歴史の改ざんと都合の良い修正ではないか
接種開始当初、そんなことはどの医者も言っていなかった、打たないなんてありえない、つべこべ言わずに打て、集団免疫ができる、自分に関係なくとも思いやりのために打つべきだ、医療機関では半ば強制的に接種が行われた
接種にあたり副反応(岩田先生はなぜか副作用と表現)についてどれだけ正確なインフォームドコンセントがなされただろうか?
安全性を誇張し、リスクの矮小化を行い、公衆衛生というプロパガンダを掲げ、どうして、国民一人一人が自分で正確な判断ができただろう?
今行わなければいけないのは、国民の判断にゆだねるという、綺麗ごとではない、国民の判断を強いた歪ませたこの3年間の専門家の発言の検証ではないだろうか
でなければ歴史は繰り返されるだろう
以下、記事より
岩田健太郎
合理的にリスクを取って豊かな日常生活を(中央公論)
リスクを知ったうえでの自己判断
新型コロナウイルスに話を戻すと、自分はワクチンを絶対に打たないという考え方の人もいるが、これも基本的には価値の交換の問題である。自分自身で受けたほうがよいと思えば打てばよいし、打ちたくなければ打つ必要はない。ただし、医学上の大きなメリットがあるワクチンを誰でも自由に受けられるような仕組みを、政府が提供する必要はある。
ワクチンのリスクはゼロではない。一定の割合で副作用が起きるので、そのリスクを踏まえたうえで打つ。その時に必要なのが「インフォームドコンセント」である。
リスクがあることを知ったうえで、自分の責任においてワクチンを打つのが原則なのだが、日本人の場合、お上に言われたから打つという人が少なくないようである。誰かに決めてもらうほうが楽だし、自分で責任を取らなくてよいからだろうか。しかし、本来は人任せにするのではなく、自分の意思で決めるのがあるべき姿だと思う。
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