法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

もともと環境破壊そのものが人命を軽視しておこなわれているからこそ、犯罪でも非暴力であれば自然保護活動が一定の支持をされる背景になっている

 パナマで鉱山開発に反対する大規模な抵抗運動があり、そのひとつとして道路封鎖をおこなっていた参加者ふたりを元弁護士が射殺した事件があった。
道路を封鎖していた環境保護運動の参加者が渋滞に怒ったドライバーに射殺されてしまう事件が発生 - GIGAZINE

2023年11月7日にパナマシティ西部のチャメ地区の高速道路で発生したこの事件は、弁護士兼大学教授のケネス・ダーリントン容疑者によって起こされたものです。

ダーリントン容疑者は道路を封鎖するデモ隊に対して当初は説得を行っていましたが、デモ隊との口論に発展したダーリントン容疑者は自身のポケットから拳銃を取り出してデモの縮小を要求。しかし、デモ隊はダーリントン容疑者の要求を聞き入れませんでした。そして、デモ参加者の1人がダーリントン容疑者に近づくと、ダーリントン容疑者はわずか数メートルの位置からその参加者に対して発砲しました。

 英国のタブロイド紙デイリーメールを翻訳したGIGAJINE記事では「一部の環境保護活動家」が道路を封鎖していたとあるが、問題の鉱山は世論調査のひとつによると国民の6割が反対して7割が説明不足と考えているという*1。抗議活動も10万人前後の規模で、一部というには参加者が多い*2
 問題の鉱山開発に韓国の企業が1割出資しているためか、朝鮮日報に少しくわしい記事もある。「当初は説得を行っていました」といっても短い時間で、すぐに銃を出したことがわかる。
環境保護デモ隊に道をふさがれた77歳元弁護士、車から降りて発砲して2人死亡 /パナマ-Chosun online 朝鮮日報

動画を見ると、白髪の高齢の男が車から降りてデモ隊に向かって近づき、一言言ったかと思うと、ズボンの右ポケットから銃を取り出した。そして、拳銃で脅しながら、デモ隊が築いたタイヤなどのバリケードを撤去し始めた。

パナマ生まれで米国国籍を持つダーリントン容疑者は元弁護士で、過去にも銃器の違法所持で有罪判決を受けている。

 そもそもふたりを銃殺した元弁護士は、銃器の不法所持で有罪になるような危険人物だった。


 GIGAZINE記事にはてなブックマークが多数あつまり、デイリーメールやニューヨークポストのようなタブロイド紙を根拠として環境活動家を非難するコメントが人気になっていた。
[B! 事件] 道路を封鎖していた環境保護運動の参加者が渋滞に怒ったドライバーに射殺されてしまう事件が発生

id:maxk1 随分迷惑かけてたのな『この道路封鎖によって、食料や燃料、医薬品の輸送に影響が出ているだけでなく、企業は毎日最大8000万ドル(約120億円)もの損失が発生し、付近の学校は1週間以上閉鎖されていると』
id:hogeaegxa 左翼は基本的に自分らは何をしても反撃されないと思ってるからこういうのがあったほうが緊張感あっていいだろう。そもそも渋滞やら学校閉鎖みたいなでかい影響が出てるのに、個人が動くまで行政はなにやってたんだ?
id:richest21 『この道路封鎖によって、食料や燃料、医薬品の輸送に影響が出ているだけでなく、企業は毎日最大8000万ドル(約120億円)もの損失が発生し、付近の学校は1週間以上閉鎖されているとのことです』←警察は何してたん?
id:tamtam3 「平和的抗議活動してたのに酷い!」と、環境保護団体が怒っていたけれど、生活道路を封鎖した時点で、それは平和的抗議行動ではなく暴力的抗議活動だし、無駄にヘイトを集めるとどうなるかぐらい予見できた筈だよね
id:Sephy 封鎖という実力行使したら銃という実力で排除された因果応報というか。間違ったやり方には間違ったやり方で返されても真っ当な批難はできんよな。封鎖による損害を考えたら何人か死んでそうだし
id:kako-jun 写真が綺麗でギャップがすごい。弁護士兼大学教授をキレさせた煽り力もすごいのだろうけど、裁判では自分で弁護するのかな
id:dot 環境保護団体に問題があるにせよ要は私刑なので、容疑者に対しては賛否色々あるとは思うけど、行政が適切に処理してないのが一番問題な気がする。大統領は哀悼してる場合じゃ無い。
id:sekiryo 元記事の発砲した瞬間の顔写真出てるけど薬莢がまだ見えるくらいのその瞬間の顔は煽られた怒りで衝動的に撃ったというより話の通じない馬鹿者を駆除したっぽい顔なんだよな。そういう社会なんだろうか。
id:kohakuirono なんやここのブコメ見てると今日本で鉄道のストやって多くの利用客が迷惑していたらストしてる人達が殴られたり危害を加えられてもよくやったと賞賛されそうだな。
id:by-king 食料や燃料、医薬品の流通が滞れば何千人の命に関わるわけで、見方を変えれば沢山の人を救うために殺したのかもしれない

 社会運動への暴力に賞賛があつまる危うさへ率直に懸念を表明しているのはkohakuirono氏くらい。私刑と批判的に表現したdot氏ですら抗議活動への銃殺という行為を「賛否両論」と中立的に表現している。
 もちろんGIGAZINE記事の印象にひきずられた結果ではあるだろうが、そもそも人を殺すことが原則として重い罪であることを認識できていれば、上記コメントの多くが人気に入ることはなかったはずだ。


 今回は反対運動が現地住民による広範な活動と明らかにされたことで、被害者は「環境活動家」ではないと理解されるようになり、殺害者を批判する意見が強くなっているようだ。
 しかし生活を守ろうとする現地住民を「環境活動家」から除外することに意味があるだろうか。まさか「環境活動家」であれば殺害に共感できると考える人間ばかりでもあるまい。
 たしかに絵画にスープをかけるような非暴力のパフォーマンスをする環境活動家を「エコテロリスト」と呼ぶような動きはあるが、だからといって現実の銃殺を同等にあつかえるはずがない。
「ゴッホ名画にスープ投げ」を理解せぬ日本の欠点 かなり根が深い「想像力欠乏」状態の蔓延 | 環境 | 東洋経済オンライン

2人の若者たちは、ロンドン・ナショナル・ギャラリーに展示されているゴッホの名作「ひまわり」に近づくと、作品にトマトスープをかけ、自らの手を接着剤で壁に貼り付けた。彼らは「ジャスト・ストップ・オイル(とにかく石油を止めろ)」という団体の環境活動家で、気候変動対策が進まないことへの抗議活動として、トマトスープをかけたのだ。

イギリスでの事件の受け止められ方は大きく異なっている。世論調査では、なんと66%もの人が今回のような非暴力の直接行動に理解を示している(The Guardian『Huge UK public support for direct action to protect environment – poll』)。

 もちろん開発にさらされる現地の当事者も「環境活動家」にふくまれるし、そのような「環境活動家」ほど危険にさらされている。下記の記事によれば、2020年だけで少なくとも227人が殺されたという。
2020年中に殺害された環境活動家は過去最高の227人。途上国に集中。最多は南米コロンビアの65人。コロナ禍が殺害増大にも影響の可能性。人権NGO「Global Witness」が報告(RIEF) | 一般社団法人環境金融研究機構

 環境を守る活動で昨年中に殺害された227人の人々は、すべて欧米、オセアニア以外の途上国の住民たち。気候変動の影響と同様に、環境関連の紛争は、先進国企業等からの影響を受ける低所得国に集中して起きている。特に現地で暮らす先住民コミュニティが受ける影響が大きい。先住民の人口は世界全体の5%なのに、殺害された人の3分の1は先住民。
 コミュニティとリンクした自然環境を守ろうと立ち上がる人々が、開発事業者等との紛争で殺害されるケースは、年々増加している。20年の数字は2013年の水準のほぼ倍だ。しかし、報告書によると、公表数字は明確に殺害されたとわかるデータに限定されており、国によって報道の自由や、市民の権利、情報の透明性等は異なることから、実際の被害はもっと多いと推測している。

 環境破壊で人命がおびやかされるのは、気候変動などの間接的で長期的な問題だけではないのだ。
 土地開発をテーマにしたドキュメンタリを見ていると、先進国や企業が権利をうばおうとして人身に危害をくわえる事例や、開発の末端の人命も軽視されている事例がしばしばある。
『世界まる見え!テレビ特捜部』大自然は謎だらけ! - 法華狼の日記

ペルー最大のヤナコチャ鉱山は米国ニューモント社の所有。そこで2000年にトラックが横転してしまい、飛散した水銀を周辺住民に金銭をしはらって回収させた。その時、健康に影響はないと嘘をついた。結果、1000人以上もの周辺住民に健康被害が発生。怖くなって裏庭に捨てた住民の家では植物が枯れ、家畜が死んだという。
大規模な抗議活動がおこなわれたが、自動小銃武装していた警備にはばまれた。踏切のようなゲートを抜けて入りこんだ人々に対して発砲。そうした衝突で5人もの死者が出たという*2。

 ちなみにフィクションだが悪趣味な食人族映画『グリーン・インフェルノ』も、当時なりに文明人の加害を批判した原作を現代的にリメイクするため、開発企業による現地人への加害を物語に組みこんでいた。
『グリーン・インフェルノ』 - 法華狼の日記

全体についていうと、森林開発のため傭兵までもちだす先進国企業と、異なる文化をもつ先住民族の闘争を、安易に介入してしまった若者視点で描くという戦争映画の一種に近い。

 そしてパナマがそうであるように、現実には開発側こそ暴力をふるうだけでなく財力をもって権力をにぎっていることが多い。だからこそデモやボイコットのような「迷惑」な抗議も、たいていの民主的な社会で選択肢として認められている。


 パナマの元弁護士がはじめて「環境活動家」に「反撃」したわけではない。これまでも開発の障害として環境活動家は殺されてきたし、正当な権利にもとづく反対運動もおこなわれてきた。
 環境活動家の穏健に見えない言動や、迷惑の排除として共感できた加害しか認識できないのならば、まずは視野をひろげなければならない。私たち自身のためにも。