似て非なる二人   作:clearflag

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白銀御行は見舞いたい

 台風が過ぎ去った日の翌日。大荒れの天気から一転、雲一つ無い青空に太陽がギラついていた。梅雨明け前だと言うのに、既に茹だるような暑さである。

 秀知院学園高等部二年A組の教室。朝のホームルームの真っ只中、才雅(さいが)は眠そうな顔で、担任の男性教師の話を聞いていた。机に頬杖を付き、時おり視線を窓の外に向け、早く終わらないかなーと、ぼんやり思う。 

 

「このプリントだけど────」

 

 担任は、一枚の紙を生徒らに向け、大きな声で説明を始めた。三十代前半、英語教師の担任は、高等部の教師陣の中では若手である。秀知院生の高い偏差値維持のため、未経験の新卒が秀知院学園で教鞭を執ることはまずない。

 ペーパーレス化、タブレット端末を導入した授業が広まる現代教育ではあるが、秀知院では、文字をノートに書いて自分だけの学習ノートを作る。この教育方針は変わらない。よって、教師対生徒のやり取りには、プリントやノートが用いられる。最も、学校から親への連絡はメールで行われているが。

 

(早坂は・・・・・・遅刻か?)

 

 才雅は、チラッと後方に視線を投げた。期末試験の後、一学期最後の席替えが行われ、隣りの席だった早坂は遠くに行ってしまった。よくもまぁ、また後ろの席を引くものだ。なんて、彼は思う。ちなみに才雅は、窓側の前から二番目の席である。

 彼自身、あまり人に言えた話じゃないが、早坂は遅刻スレスレで教室に入ることが多い。ただ、日によってバラつきがあるため、たまに才雅より早く居ることもある。

 これはもうダッシュで駆け込み遅刻であろう。才雅は、彼女の行く末を予想していると、担任の口からその名が告げられた。

 

「今日の休みは、四宮と早坂だな。もうすぐ梅雨明けって話だけど、まだまだ天気の悪い日があるかもしれないから、風邪には気を付けろよ」

 

 注意喚起で話を締めると、出席簿を片手に担任は教室を後にした。二人は、風邪で休みと言うことなのだろうか。担任は、休みの理由を明言しなかったが、話の意味合いを考えるとそうなのだろう。才雅は、そう受け取る。

 

(・・・・・・昨日は元気だったよな)

 

 昨日、早坂は荒れた天気に向かって『今日もバイトで最悪』みたいなことをボヤいていた。まさか屋外で働いていたのだろうか。

 

(あれ、今って何のバイトだっけ?)

 

 彼女は、友人の白銀御行と同様、一つのバイトを長くやるタイプではないらしい。短期のバイトに色々と手を出しているようで、飲食店のホール、花屋、ネイルサロンなどなど。その中で、長く続いているのが、家庭教師と言っていた。お得意先の娘さんが、お転婆で困ると愚痴をこぼすことがある。ただ、バイトの中で一番時給が良いので、辞めるに辞められないそうだ。

 

黒野(くろの)くーん!!」

 

 後方から自身の名を呼ぶ声。彼の意識は、火ノ口三鈴によって、思考の海より現実に引き戻された。

 

「何?」

「何って、反応冷たっ!!」

「愛ちゃんが休みで寂しいんだね。分かる。分かるよ、その気持ち」

「マジで何なん・・・・・・」

 

 朝から元気全開の火ノ口の隣では、駿河すばるが目尻を手の指で拭い、泣き真似をする。

 早坂を含め、彼女ら三人は周囲からカースト上位のギャルグループなんて呼ばれている。男子で言うところの髪を染めたツンツン頭の腰パン野郎やコミュ力抜群の一部の運動部と同じ存在だ。つまり、才雅とは少し毛色が違う。だが、知らぬ間にクラスの中の女子で、よく絡む存在になっていた。

 

「早坂は風邪気味だから今日休みなんだって。黒野くんから()ラインしといてね」

「そーそー。体調はどうだーとか、何か食べたいものはないかーとかさ」

「俺は母親か。具合悪いなら、そっとしといた方が良いんじゃないの?」

 

 体調が悪い時は、消化に良いものを食べて、薬を飲んで、寝るに限る。彼女の両親は共働きだと才雅は聞いていたが、娘の体調不良と来れば、何かしらの対応はするだろう。家事が苦手な自身の母親でさえ、お粥っぽいものを作ってくれる。ただし、味がほとんどしないのと具材ゼロなのは改善して欲しいところだ。

 火ノ口と駿河は顔を見合わせると、頭を振った。ヤレヤレと言った態度に、才雅は面倒なことになると察する。

 

(何か、すげームカつくな)

 

 諭すように友人二人は切り出した。

 

「いーい? 大事なのは気遣いだよ?」

「人間弱ってる時こそ、人の優しさが心に染みるものなのよ。黒野くんだって、辛い時、誰かに寄り添って貰いたいでしょ?」

「いや、別に」

「うわぁ・・・・・・何かそんな感じはするけど、それ完全に少数派だからね。将来、孤独死するよ」

「休んだ分のノートは、俺が貸すから安心しろくらいは言わなきゃ!!」

 

 強い。二人の圧がとても強い。がしかし、早坂は大切な友人である、これは間違いない。彼自身、日頃から何かと彼女に世話になっている自覚はあった。友人二人の主張はよく分かる。

 

「まぁ、後で・・・・・・」

「「ちゃんと、ラインするんだよ!!」」

 

 念を押された後、一時間目を告げるチャイムが鳴った。 

 

 

 

 

 帰りのホームルームが終わり、教室内は一気に騒がしくなる。掃除当番は箒を手に取り、部活に行く者は仲間と固まり、今から何処へ遊びに行こうかと会話をする大小のグループが入り混じる。才雅は、席の近いクラスメートと他愛ない言葉を交わし、スクールバッグを肩に引っ掛けた時だった。

 

汐崎(しおざき)

 

 担任に名を呼ばれ、素直に手招きに従う。

 

「何ですか?」

「帰りに生徒会室寄って貰えないか? このプリントを四宮の家に届けるよう生徒会に頼んで欲しいんだ」

 

 プリントの入ったクリアファイルを差し出される。

 

「・・・・・・学校来た時で良くないですか?」

「実はさっき四宮の家から連絡があって、今日配ったものがあったら、届けて欲しいってさ。生徒会なら家を知っているから、頼んでくれないかってことでな」

「・・・・・・分かりました」

 

 家にプリントを届ける。漫画の中でしか起きなそうな展開に、意図を感じつつ、才雅は生徒会室へ足を向けた。

 生徒会室に近付くにつれ、賑やかな声が漏れ聞こえる。勝負だの何だのと話しているのは、藤原の声だ。才雅は、部屋の前に着くと、ドアを二回叩く。そして、ドアを押して入室した。

 

「おっす」

「あれ、才雅先輩どうしたんすか?」

 

 部屋には白銀、藤原、石上の三人。

 

「四宮が休みなの知ってるかなーって」

「あっ、今まさにかぐやさんのお見舞いに行こうって話してたところですよ!! 風邪で甘えん坊になった姿を見られるチャンスなんです!! 黒野くんも行きますか?」

「・・・・・・この人数で?」

 

 これから友達の家に遊びに行くテンションの藤原。お見舞いに行く雰囲気はゼロだ。クラスは違えど、生徒会メンバー。かぐやが休みなことは知っていたらしい。

 石上、白銀と彼女に釘を刺して行く。

 

「病人のところに大人数で押し掛けるのは非常識じゃ?」

「そうだぞ。遊びに行くんじゃないからな」

 

 そもそも、お見舞いに行ったとして、病人であるかぐや本人に会える前提で話す藤原に、才雅はヤベェと感じる。もし風邪が移ったらとか、自分が病人だったら何人たりとも部屋に入れたくねぇとか、一瞬の内に考える。

 才雅は気を取り直し、手に持ったクリアファイルを三人の前で泳がせた。中には、担任に頼まれたプリントが入っている。

 

「俺、担任から頼まれごとしててさ」

「何だ、それは?」

 

 白銀が反応を示す。

 

「このプリントを四宮の家に届けて欲しいんだってさ」

「それじゃ、私が────」

「いや、白銀に」

 

 才雅の白銀発言に、藤原はわざとらしくずっこける。 

 

「ええっ、何でですか!?」

「生徒会長だからだろ?」

「なら話は早いです。会長が僕らの代表として行く。それで、万事解決じゃないですか。藤原先輩は諦めて下さい」

「ズルいですよ!! 会長だけとかズル過ぎます!! 私も一緒に行きたいです!!」

 

 駄々っ子のように藤原は喚き散らす。才雅、石上の言葉に従わまいと口を尖らし、必死に喰らいつく。

 才雅から白銀へアイコンタクト。担任より渡されたプリントは、生徒会に頼むよう言われたが、白銀に頼むようにとは言われていない。だが、二人の関係性を進めるには、良いきっかけになるかもしれないと、彼は考えた。

 

「────藤原書記。悪いが、そう言うわけだ。人には人の役割がある。教師からの頼みとなれば、我々、生徒会が拒否する権利は無い。石上会計の言う通り、大人数で押し掛けるのは非常識だ。秀知院学園高等部、生徒会の品格が問われる問題に発展しうる可能性もあるだろう。すまんが、今回は身を引いてくれ」

 

 白銀は、会長席の椅子から立ち上がると頭を下げた。あくまで生徒会の会長として、意見を述べた。他者からは、さぞ人の出来た生徒会長に見えるだろう。だが、心の中では、自分のせいで、四宮かぐやが風邪を引いたのでは?と言う疑念があった。才雅が生徒会室に来る前、石上は言った。昨日の放課後、誰かを待つようにして、校門の前に四宮かぐやが立っていたと。台風で嵐のような天気の中でだ。もし、自転車通学の自身を気遣って、車通学の彼女が待っていたとしたら?

 バイト先に向かうため、全力で踏み込んだ自転車のペダル。校門付近で、水溜りに飛び込み、側に立つ女子生徒に雨水を浴びせてしまった。本来なら、その足を停めて謝罪するべきところだったが、バイトに行くことを優先した。

 顔は見ていない。女子生徒だった、それだけの認識。確証はない。けど、もしあの女子生徒が、四宮かぐやだったら?

 黙り込む藤原に才雅が声を掛ける。

 

「藤原」

「う、うう・・・・・・」

「藤原先輩」

「わ、分かりました・・・・・・」

 

 イヤイヤ言いながらも彼女は折れた。

 

 その後、才雅と白銀の姿は駅前のスーパーにあった。お土産を買いに行くと言う白銀に、才雅が付き合った形である。

 白銀は、飲み物売り場で悩んでいた。手には二つのペットボトルが握られる。ちなみに、どちらもスポーツドリンクだ。

 

「なぁ、ポカリとアクエリどっちが良いと思う?」

「自分が好きな方にすれば」

 

 才雅の言葉を受け、白銀は片方のペットボトルを棚に戻した。そして、選んだ一本のペットボトルをカゴに入れ、場所を移動する。次に二人が向かったのは、ヨーグルトやゼリー、乳製品が並ぶ冷蔵のショーケースの前だった。

 

「ゼリーは、カップの果肉が入ったやつの方が良いか。それとも、直接口で飲めるような飲料タイプのやつが良いか・・・・・・」

「どっちでも良いと思うけどなー。具合悪いと、そんな食べられないだろうし」

 

 才雅の言葉に、白銀は驚き目を見開く。

 

「四宮って、そこまで悪いのか?」

「あ、ごめん。今のは適当。昼休みにメール送ったけど、返って来ないから。そうかなって思っただけ」

「え」

「ん?」

 

 何とも言えない空気が流れる。

 

「四宮とは・・・・・・よく連絡取るのか?」

「まぁ。夏休みに遊びに行く話くらいだけど」

「へ、へぇ・・・・・・」 

 

 抑揚のない声で返事をすると、白銀は黙ってカゴに商品を入れて行く。急に大人しくなった友人。その手に疎いとは言え、彼の想いを知る才雅は勘付いた。メール一つで、この動揺。自分と四宮かぐやの間には何もないと潔白を証明しなければ、後々ややこしいことになりそうだ。

 

「言っとくけど、やましいことは何も無いからな」

「別にそんなんじゃねぇよ」

「白銀もさ、すれば良いじゃんメール」

「・・・・・・俺は、お前みたいに図太い神経してねぇんだよ」

「はぁ?」

 

 才雅は、乙女のようにしおらしくなる白銀に喝を入れ、彼を四宮家別邸まで送り届けたのだった。

 

 

 

 

 四宮家別邸。

 かぐやの見舞いに来た白銀の対応を終え、早坂は、かぐやの部屋を離れた。後は若い二人に任せよう、かぐやの部屋に白銀を残して。実際問題、主人は風邪にやられて頭は夢の中だ。それでは、良い雰囲気も何もないだろうし、白銀もそんな相手に過ちを起こすような愚かな男ではない。期待するようなことは何もないだろう、他人事のように考える。

 

「はぁ」

 

 従業員用の休憩室に入ると、早坂はソファーに体を預けた。しばしの休憩である。

 かぐやは、風邪をひくと幼児のように幼くなってしまう。普段、脳をフル回転させ、四宮家の令嬢として自身を律し、名に恥じない立ち振る舞いをし、また周囲の目も厳しくある。だが今は、堤防が決壊したかの如く、天才の欠片もないアホになっている。同じ絵本を四回も読ませられ、好き放題に部屋を散らかし、桃の缶詰めが食べたいと突然言い出す。

 だからと言って、彼女は面倒などとは思わない。それが自分の仕事であるし、何よりも弱った主人は、お可愛い。

 

(良いな、お見舞い。でも、スッピン見られるのは嫌かも)

 

 今の彼女は、スミシー・A・ハーサカの姿である。言うまでもなく、見舞いに来た白銀に四宮かぐやとの関係を知られないためだ。つい最近、早坂愛として、彼と対面を交わしていたが、怪しまれることなくやり過ごすことが出来た。彼女にとって、他者を騙すのは日常、これくらいで失敗はしない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 早坂は、天井を見上げた。いつまで自分は、人を欺き自分を欺くのだろう。想いを寄せる彼の顔が脳裏を過り、胸の奥がギュッと苦しくなる。

 気を紛らすようポケットに手を入れ、スマホを引っ張り出した。表示されたラインの通知、彼女が登録した『才くん』の名に心がザワつく。タップし開いてみれば、『体調は大丈夫?』と心配をするメッセージ。そして、授業の板書を写したノートを撮ったであろう写真が何枚も送られていた。スクロールして行くと『分かる?』、『コピーした方が良い?』と、確認のメッセージが続く。

 

(ちゃんと、授業起きてたんだ)

 

 大方、火ノ口と駿河のアシストでもあったのだろう。

 一番最後に、彼からスタンプが一つ。パンダを模したキャラが腕を挙げて、応援するようなポーズを取っている。早坂には、そのキャラに覚えがある。自身のスクールバッグに付けているキーホルダーのキャラだ。

 

「あ・・・・・・」

 

 彼には以前、そのスタンプを勧めたことがある。しかし、そんな可愛いのは使えないと却下されてしまった。さらに付け加えると、俺はスタンプはあまり使わないとも言っていた。全く持って、どう言う風の吹き回しなのだろうか。

 

(本当・・・・・・ズルい)

 

 早坂は、緩む口元を手の平で隠し、込み上げる喜びを抑え込む。今、自分が居るのは授業員用の休憩室だ。通常、この時間の出入りは無いが油断は禁物である。使用人を取り纏める立場として、隙は見せられない。

 

(何て、返そうかな・・・・・・)

 

 風邪を引いたと、嘘をついたことは申し訳なく思う。けど、仕事で疲れた彼女の心は一瞬で潤った。世の片想い中の女子が同じ体験をしたら、そらもう元気になるはずだ。

 止まらぬ胸の高鳴りを抱えながら、早坂は才雅に返信をした。


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