第3話 盗賊

 空がかすかに白んできた。レイジは快馬の上で乾パンをバリバリ噛み砕きながら、なだらかな勾配の丘を進んでいく。整備された街道を、時々荷物や人を乗せたジープが往来していたが、中には快馬の旅人も見られる。

 パッと見ただけではレイジは言霊師とはわからない。服装もだが、刀という武器を帯びていることがその理由だ。言葉の力を扱える言霊師にとっては武器の扱いに熟練するより、言霊の扱いを覚えた方が手っ取り早いわけだから、なんらかの武器の扱いに熟達した言霊師というのはそこまで多くない。

 そういった面においては、レイジは他の言霊師よりは『強い』部類にある——そう思っていた。


 ニシノモリ地方は緑豊かな土地であり、東側が海であることから海風が地表を撫でていく。森がそれらを幾ばくか遮っているが、海沿いのこの辺はダイレクトに磯の香りを感じられた。


「お前にも名前をつけてやらないとな」


 ゾイロスにそう言った。カポカポと歩く快馬は興味なさげだが、レイジは今まで読んだ本から知識を引っ張り出す。

 印象的なのは角だ。


「ツノマル。……銀色の角……ギンカクにしよう。それがいい」


 ゾイロス——ギンカクがぶるる、と鳴いた。仕方ないと不承不承認めた感じだ。

 今朝から嫌なことがあったせいで、レイジはひどく誰かと喋りたかった。普段無言を貫くことが多いが、決して喋るのが嫌いなわけではない。人並みに誰かと話したいという欲求はある。

 残酷なことを言うが、ギンカクはまだ出会って一日。不慮に言霊が発生して何かあっても、そこまで情はない。せいぜい金がもったいないと思いながら、解体して食うなり皮を剥ぐなりするだけだ。


 だからレイジは喋った。

 きっとギンカクもその意図を察しているのだろう。時々相槌を打つように口や鼻を鳴らしながら、レイジの独白めいた一方的な会話に耳を傾けてくれた。

 空がだいぶ明るくなってきた。レイジが目指す場所は、実のところはっきりとはしていない。しかし、ホクガミ地方に行けと言われていた。

 ホクガミ周辺海域には巨大な禍蛟龍マガツコウリュウが生息しているらしく、船で直接行くことはできずにニシノモリから北上することになっていたが、それでもこの地方からホクガミは隣接している。近い方だ。


 ホクガミには、言葉で傷を癒す医師団が存在するという。

 レイジはそこに癒しの言葉があると踏んでいた。使い方を学ぶ、最悪。師匠のためだ。手段など、選んでいられない。


 前方から一台のジープがやってきた。

 派手な装飾を取り付け、ネオンの飾りで光らせている。レイジの故郷でいうデコトラのような感じだ。道交法というものがないのか、明らかに違法であろうそれが平然と走っている。

 それはレイジの脇を通り抜けるかと思ったが、直前で止まった。

 降りてきたのは三人のいかつい男たち。


「…………」


 レイジは黙っていた。用事があれば、向こうから何か言ってくるはずだ。

 けれど奴らの用など、わかりきっていた。


 一人は亜人か妖怪か——いや、尾が二本あるので妖怪であろう犬妖怪の若い女。シャパード犬のような犬種だろう。もう一人は亜人と思しき、小鬼のような外見のゴブリン族の赤肌をした矮躯わいくの男。最後の一人は大柄な、ドワーフのヒゲモジャの男だ。

 それぞれ手には鉈や棍棒、大刀を握っている。


「出せるものはない」


 相手が盗賊と見るや否や、レイジは遠慮なく言葉を発した。


「荷物とゾイロスを置いていけ。命だけは勘弁してやる」ゴブリンが言った。

「悪いが」レイジはギンカクから降りて、喉を撫でさする。「それはできない」


 犬妖怪が叫んだ。


「やっちまえ!」


 レイジは素早く抜刀。上段に振り上げざま、犬妖怪の鉈を弾く。右からゴブリンの棍棒が飛んできて、レイジは半身になって回避。ドワーフの大刀を右に転がって避けると、すれ違いざまに脛を切り付ける。


「ぎゃっ」

「ぶっ飛べ」


 言霊発動。半透明の波打つ衝撃波がドワーフを吹っ飛ばした。あまりの威力に手足がぐしゃぐしゃにあらぬ方向に捻じ曲がり、首がぐるんっと真後ろを向く。

 広葉樹に叩きつけられたドワーフは限界まで青黒い舌を伸ばし、片方の目玉が飛び出し、そこと耳の穴から圧力で脳が溢れ出す。小便と大便を漏らし、電気を流されたカエルのように痙攣していた。


「ひっ」


 ゴブリンが慄いた。レイジは容赦なく棍棒を握る右腕を落とし、顔面を蹴飛ばす。後ろに吹っ飛んで後頭部を岩に打ち付け、動かなくなった。

 残った犬妖怪が鉈を捨て、土下座の姿勢をとった。女は震えた声で、必死に言う。


「まっ、待ってくれ! あんたが言霊師とは知らなかったんだよ! 許してくれ!」

「なら有益な情報を寄越せ。ホクガミの医師団について知っていることは?」

屍交至天宗しこうしてんしゅうの、骸の医師のことか? やめとけって、あいつら死体と同衾して子を授かろうなんていうキチガイだぞ! あんなのと関わるんじゃねえよ!」

「それを知ってるお前もどうなんだよ」

「あんた外から来たんだな? この島にいれば、やつらの悪名は知れ渡ってんだ。みんな知ってる。な、なあ……見逃してくれ。私はこの盗賊団の新入りなんだよ」

「…………盗賊団?」


 レイジは女に「立て」と命じた。女は従順な犬のように立ち上がり、数歩下がってレイジを見上げる。


「鉄山羊団っていう盗賊だよ。ここらで一番でかい」

「…………」


 今後、関わりを持つ可能性がある。レイジは島の文明レベルが地方ごとでまちまちであることを知っていた。そして、治安はすこぶる悪いことも。

 盗賊や山賊は横行し——外海は危険な幻獣が多いため、少なくとも湾の外には海賊はいないらしい——そいつらが訳のわからない税関を作っていることもあるという。

 であれば、多少なりとも内情を知るこいつは使えるんじゃないか? レイジはそう思った。


 刀を納め、レイジは女に聞いた。


「俺はレイジ・シノノメ。お前は」

「ミク・アマミヤ」

「俺に島のことや盗賊の情報をくれるんなら、見逃す。しばらく同行してもらうことにはなるが」

「あ、ああ……ついてくぜ、兄貴」


 ミクはそう言って己の鉈を拾って、腰のホルダーに納めた。

 まだ警戒はしているが、己の命の重さを知っているからか、本当に盗賊団の新入りだったのか仲間を殺した男に平然とついてくる。

 犬は義理堅い生き物だと思っていたが、島のは違うんだろうか。

 彼女は半妖はないらしく犬耳もしっかりあるが、その辺はおいおいだ。


 レイジはギンカクに乗って、それからミクを手招いた。


「え」

「歩いて行く気か。ゾイロスなら馬の三倍近い荷を持てる。乗れ」

「わかったよ」


 ゾイロスの性能を加味して、鞍はタンデムシートだ。ミクはレイジの後ろに乗って、腰に手を回した。


「私が寝首を掻くとは思わないのかい?」

「その気があるやつがわざわざ警戒させるようなことを言うか」


 レイジはそう言って、ギンカクを歩かせた。


 これから先、人手はあったほうがいい。それに何より、切実に話し相手が欲しかったのも、彼女を助けた大きな理由だった。

 盗賊をするような女だ。事故で死んでも、これっぽっちも悲しくはない。

 レイジは冷淡に、ひどく残酷にそう思っていた。師匠さえ息災であればいいと、本気でそう思っているから。

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言霊戦記 — バベルの玉座と狐の戴冠 — 橘寝蕾花(きつねらいか) @RaikaRRRR89

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