似て非なる二人   作:clearflag

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二年A組の終業式(前夜)

 満月の夜。この日の四宮家別邸は、珍しく平穏な一日だった。来客は無く、かぐやの生徒会はオフ日、更には彼女のスケジュールを多忙なものにする教養や素養を身に付けるための複数の習い事、それが全て無かった。

 早坂愛は、風呂から上がった主人の後ろに付き従い、歩み同じくして彼女の部屋へ向かう。広く長い廊下、まるで学校の廊下のように直線が先まで続く。ただし、足元に敷かれるのは最高級の絨毯である。早坂は、ふと、窓の外へ視線を逸らした。空には、月が煌々と輝く。彼は今、何をしているのだろうか────。

 

「明日で一学期も終わりですか」

 

 部屋に戻って早々、デスク上の卓上カレンダーを手に、かぐやは呟く。振り返れば、長いようであっという間の時間だった。生徒会の一学期最大イベントである生徒総会を無事に終え、後は明日の終業式を待つだけだ。かぐやは、感慨深く思い出に浸る。

 そんな主人に向け、後方に控える早坂は口を挟んだ。

 

「夏休みの前に会長さんと仲直り出来て良かったですね」

 

 風邪を引いたかぐやの見舞いに来た白銀が、意識朦朧のかぐやのベットに潜り込んだ、その名も添い寝事件。彼女は、そのことを指していた。

 

「仲直りって。別にあれは、喧嘩ではありません。ちょっとした価値観の相違と言いますか」

「あれを価値観の相違で済ます気ですか?」

 

 添い寝事件の発生から解決までには、かなりの時間を要した。勝手にベッドに入られたと主張するかぐやと誘われたから添い寝をしたと主張する白銀。事件発生の翌日、両者は互いに謝罪をすることで和解となったが、まぁ遺恨は残る。つまり、そこからが長かった。例えるなら冷戦、かぐやが、ずっとピリピリとした空気を纏っていたのは言うまでもなく、その後、双方の苛立ちが爆発し、衝突した末に解決した。

 解決はして良かったのだが、冷戦中の不機嫌な貴女の相手をしていた私の気持ちが分かりますかと、早坂は強く言ってやりたかった。だが、吐き出すことはせず、言葉を喉の奥に押し込む。

 

「まぁ、何はともあれ、海に行く話も纏まりましたし、過去のことはもう良いじゃない?」

 

 いつまで昔のことを言っているのかしらと言いたげな主人。都合の良い性格とは、まさにこのこと。ことがことなら、とことん根に持つタイプだと言うのに。

 

「・・・・・・そうですね」

「明日は終業式の後、クラスの集まりに行くんでしょ? 私は生徒会があるから行けないけど、滅多にない機会よ。楽しんで来なさい」

「ええ、もちろんです」

 

 クラスの集まりとは、早坂と普段行動を共にする陽キャ代表、火ノ口三鈴と駿河すばるが発案した『二年A組一学期お疲れ様会』なるものだ。クラスメート全員に声が掛けられ、参加者を集った。

 

黒野(くろの)くんも行くのよね?」

「はい。行くって言ってましたよ」

「そう。なら、ここで一つデートにでも誘ってみたらどうかしら?」

「デ、デートですか?」

「もっと積極的に行かないと、黒野くんが好きだって人と本当に付き合っちゃうかもしれないじゃない」

 

 早坂は、少し前にうっかり漏らしてしまった。好きな人には好きな人が居ると。かぐやの心配は、そこからだった。彼女は大事な近侍(ヴァレット)である。幼い頃から一緒に育った姉妹のような関係でもあり、困った時にいつも助けてくれる姉のような存在。絶対に上手く行って欲しい。

 一方、当の本人は冷静だった。その彼の好きな人は、自身が扮するスミシー・A・ハーサカで、十中八九間違いない。故の余裕、故に生返事だった。

 

「は、はぁ」

「良い? 逃げ腰になったら駄目よ。特にほら、彼ってそう言うことに疎そうな感じがするじゃない? 押し倒すくらいの勢いで行かないとモノに出来ないわよ!!」

 

 頑なに白銀御行への想いを認めない主人、四宮かぐや。何故、こう人の恋愛に対しては、上から目線で饒舌になるのだろうか。心配してくれるのは有り難い話だが、まずは自分の心配をして欲しいものである。

 

「そう言うかぐや様は、白銀会長をデートに誘わないんですか?」

 

 早坂の反撃に、かぐやはわざとらしい溜め息を一つ。

 

「どうして私が誘わなければいけないの? 明日にでも会長から夏休みの誘いがあるはずよ。海に行く約束はしていても、二人で遊ぶ約束はまだですもの」

「・・・・・・そうですか」

「それに、生徒会の一学期の活動も明日が最後です。焦った会長がデートに誘って来ると見て間違いないわ。藤原さんの方でも何か計画があるでしょうし、きっと楽しい夏休みになるでしょうね」

 

 相変わらずの他力本願振りと根拠なき自信。その精神力を少し分けて欲しいと早坂は思う。

 

「それは、楽しみですね・・・・・・」

 

 ご機嫌なかぐやとの会話を終え、早坂は自室へ帰った。

 

「デート、かぁ」

 

 早坂はベッドに寝転がる。いつもより早く部屋に戻れたため、直ぐに眠りには付かずスマホを触っていた。夏休みに入れば、自身の仕事も休み、と言うわけには行かないが、学校が無いだけで、自身の仕事の負担は確実に減る。

 夏休みの楽しみはあるものの、彼と毎日会うことは出来なくなる。早坂は、今の戦況を振り返って行く。四月に同じクラスになり、これまでの顔見知りのただの同級生から、仲の良い女友達ポジションくらいにはなれたのではないだろうか。だが、本当に大変なのはここからで、仲の良い女友達ポジションの一歩先を行かねばならない。

 

(もう、後は無いんだから────)

 

 彼とは、早坂愛として正々堂々と勝負する。

 スミシー・A・ハーサカが、あの店に行くことは、もう二度とない。そう、彼女は決めた。前に進むためには、行動するしかないのだ。

 

(でも、誘うって・・・・・・何て誘うの。二人で遊びに行こう? それだと完全にデートだし。映画とか買い物に付き合って貰うとか? でも、ちゃんと言っとかないと、色んな人に声掛けちゃいそうだし。だからと言って二人が良いなんて言ったら・・・・・・)

 

 枕に顔を押し付け悶える。早坂は、恋愛経験が無いだけでなく、異性と二人で遊んだ経験すら無い。そもそも彼女の生活には、遊ぶ時間はほとんど存在しないのだ。四宮家の使用人として、ただただ多忙を極める。労働基準法を完全無視の治外法権、社畜と呼んで差し支えないだろう。

 時たま作れた時間は、イツメンの火ノ口と駿河と遊び、良好な友人関係を守っている。他には、ハーサカとして彼のバイト先に足を運んだり、趣味の自作PCの部品を求めて秋葉原へ行ったりと、遊びたい盛りの高校生には、どう考えても時間が足りない。

 そんな彼女は今、意中の男子生徒をどう遊びに誘おうか悩んでいる。学校でのギャルとしての立ち振る舞い、金髪碧眼の目鼻立ちがハッキリした可憐な容姿は、同年代の男なら簡単にオトせるだろう。しかし、彼女の恋愛経験ゼロの事実は変わらない。

 

(・・・・・・普通に、普通に誘えば良いだけ)

 

 自問自答を繰り返す中、蘇るのは、積極性を欠いたことによる一つの失敗。二年A組一学期お疲れ様会は、元々はクラス単位で行うような大規模なものではなかったのだ。

 

「「二人じゃなかったの!?」」

 

 期末試験が終わった数日後の放課後。火ノ口と駿河は声を合わせ驚きを露わにした。

 早坂は、人差し指を自身の口元の前に立て「しー」っと、声のボリュームを下げるよう求める。空き教室で他に生徒は居ないが、人に聞かれたくない話だった。

 

「まぁ、二人でって約束じゃなかったし」

 

 サッパリした様子の早坂に、友人二人は目尻を釣り上げた。早坂が汐崎才雅(しおざきさいが)に仕掛けた期末試験の勝負、その条件は敗者が勝者にご飯を奢ると言うものだった。早坂の彼への想いを知る立場の人間からすれば、それは彼女なりのアプローチであり、放課後や休みを利用して、二人で行くものだと思っていた。

 

「けど、流石にそれは有り得ないでしょ!! 早坂の気持ちを蔑ろにするなっての!!」

「まぁ、今回は仕方ないって言うか」

 

 早坂は、視線を逸らす。彼女らは、早坂が才雅、かぐや、白銀の四人で海に行く予定を立てていることを知らなければ、食事はその打ち合わせと抱き合わせになったことも知らない。トップシークレットの案件故に不用意には人に話せないため、彼には悪いが、ここでは悪者になってもらうしかないようだ。

 

「結局それって、お(げん)さんにとって愛ちゃんは、本当にただの友達ってことだよね?」

 

 顎に手を当て、分析をするのは駿河。その言葉に、早坂の胸には目に見えないナイフがスブリと刺さる。ちなみに、お弦さんとは、三人だけの才雅の呼び名である。

 

「ちょっ、駿河。直球過ぎ!!」

「・・・・・・だ、大丈夫だから」

 

 か細い声の早坂の目には涙が浮かぶ。

 

「今の状況を考えると、愛ちゃんのアプローチも大事だけど、黒野くん自体の女の子の好み? みたいなのも気になるよね」

「確かに。ウチの可愛い早坂に靡かないなんて、まさか他校に彼女とか?」

 

 友人二人は、早坂に視線を送る。もし自分が男で、こんな美少女にアプローチを掛けられた日には、即オチるわなんて考えていた。尚、議論は続く。

 

「それはないでしょ。前に彼女居ないって言ってたよ」

「だよねぇ。好きな人でも居るのかなぁ」

 

 早坂の胸に、今日二本目の目に見えないナイフが刺さる。そして、机に突っ伏した。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「愛ちゃん、大丈夫?」

「おーい、早坂?」

「・・・・・・才雅のバカ」

 

 火ノ口と駿河は、顔を見合わせた。これは重症である。期末試験前の汚点を払拭すべく、二人は立上がることを決めた。

 

「よし。とりあえず、プライベートで遊ぼう!! それが一番でしょ!!」

「いきなりハードルが高い・・・・・・」

「じゃあ、四人で遊ぶのでは? グループラインあるし」

 

 試験勉強の情報交換の名の下に、才雅、早坂、火ノ口、駿河の四人のライングループが存在する。言わば、ハーレム状態のこのグループ、他の男子生徒が聞いたら間違いなく発狂ものである。

 そして、当然、才雅は彼女たちの思惑通りには動かない。男一人と言うのに渋い反応を見せ、他の男子生徒に声を掛けることに。そこからは話の冒頭の通り、あれよあれよと人が増え、クラスの集まりと言う名目に舵を取らざるを得なくなった。

 

 

 

 

 同時刻。汐崎才雅は、自宅の防音室に居た。通話中のスマホは、スピーカーの状態になっており、バンドのベーシストと話をしていた。彼は、クラスメートであり、初等部からの友人である。

 才雅は、クラスメートの女子について不満を漏らしていた。

 

「最近アイツら、俺に対して当たり強くない?」

「そうか?」

「絶対そうだって。明日の集まりだって、バイトあるから途中で抜けるって言ったら、バイト先までは、チャリと電車のどっちが早いかって聞いてきてさ。電車って答えたんだよ。そしたら、明日は電車で来いってさ。ギリギリまでいろって。マジで何なの?」

 

 彼は、クラス会の主催者、火ノ口と駿河を指していた。普段の通学手段である自転車を止め、電車を使うよう言われたことに対して、軽くオコなのである。

 一方で、ベーシストはその理由に何となく察しが付いていた。音声通話のため、相手に表情は伝わらないが彼は苦笑いを浮かべている。

 

(あの二人はまた強引なことを・・・・・・。黒野と早坂が一緒に居られる時間を少しでも伸ばそうって魂胆なんだろうけど、あんまし構うと嫌われるぞ)

 

 彼女持ちのベーシストは、そこらの男子とは一味違う。 

 その間も、才雅の口は動き続ける。

 

「そりゃあ、ノート借りたり、勉強教えて貰うことはあるよ? けど何かさぁ」

「じゃあ何、明日はチャリ?」

「いや・・・・・・多分、電車」

 

 ベーシストから笑いが漏れる。

 

「何だかんだ優しいもんな」

「・・・・・・何処が?」

「知りたい?」

「別に」

「ま、明日の打ち上げは楽しくやろうぜ。駿河と火ノ口だって、何も意地悪で言っているわけじゃないんだから。黒野と一緒に楽しみたいってことだよ」

「まぁ、分かってるけどさぁ」

 

 その後、短い会話を交わし、スマホの通話は切られた。才雅はフローリングの上で、大の字に広がる。スマホを操作し、画面に表示したのは、ハーサカとのツーショット写真。

 周りから散々好きなんだろと言われ続け、結論を言えば、まぁ好きなのだが。告白しようとか付き合いたいとか、そんな大それたことは考えていない。演奏者とファン、バイト先の店員と客、初めから先の関係なんて存在しない。

 父親は世界的ヴァイオリニストとして、称賛を得る一方で、仕事で知り合ったファンの女性に手を出した愚かな男だ。

 自分だったら、そんなことはしないのに。才雅は、強く思う。だから、願うのだ。自身のファンである彼女とは、今の関係が少しでも長く続けば良いと。


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