昨年から指摘された「スマートフォンの在庫隠し」
端末のみで購入しようとすると、在庫があるにもかかわらず「在庫がない」とされ購入できないことが問題となった。
今も一部では行われてるとしながらも、なぜお店は在庫を隠すのか。実際に業界にて販売をしているAさんとBさんに聞き取りを行った。過去インタビュー記事はこちらになる
端末のみ購入の拒否。いわゆる"在庫隠し"は実際に行われていた
筆者
昨年は端末のみでの販売にて、購入を拒否することが問題となりました。いわゆる「在庫隠し」といった言葉が出て、これは総務省の有識者会議でも問題視され、最終的に行政指導となりました。
現在では落ち着いたと言われていますが、現場ではどうだったのか教えて欲しいです。
Aさん
この"在庫隠し"はいろいろと問題になりましたね。私がいた店舗でも実際行われましたし、多くのお店は"端末のみ"で販売したくなかったと思います。
Bさん
"在庫隠し"については実際にありました。
僕がいた店舗では「移動機や端末単体」と言われた時は、大体バックヤードで上司に相談していました。基本的には「できれば契約に持っていく」という方向で、無理ならば「こちらの在庫管理ミスでした」と頭を下げる。実際にこんなやりとりがありました。
筆者
なるほど。筆者も以前に端末のみで購入しに行った際に、いわゆる"在庫隠し"といわれるものに遭遇しました。やはり渋る傾向があるんでしょうかね。
Aさん
まず、端末のみの販売を行うことによって、販売する我々には何のメリットもないんですよね。
むしろ端末だけが減って、必要なお客さんに届けられなくなるような形です。
こういう話題を出すと「お店が客を選ぶな」という声が間違いなく出ると思いますが、端末のみ販売とMNPでは評価点が大きく異なります。簡単に言うと、客単価が倍以上に違う現実があります。
一人のお客さんを相手にした場合でも、得られる利益が違うとなれば、客単価が高い方を選びたくなるものです。
以前の記事でもまとめていただいた通り、一部のキャリアショップでは組織的な転売ヤーと組んででもMNPを取るのに必死です。移動機販売は評価点も低く、新規契約やMNPに比べると、正直"売りたくない"のが実情です。
この評価点の差が、端末のみの販売を渋る理由のひとつではないかと思います。
Bさん
僕は移動機販売のことは「無駄弾撃ち」だと思っています。名の通りで、大事な端末を回線と組ませずに売ってしまうわけですから無駄弾ですよね。
特に一括1円で販売できる端末は、対戦系のゲームでいうところの「必殺技」に近いものです。
ゲームでは回数の限られた必殺技をミスして、相手にダメージを与えられない事は惜しいじゃないですか?
これと同じことがスマートフォンの販売でも言えるんです。威力の強い弾を無駄に撃つなんてことはしたくないんです。
Aさん
Bさんの例えは抽象的ですが、私も同じような考えです。キャリアショップにある端末も無限に沸いてくるわけではありません。
限られた弾を使って、どれだけ成果をあげるかとなった時に、彼のいう無駄弾を消費している余裕はないです。
総務省は移動機の販売を求めつつ、値引き規制の上限を2万円に設定していることによって、キャリアはあのような形の値引きを行うような始末です。
契約なしでも2万円でiPhoneが買えるとなれば、お客さんが殺到するのは当然のことだと思います。これに対してNMPのノルマは当然のように守れ、端末のみでの販売は評価しない状況ですからね。これでは、販売を拒否する店舗があっても何らおかしくないです。
筆者
なるほど、端末のみ販売におけるキャリアからの評価の低さ。これが"在庫隠し"に繋がったと言えるのですね。
Aさん
"在庫隠し"って言い方はあれですが、販売の法令は守らなければならない。ただ、上からのノルマも達成しなければいけない。
契約を伴わないお客さんへ販売した場合の評価が低いのであれば、商品を出したくないのが本音です。
言い方は悪いですが、一部のショップがMNPで契約してくれる"回し"等に優先して端末を供与してしまうのも、ノルマや評価制度が大きく影響していると考えます。
そのため、代理店によってはノルマ未達になるくらいなら、公平性は欠いたとしても、"在庫隠し"をして販売するお客さんを選んで提供しているのではないかと思います。これで上に怒られたとしても、数字を出せずに会社を潰すよりはマシですから。
横行した在庫隠し"法を盾にした転売ヤー"とのトラブルも
筆者
在庫隠しの原因ともなったこの端末単体販売。これが義務化となってから、お店の対応は変わりましたか?
Aさん
当初は大きな問題になりませんでした。ただ、2021年ごろからiPhoneの値引きが入り始めた頃から、この方法で増えてきたような印象でした。
Bさん
この移動機購入がいわゆる「簡単にお金を増やせるビジネス」としてあらゆるところで紹介されたみたいでした。
中にはお金稼ぎ系の「有料の教材※」にもこの記載があったようで、一般消費者よりも明らかに利益目的の転売ヤーと呼べる人たちが多かったですね。
※有料のメルマガやnoteのようなものと思われる。
筆者
確かにMNPで1円で売る以上、端末価格はどんなに高い機種でも2万2001円になりますからね。
当時のiPhone SEは約5万円でしたから、2万円で買えてしまうキャリアは超お得。まさに、確実に勝てるギャンブルみたいなものですね。
例えばこのAQUOS sense 7 plusであれば、端末のみでも3万1400円で購入できる。定価は約7万円、中古相場も概ね5万円台であることから、かなり安価に購入できてしまう。
Aさん
実際、そのようなものとして紹介されていたようでした。端末のみで買われるお客さん自体はかなり少なかったですので。
その一方で、我々が上記の理由でなくなく"在庫隠し"ともいえる対応をしたので、ネットは大荒れ。中には「在庫隠しされた時の裏技」のような投稿も見かけましたね。
・MNPを契約するフリをして商品を出せば行ける。
・商品の色や傷を確認してから移動機と切り出す。
・何か言われてもいいように録音する。
・売らないショップが法令違反と総務省の報告窓口に通報する。
このようなことが、ネット上でも書かれるようになりましたね。販売拒否は消費者相談窓口にも多く寄せられたのか、問題視する見解も出ました。
ある意味法を盾にされているので、窓口の我々は完全に悪者ですよね。
Bさん
このような事もあって実際にトラブルも多かったです。MNPと伺って途中まで手続きを進めたら突然「やっぱり移動機で」という方もいました。
最初からそんなウソつくなよと思いながらやっていましたが、そんなマニュアルみたいなものがあったのですね…
他には我々が「取り違えてた」「ご予約分の在庫しかない」と説明しても「それは俺に売るものだろ。なぜ買わせてくれないんだ」と怒鳴られたり、「お前ら詐欺師かよ」と言われることは何度もありました。
過去には「お前たちは法令違反の犯罪者だ。ここの店含めて通報してやる!」と言って周囲のお客様にも迷惑かけ始めた方もいましたね。警察が来たら大人しくなりましたが…
筆者
半分ヤクザみたいな人たちもいるのですね…全員ではないと思いますが、やはり客層にも変化があった形でしょうか。
Aさん
端末のみの販売だけでいえば、体感的にもマナーの悪い方が増えた印象でした。販売できない件について従業員を執拗に攻め立てる方もいれば、MNPの話を勧めた途端に態度を豹変(ひょうへん)させる方もいて接客対応は大変でした。
また、我々としても端末は動作確認をしなけらばならないので、開封してのお渡しになります。ただ、それを頑なに拒否したり、開封した途端に「いりません」と言って手続き中に帰られる方もいましたね。
一部ではこのシュリンクの有無が買取価格に影響するとのことで、転売目的で来られる方はかなり気にしている印象でした。
Bさん
そうですね。少なからずMNPで手続きを進めたうえで「じゃあ移動機で」と言ってくる方に「詐欺師」とは言われたくないですね(笑)
こんな対応の方は端末のみ販売の義務化後でも、iPhoneの値引き前はほとんどなかったですので。
筆者
ドコモが行っている「箱への記名」もそのような「転売対策」の対応ですものね。
最後になりますが、最近でも廉価な移動機販売に関連する"在庫隠し"はまだ行われているのでしょうか。
Aさん
昨今の規制の関係もあり、実質値引きになったり台数制限が付いたことで数そのものは減っています。
それでもiPhone SEやPixel 6aと言った端末の一括値引きでは、そのような対応をする店舗もないとは言い切れませんね。
公正取引委員会からも廉価販売に関する指摘も出ていますので、過度な値引きは一回落ち着くのではないかと思っています。それでも年度末は…どうなるんでしょうかね。
Bさん
基本的に「返却前提の実質価格での販売」となってからは、"在庫隠し"のようなものはかなり少なくなりました。
Aさんも言われる通り、年度末はどのような動向になるのか今の段階では読めません。
僕としては、いい方向に向かってくれればいいのですが
筆者 ありがとうございました。
スマートフォンの"在庫隠し"背景には厳しいノルマ。板挟みの接客対応に疲弊も
ある意味「在庫隠し」の実態に迫るものとなったが、これにはキャリアの課す過剰なMNP等のノルマが影響している。
回線のみの値引きに上限額がある以上は、端末側で値引くしかない。
値引ける端末は決まっているので、何としてもその端末は「MNPで販売したい」「評価されない端末のみでは販売しない」といった思惑が絡み合った結果"在庫隠し"という対応になってしまった。
加えて、キャリアと消費者の板挟みになる接客で疲弊した現場の現実も見えた。
廉価販売の結果から転売目的の方も少なからずいた事。ショップとしては店のノルマも勘定しつつ、上記のような"在庫隠し"の結果、販売できないことをお詫びしたりと難しい対応を迫られたはずだ。
転売対策などで以前よりは是正されているとはいえ、今でも一部では行われているとしており、根深い問題であることがわかった。
公正取引委員会から「不等廉売」と指摘されたことで、値引き攻勢にも思わぬところから新しい風が吹き始めた。
この不等廉売には、端末のみ購入で安価に買える端末も含まれる。最終的な動向は、この夏までに出てくる総務省などの見解もあわせてみないと分からないものだ。
この風はこの業界にどんな流れをもたらすのか。いい方向に流れてほしいものだ。