マルタンヤンマ Anaciaeschna martini (Selys, 1897)ヤンマ科
トビイロヤンマ属
◆分布東北以南の本州・四国・九州。離島にも比較的よく産する。国内の南限は奄美大島だが、海外では中央アジア・東南アジア・東アジアに広く分布しており冷温帯から亜熱帯まで適応の幅は広い。(海外の分布は広いが国外での記録は多くは聞かない。亜熱帯地域では山岳部に限って生息しており、かなり珍しいらしい。)
◆生息環境平地・丘陵地の植生の豊かな池・沼・湿地。全体的に浅い水域やエコトーンの発達した沼などを好むが、適応環境の幅はわりあい広く農業用溜池などでもよく発生する。
◆季節性・発生サイクル成虫は主に初夏から夏に羽化し、活動は夏・秋にみられる。羽化は非同調的で、多くの地域で梅雨どきの後半から中秋まで長くみられる。西日本では10月以降の記録も少なくない。
1年1世代型、ヤゴ越冬。
◆成虫形態国内最美麗種の一種とも名高い、特徴的な美しい体色の中型のヤンマ。体型は属の典型通りで腹部はやや細身、脚は短足。
未熟時は雌雄ともに黄色がかった黒い地色に蛍光イエローの体斑をもつが、成熟すると雌雄で著しく異色となる。
♂:成熟すると体斑および複眼がコバルトブルーに変わる。ひたすらに美しい。翅は成熟が進むにつれ全体が褐色にけぶる。後翅基部に明瞭な小さい三角形の黒褐色斑をもつ。
♀:羽化して少し経つと翅の全体が濃い褐色に色づき、前後翅の基部には大きな褐色の不透明部が発達する。体色は黄色のまま変化しないが、成熟が進むと黄色斑が全体的に黄緑っぽくくすむ。尾毛はごく短く、産卵管の発達はヤンマ科としては弱い。
◆写真成熟♂ 2023.7/3 神奈川県
成虫は強い黄昏飛翔性をもち、朝夕の薄暗い時間に水域の上空や水域に隣接する草地の上、谷沿いなどの開放空間を飛びまわる。雌雄で飛ぶ場所の選好性がやや異なっており、♀はオープンスペースを悠然と飛ぶ一方で♂は林縁の暗がりなどを好む傾向があり、やや低空を高速で飛ぶことが多い。薄暗い林縁の低空を飛ぶ♂はステルス性が高く、観察・採集は難しい。多くのトンボファンの憧れの的。
成熟(?)♂ 2018.7/29 新潟県
秋になると♂は日中も飛ぶようになるというが、これはまだ観察できた試しがない。
成熟♂ 2021.9/20 栃木県
この日は秋モードの日中飛行を見るべくフィールドに出たが、季節外れの夏日に見舞われ結局夕方の観察になった。翅の欠損が目立つ老熟個体。
未熟♀ 2021.7/18 宮城県
撮影時は♂だと思っていたが後で尾部を確認すると♀であった。羽化して日の浅い個体はこのように翅が透明。
未熟(?)♀ 2020.8/10 福島県
成熟♀ 2020.8/3 宮城県
成熟♀ 2023.8/31 宮城県
珍しく、超低空で狭い範囲を往復飛翔していた個体。
♀産卵 2023.7/3 神奈川県
♀は抽水植物の群落にもぐりこんで産卵する。この個体は岸辺の植物に産んでいるところを撮影させてくれたが、大抵は密な植生群落の内部に入り込んでしまって観察しにくい。
成熟♀ 2023.7/3 神奈川県
上の写真の♀と同水域にいた別個体。産卵場所を吟味しながら池のまわりを飛んでいるところ。
♀産卵 2020.8/3 宮城県
だいたいはこんな感じ。いつか東北で美しく撮影したいところである。
終齢ヤゴ 2020年 宮城県産 飼育個体
頭部の輪郭は丸みが強く、横につぶれた形。体に対して頭部がやや大きい印象を受ける。
側棘は腹部第6~9節にあり背棘はない。脚には不鮮明なまだら模様があるが、脱皮から時間が経った個体では色素の沈着などで不明瞭である。
生息環境例(宮城県)
抽水植物やその枯死組織に産卵するのでアシやガマなどが繁茂した環境を好む。水域の規模にはこだわりはなく、大きな沼から小さな池・湿地まで幅広い止水域で発生する。
分布域北方では近年の気候変動に伴い生息可能域が拡大しており、東北地方では年々記録地が増えている。
生息環境例(宮城県)
湿地色の強い浅い水域。関東以西ではちょっといい池・沼なら大抵生息しているが、観察しやすい多産地は限られる。
◆識別独特の体色から他種と間違うことはない。
▷
トビイロヤンマ…飛翔時のシルエットは瓜二つだが、南西諸島以南に生息し、国内は分布は重複しない。マルタンヤンマとは雌雄共に体色や翅の着色パターンが異なる。
◆観察後記(編集待ち)
成熟♂ 2021.9/21 栃木県
友人が採集した老熟個体。
成熟したオスのコバルトブルーの体色は多くのトンボファン・カメラマンを魅了しており、観察・採集難易度の高さから、今まで何人のトンボ屋の人生を狂わせてきたか図り知れない。
成熟♀ 2020.7/30 宮城県
♂羽化 2018年 新潟県産 飼育個体
- 関連記事
-