ヒズボラ指導者、対イスラエル全面戦争は表明せず……今のところは

オーラ・ゲリン、BBCニュース(レバノン・ベイルート)

People listening to Nasrallah's speech
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レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラの指導者ナスララ師のテレビ演説を聞く人たち

レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラの指導者は、中東地域を火薬庫にしてしまったこの1カ月間の流血沙汰について、なかなか反応しなかった。

そして、ハッサン・ナスララ師がついに発言した時、何を言ったかと同じくらい、何を言わなかったかが重要だった。

イスラエルに対する全面戦争の発表はなかった。少なくとも、今のところは。

現時点でその発表があると予想した人は、レバノンでは少なかった。

強力な隣国とまたしても戦争したいと願う人は、レバノンにはほとんどいない。そのことをナスララ師は承知している。レバノンが前回、イスラエルと戦争したのは2006年のことだ。

経済は壊れ、政治体制も破綻しているレバノンは、国内問題だけで手いっぱいなのだ。

このことは、強力な抑止力となる。最近になって地中海東部に、アメリカの空母2隻が派遣されたことと合わせて。

ナスララ師は、非公開の場所からビデオリンクで、数千人が参加した集会に向けて演説した。参加者は男女で別々の場所に分かれていた。

その一言一句を聞き漏らすまいと耳を傾けていたのは、支持者だけではない。イスラエルのテルアヴィヴでも、アメリカのワシントンでも、逃すことのできない演説だった。ヒズボラがこれからどうするのか、あるいは何をしないのかが、今後の情勢に決定的な影響を与えるかもしれないからだ。

ヒズボラ指導者は、「あらゆる選択肢の用意がある」と宣言し、「状況はいつでも軍事的にエスカレートする可能性がある」とも述べた。

イスラエルがパレスチナ自治区ガザ地区でどのような行動をとり、レバノンに対してどのように対応するのか次第だとも、指摘した。

ヒズボラはすでにイスラエル国境越しの攻撃を拡大し、イスラエルへの圧力を強化している。このためイスラエル軍は、一部の部隊を北側の国境へ移動させている。

しかし、ガザ地区を実効支配するハマスは、連携するヒズボラによるいっそうの支援を求めている。

「100%パレスチナによる作戦」

激しい言動で知られるナスララ師はこの日、ヒズボラ戦闘員がこれまで何をしてきたか、自己弁護しているようにも聞こえた。

「我々の前線で起きていることは、非常に重要で意義深い」とナスララ師は述べた。

「ヒズボラが敵との全面戦争に速やかに参加すべきだと主張する者たちは、我々の国境で起きていることは些末(さまつ)なことだと思うのかもしれない。しかし、客観的に見れば、相当なものだと我々は認識している」

ヒズボラはここ数週間で戦闘員57人を殺されたのだと、ナスララ師は話した。

そして予想通り、今後のエスカレーションは可能だと、その余地を残した。

「これでおしまいではない。それは約束する。これでは足りない」

他方、ナスララ師はハマスによる10月7日のイスラエル奇襲攻撃は「100%パレスチナによる作戦」だと述べた。ハマスが極秘裏に遂行したもので、ヒズボラなどハマスが提携する他の組織に対しさえ、秘密にされていたという。

「地域的な課題、あるいは国際的な課題とは、何のかかわりもない」ともナスララ師は述べ、つまりは自分もイランも事前に知らされていなかったのだと事実上主張した。

ナスララ師の演説を歓迎する群衆

画像提供, Goktay Koraltan, BBC

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レバノンではナスララ師もヒズボラも広く支持されているものの、イスラエルとの戦争を望む国民は少ない

ベイルート南郊で開かれた集会では、多くの市民が暑い日差しの下で、ナスララ師の演説を待っていた。

「ナスララ師、あなたを支持します」との唱和が続いた。

集会を見下ろす屋根の上では、顔を覆った男性がドローンを妨害する装置を手に、警備にあたっていた。

ここはヒズボラの中心地だ。ヒズボラはハマスと同様、イギリスやアメリカなど複数の政府からテロ組織に認定されているが、ここでは大勢が熱烈にヒズボラを支持している。

「(ナスララ師が)国全体に戦争を持ち込むとは思わない」。ジャーナリズムを学んでいる17歳のファティマさんはこう話した。

「でも、何を決めたとしても、私はそれでいい。戦争になるなら、怖くない。優れた大義のために死ぬことほど、良いことはないと思う。私たちはパレスチナの同胞を支えている」。

ヒズボラは今のところは、ガザでの戦争はハマスに任せておくつもりらしい。

しかし、ハマスが敗れそうになったら、その目論見はあっという間に変わるかもしれない。

イスラエルがガザ地区で勝利した場合、その代償はヒズボラとのさらに大規模な戦争ということになるのかもしれない。