ボランティア
「実装石は準動物じゃないですか!うちでは受け入れられません!」
県の職員からの電話に怒鳴ったのはつい1時間ほど前。
「そこをなんとか…もうSさんしか頼める人いないんですよ…」
僕は個人で県の傷病鳥獣保護のボランティアをやっている。
なんでも虐待されていた実装家族を老人が助けたのだけど手に負えないので県の窓口に相談してきたらしい。
「野良の実装石って…駆除対象の鳥獣ばかり面倒みるこっちの身にもなって下さいよ、実装石は重点駆除対象じゃないですか」
「駆除とは管轄が違いまして…県民が一旦県の保護窓口に相談してしまうと案件化して駆除処理できないんですよ…」
職員の焦燥感が伝わってくる。駆除と保護。矛盾はよくわかる。それでも今困っている命を今保護するのが僕のやっているボランティアだ。
「他の動物と同じようにしか扱いませんよ…それでいいのなら…」
それで結構です!、助かったとばかりの職員の声。しかし実際受け取りに行ってみるとそれは後悔するような有様だった。
「ニンゲン!!ニンゲンがまた来たデス!お前たちしっかりママの影に隠れてるデス!」
職員から飼育許可証と委嘱状を受け取り、実装石家族を家につれて帰った。
まずは一匹ごとの状態を確認する。
親のダメージは特に大きく、ドライバが腹を貫通。そのドライバも相当コジった形跡があった。今は恐怖の余り必死なので動いているが…。
それほどでもないと思っていた親の影に隠れていた仔たちもひどいものだった。
1匹は目がえぐられ、もう1匹はハラワタがほとんどはみ出していて、一番マシなので背中にプラのフォークが突き刺さっていた。
蛆が4匹隠れていたが、この4匹は特に傷はなかった。
とにかくまずは洗おう。このまま家の中で扱うには不潔だし、傷の治りも悪いだろう。
風呂場で洗う。洗ったものから簡単に傷の手当てだ。
親はやはり傷の程度がひどく、ぐったりと横たわったままだ。こいつはダメかもしれない。実装石を触るのは初めてだが、死期の動物を数え切れないほど見てきた勘がそう告げる。
ボランティアの保護に対する姿勢は各人に任されている。
僕も若いころは何が何でも助けようとする派だった。しかし経験を重ね、それは人間と動物双方にとって不幸な結果にしかならないことを学んだ。
人間は動物にとって神であってはならない。人間も動物にとっては環境の1つに過ぎない。
運が良ければ役に立つ…大雨の時に軒先を貸すようなもの。そういう考えに至った。
こいつらについても例外ではない。
世の中には実装石と会話する機械もあるようだが僕は使わない。
それを使うと人間と動物の関係ではなくなるし、表示結果についても実に疑わしい。
「ニンゲンさん、今度こそ…信じていいデス?『アゲ』でもいいデス私ら家族にはそれすらなかったデス…この仔たちをお願いするデス…」
パキン。
もひとつパキン。
仔実装を洗うのに集中している間に親実装が死亡していた。
傷ついた野生動物が保護された直後に死亡することは多い。
理由としては、人間を嫌うあまりストレスがキャパを超えてしまう場合。
もう1つの理由としては、こちらの保護の意思をある程度理解し、緊張の糸が切れてしまう場合。
わからないのは元気そうだった蛆実装がいつの間にか1匹死んでいたことだ。
きっと外からでは見えない重い疾患があったのだろう。
だが残った仔たちは思いのほか元気で驚く。
裏庭に埋葬する時に僕が手を合わせると真似をしていた。
「ここからは僕が親代わりを務める。安らかに眠れ、実装石」
受け入れ当日は仮ということで適当なダンボールに入れ視界を遮断し、居間で一夜を過ごさせる。
負傷した動物を急に人間の生活空間に入れると過大なストレスを与えるので、毎回このような処置をとっている。
既に結構元気そうなのだが、実装石には甘い物が負傷の快復に非常に効果的らしいので、半信半疑ながらコンペイトウを与えてみる。
目無し仔実装が手探りで生活できるかが不安ではあるが、まずは試してみる他あるまい。
「すごいテチ!コンペイトウテチ~!」
「ママ死んじゃったテチ~テェェェンテェェェェェン」
「ゴミしか持ってこないあんなクソママ死んでセイセイしたテチ~これからはセレブな飼い実装テチ~チププ」
翌日。目無し仔実装もなんとか食べたらしく元気そうだ。
一夜で環境にかなり馴染んだようなので、我が家での正規の受け入れ位置に移動させる。
「テチャァァァァァッ!黒いトリ、黒いトリがいるテチィィィ!食べないでっ食べないでテチィィ」
「怖いテチ怖いテチィィィ!!」
「助けテチ~!助けテチ~!」
テチテチの大騒ぎとなる。
「よかったな、九郎。ちゃんとお前が捕食者に見えるってさ」
お隣は先に県から預かったカラスの「九郎」。2ヶ月ほど前負傷したヒナとしてうちにやってきた。
突き放して育てたつもりだったが僕に懐いてしまい気性が優しすぎて、近く放鳥の予定なのに野生で生きていけるのかが心配の種だ。
「なんテチこの黒いトリ檻に入れられてるから全然怖くないテチ」
「そ…そんなこと知ってたテチ、ちょっとみんなを試してみただけテチ」
何日か経った。
「5女ちゃん8女ちゃん、アダウチにいかないテチ?」
「アダウチテチ?」
「黒いトリに殺された家族やオトモダチの仕返しをしてやるんテチ」
「いい考えテチ~次女おねちゃん、頭いいテチ~!」
カンヌキ代わりの釘を外し、次々にカゴを抜け出る。
「おねちゃ…やっぱりいけないテチ、きっとニンゲンママに怒られるテチ」
「いくじなしの8女は来なくていいテチひっこんで震えてろテチ」
「チププ見るテチ~こいつのゴハン、生ゴミテチ~やっぱりニンゲンママに嫌われてるんテチ~ミジメテチ~ミジメテチ~」
「お前なんかうじちゃんのウンチでも飲んでろテチ~」
「チププ~いい気味テチ~ワタチタチ飼い実装テチ~セレブテチ~」
それは瞬間のことだった。
カラスのくちばしの先端がカゴの隙間から飛び出し、抱える次女の両腕ごと蛆をもぎ取った。
テチテチャの大騒ぎに駆けつけてみると…
「ニ…ニンゲン!なにぼけっとしてるテチャァ!早く…早くそのクソドリをぶっ殺せテチャァァァ!!」
腕を毟られた1匹が大騒ぎをしている。
「九郎!やめろ!」
思わず出た僕の言葉を無視し、九郎は蛆実装を噛み切り、飲み込んだ。
今まで動物性のものといえばウインナや良くて焼肉くらいしか口にしようとしなかった九郎。
小動物を襲い殺して食べるなどいくら教えようとしても思いもつかない様子だった。
人間の言葉を敏感に察し従うのも野で生きていくには良くない習慣だった。
その九郎が僕の言葉を無視し、生きた蛆実装を殺し、飲み込んだ。
市街地のカラスは人間を除くと食物連鎖の頂点。これが九郎の中に眠っていた最強捕食者としての本能が目覚めた瞬間だった。
蛆実装はかわいそうだったが、これは九郎にとってまたとない貴重な学習となった。
ありがとう、実装石たち。君らは僕にどうしてもできなかったことを軽々やってのけてくれた。
それからしばらくして、すっかり自信を付けた九郎を放鳥することにした。
場所は自宅から数駅離れた神社。鳥は羽があるので戻ってきてしまうこともあるから家から離れたところを選ぶ。
快復が順調そうな実装石たちも近い日の放獣の予行も兼ね、見学に連れてきた。
カゴから出しても案の定僕から離れようとしない九郎。平手で乱暴に払う。
払われ、止む無く木の枝に止まった九郎は悲しそうな目でこちらを見つめている。
そしてまた意を決したように僕の肩めがけて降りてくる。
近くの小石を拾い、九郎目掛けて投げる。
「人間は怖いんだ!絶対信用するな!絶対近寄るな!」
九郎は諦め、飛び去った。
僕の頬に熱いものが流れた。
「チププ…さすがニンゲンテチ、可愛いワタチタチの敵を情け容赦なく捨てたテチ」
「黒いトリ、ザマミロテチィィィィ!死ね死ね野垂れ死ねテチィィィィィィ!」
明日からは実装石たちの放獣準備を始めることにしよう。
実装石たちがまたテチテチャうるさい。
放獣準備で餌を実際に外で食べる物に近づけていくため、生ゴミに近いものに変えた途端この騒ぎだ。
そもそもこいつらは生ゴミを食べていたはずなのだ、食べられないわけがない。
それにこれは本当の生ゴミではない。クズはクズだが充分過ぎるくらい新鮮なものだ。
ぺちゃ。
おっと、クソを投げてきた。
しかしここは乗り越えて貰わないわけにはいかない。九郎も頑張って外に帰っていったのだ。
「おねちゃたち、ニンゲンママにそんなことしちゃダメテチ…ゴハンに文句いうのは糞虫ってママに言われてたの忘れたんテチ」
「8女イイコぶるとぶっ殺すテチィ!ワタチタチは飼い実装テチ!当然の権利を主張したまでテチィィ」
「こらニンゲン!どこ行くテチ!さっさとこのゴミ下げてまともなゴハンもってくるテチィ!今ならまだ許してやらんこともないテチィ!」
一晩ほっておいたら空腹には勝てなかったようで生ゴミ餌を食べた形跡があった。一安心。
今日はこいつらの包帯を取ることにした。
腹が裂けていたヤツは跡かたもなく完治。
九郎に腕を噛み切られたヤツも服は半袖になってしまったものの、わずかな期間で見事に再生していた。
話には聞いていたが本当にすさまじい再生能力だ。
そして最後、このメナシ仔実装が問題なんだが…
しゅるり。
包帯を取ると両目がきちんと再生していた。
「やった!」
思わず声が出てしまった。目玉のない動物はさすがに野に返せない。もし治らなかったらコイツだけは一生うちで飼うしかなかった。
眼球までも再生するとは実装石の再生能力は本当に凄い。他の動物にも少しでいいから分けてやって欲しい。
「うじちゃん、ニンゲンママとっても嬉しそうな声テチ、どうしたんテチ」
「きっとおねちゃのオメメがなおってウレチイんレフ~うじちゃんもウレチイレフ~」
「ワタチのオメメ…」
嬉しくなった僕は自然にこの仔実装、今は目の有るメナシを手に乗せてなでていた。
正直言えば、聞き分けの良さそうなコイツなら一生飼うことになってもいいかなくらいに思い始めていた。
だが目が見えなくて人に飼われる動物のどこが幸せだというのか。
やはり野の動物はいくら危険があっても野に帰り子を産み育てるのが一番の幸せだ。ましてこいつらは県からの預かり物。
「よかったなぁメナシ。姉妹と一緒に外に帰れるぞ。よかったなぁよかったなぁ」
しかし当の仔実装メナシは混乱していた。
「オメメ見えない、見えないテチ…治ったってどういうことテチ!?」
「おねちゃオメメちゃんとあるレフ、みえないってどうゆうことレフ?うじちゃんわかんないレフ」
「…うじちゃん…ニンゲンママのお顔どっちテチ?こんなに喜んでくれるニンゲンママを失望させたくないテチ」
「みぎレフ、もうちょっとみぎレフ、いきすぎたレフ、そうそっちレフ」
テチューーーン。
カゴに戻った実装石たちは餌が依然生ゴミのままなことに憤慨していた。
「これはうまいテチ」
「おかわり寄越せテチー!」
カゴの様子の異変に気づいた時にはもうかなり酷いことになっていた。
実装石に詳しくない僕が見ても起きたことはすぐにそれとわかった。
共食い…
強い常習性があり、実装石にとって超えてはならない一線という。
そういう仔が家族に出た親はどうするのか。
”間引き”
知識としては知っている。
僕はこの実装石姉妹の親。親なんだ。何度も自身に言い聞かせる。
机の上に新聞紙を敷き、4匹を置く。
嫌な事はさっさと済まそう。
ポキン。
仔実装の体がしばらくこわばり、そしてだらりとする。
あっけなく終わった。
「デスデスッ!」
親実装の鳴き声の真似をし、ぐにゃぐにゃとした仔実装の体を乱暴に投げつける。
鳴き声の真似はもちろん勢いだけで意味など無い。動物の教育に知性や言葉などいらないのだ。
強者に逆らう者を絶対に許さない、その断固とした姿勢は動物の子育ての基本。
一罰百戒。
それにしても見せしめに仔を殺す、実装石の子育てのなんと苛烈なことか。
だが、死んだと思った仔実装が妙な動きで動き出した。
しまった、死に切れてなかったか!?
その様子に恐れをなした一匹がたまらず駆け出す。
「あ、待て!」
そう言う間もなくその仔実装は机のフチから落ちた。
驚いたことに、目や腕を無くしても再生できるこの動物がわずか1m弱の落下でプリンでも落としたかのような潰れ方をして死んだ。
強いのか脆いのか、この動物は僕には到底理解できそうに無い。
意を決して行った”間引き”は結局2匹やったのと同じになり、残ったのは仔実装メナシと蛆実装の2匹だけ。
県からの委嘱状にある全8匹から考えると余りに少ない。
保護実績にはそれなりの自負があったのだが、これはさすがに落ち込む。
だが死んでしまったものはどうしようもない。
僕の今の使命は残ったこの2匹をしっかりと野に帰すことだ。
メナシは優秀だった。
完全な生ゴミも喜んで食べ、ダンボールハウス組み立て訓練、模擬被襲撃訓練など仔が親から習うべきことを順調にこなしていった。
「もっとみぎレフ、そうそのへんレフ」
役に立たない蛆実装が片時も離れず周りをちょろちょろレフレフと邪魔そうだったが、メナシはうまくやっていた。
これなら放獣も遠くない。
「オネチャがつくったオウチこわしたレフー!ワルイニンゲンだったレフ!ウジちゃんだまされないレフー!」
「違うテチ、ニンゲンママは厳しいけど優しいテチ、ママと同じテチ」
「ウジちゃんたちカイなんレフ?ニンゲンママ、おねちゃオメメみえないのにひどいことばかりするレフー!」
「多分ワタチたちは飼いじゃないんテチ…これはニンゲンママとお別れしなくちゃの準備なんテチ…」
「なんでレフ…そんなのイヤイヤレフ…」
「おねちゃも悲しいテチ、でも2匹一緒ならきっとどこでも頑張れるテチ、ウジちゃんこれからもワタチの目になっテチ」
「ウジちゃん、おねちゃのオメメレフ~がんばるレフ~」
そして遂に放獣の日がやってきた。場所は自宅から2kmほどの小さな公園。
ひ弱な仔実装と蛆実装が2匹で生きて行く可能性を少しでも上げるため先住実装石が1匹もいない公園を探し選んだ。
人目につかないはじっこの草むらの陰に2匹を放す。
餞別がわりというわけではないが、小さめのダンボール、当面のフード、新品のタオルを草むらに押し込んだ。
保護の規則には厳密には違反だが、これくらいはご容赦願おう。
”死亡”ばかりが並ぶ預かりリストの2つの空欄に
”放獣”
と書き込む。
何度やっても放鳥・放獣は涙腺が緩む。しかも今回は僕の実装石知識の少なさからあわや全滅というところだった。
その感傷からか。仔実装メナシの目にも涙が浮かんでいるように見えた。動物が泣くなんてありっこないな。僕もヤキが回ったかな。
「おねちゃ、うじちゃんジメンあるきたいレフ~おろしてレフ~」
「いいけど遠くまでいっちゃダメテチ、おねちゃから離れちゃダメテチ」
「へっちゃらレフ~おねちゃはシンパイしょうレフ~」
そのとき、強い風が吹いた。
風の通った後には蛆の生首が転がっていた。
「!」
風じゃない!すぐ近くの木の高い枝にカラスが一羽。くちばしにくわえたものから赤と緑の汁が垂れている。
カラスのあまり来ない公園を探したつもりだったのだが…いや、あれは…
「九郎!」
遠い上に逆光でほとんどシルエットだが口移しまでして育てた九郎を見間違うわけがない。
カラスは僕の声に応え、懐かしい甘えた声で一度小首をかしげてから飛び去った。
メナシのほうに目をやると、目の前で蛆が殺されたにも関わらず少しキョロキョロするだけで案外落ち着いている。
よかった。
蛆実装は足手まといだと思っていた。餌を探す力の乏しい仔実装に、何の役にも立たない蛆の食いブチまで探させるのは酷じゃないかと心配だった。
しかし2匹の仲があまりに良さそうだったので、ある意味仕方なく2匹で放すことになった。
だがそれも杞憂だった。残酷なようだが、野良で生き延びる為にはこういう頭の切り替えの早さと肝の据わり方が不可欠だ。
僕は繊細そうに見えたメナシの意外な逞しさに感心した。
多分九郎は自宅近くの上空で僕を発見して付いてきていたのではないかと思う。
蛆を噛み切ったのは家での事を思い出して欲しい、自分だと気づいて欲しい、というパフォーマンスだったのかもしれない。あるいは嫉妬か。
理由はともかく九郎が上空からつけているのなら、僕は早々にここを立ち去る方がメナシのためにもいい。
別れは辛い。
だがメナシは気丈にこの状況にも動じず、首をかしげてポーズを取り名残りを惜しんでくれている。
それに僕が応えなくてどうする。
「テチューン テチューン」
メナシの声がどんどん遠くなる。
達者でな、メナシ。頑張って生きるんだぞ。
引用元:実装石虐待保管庫
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