第2話 VSコンビニ強盗

 学校が終わり、頼人は高校の敷地を出て青浜市の街を歩いていた。

 青浜川という大きな運河の岸と海に面している青浜市は、海産物で有名な都市だ。頼人は屋台でサラダ天という野菜と魚のすり身を練ったものを購入し、はんぺんのようなそれをかじった。玉ねぎのシャキシャキした食感が程よいアクセントになっていて、頼人はこれがお気に入りだった。


(少し見ないうちに人の世はだいぶ様変わりしたな)

(葛篭姫が箱に入れられたのは徳河将軍の時代の最初の頃だろ? 五〇〇年も経てば、そりゃあな)

(人間どもの進歩の速度には呆れるな。お主らの欲は止まることを知らん)

(葛篭姫も食えればよかったんだけどな)


 そう言うと、頼人の口が勝手に動いてはんぺんをかじり取っていった。意思とは関係なく咀嚼が始まり、味覚がいつもより鈍くなる。そうして飲み込んで、腹に溜まる感覚は同じだが……何かが違っている気がした。


(何ししたんだよ)

(口と味覚を借りた。ふん、練り物自体は知っておるが、最近のは味に色気が出ておるな。口ばかり肥えておるわ)


 いちいち偉そうなんだよなと思いつつ、頼人は残りのサラダ天を食べ切った。竹串を側のゴミ箱に入れて、街をぶらつく。

 いじめから解放された——その喜びと、そして本当に終わったのだろうか? あっけなくないか? という不安が、鎌首をもたげていた。


(男のくせにうじうじするな。胸を張って肩で風を切れ。せっかくいい体をしておるのだから)

(わかってるよ。っていうか、風呂入ってる時寝てろって言っただろ)

(お主は寝ろと言われてすぐ寝れるのか)


 頼人は遠野武闘流という武術を身に修めるにあたって、幼い頃から鍛えている。実際に喧嘩をすれば、熊谷程度瞬殺だが、元々の穏やかで争いをあまり好まない気質がナヨナヨした雰囲気を醸し出してしまい、ナメられるきっかけとなってしまったのだ。

 なのでカッターシャツ一枚脱げば、その下は筋肉に張り付いたタンクトップが一枚、ぴっちり食い込んでいる。顔立ちも、髪の毛をもう少しどうにかすれば女性から声をかけられるだろう。今はなんというか、もったりしたたぬきのような印象が拭えない。本来は狐的な、ワイルドな外見にもなりそうなのだが。


(若造、あれはなんだ)


 ぐん、と右手が動いた。指し示したのはなんてことない、ただのコンビニ。


(コンビニ。八百屋とか画材屋とか、薬屋とかお菓子屋とか、氷屋とか……なんか色々一緒になってまとめたようなところ)

(面白そうだな。入れ)

(何も買うもんないんだけど)

(いいからいくぞ)


 五〇〇年ぶりの現世。葛篭姫は楽しみで仕方ないらしい。まあ、頼人にも勝手に葛篭を開けた責任がある。付き合える範囲なら付き合ってもいいだろう。

 横断歩道や信号機、車にもいちいち反応する葛篭姫にあれこれ説明しながら、頼人はコンビニに入った。

 鹿角を生やした、服を着るのに難儀しそうな鹿妖怪が挨拶して出迎えてくれる。彼らはファスナーやボタンで前開きする服を好んで着るというが、それはやはり角が理由だろうと思う。

 彼らの角は薬の材料にもなり、落ちたものを買い取る業者もいた。龍族の鱗と同じように、生きているだけでちょっと小遣いをもらえるのだ。


 それはさておき頼人は店内を見回った。客がまばらにいる。作業着のおじさんに、スーツ姿の女性。

 漫画——それ自体の説明は、昨日の夜した。頼人の部屋で、絵画に台詞やらをつけて物語にした本だと言ったら、興味を持っていた。

 飲み物や食べ物に関しては、容器の説明が主である。薬についても、入れ物の説明で戸惑った。


(おい、このコンドームというのはなんだ。〇・〇一? なんのことだ)

(それは俺にはまだ無縁だよ。よく知らない)

(本当か? 誤魔化してないか?)

(それよりもうよくないか? 適当に飲み物だけ買って帰ろうぜ)


 頼人はドリンクコーナーに移動した。飲み物を選んでいると、


「動くんじゃねえ! 金を出せっ!」


 突然、そんな大喝が響き渡った。

 頼人は慌てて身を低くし、棚に隠れる。


(おいなんだ今のは)

(強盗だよ、関わらない方がいい)

(止めはせんのか。お主なら止められるだろう)

(正義の味方じゃないんだよ俺は!)


「早くしろっ、手当たり次第、殺してくぞッ!」


 奥歯を噛んだ。足が震える。

 なんのために武術を学んだのかわからない。それでも、こうして弱くて情けないのが自分だ。感情的にならないと、体が動かない——。


「やかましい! その舌千切って豚の餌にしてくれるわ!」


 頼人の口が、勝手に動いていた。


(馬鹿っ!)

(うじうじするなと言ったはずだ若造。お主がナメられるということは妾が下に見られるも同然。天下の葛篭姫が下に——)

(うるさいよ! 少しは力を貸してくれるならまだしも——)


 ズカズカと、強盗の男がやってきた。

 頼人は咄嗟に棚の酒瓶を掴んで、不意打ちを決める。裏拳の要領で振るった酒瓶を、強盗は肘を立ててブロックした。

 破砕音と舞い散る焼酎。ツンと香る、アルコールの匂い。


(ほう)

(素人じゃない!)


 男がナイフを逆手に、鋭く踏み込んできた。頼人は左手の甲で相手の右手首を弾き、右手で相手の肘を押し込んでその体を肩を支点に回転させ、姿勢を崩す。

 剥き出しの左脇腹に左のレバーブローを打ち込む。間髪入れず右のアッパーカットを鳩尾へ加え、左の前蹴りで押し飛ばした。

 しかし強盗は優れた体幹と体捌きで転倒をまぬかれ、数歩たたらを踏んで踏ん張った。


「なんだ小僧、格闘技習ってんのか」

「そういうあんたこそ」

「なら、これじゃあ埒が開かねえか……邪魔さえしなきゃよかったのにな。でも、これをこなせば俺も晴れて『呪術師』だ!」


 男が刀印を結んだ。

 頼人も瞬時に刀印を結び、結界を張る。


「くそっ」


 形成された青白い膜に、相手が放った衝撃波が激突。凄まじい威力に、一撃で結界に大きなヒビが入った。

 熊谷の妖力球のような、妖力を圧縮しただけのそれとは違う。なんらかの属性が付与された、立派な妖術だ。

 衝撃の余波で商品が吹っ飛び、繰り返し男は刀印を振るった。放たれた半透明の波打つ衝撃が結界を打ち砕き、腕をクロスして顔面をガードした頼人が吹っ飛ばされ、ドリンクコーナーのドアに激突。

 ガラスが割れ、頼人の体を冷気が包み込む。


「がふっ」

(若造! 攻撃しろ、防戦一方では負けるぞ!)

(攻撃術なんて習ってないよ!)


 男が目の前でもう一度刀印を振ろうとした。

 頼人はなんとか跳ね起きて、相手にミドルキックを叩き込む。が、結界で防がれた。


(刀印に妖力を集中し、火の玉をイメージしろ。余計な効果は今はいらん。火の玉でいい)

(火の玉……)


 相手が刀印に妖力を集中。頼人も、右手の刀印に妖力を集中した。


(火の玉……!)


 振る。

 打ち出された衝撃波と、そして黒紫色の火の玉。鬼火のようなそれが激突し、相殺された。


「何っ⁉︎」

「はぁっ、はぁ……」


 頼人は初めて使った攻撃術に、緊張と疲労で口の中がカラカラに乾き始めていた。

 その様子を見て勝ちを確信する男だったが、そのとき——。


 コンビニに、ひんやりと冷気が満ちた。それはドリンクコーナーから漏れるものではない。

 直後、パキパキと男の靴が凍る。


「なんだっ、この——」


 そこへ、刀を手にした青髪の男が現れた。素早くそれを強盗の首筋に擬する。


「動くな。動けば首を落とす」


 ゾッとするほどの美貌の、鬼男。その後ろから白装束の、青白い肌に水色の髪をした雪女が現れた。


「子供の前ですよ。怖がらせるべきではありませんわ」


 雪女がうっそりと微笑むが、その微笑みも底冷えするほどに恐ろしいものだった。

 頼人は内心で、退魔師だ、と呟いた。


(退魔師……)


 葛篭姫が反芻はんすうし、それから頼人は気が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 雪女がそばにやってきて、額にひんやりする手を当ててくれる。


「ひどくほてっておりますわね。舞呑ぶてん様、救護班の用意をしてよろしいでしょうか。妖力疲労ですわ」

「構わん。ついでに車も二台呼べ。こいつを牢に打ち込む。そっちのガキも、様子を見て事情聴取だ」


(若造、わかっておるな)

(余計なことは言わないよ)


 頼人は厄介なことになったと思いながら、息も絶え絶えにそう応じた。

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