「女子は理系に不向き」日本に巣くうジェンダーの呪いを解くために

キズナアイ騒動、大学入試不正を超えて
隠岐 さや香 プロフィール

「永遠の生徒」としてのキズナアイ

それに加えて、もう一つ気になることがある。

それは、キズナアイがとても「特殊な生徒」であるということだ。

彼女(実は性別は不明だが、一般には女性にしかみえないだろう)は、「量子」の言葉に「漁師?」と聞き返したりする天然キャラである。何より、彼女自身が科学の被造物であるので、生身の人間のようには成長しない。

番組の内容からは、レクチャーを受けた彼女が何かを吸収し、次世代を作っていくというシナリオが想像しづらいのである。キズナアイは、永遠の聞き役、あるいは科学の応援役を運命づけられた生徒として出演しているようにみえる。

NHKのサイトより

タレントの鈴木福くん(当時13歳)が生徒役で出演する「まるわかりノーベル賞」2017年版の映像と比較すると、この印象は強化される。

番組の中で鈴木くんは、ノーベル物理学賞受賞者、赤崎勇氏による「あなたが本当にやりたいことはなんですか?」の自筆メッセージを見る。そして、「やりたいこと?いっぱいあるかな」と答えるのだ。

彼は成長し、自分で未来を作っていく存在である。科学者になるという選択肢もその中ではまだ、完全には排除されていない。しかし、生徒としてのキズナアイにはそのような可能性を感じづらい。

そもそも、彼女は「スーパーAI」との設定を持つキャラである。この設定を信じるなら、人間は彼女にとって創造主であり、知識を与え続ける教師である。その関係は、人間を中心とする現代文明が続く限り逆転しないだろう。

それでも、講師役の人間に女性研究者がいたなら印象は少し違ったかも知れない。残念ながら、今回キズナアイにレクチャーした三人の研究者は全員男性であった。被造物としての少女と、彼らは対話していた。

そこで彼女はいつまでも若い、永遠の生徒にみえた。

 

ジェンダー・ステレオタイプと未来への呪い

「女の子はのびない」という考え方がある。

最近は昔ほどいわれなくなったとはいえ、未だに理工系科目と女性に根強くつきまとう偏見だ。

しかも、色々なバージョンがある。40年ほど前だと、女子高生にすらこの言葉がぶつけられたようだ。高校3年生になったら、君の数学の成績は男子より落ちるよ、というのである。

今は女性の研究者も増えたので、「女性には天才が少ない」といういい方に変わっている。

じわじわと「のびない」「成長しない」の範囲が変化しているのである。言い換えれば、この半世紀ほどで女性の理工系に関するレベルは随分上がったということだ。天才云々についても、また話が変わるかも知れない。

内容は多岐に渡るが、このようなステレオタイプは、女の子を「永遠の生徒」とみなす捉え方と表裏一体を成している。冒頭で触れた「すぐやめてしまう女性医師」という偏見ともどこかでつながっているだろう。

不思議なことに、同じように少数派になりやすい文学部の男性には、同じような話を聞かない。就職先が限られる、などの脅しはあるが、「大学4年には小説の読解で女子に追い抜かれるよ」とはいわれない。

根強く残る数学的知性へのバイアス、それは理工系に憧れる女性の未来を縛り、可能性を狭める「呪い」にひとしい。

関連記事