。
大慌てでコックピットを飛び出した直後、鎧の背部が爆発した。
行き場のない地下通路で爆風が前後方向に集中し、俺の身体は後ろから思い切り突き飛ばされて宙を舞う。
何とか受け身を取って無傷で着地したが、ティナとアーヴリルの姿が見当たらない。
通路には煙が充満し、灯していたランタンも消えてしまったらしく、ただでさえ真っ暗闇だったのが何も見えない。
「ティナ!どこだ!アーヴリル!返事しろ!」
叫んだが返事はなく、ロボットが近づいてくる足音だけがどんどん大きくなる。
魔力での空間把握を使ったが、感知できたのは数十体ものロボットだけ。
だが、不意にロボットの一体が何かを持ち上げた。動かないが確かに生き物だ。
この場所にいる生き物といえば俺たち三人しかいない。
そして──持ち上げられた生き物には見慣れた尖った耳があった。
「ティナ!」
助けに駆け寄ろうとしたが、ロボットたちがこちらを向いたのが分かる。
──捕捉された。
本能的に危機を察知した脳が脚を竦ませてしまい、俺は一瞬棒立ちになる。
そしてロボットたちが一斉に腕を俺の方に向けた。
咄嗟に鏡花水月を全力で使ったが、腰に差していた剣が半分ほど消し飛ぶ。
次の瞬間には無数の緑色の光線が襲いかかってきた。
皮肉なことに充満した煙でレーザーの軌道がよく見え、鏡花水月で逸らすのが簡単になった。
全力で鏡花水月を使いながら俺は必死で逃げた。
とてもレーザーのシャワーの中を突っ切って助けになんて行けなかった。
あの恐ろしいロボットの群れから少しでも遠ざかりたい一心で、俺は走った。
◇◇◇
鏡花水月という攻防一体の技を会得した俺は慢心していたのだろう。
およそどんな攻撃も空間ごと捻じ曲げて逸らし、打ち返すことだって可能なチートとしか言いようのない技──だが攻撃を認識できなければ意味はない。
視認どころか魔力で認識しても対処が間に合わないレーザーという武器を使われて、なまじ根拠と実績があったがために肥大化した万能感が消え去った。
その後に残ったのは恐怖と後悔。
──想定外だった。そう言うのは簡単だが、失ったものがあまりにも多すぎた。
コンパスを失い、鎧を失い、ティナもアーヴリルも失い、剣も失い──残ったのは自殺にしか使えないレベルの貧弱な拳銃だけ。これではこの遺跡からの脱出すらままならない。
──案内人は俺の味方になる存在がここにいると言った。
だが現実には侵入者を殺そうとするロボットがうようよしている。
そしてそいつらに襲われて俺は詰み状態だ。
──あの案内人、やはり俺を騙していたのか?この島の地図と目的地を示すコンパスも全て罠だった?
──だとすれば何が目的なのだ?
俺たちをここに導いた案内人への疑念は肥大化していく。
超常の存在である奴の考えを人間である俺が読むことなどおこがましいかもしれないが、奴が何を考えているのかがまるで分からない。
慈善事業みたく見返りも求めずに俺にあれこれしてくれる割に、詳しい説明はしてくれないのだ。
クソッ!鏡花水月を会得して慢心していた俺も俺だが、案内人も案内人だ。
毎回毎回説明が少なすぎる!
地図とコンパスをくれた時に敵の存在を一言でも警告してくれたら、もう少しできる準備もあっただろうに。
──だが全ては無意味な仮定だ。
俺はここから出られずにロボットに見つかって殺されるか、餓死するかの未来しかない。
未だにサイレンが鳴り止まない中で俺は疲れ切ってかれこれ数時間ほど通路の隅に座り込んだままだ。
案内人への怒りが過ぎ去ると再び後悔が襲ってくる。
こんなことなら結婚を受け入れていた方がまだマシだったんじゃないのか?
気持ち悪いのは我慢して跡取りさえ産めば、あとは相手の家の金で贅沢に暮らせて、ファイアブランド家の財政も再建できて、ティナも失わずに済んで──アーヴリルはどうなったのだろう?
分からないが、でもこんな真っ暗な遺跡で誰にも知られないまま犬死に同然の最期を迎えることはなかっただろう。
これもまた無意味な仮定と分かっていても、止められない。
胡散臭い案内人の甘言に乗せられ、凄まじい力を得た自分に酔いしれ、大して準備も整えずに家出して、そして全てを失ってもなお、現状を受け入れて打開策を探し続けられるほど俺の心は強くない。
不意に光を感じて顔を上げた。
ティナ?アーヴリル?それともロボットか?
その疑問の答えを探して光源に目を凝らすが、どれでもないようだ。
通路の真ん中に浮かぶ淡い光。その光に俺は見覚えがあった。
「お前──もしかしてあの時の──?」
家出初日、追っ手との交戦で自分の位置を見失って墜落の危機に陥った時、夜営できる浮島まで誘導してくれた光。
きっと案内人の加護だろうと勝手に思い込んでいたが、どうやら間違いなかったようだ。
でも、だとすればなぜコンパスが壊された時すぐに来てくれなかったのだろう。
もしかしてピンチになった時だけ発動するセーフティみたいなものなのか?
考えても分からないが、来るならティナとアーヴリルを失う前に来て欲しかった。
そんな俺の内心を見透かしたのか、光はスッと俺の前から離れていく。
「ッ!ま、待ってくれ!」
疲れてなかなか言うことを聞かない身体に鞭打って立ち上がり、後を追う。
今はあれだけが頼みの綱だ。見失ったらそれこそ本当に終わりだ。
光は俺の歩調に合わせて付かず離れずで進んで行く。
しばらく歩いてようやく頭と身体がいくらか落ち着いてきた。
今のところあの恐ろしいロボットと出くわすことなく進むことができている。
ただ、光が俺をどこに連れて行こうとしているのかは分からない。
呼びかけてみてもうんともすんとも言わず、捕まえようとしても手がすり抜けてしまう。
実体のない光といえば
それに──案内人のコンパスを失った以上確かめようがないのだが、どうにも光の行く先はコンパスが示していた方向とは違うように思える。
光が一つの扉の前で止まった。開けろということだろうか。
横に長いボタンのようなドアノブを押すと、ギシギシと嫌な音を立てて開いた。
光は扉の向こう側へと素早く入り込み、中を薄らと照らし出した。
そこはどうやら非常階段らしかった。上も下も真っ暗闇で終点が見えない。
光は底の見えない階段を降りていく。
塗装が剥がれた手すりを掴みながら後を追って降りる。
降りているからまだいいが、階段というものはなかなかに疲れる。
鏡花水月を会得するための修行でだいぶ鍛えられたとはいえ、終わりの見えない階段を降り続けるのはきつい。
エレベーターやエスカレーターを発明した奴は偉大だな。
階段の踊り場には時々外に通じているらしい扉があったが、どれも閉まっている。
光は扉を無視してひたすらに階段を降りていく。
もうどこから階段を降り始めたのかも分からない。
一体どこまで降りていくのだろうか。
光が一際大きな踊り場で止まった。
今まであったものより遥かに巨大な金属製の扉があり、剥げて薄れた塗装で何か書いてある。
光が扉の前で急かすように瞬くが、足を踏み出そうとした途端に視界が揺れた。
そのまま俺は床に倒れ込んでしまう。
手をついたがその手も肘からあっさりと曲がり、何の役にも立たないまま身体が固い床に打ち付けられる。
冬にキャッチボールをした時よりも更に強い痛みが身体を襲う。
立ち上がろうとしても手足に力が入らない。
冷たい床と地下特有の寒さが体温を奪っていく。
辛うじて動く両腕でランタンを取り出して火を着け、マントに包まった。
暖を取るにはあまりにも心許ない小さな炎を見ていると俺自身のようにも見えてくる。
風前の灯火ってやつだ。ここには風は吹いていないけど。
光がスッと俺の目の前に移動してきた。
どういう理屈かは分からないが、動物の体温のような温かさを感じる。
間近で光を見ていると、なぜだか酷く懐かしいような気持ちになった。
何か俺にとって大切な存在だったような──何だったっけ?
眠気が襲ってきて瞼が下がっていく。
◇◇◇
夢を見ていた。
「──!──!」
大事に飼っていた愛犬が朝起きたら冷たくなっていて、それを受け入れられなくて必死に呼びかけている男が一人。
──前世の俺だ。
前世の俺を今世の俺が後ろから見ている、という不思議な光景。
夢だと分かっているのに、悲しむ前世の俺を見ているとこっちまで泣きそうになる。
愛犬が死んだ時の悲しみと喪失感は今でも覚えている。
あの頃は自分の一部が切り取られたような悲しみでしばらく塞ぎ込んでしまった。
でも──まだあの頃は幸せだった。
その後に
あの女と結婚してから俺の我慢が増えた。
結婚は人生の墓場とはよく言ったもので、家族への愛情という鎖に縛られて自由を奪われ、自分で稼いだ金も取り上げられて自由に使えるのは僅かな小遣いだけ。
それでも俺はあの女と何よりも大切に思っていた子供のために耐えて自分を殺し続けて──そして裏切られていたことに気付かずに搾取され続けていた。
植え付けられた「正義」や「道徳」を盲信し、見せかけの幸せに騙されて、陰で嘲笑われながら奪われ続けて──虚しいとか理不尽とかそんな言葉じゃ言い表せない哀しい人生だった。
そして今世でも親に疎まれ、憎まれ、望まない結婚を強いられ、それを回避するために冒険に出て──転生しても苦労ばかりだ。
──あの頃に戻りたい。
目の前で愛犬の亡骸を前に泣く前世の俺を見てそう思う。
いや、違うな。できれば愛犬がまだ生きていた頃──欲を言えば飼い始めた頃に戻りたい。
優しい両親がいて、可愛い愛犬がいて、有り余る時間があって、有り余る自由があって、喜びと楽しさが一番多くて、苦しみが一番少なかった時代に。
涙が一粒、頬を伝って落ちていく。
もし──もし、異世界転生じゃなくてタイムリープをして人生を途中からやり直していたなら──俺はどうしていただろうか。
◇◇◇
目が覚めると視界が滲んでいた。
目元を拭ってみると涙で濡れていた。
何か、酷く悲しくて、でも懐かしい夢を見ていたような気がするのだが、思い出せない。
どれだけ眠っていたのか分からないが、空腹を感じることからだいぶ長い間眠っていたようだ。
休息を取れたからか、手足はまともに動くようになっている。
最後に見た時には俺の目の前にいた光は、金属製の扉の前にいた。
横にあるインターホンのような機械が光に照らし出されている。
扉を開ける手段は分かったが、ひとまず腹拵えしたい。
何か食べるものはないかとポケットを探ってみると、小さな乾パンの袋が出てきた。
水筒の水をちびちび飲みながら流し込んで空腹を和らげ、立ち上がって扉に向かった。
横のインターホンのような機械はまだ生きているようで、埃を被ったディスプレイが微かに光っている。
下の解錠ボタンを押すと、音もなく扉が上にスライドして開いた。
光が扉をくぐって進んでいく。
扉の向こうはまた通路になっていた。
光はその通路の突き当たりに向かって進んでいき、角の部屋の前で止まった。
追いついた俺は肝を冷やした。
扉の前に死体が転がっていたのだ。
部屋に入ろうとしてそこで力尽きたかのような姿勢で横たわる死体は白骨化していて、死因は分からない。
この死体の主がこの部屋に入ろうとした理由は何なのだろう。
部屋は分厚い金属製の扉に閉ざされていて、中に何があるのかは分からない。
光が死体の手を照らし出した。
見ると、カードのような物が下敷きになっている。
そっと死体の手をどかし、拾ってみると、何やら文字が書いてあった。
「──アルファベット?」
ほとんど読み取れなかったが、頭文字の「A」だけがまだくっきりと残っていた。
異世界に来てアルファベットを見るとは思わなかった。
ますます謎が深まるばかりだが、今はそれを考えても仕方がない。
このカードが扉を開けるのに必要なのだろうか。
見るとドアの横に四角い箱のような物があった。
近づくとディスプレイが灯り、四角い枠のようなものが表示される。どうやらこのディスプレイがカード読み取り機を兼ねているようだ。
カードを四角い枠に当ててみると「ピッ」と音がして緑色のランプが灯る。
カチリ、と音がしたかと思うと、扉が音もなく横にスライドして開く。
中は真っ暗──ではなかった。部屋の奥に淡い光を放つ窓のような物があり、その向こう側に何かがある。
窓のように見えていたのは巨大な水槽だった。
透明な液体で満たされた水槽の中にバスケットボールくらいの大きさの白い球体が浮かんでいる。
その白い球体に俺は違和感を感じた。
見た目は白いボールなのだが、質感がどうにも変だ。
滑らかで、ゴムやナイロンではない──まるでイモリかカエルの肌のような感じがする。
『来客なんて久しぶりね』
突然聞こえてきたその声ははっきりとしていたにも関わらず、どこから聞こえてきたのか全く分からなかった。
後ろを振り返ったが、誰もいない。
俺をここに導いた光もいつの間にかいなくなっていた。
魔力での空間把握をしてみたが、やはり声の主らしき存在は見当たらない。
『貴女の目の前よ』
再び声が聞こえた。
水槽の方に向き直ると、目に入ったのは血のように赤い瞳を持った「目」だった。
「ッ!」
出かかった悲鳴は喉が引き攣って声にならなかった。
バスケットボール大の人間の眼球が白い皮膚で覆われているかのような不気味な外見になったソレは口もないのにはっきりとした声を発した。
『貴女は──誰?』
──肝を潰した。
目玉だけの怪物というだけで十分怖いのに、いきなり喋ったのだ。それもテレパシーで、ねっとりとした妖艶な女声で、流暢なホルファート王国語で。
腰を抜かした俺に怪物は子供をあやすような口調で言った。
『そんなに怖がることないのに。私は何もしないわよ?そもそもこの中に閉じ込められていては外には干渉できないわ。せいぜいこうやってお話する程度よ』
「お前──えっと──え?」
頭が混乱して言葉が出てこない。
『焦っても余計にこんがらがるだけよ。深呼吸よ。ひっひっふーよ』
その声に何の力があったのか、俺は素直に従っていた。
なるほど、確かに一呼吸置くことで頭は整理──されなかった。
何とか絞り出せた質問は──
「お前は──何なんだ?」
それだけだった。
怪物は目を閉じて軽く左右に身体を振った。まるでかぶりを振るかのように。
『先に質問したのは私の方──と言いたいところだけれど、まあいいわ。私は【セルカ】。魔装や魔法生物に類する存在よ』
セルカと名乗った怪物は聞いたこともない単語を口にする。
『は?まそう?何のことだ?』
俺の問いかけにセルカは少し目を見開き、意外そうな反応をする。
『あら、魔装のことを知らない客人なんて初めてね』
そしてセルカは手前の方に寄ってきて俺の身体をまじまじと見つめた。
『その服からするとここの人間ではないようね。それに随分と可愛らしい顔をしているようだけれど──どこから来たのかしら?』
訳が分からないまま俺は答える。
「──ホルファート王国だ」
『──知らないわね。そんな国。──じゃあ貴女は侵入者ってことかしら?だとしたら感心だわ。よくここまで辿り着けたわね』
セルカが笑っているかのように目を細める。
『セキュリティゲートを十回は通らないといけないのだけれど──どうやったのかしら?』
「は?セキュリティゲート?何を言っているんだ?そんなものなかったぞ?」
俺の答えにセルカは目つきを変えた。
細められていた目が見開かれ、真剣な目つきになる。
『──なるほどね。では質問を変えるわ。今は新暦何年かしら?』
「新暦?何だそれは?」
『その答えで分かったわ。彼らは負けたのね』
「負けた?」
『──この研究所を作って私をここに閉じ込めた種族──旧人類とでも言うべきかしら?彼らは私のような存在を創った種族──新人類と呼ばれた種族との戦争をしていたのよ。その旧人類が使っていた暦が【新暦】。それが使われていないということは彼らは負けて滅びた。そしてこの研究所も機能のほとんどを停止した。その結論に行き着くわね』
セルカは少し視線を落として寂しそうな様子を見せた。
『ここに閉じ込められているのも戦いに比べればだいぶ居心地が良かったのだけれど。それで、貴女はどうしてここを訪れたのかしら?偶然とは考えられないのだけれど』
再びセルカが俺と目を合わせて問うてきた。
だが俺はこいつの言ったことに理解が追いつかない。
「待て、さっきから一体何の話をしているんだ?旧人類とか新人類とか──ここは何なんだ?研究所ってどういうことだ?」
『──想像以上の年月が経っていたようね。あんな戦争、忘れたくても忘れられるとは思えないのだけれど。まあいいわ』
そう言ってセルカは「長くなるわよ」と前置きしてから話し始める。
『貴女が生まれるずっと前、貴女の言っていたホルファート王国という国もなく、空に浮かぶ陸地もなかった時代、この星は旧人類が支配していたのよ。でもいつからか、魔法を使う新人類と呼ばれる種族が現れた。旧人類と新人類がなぜ相争うようになったのかは知らないけれど、とにかく二つの種族がこの星の覇権をめぐって争ったの。旧人類は持ち前の科学技術を駆使して数多の兵器を造り、新人類は魔法だけでは分が悪くなって魔装やモンスターといった眷属を創り出した。でも、【アルカディア】と呼ばれる新人類の兵器が戦局を変えたわ。何せ【魔素】を人為的に作り出せるようになったのだから』
「魔素?」
『魔素というのは魔法という現象を起こすのに欠かせない特異物質のことよ。新人類にとっては便利なものだったのだけど、耐性のない旧人類にとっては毒になったの。魔素は元々天然に存在していたけれど、その量は僅かなもので、新人類はなんとか魔素を人為的に作れないものかと研究を重ねた。そして遂にその方法を見つけ、魔素生成装置を作り上げた。更に大事な装置を破壊されないよう、装置そのものを要塞にして【アルカディア】と名付けたの。アルカディアは無尽蔵に魔素を作り出して放出し、放出された魔素を使って新人類は戦いを有利に進めることができた。旧人類は何度もアルカディアを破壊しようとしたけれど、その力は強大で、旧人類の兵器では真っ向勝負を挑んでも勝てなかった。だから彼らは必死で弱点を探していた。そのために彼らはアルカディアを複製しようとしたのよ。それが最も早く、そして確実にアルカディアの秘密に迫る手段だと。その試みが為されたのがこの研究所。そしてその試みによって生み出されたのが私というわけよ』
セルカは一息吐くかのように言葉を区切る。
ゆっくりと話してくれたおかげで聞き取れはしたが、理解できたとは言い難い。
何万年も前に今よりも優れた科学技術を持った超古代文明があった、という話をいきなり聞かされて信じる気になれるか──と言えば分かるだろうか。
確かにこの巨大な遺跡と目の前のセルカの存在が証拠ではあるのだが、それでもとても信じられない。
セルカは呆然とする俺に構わずに話を再開する。
『でも彼らの目論見はほとんど外れた。私はアルカディアのようにはなれなかった。まあ、なっていたとすればアルカディアと戦わされるか、データを取った後に抹殺されていたでしょうけど──それでも彼らは諦めずに研究を続けたけれど、結局アルカディアはその後の戦いで海の底深くに沈められた。それで私は用済みになったはずなのだけれど、何故か処分されることなくここに閉じ込められたまま生かされ続けたの。時々彼らは私と話をしに来ていたけれど、いつしかそれもなくなった。以来時間の感覚がなくなるほど長い時間を独りで過ごしていたけれど、貴女が来た。おかげで久しぶりにこうして話せて嬉しいわ。つい饒舌になってしまったわね』
セルカは目だけでにっこり笑う。
そして好奇心で瞳を輝かせて問うてくる。
『さ、次は貴女のことを聞かせてくれるかしら?貴女は何者?』