また、「妊娠・出産のために離職」というと、完全に医者を辞めて家庭にでも入ったような印象を持ってしまうが、実際はそうではないらしい。大分昔、平成18年の調査ですら、産休を取った女性医師の多くが復職している様子がみられる(50代の段階で30代以上の値になる)3。
そもそも、女性医師は大学病院にこそ残らないが、早めに独立し、開業医をやっている人が多いという。要するに、社会全体で考えれば、女性医師はきちんと働いている。そのことが無視されすぎてはいないか4。
むろん、大学病院をはじめとする過酷な労働環境の実態など、解決の難しい問題もあるのだろう。実際に女性医師が抜けて困っている現場もあったのだろう。
だが、その一方で、複数の学生の未来を変えてしまう重大な措置が、ずいぶんとあやふやな根拠に支えられていたものだ、との印象を抱いてしまう。
(この記事では紙面の都合上扱えないが、四浪生や外国人学校出身者についてもきっと同様のことが言えるだろう)
ジェンダー・ステレオタイプの恐ろしいのは、それが無意識のバイアスとして人の心に巣くっていることだ。それを信じている当人達は大まじめであるし、恐らくは余裕のない労働環境で、それを正義とみなしている。
その結果、多くの人が影響を被ってしまう。
キズナアイ騒動から考える
医学部入試の件以外でも、ジェンダー・ステレオタイプの問題にはまだまだ多くの人びとが無関心なのだな、と感じさせられる事件が少し前に起きた。
発端は、ノーベル賞に関するNHKの特設サイトで公開された番組、「まるわかりノーベル賞」にバーチャル・ユーチューバー、「キズナアイ」が起用されていたことだった。
バーチャル・ユーチューバーとは、3Dのアバターを用いて動画サイトYouTubeで発信するチャンネルを持つ存在のことだ。キズナアイは、少女のイラストで有名な森倉円氏のデザインにより作られた完成度の高いアバターである。若年男性層の人気が先行する形で国内外に多くのファンを作った。
このNHKによるキズナアイ起用に関して論争が起きた。ネットにはよくあることだが、一連の論争は論点が分散してカオスだった。ただ、全体としては、「萌え系の絵は公共的な場面で使われるべきか」という話に回収されてしまった気がする。
しかし、私が一番気になったのはそこじゃなかった。
あきらかに若年女性よりは若年男性の方に強いアピール力を持ちそうなキャラクターが、ノーベル賞の紹介番組に選ばれたという事実にこそ、問題を感じていた。
スマートアンサーによる2018年9月の調査では回答者のうち10代男性の3人に1人、10代女性の5人に1人がキズナアイの動画を見た事があると回答している 。更に遡ると、2018年1月には、バーチャル・ユーチューバー自体が、若年男性層の人気が先行するジャンルであると報じられている5。
つまり、バーチャル・ユーチューバーは、まだ「みんなのもの」になりきっていない、一部の層が牽引している若いジャンルである。それを使って科学の最先端を届けることが、どういう意味を持つか。
その「一部の層」、すなわち若年男性が、未来の自然科学研究の主役であるとの印象を社会に発信する結果となってしまってはいないだろうか?