食&酒

2023.09.19

全国を回る「幻影醸造所」でレベルアップ! 日本酒を造る冒険者

「木花之醸造所」で麹の最終確認をする立川(ぷくぷく醸造提供)

難しいは、おもしろい

haccoba を退職後、ファントムブリュワリー「ぷくぷく醸造」を立ち上げた立川は1年のうちに、日本酒蔵3軒、クラフトサケブリュワリー1軒、クラフトビールブリュワリー2軒でさまざまな日本酒やクラフトサケを造ってきた。クラフトサケブリュワリーで造るクラフトサケや、あえて日本酒蔵で造ったクラフトサケ 、クラフトビールブリュワリーで造ったクラフトサケなど、チャレンジングで多彩だ。
「ぷくぷく醸造」記念すべき1本目の日本酒。福島県南相馬市の有機栽培コシヒカリと福島県いわき市の特別栽培コシヒカリを使い、福島県・浪江町の「鈴木酒造店」で醸した。

これまで、ホップごとの味わいの違いを楽しめるクラフトサケのシリーズや、8種類のホップをブレンドしたクラフトサケ、副原料を入れずに酵母でフルーティーさを表現した日本酒など、さまざまな酒を造ってきたが、共通しているのは、「低精白」「低アルコール」「乳酸無添加」。

「低精白」と「乳酸無添加」にこだわる理由を立川に尋ねると、「難しいし、おもしろい」と意外にもあっさりとした答えが返ってきた。お米をたくさん磨き、乳酸を添加したほうがコントロールしやすいが、「コントロールできすぎちゃうと、つまらなくなってくる」という立川はあえて難しさを求めていく。

「高精白にしてお米を削れば削るほど、成分が似てきますので画一的になってしまう。逆に削らなければ削らないほど、お米の味を最大限に引き出すことができる一方で、ミネラル、タンパク、脂質が多いので、お米も麹や酵母もすべてがコントロール下に置きづらくなってくる。でも、そのほうが“農的なコントロールしづらさ”があり、お酒を造っていて楽しいんです」。大学入学当初は農業系の学部で生物学を中心に履修していたという立川らしい言葉だった。

「それに…」と立川は続ける。「コントロール下に置きすぎると、自分の限界が酒の限界になってしまいますが、コントロール下に置かなければ置かないほど、自分の限界というか自分のイメージを超えてくれる可能性もある。もちろん下がる可能性だってありますけどね」

乳酸を添加しない代わりに、多くの酒は白麹か乳酸菌を使って酸性の環境を作っているため、軽快な酸の味わいも特徴だ。

「理論的にアルコールが低いほうが、酵母の死滅量が減るのでオフフレーバー(編注:酒本来のおいしさを損なう香り)が出にくい」という理由で、ぷくぷく醸造の酒のアルコール度数は高くても14度。特にクラフトサケにはホップの柑橘感があったり酸の高い白ワインのような風味があったりして、普段日本酒を飲まない人にも親しみやすい味わいだ。

福島県南相馬市小高区にクラフトサケブリュワリーを立ち上げることになった。2024年夏をめどに稼働予定だが、クラフトサケブリュワリーでは造ることができない日本酒だけはこれからもファントムブリュワリーとして活動していくという。半クラフト半ファントムのブリュワリーとして、立川の冒険は続く。

文=柏木智帆

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2023.09.09

チームで勝ち取った栄冠 全日本最優秀ソムリエに野坂昭彦氏

野坂昭彦ソムリエ(撮影:福山楡青)

8月末、目黒雅叙園で、日本ソムリエ協会主催の全日本最優秀ソムリエコンクールが開催された。第10回となる今大会で栄冠を手にしたのは、マンダリンオリエンタル東京の野坂昭彦氏。準優勝は、前大会も同位で健闘したコンラッド東京の森本美雪氏、第3位には26歳の新星・ロオジエの中村僚我氏がくい込んだ。
ファイナリストの4選手。右から、中村僚我氏、森本美雪氏、野坂昭彦氏、Justin Ho氏(マレーシア)

ファイナリストの4選手。右から、中村僚我氏、森本美雪氏、野坂昭彦氏、Justin Ho氏(マレーシア)


ソムリエコンクールは世界大会を見据え英語で行われ、決勝では、観客が見守るなか、勝ち抜いた上位4選手が舞台上で難易度の高いサービスやテイスティングの課題を制限時間内にこなしていく。今回筆者は、仮想客として審査に関わり、各選手のパフォーマンスを間近で見る機会を得た。張り詰めた空気の中、これまで培ってきたものを出し切る選手たちの姿は清々しく、また感動的だった。

その中でも、滑らかな立ち回りと周りへの配慮でサービスパーソンとして群を抜いていたのが、優勝した野坂氏だ。今回で6度目の挑戦。20代後半に初めてソムリエコンクールに出場し、この時は予選敗退だったものの、同世代の仲間が優勝する姿に刺激を受け、努力を続けてきた。

3回目の出場で準優勝まで迫るが、4回目は3位、そして前大会では6位に順位を落とし、「やめようかと思った」と野坂氏。それでも優勝するまで踏ん張ったのは、「終わった人になるのが嫌だった。そして、自分のチームのソムリエたちが出場するのに、先輩として背中を見せないと説得力がないと思った」からだ。
マンダリンオリエンタル東京のソムリエチーム

マンダリンオリエンタル東京のソムリエチーム


今大会、野坂氏が勤務するマンダリンオリエンタル東京からは、若手の池田大輝氏と山本麻衣花氏も出場し、全員がセミファイナルまで進むという、チームとしても快挙を成し遂げた。自身を「プレイング・マネージャー」という野坂氏だが、忙しい仕事の合間に、皆でテイスティングの特訓をするなど切磋琢磨し、また後進を育ててきた。優勝発表が行われた直後、舞台袖で、上司である野坂氏の勝利をチーム皆で喜んでいる姿が印象的だった。

今大会では、現世界チャンピオンのレイモンズ・トムソンズ氏をゲストとして招聘し、また、初めてアジア・パシフィック地区の招待選手が参加し、国際的な装いとなった。

優勝の熱も冷めやらぬ中だが、野坂氏は既に、2025年に開催されるアジア・ パシフィック 最優秀ソムリエコンクールに焦点を当てている。今回の全日本優勝者として出場権を得たが、「最大かつ最後のチャンスとして万全の準備で臨む」と意気込む。

今大会の総指揮を担当した日本ソムリエ協会副会長で、日本代表チームのコーチ役でもある石田博氏は「コンクールの目的は順位をつけることで、やはり勝つことに意義があります。負けると、これまでの自分を全否定されたような気持ちになり、とてつもなく悔しく、失望します。しかし、目標に向かい、犠牲を払い、同じ志をもつ人たちと切磋琢磨し、研鑽を積む。何よりコンクールを機にそんな同士と繋がりを持てるのは、成功以上に素晴らしいことで、コンクールのような競技ならではの大きな意義になるのです。」と語る。

1995年に、日本人として初めて田崎真也氏が世界最優秀ソムリエコンクールで優勝して以来、世界王者は出ていない。日本のソムリエのレベルの高さは国内外で認知されているが、今後世界を舞台に、日本のソムリエが栄冠を手にする姿を見るのを心待ちにしている。


島 悠里の「ブドウ一粒に込められた思い~グローバル・ワイン講座」
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文・写真=島 悠里

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