似て非なる二人   作:clearflag

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早坂愛は振り向かせたい

 席替え。席を替えること。日常的に、クラス単位で授業を受ける学生にとっては、ビックイベントである。ある者は喜びを露わにし、ある者は嘆き肩を落とす。

 クラスメートらが一喜一憂する中、眉間にシワを寄せるのは四宮かぐや。学校では取り繕って居たが、席替えの結果に不満が残る生徒の一人だ。帰宅してからは機嫌が悪く、負のオーラを纏っている。そんな彼女の感情を察してか、かぐや専属の侍女(ヴァレット)・早坂愛の言葉数は少ない。

 

「ねぇ、早坂」

「何でしょうか?」

 

 就寝前のかぐやに早坂は呼び出されていた。あと一歩遅ければ、今頃は従業員用の大浴場で疲れた体を休めているはずだったのだが、仕事が早く終わった日に限って、こうである。そして、聞かずとも主人の言いたいことは分かった。十中八九、今日学校であった席替えの件であろう。何故、席を替わるよう視線で送ったサインを無視したのか、そんなところだろう。

 

「どうして、席を替わるように送った私のサインを無視したのよ?」

 

 案の定、早坂の読み通り。

 

「無視も何も、あそこで私が名乗りを挙げたら余計な混乱を招くだけです。かぐや様なら、それくらいは分かりますよね?」

「う・・・・・・だいたい、黒野(くろの)くんも黒野くんよ。あんな輩、放っておけば良かったのに。学級委員長なんだから、あそこで権限を使わなくてどうするのよ!!」

 

 早坂の指摘に否定のしようがないかぐやは、あっさりと責任を才雅(さいが)へ押し付ける。実のところ、彼女自身も早坂に落ち度が無いことは分かっていた。その上で、苛立ちを口にする。つまり愚痴りたかっただけである。

 

「才くんの判断は賢明なものだったと思いますが。あそこで抑えつけてはクラスの空気が悪くなるだけですし、次の席替え時の対策も立てていましたから、働きとしては充分かと」

「まぁ、彼の対人能力の高さは認めますけど・・・・・・。早坂。貴女、黒野くんの隣りの席でしょ? 上手く利用することは出来ないかしら?」

 

 これまで散々、彼から白銀の情報を聞き出しておいて、まだ足りないと言うようだ。

 

「白銀会長と距離の近い彼を利用するのはリスクがあるのでは? 今まで通り、世間話程度が宜しいかと。下手に踏み込むと、かぐや様が会長のことを好きだとバレて、あっという間に本人へ伝わりますよ」

 

 ────多分、気付いているだろうけど。

 

 早坂は胸の内で呟く。かぐやと白銀は両片想いの状態。プライドの高い両者は共に素直になることが出来ず、互いが互いを告らせようと、あの手この手を使う始末である。彼女の推測では、かぐやの相談(ぐち)に付き合う自身のように、才雅は白銀の相談役であるはず。仮に彼が双方の想いを知っているとしよう。そこに、彼のあの性格である。こちらが頭を捻ったところで、大人しく利用されるような人間ではない。むしろ、今の踏み込まない距離感の方が上手く二人の仲を取り持ってくれそう、と言うのが早坂の希望的観測である。

 

「また、その話ですか。会長のことは憎からず思っていますが、あくまで人間性に対しての敬意です。私に欠けている要素を持っていると判断したから、興味があるだけ。決して恋愛感情ではありません」

「・・・・・・そうですか」

「とは言え、黒野くんを利用すると言うのは、確かに少しリスクがあるかもしれないわね。彼、藤原さん並に思考が読めない時があるから」

 

 生徒会書記、藤原千花。場の空気を一切読まない脅威のド天然ガールである。生徒会室にて、かぐやと白銀によって繰り広げられる恋愛頭脳戦に気付くこともなければ、天才二人が立てた作戦をことごとく踏み潰して行くのが彼女である。無意識の素なものだから、質が悪い。

 『藤原』のワードに早坂は強く反応する。主人を警護する上で行動の読めない藤原は要注意人物。しかし、強く反応したのは、彼女を対象Fと呼称し警戒しているから、と言うわけではなかった。

 

「あの。お言葉ですが、才くんと書記ちゃん、全然違いますから」

 

 明確な主従関係のある二人。だが、幼少の頃から長い時間を共に過ごし、姉妹のような互いに気心の知れた関係でもある。だからこそ、些細なことにも気付くと言うもの。ムキになる早坂の様子に、かぐやはあることを思い出した。

 

「そう言えば、早坂って、黒野くんのこと好きだったわよね? 最近はコンクールとか見に行ってないみたいだけど飽きちゃったの?」

 

 補足しよう。この場における、かぐやの好きは恋愛的な意味ではない。何故なら、早坂本人が以前それを否定したからだ。彼女曰く、自身は彼のファンの一人であり、異性としては見ていないと。

 だが、今は昔。早坂愛は汐崎(しおざき)才雅に恋をしている。それも、中等部の頃から。実際問題、彼女がアプローチを始めたのは、ここ一ヶ月の話。かぐやの様子を伺うに、早坂の気持ちはまだバレていない(・・・・・・・・)ようである。

 

「いえ。彼は今、部活でしかヴァイオリンはやっていないみたいなので」

「ご、ごめんなさい。私はそんなつもりじゃ」

「分かっています。推しは推せる時に推せと言いますから」

「・・・・・・どう言う意味?」

「かぐや様は知らなくて大丈夫ですよ」

 

 白銀御行に恋するかぐや。その恋を成就させるべく、常日頃、相談に乗り、裏でサポートに入るのが早坂の役目。今のかぐやなら、早坂が想いの丈を打ち明ければ、家の名に懸け惜しまず協力すると申し出ることだろう。しかし、それは危険である。才雅は、かぐやと幼馴染み且つ、白銀と仲の良い友人なのだ。かぐやの働きかけ方によっては、主従関係に勘付かれる可能性がある。それだけは避けねばならないと、彼女は思う。

 

 

 

 

 ────人は演じないと愛してもらえない。

 

 早坂愛は、そう唱える。学校では、主人と正反対のギャルを立ち振る舞うことで主従関係を悟られぬようにし、四宮家では冷静沈着な使用人に徹することで、主人の命を着実に遂行する。その中で、彼女は次第に考えるようになった。

 本当の自分を晒したら、他者はどう思うのだろうか。拒否されるかもしれないと思うと恐かった。仕事をこなす上で身に付けた演技(すべ)は、自身の弱さと醜さを包み隠すための仮面となり、周囲が求め、他者に愛されるであろう自分を作り出すための手段となった。

 

 では、いかにして彼女は今の姿になったのだろうか。

 

 中等部に入り、かぐやへの帝王学が加速して行くのを横目に、早坂は自身の在り方に悩んでいた。初等部の頃は良かった。子供は気楽だ。損得無しで気が合えば友達になれる。それこそ、初等部での四宮かぐやは友人の一人だった。

 しかし、思春期に入る中等部からは変わって行く。家柄、成績、容姿、様々なものが他者から顕著に見られ、自身もそれを強く意識する時期である。まずは、四宮家の令嬢、そう呼ばれる主人のかぐやと距離を置くことを彼女は決めた。主従関係を隠すためだ。次に、友人関係。同級生らより少し大人びた女子生徒と話すようになった。かぐやのイメージとは正反対の彼女らと仲良くなり、いわゆるイケてるグループに属した。オシャレに興味があった彼女には良いきっかけだった。

 対して、四宮家では感情の起伏を抑え、仕事を卒なくこなした。年齢を重ねる毎に仕事の量と責任は増えて行く。いちいち周囲へ過敏に反応している余裕などない。多少の割り切り、冷徹な心が必要だった。

 

 そんな早坂が()を意識したのは、中等部一年の学園祭でのこと。友人と軽音楽部が主催のライブステージを見に行った時だ。

 会場は、学校の体育館。ステージ上で、上級生と思われる男子生徒からマイクを受け取ったのは、頭一つ分以上違う小柄な少年。早坂は、彼のことを知っていた。かぐやの幼馴染、黒野才雅である。彼は、かぐやのヴァイオリン講師だった父親に付いて来ては四宮邸によく遊びに来ていた。無論、彼女は姿を見られぬよう、遠くから見ることしか出来なかった。

 

「こんにちは。一年A組の黒野才雅です」

 

 マイクを通して響いたのは、声変わりをしていない高い声。早坂は、クラスの女子の中で背の高い方ではあったが、彼の背丈と体格は、それより小さく見えた。ステージ上のバンドメンバーの中に一人小学生が紛れ込んでいるようで、違和感が凄い。

 

「今回、お話を頂いた時にどの曲をやるか凄く悩みました。これまでに仕事で何曲か作ったものもあったんですけど、全てボーカルの入っていない曲でして。でも、学祭のステージと考えた時に絶対に歌詞はあった方が良いなと思いました。そこで、僕のオリジナル曲をベースに、歌詞を付けた曲をやります。まぁ、僕は歌わないんですけど」

 

 ドッと客席の前方で笑いが起きた。バンドメンバーからは「歌えよ」とヤジを飛ばされ、彼は笑う。予め示し合わせたものだろうが、堂々と立ち振る舞う姿は、早坂にとって見ていて気持ちの良いものだった。

 そして、客席の注目を一身に浴びた彼の口から曲名が告げられる。

 

「────voice」

 

 照明が暗転し、ドラムの生徒がスティックを叩き四つカウントを取る。青と白のライトを浴び、イントロを奏でるのは才雅のヴァイオリン。観客らは息を飲み聴き入る姿勢に入った。続いて、キーボード、エレキギター、ベースと加わり、一つの川のように音が纏まって行く。八小節が過ぎ、感情を抑えたボーカルがスタートを切った。男子生徒のハスキーな歌声は、冷静さの中に何処か野心が同居する。観客は肩を揺らし、小さく握った拳でリズムを刻み、徐々に熱を上げて行く。

 

 ────『君だけの声を証明しよう、決まったレールは存在しない』

 

 歌詞に彼の心が見えた気がした。

 三分十五秒、早坂は彼に魅せられた。

 

 

 

 

 二ヶ月前の春休み中のある夜、早坂は例の如く、かぐやのお喋りに付き合わされていた。意中の男子生徒に付いて、ヒートアップする主人の姿を前に「好きなら早く告白すれば良いのに」と、飛び出そうな言葉を喉の奥に押し込み、黙って話を聞く。何より厄介なのが、本人は絶対に好きだと認めない、これに尽きる。

 

「・・・・・・早坂は、好きな人いる?」

 

 突然の振りだった。いつも一方的に話をするかぐやが、早坂の恋愛事情に対し問いを投げ掛けたのは初めてのことだ。どう言う風の吹き回しだろうか。

 

「どうしたんですか、急に」

「別に。ちょっと気になっただけよ」

 

 恥じらうように、かぐやはそっぽを向く。

 

「珍しいこともありますね」

「で、どうなの。クラスに気になる人とか」

「今のところは特に。と言いますか、学校では、かぐや様の警護が最優先なので」

 

 早坂は、学校では元気で人当たりの良いギャルを通しているが、実際は、そのキャラのイメージに反し、恋愛経験は皆無である。そこで、貴女の仕事があるから恋愛が出来ないんですよ、そんな不満を込めてみる。

 

「・・・・・・う。はっきり言うのね」

「ええ。はっきり言わないとお分かりになってくれないでしょうから」

「もし、もしよ。す、好きじゃなくても気になる人が出来たら絶対に教えなさいよ。四宮かぐやの名において、貴女を全面的に支援しますから!!」

 

 かぐやは、息荒く顔を赤らめ宣言をする。

 

「気持ちだけ頂いておきます」

「それだけ!? この、この私が、早坂の恋路を全面支援すると言っているのよ!!」

 

 胸に手を当て、私が誰なのか分かっているのかと訴える主人の姿に、本当に変わったなと早坂は思う。少し前までは、氷のかぐや姫。そんな風に呼ばれることもあった。今では喜怒哀楽が豊かになり、好きな人に心をトキメカせる姿は恋する乙女そのもの。尤も本人は認めないが。だから今の彼女の言葉はその気持ちを理解した上で、自身を思ってのことだと、痛いほど早坂は感じた。口元を緩めると、頭を下げる。

 

「では、有り難く。そのままの意味で受け取らせて頂きます」

「ええ。遠慮はいらないわよ」

「でも、あまりうかうかしていると、私の方が先に彼氏が出来てしまうかもしれませんね」

「・・・・・・は、あああ!? じょ、冗談じゃないわ!! 好きな相手も居ない人に恋人が出来るわけないでしょう!!」

「と言うことは、かぐや様には好きな人が居るんですね。ああ、先ほど話をしていた白銀会長ですか。そうなんですね」

「違います!!」

 

 そして、四月を迎え、幸運にも彼と同じクラスになることが出来た。早坂は、柄にもなく運命を感じた。これまでの同じ学校に通う、ただの同級生に過ぎない彼との関係性を築くまたとない機会だった。心を決めた彼女の行動は早い。

 新学期初日。ホームルームの自己紹介が終わり休み時間になると、さっそく彼の席に向かった。高鳴る心を落ち着かせ、今の自分はオシャレが大好きな元気一杯のギャルだと言い聞かせる。少し男子に馴れ馴れしいくらいが、学校で立ち振る舞う校内擬態早坂愛の姿に相応しいはず。

 

「才雅くんって、バイトやってるんだね」

 

 自己紹介で、バイトをしていると言った才雅。この秀知院でバイトをする生徒は少数派だ。話しかける話題にはなるだろう。自席に座ったままの彼は、顔を上げると頷く。

 

「ん、ああ。早坂? 中等部で一回クラス一緒だったよな」

 

 彼の言葉に早坂は安堵した。

 

「うん。一年の時にね。その前は初等部だよね」

「あー。三、四年だっけ? 意外と覚えてるもんだな」

 

 彼は笑う。滑り出しは順調である。この調子で、沢山話し掛けて、仲良くなって、いつか告白しようと、早坂は誓う。いや。あわよくば────彼に告白されたい。かぐやの気持ちが少しだけ分かった気がした。


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