人権が守られている人間と守られていない人間
「Q:米軍機はなぜ、アメリカ人の家の上は飛ばないのか」
「A:落ちると危ないから」
「Q:東京電力はなぜ、東京で使う電力を東京ではつくらなかったのか」
「A:原発が爆発すると危ないから」
つまり同じ島(沖縄本島)のなかで、人権が守られている人間(米軍関係者)と、守られていない人間(日本人)がいる。
また、同じ地域(東日本)のなかで、人権が守られている人間(東京都民)と、守られていない人間(福島県民)がいる。
沖縄の米軍機の低空飛行の場合、その差別を正当化しているのは、航空法の適用除外条項でした。
そう思って福島の問題を調べていくと、やはりあったのです。「適用除外」条項が。
日本には環境汚染を防止するための立派な法律があるのに、なんと放射性物質はその適用除外となっていたのです(2011年時点)。
「大気汚染防止法 第27条1項 この法律の規定は、放射性物質による大気の汚染及びその防止については、適用しない」
「土壌汚染対策法 第2条1項 この法律において「特定有害物質」とは、鉛、砒素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く)(略)」
「水質汚濁防止法 第23条1項 この法律の規定は、放射性物質による水質の汚濁及びその防止については、適用しない」
これらの条文を読んだとき、私が2年前から疑問に思い続けてきた、
「なぜ福島で原発被害にあったみなさんが、正当な補償を受けられないのか」
という問題の法的な構造が、沖縄の米軍基地問題とほとんど同じであることがわかりました。つまり現在の日本には、国民の人権を「合法的」に侵害する不可解な法的取り決め(「適用除外条項」他)が、さまざまな分野に存在しているということです。
事実、福島県の農家のAさんが環境省を訪れ、原発事故で汚染された畑について何か対策をとってほしいと陳情したとき、担当者からこの土壌汚染対策法の条文を根拠に、
「当省としましては、この度の放射性物質の放出に違法性はないものと認識しております」
という、まさに驚愕の返答をされたことがわかっています(「週刊文春」2011年7月7日号)。
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<この続きは書籍にて!>