似て非なる二人   作:clearflag

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白銀陣営の夏休み攻略計画

 白銀御行は、自宅のリビングで唸っていた。ローテーブルの上で開かれたスケージュール帳を前に、気難しそうな表情を浮かべている。記入される予定の大半は、バイトである。夏休みに入ってからの彼の一日は、勉強してバイトしてご飯を食べて、風呂に入って寝るを繰り返すだけの毎日だった。そして今は、バイトから帰宅後の小休憩。

 

(海。あと少しで四宮と海に行ける────)

 

 長らく楽しみにしていた、かぐやとの海イベント。しかし、何かが足りない。遠足前のワクワク感と言えば良いのだろうか、周囲との盛り上がりのようなものが欠けていた。もし彼女から『もうすぐ海ですね』とメールが来れば、『ああ、楽しみだな』と返し、やり取りを展開して行けると言うのに。かぐやを直接誘ったのは、友人の汐崎才雅(しおざきさいが)であるが、状況としては、白銀と才雅の男二人がかぐやと早坂の女子二人を誘ったような構図となっている。誘った上にメールを送り付けるのは、どこかガツガツ感がある。白銀の懸念はただそれだけだ。

 

「何故だ!!」

「お兄うるさいっ!!」

 

 リビングと面する居室のドアが勢い良く開けられ、妹の圭が睨みを利かせる。白銀家は、1LDKの間取りだ。唯一の居室は、カーテンを仕切りとし圭と二人で使用していた。今のように職業不定の父が居ない時間帯は、何となく居室とリビングに分かれて居ることが多かった。とは言え、薄壁一枚。ちょっとした音で、プライベート空間は簡単に崩れる。

 

「あ。ごめん、圭ちゃん」

「うるさくするなら、外出て」

 

 圭の冷ややかな視線が白銀に刺さる。現在、圭は反抗期を迎えていた。日を追うごとに兄と父に対する素っ気なさは増す一方で、可愛い顔からは想像出来ないような暴言を時々吐く。

 

「気を付けるよ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言で扉は閉められ、白銀は溜め息をつく。

 例によって、一学期の終業式以降、かぐやと会うことはもちろん連絡の一つも取っていなかった。

 

(いや、落ち着け。海の後は花火大会も控えている。四宮に告らせるチャンスはある!!)

 

 白銀は、終業式の日に生徒会メンバーと花火大会に行く約束をしていた。そう、彼にとって、今年の夏のイベントは二本立てなのである。かぐやとは長らく一進一退の攻防を続けているが、ちゃんと約束を取り付けて遊びに行くのは、これが初めてだった。何としても仲を進展させたい────そのための準備はした。実は、運動が大の苦手な白銀は、カナヅチである。区民プールに通い、カナヅチ克服とはほど遠いが、水中で歩行可能な程度に水への苦手意識を克服した。ちなみに、海へ一緒に行く才雅もカナヅチなので、泳いで競争しようなんて展開は絶対に起こらない。

 

(そういや、何かライン来てたな・・・・・・)

 

 才雅から来ていたラインを思い出し、スマホのトーク画面を開く。『四宮のとこの海、メッチャキレイだから調べてみて』とのメッセージと『#四宮リゾート_静岡』と言う文字が続く。自分たちがこれから行く四宮グループ運営のホテルの名前であり、そのホテルが保有するプライベートビーチで楽しむ予定だ。しかし、彼は返信だけして、調べていなかった。

 友人の送って来たハッシュタグは、恐らくSNSで使われるものだろう。白銀は、たまに呟くだけのツイッターのアイコンをタップし、検索画面にハッシュタグを打ち込んだ。

 

「おお」

 

 思わず感嘆の声が漏れた。想像よりもずっとキレイな海だ。かぐやからホテルのパンフレットは貰っていたが、投稿された写真を見ると、一気にリアリティーが増す。ホテルの宿泊者しか入れないと言うプライベートビーチの投稿を流して行くと、空と海の風景だけのものもあれば、人が写ったものもあった。そこで、白銀はあることに気付く。

 

 ────スクール水着が一人も居ない。

 

 いや、写真の若者たちは自分よりも年上に見える。水泳の授業がある学生でなければ、スクール水着は持っていないだろう。だが、他にも気になる点はある。いわゆるスポーツメーカーが出している黒や紺のピチッとした王道のデザインを履く男が一人も居ないのだ。女物の水着が多種多様なのは何となく想像していたが、海パンって、こんなにカラフルなのかよと白銀は思う。

 

(区民プールに行った時はスポーツメーカーのロゴが入った水着の人が多かったから安心していたが、海は違うのか?)

 

 元々は、水着を買うことを検討していたが、白銀は守銭奴である。水に慣れるため、中学時代のスクール水着を履いて区民プールに何度か行ったのだが、スクール水着に準じるものやスポーツメーカーのロゴを多く目撃したため、安心して海でも着用しようと考えていた。だがしかし、万一にも、かぐやの口から────『会長。それ、スクール水着ですか? 高等部には水泳の授業はないはずですけど、もしかして・・・・・・お可愛いこと』なんて、クスッと笑われ蔑まれたら、この身を海へ投げることになるかもしれない。

 善は急げだ。白銀はラインの通話ボタンをタップし、才雅へ電話を掛けた。出ろ出ろ出ろと念を込めて。

 

「もし────」

「汐崎、今良いか」

「何、急に」

「海にはどんな水着を着て行くんだ?」

 

 開口一番の質問に、才雅の頭の上にはハテナマークが沢山浮かぶ。いくら仲が良いとは言え、男に水着を聞かれるのは、背中に悪寒が走る。暑さで頭がおかしくなったのだろうか。

 

「俺の海パンに興味あんの?」

「そうじゃねーよ、単純に流行を知りたいんだよ!!」

「いや、流行とかっても言われても、履きたいの履けば良いと思うけど。俺は、去年買ったので行くし」

「軽音部の人とプールに行ったんだっけ」

「そうそう。野郎でだけどね」

 

 やはり、友人は一歩先を行くようだ。白銀は息を飲む。同性だけのグループとは言え、夏に海とかプールに行くのは、いわゆるリア充だとか陽キャと呼ばれる手練である。頼れるのは、この男しか居ない。

 

「なぁ、水着を買いに行くの付き合ってくれないか?」

「────は?」

 

 この時、圭が隣の居室で聞き耳を立てていたとは、誰も知る由もない。

 

 

 

 翌日。才雅と白銀は、昼過ぎの渋谷駅前で待ち合わせをしていた。駅前は、平日にも関わらず目まぐるしく人々が行き交う。夏休み中の学生、外国人観光客、ワイシャツ姿のサラリーマンなど、まるで荒波のようである。

 時間ギリギリに着いた才雅は、改札を出て直ぐに白銀を見つけた。 

 

「おっす」

 

 制服姿の白銀は見つけやすい。だが、午前中はバイトだった才雅のように、白銀は学校で生徒会の仕事があった、とかではなく、いつ何時も制服を着用している。ただし、見ていると暑苦しいから夏服にしろと才雅が釘を刺したため、今日の白銀は学ランを脱ぎ捨て校章の入った半袖のワイシャツ姿だった。

 

「急に悪いな。何だ、その派手なズボン」

 

 白銀の視線が才雅の下半身に集中する。彼の服装は、白のTシャツに膝上のハーフパンツと言う夏らしい格好であるが、そのパンツの色がやたらと目を引いたのだ。蛍光色の黄色である。普段そんな色履いてねーだろと、白銀は顔を歪める。注視していたら目がチカチカする。

 

「これ、水陸両用のハーパン。俺はこれで海に行くからさ、参考になるかなーって」

「水陸両用? そんなものがあるのか」

「そ。海とかプールって年に何回も行くわけじゃないし。ガチの水着買ってもね」

「なるほど。確かに水着を着る機会なんてそうないからな。俺もそう言うので良いかな。てか、何でその色にしたの」

「万が一、溺れても見つけて貰えるだろ?」

「親が小さい子に目立つ色を着せるのと同じ理由じゃねぇか」

 

 ご挨拶は程々に、才雅の案内の元、二人は駅近の商業ビルに入った。ブランドに拘りがなく、低予算で済ませたい白銀の意向を知る才雅は、様々なブランドが混じった特設の水着コーナーを目標に定めた。若者向けの店が多く入るビルで、学生でも手の届く価格帯である。いわゆるコスパが良い。

 白い照明が陳列棚を照らし、特設売り場の片側に海パン、もう片側にビキニが並んでいる。未知の領域に来てしまった白銀は、ポカンと口を開く。

 

「男物の水着って、カラフルなんだな・・・・・・」

「海パンで個性出せるのって柄と色くらいだろ」

 

 白銀は、才雅の言葉に頷きつつ、色鉛筆のように並ぶカラーバリエーション豊富な棚を眺めて行く。あまり派手な色や柄を好まない白銀は、ハンガーに掛かった、ネイビーの海パンを取った。膝丈で、タグには水陸両用の文字もある。

 

(あ、安くなってる)

 

 デザインも大事だが、重視すべきは価格だ。

 

「白銀!! 見て、お揃いっぽい」

 

 才雅の手にはハンガーが二つ。右手にオレンジ、左手にグリーンの蛍光色の海パンだ。彼の黄色の海パンと同じ系統味を感じる。

 

「いや、買わねーから」

「オレンジ良くない?」

「派手な上に丈短いし」

「涼しくて目立てるよ」

「別に求めてねーわ。俺はこっちにするよ」

 

 手に持ったネイビーの海パンを掲げる。

 

「何か普通だな」

「普通のを選んだんだよ」

 

 会計を済ませ、ひとまず任務完了だ。

 

「後は何か買うの?」

「うーん。服・・・・・・私服の方が良いよな」

「休みの日に制服は、女子は引くんじゃない?」

「だ、だよな・・・・・・」

 

 友人の言葉に、白銀はから笑いと共に不安にかられる。以前、白銀は、かぐやと映画館で偶然会ったことがあった。プライベートで。その時の自身の姿は、学ランで、実は彼女にドン引かれていたと思うと、額から嫌な汗が滲み、急に胸が苦しくなる。

 

「白銀。ブランドの拘りは無いんだろ?」

「あ、ああ!! や、安くてそこそこのものなら」

「オーケー」

 

 二人は、複数の服屋をハシゴした後、大通りに面したファーストフード店に足を向けた。入口近くの窓際席を陣取り、注文したドリンクを片手にひと息つく。

 

「バイト先で食べて来たんじゃないのか?」

 

 大口を開けて、ハンバーガーを頬張る才雅に白銀は確認をする。もし、昼抜きであちこち付き合ってくれていたと思うと申し訳ない気持ちになった。

 

「食べたよ。カレーライス」

「ああ、そう」

 

 心配して損したと思いながらも、白銀の心はホッとした。そんな、彼の気持ちなど知るはずもない才雅の話題は完全に海に行くことだ。

 

「なぁ、四宮と上手く行くと良いな。生徒会では、花火大会に行くだけなんだろ?」

「ん、ああ。みな、それぞれ予定があるからな」

 

 白銀は、ハハハと笑い視線は外す。本音を言えば、遊べるものならもっと遊びたい。四宮かぐやと。しかし、今の体制の生徒会が結成されて以降、生徒会以外で彼女と接点は何も無かった。何も行動を起こさなかったので、当然と言えば当然なのだが、見事なまでに何も進展が無かった。

 

「ま。早坂は俺の方で何とかするから、二人で楽しんでよ」

「余計な気は使わなくて良いぞ。て言うかさ、いつから早坂とそんなに仲良いんだよ。去年、話してたりしたっけ?」

 

 白銀は高等部からの外部生である。高等部に入った一年前、才雅とは同じクラスだった。その時の記憶では、彼が早坂と親しくしている様子はなかった。と言うより、二人が話している姿自体を見たことなかった。彼の所属する軽音部繋がりだろうかと考えたが、当の彼女は帰宅部だと言う。単純に気になっていた。

 

「二年になってから?」

「何故に疑問形」

「俺も早坂も純院だから、初等部の時から知り合いは知り合いなんだよ。前にも同じクラスになったことあるし。でも、二年でまた同じクラスになるまでは用が無いと話さない感じだったかな」

「なら、きっかけがあったのか?」

「うん、向こうもバイトやってるって言うので。うちの学校はバイトやってる奴少ないし」

 

 確かにバイトをしている生徒は少ない。校則では、申請さえすれば働くことが認められるが、秀知院の生徒はみな裕福な家庭の人間なのだ。親の小遣いで色々と賄えてしまうのだろう。夏休みや冬休み前になると、バイトするとかしないとか、そんな話を耳にすることはあるが。

 

「ふーん。でも、何か意外だな。俺は高校からだけど、附属校とかって決まった奴とかとしかつるまないと思ってた」

「まぁ、一理あるかな。けど、クラス替えとか、高等部で部活を変えたとかで、仲が良い人とかグループ変わったりとかはあるんじゃないかな。だいたい似た顔ぶれにはなるけど」

「何か想像はつく」

「ただ、人間関係が変わらないのは、良いところもあれば悪いところもあるけどな。クラス替えで、元カノと同じクラスになったらメチャメチャ気まずいらしいぞ」

「何処からの情報だよ」

 

 白銀は、お前彼女居たことねぇだろと、心の内で悪態をつく。

 

「うちのバンドメンバーが言ってた。ほら、ボーカルギターのイケメンの奴。それから、彼女は他校でしか作らないんだってさ」

「贅沢過ぎんだろ・・・・・・」

 

 天は二物を与えずと言う言葉があるが、秀知院学園は例外だと白銀は改めて思った。家柄、学力、運動、芸術などなど。飛び抜けた何かしらを持った人間がやたらと居る。イケメンなのも金持ちパワーか?と、口には出さないがそんなことを思ってしまう。嫌な考えを追い出し、話題を変えるため、才雅から送られたラインに触れる。

 

「そういや、ラインに送ってくれたやつ調べたよ。海もビーチもキレイだな」

「だろ。俺も早坂に教えて貰ってさ」

「・・・・・・」

「白銀?」

「いや。マジで仲良いな、お前ら」

 

 含みを感じるもの言いだった。

 

「そうか?」

「そうだろ。この前なんて半分ずつケーキ取り分けて、カップルかと思ったわ」

「友達でもやるだろ」

「俺はやらねーよ」

 

 心なしか白銀の言葉に棘を感じる。才雅は思った。

 

「よく休み時間にお菓子貰うから完全にそのノリだった」

「何、餌付けされてんの?」

「違うって。早坂もそうだけど、火ノ口とか駿河とか、あの辺の女子、よくくれんだよ。太るから全部は食べられないって。だから、俺もたまに買って一緒に食べたりしてんだけど」

「ハーレムじゃん」

 

 クラスは違うが、火ノ口と駿河がどのようなタイプの生徒か白銀は知っていた。元気で、チャラい感じの女子生徒である。自由な彼女らは、休み時間のB組の教室に、我が物顔でたまに出没する。

 

「いや、全然違うから。どっちかって言うと、女友達の延長みたいに思われてると思うけどなー。俺、中三で背伸びるまでずっとチビで、よく歳下扱いされたし。これも附属校の弊害かもな」

 

 慣れた様子で才雅は笑う。

 純院生は全員幼馴染とはよく言ったものだが、白銀に言わせれば、男なら嫉妬必至のうらやま案件である。と言うか、友人は妬んだ誰かにいつか刺されたりはしないだろうか。ちょっと心配になった。

 

「まぁ、附属校の苦労は俺には分からんが、あまり自分を過小評価すんなよ。案外近くに良い子が居るかもしれないし、勝手に可能性狭めんなって」

 

 その時の白銀は、やけに真面目な顔をしていた。

 

 

 

 

 その日の夜、母親が不在の自宅で才雅は一人、くつろいでいた。リビングのソファーに寝そべりテレビを流し見している。不意にイジっていたスマホの画面にラインの通知が表示される。友人の早坂愛だった。少し前に今度行くプライベートビーチがツイッターに上がっていると、やり取りをしたばかりである。

 

(ゲーセン?)

 

 内容を要約すると、UFOキャッチャーで欲しい景品があるから、付き合ってくれないかと言うもの。以前、自身がゲーセンで取ったキーホルダーを彼女にお礼であげたことがあったので、そう言った類が得意だと思われているのかもしれない。ただ、たまにやるだけで別に得意ではないが。

 

(あまり期待はしないで欲しいけど・・・・・・)

 

 特に断る理由はない。才雅は『良いよ』と返信する。

 

(あ、優のやつ声掛けてみるか。色々詳しいし。でも、火ノ口とか駿河も来るってなったら嫌がるかなぁ。その時は白銀でも引っ張って行くか)

 

 彼の頭の中に二人で遊びに行くと言う発想は無かった。完全に、皆で遊びに行こうぜのノリである。

 そんなメッセージを送った矢先、早坂から着信が来た。


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