第2話 喧嘩別れ

 学校で喧嘩して帰ってきた。ライネルはその曲解した事実を信じ込んでいる両親と口を利く気はなかった。義理の親。養父と養母。衣食住を提供してくれていることは感謝しているし、将来その分を返す気だ。だが『投資』に対する『返済』が終わればさっさと縁を切るつもりだった。

 だから、ドライな関係でいい。プライベートにまでずけずけ土足で入ってきて、あまつさえ間違いを信じ込んでそれを事実として振る舞う厚顔無恥を近づけて欲しくなかった。


「どういうことなんだ、説明しなさい」


 養父の、ダークエルフがそう言った。名前はちゃんとある。だが、その名で呼ぶ気も父と呼ぶ気もない。あんた、で充分だ。ハーフエルフの養母も同様である。


「いつまで駄々をこねる気だ。同級生を殴ったって? 言い争いになって、それで。幾つになったと思ってる。もう十七だろう。考えて行動しろとあれだけ——」

「前後の文脈も調べないのに俺を悪役扱いかよ。やっぱあんたらは孤児を拾ったっていう世間体の良さに酔ってるだけなんだな」


 二人は黙り込んだ。


「ダンマリか? 散々言ってんだろ。高校なんていつだってやめてやるってよ。俺はお前らみたいな偽善者が大嫌いなんだ。馬鹿馬鹿しい。お前は息子だから投資しているんだだと? ふざけるな、本当に息子だと思うんならそんな言い方するか。俺はお前らのペットでもなきゃ資産運用されて転がされてる土地でもないんだよ!」

「ライネル、いい加減にしないか」

「それはこっちのセリフだクソ野郎。お前らの偽善に付き合う気はない。出ていく。投資分は、……借金はきっちり揃えて返済する」


 養父がライネルの肩を力強く掴んだ。待ちなさい、と怒鳴られた拍子に、ライネルの中で危うい綱渡りをしていた怒りの感情が膨れ上がり、気づけば拳を握っていた。

 左手の握り拳が、養父の頬を打ち抜いた。体格のいい、デミヒューマンのライネルの拳打である。角を持つことからオーガ族、場合によってはドラグオン族の血が入っている彼は、常人より力が強い。

 養父は姿勢を崩して壁に背をぶつけ、飾ってある額を落とした。へたり込んだ養父に、養母が「ああ……!」と縋り付く。


 ライネルはやってしまった、と思った。怒りの波が引けば待っているのは底知れぬ罪悪感と焦燥感、そして己に対する自己嫌悪だった。こんなはずじゃなかった、畜生。そんな後悔が次から次へと浮かぶのに、なぜか謝罪は浮かんでこない。だからこそ尚更、自分が嫌になった。


「こんな子供預かりきれないって、警察に言えばいいだろ。荷物まとめてくる」

「警察に突き出す気はない。でも、世間勉強が必要だ、お前には。……ライネル、お前を勘当する。出ていきなさい」

「そのつもりだ、クソ野郎」


 やはりこいつらは体裁を愛している。警察沙汰にしたくないから、穏便にゴミを捨てることにしたのだ。

 ライネルはクソ、と吐き捨て、部屋に戻った。荷物といってもそう多くない。着替えやラップトップをトランクケースに突っ込むだけである。

 その間、なぜか妙に泣きたくなって、意味もなく叫んで喚き散らしたかった。なぜ自分だけが、というままならない現実に対する怒りと失望が、次から次へと浮かぶ。

 人のせいにしたって、無い物ねだりしたって状況は変わらない。それは知っている。どんな本にもそう書いてあるし、メンタリストを自称するインチキどもだって言っている。つまりそれは、口八丁で丸め込むペテン師が常套句にするほどの事実だということだ。

 ケースを引っ掴んで、預金残高五万ソルヴのマネーカードが入った財布をポケットにねじ込む。

 階段を降りると、養父が一枚のメモ用紙を渡してきた。


「なんだよ」

「ここに、知り合いの会社がある。多分お前には向いた仕事だ。気が済んだら、帰ってきなさい」


 違う、本当は養父は、今だって父として振る舞おうとしている。そのはずだ。だからこそここまで手を尽くしてくれているのだし、優しい顔をしている。

 それでも意地を張って素直になれないライネルは、紙だけ乱暴に受け取って、養父を押し除けた。無言でワークブーツを履いて、ライネルはさっさと家を出て行った。


 夜八時のエーリック市の住宅街を、車が走っている。野良猫がブロック塀の上を歩いて、ライネルはそれを尻目にひとまずここから離れたくて駅に向かった。

 改めて街灯を頼りにメモ用紙を見ると、そこには『グロンダール・アストラベンジャー事務所』とある。ここから隣の領にあり、河口部の港湾都市ポートシアンベル——シアンベル市だ。

 領間横断鉄道にも乗る必要がある。今の貯金ではほぼ片道となるが、仕方ない。ライネルは腹を括った。

 アストラベンジャー事務所で働くことには、恐怖よりも興味が勝った。確かにあの仕事は、ライネル向きである。


 ふと養父は、高校卒業後の進路としてここを紹介するつもりだったんじゃないかと思った。

 だがあれだけ酷いことをして、口に出して飛び出した自分が今更戻っていくことなんてただのギャグだ。それに、まだ腹落ちしていない部分だってある。

 いずれにしても、行動しなくては——ライネルは顔をぱしん、と打って、歩き出した。

 九月の終わりの、夏を終えて涼しくなってきた夜風は火照った体に心地よかった。

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見切り版:星骸漁り 橘寝蕾花 @RaikaRRRR89

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