見切り版:星骸漁り

橘寝蕾花

第1話 アストラベンジャー

 誰だっていつかは選択を迫られる。人生を左右するような選択を。

 望もうが望むまいが、準備ができていようができていまいが、ただその瞬間は誰にでも残酷なほど平等に訪れる。生きている限りは、おそらくは何度も。

 ライネルの場合は、成り行きで。

 でも、決断は自分の意志だった。

 だからきっと、その生き方は間違ってなどいないはずだと、そう思うようにしていた。


×


 アストロン・コアを励起した。手にした長剣にアストロンが行き渡り、アストライト・チタン合金のブレードが微かに発光する。

 星骸鉱アストライトから得られる膨大なエネルギーである『アストロン』。それを効率よく攻撃に用いる武器であるアストライト・ギアは、まだ手に馴染まない。

 ライネルは青紫の髪を靡かせて、廃村に巣食う敵性幻獣を睨んだ。


「四等級幻獣・悪猿モンタド、四体。目算体重三十キロ、一四〇センチ弱……」


 相手の外見情報を口に出して、耳に馴染ませた。情報は形にすると整理しやすい——上司に言われた言葉だ。焦茶色の体毛に、顔には白い顎髭のようなものが生えている。テナガザルのような腕を振って、踊っているようにも何かの手話をしているようにも見えた。

 ライネルはカーゴパンツの腰に巻いてある手榴弾を一つ、左手で掴んだ。モンタドたちはまだこちらに気づいていない。まずは一体でもいいから削る。


 家屋の陰に入り、ライネルはすぐさま裏に回って敵に近づいた。相手は廃屋の周りを彷徨いて、二匹が屋内で何かを貪っている。事前情報が確かなら、ここには数人キャンパーがいた。彼らの救難要請が依頼の発端である。であれば、彼らが食べているものは——。

 点火ピンを歯で噛み、抜いた。親指で安全レバーを外して投擲。屋外の一体が落下してきた楕円形のつるりとしたそれに気づき、キィーと奇声をあげた。警戒のつもりであっただろうそれは、きっかり四秒後に炸裂した手榴弾の爆発にかき消される。


(よし)


 手榴弾がもたらしたに、ライネルはほくそ笑んだ。

 封入してある過冷却水がモンタド一体を氷漬けにし、もう一体の足を巻き込んでいた。隠れていた家屋の陰から飛び出したライネルは、愛剣を振るう。刃渡り七十センチ強のそれが、足を凍結されて動けないモンタドのブラッザグエノンのような顔にブレードを叩きつける。

 高エネルギー化したアストライト・チタン合金の刃が相手の皮膚と骨を切り砕き、脳髄を粉砕した。圧力で目玉が飛び出して、耳から脳みそが吹き出す。

 血飛沫をあげて地面に沈んだ個体から視線を外し、すかさず戦闘態勢に移ったモンタドに警戒。ライネルは剣を軽く振ってオクス——視線と水平に、切先を相手の目に向ける構えを取った。極東剣術においては上段霞とも言われる構えである。


 相手が動く。

 一匹目の、顔に向かって飛びかかってくる攻撃を屈んで回避し、二匹目の殴打を柄頭で弾き飛ばす。三匹目、鋭い牙を剥いた噛みつきに対し、相手の剥き出しの口腔部に切先を押し込んで、ねじ込み、喉まで貫いた。ぐるりと手首を返して刃で傷口を抉ってから、脳天へ向かって刃を振り上げる。

 すぐにハーフターン。二匹に向き直る。一瞬、今しがた殺した三体匹の向こうに人間の食いさしが見えたが、無視した。今はそれについて考える時間ではない。余計なことを考えていれば、自分がたちまちこいつらの食卓に並ぶことになる。


「ギ、ギ」「キィー!」と鳴き交わし、モンタド二匹が襲いかかってくる。

 さっきよりも速い。仲間を三匹失った怒りだろう。ライネルは「ち」と舌打ちして右に転がる。半ば腐ったスツールが巻き込まれたが無視。即座に立ち上がって、目の前に拳が見えて剣の鎬で受け止めた。ガン、と鈍い音。刃以外は軽量化のため、複合繊維素材で作られている。頑丈ではあるが、何度も攻撃を受けられるものではない。

 衝撃を逃すように後ろに転がり、すぐさま立つ。何度か軽く跳んで、鋭く踏み込んだ。


「シッ」


 鋭い呼気が口の端から漏れる。青く発光する刃が下段から擦り上げられ、両腕を振り上げていたモンタドの股間に食い込んだ。毛皮に隠れている男根が切り潰されたのか、それともそいつがメスでヴァギナを切られたのかはわからないが、この世のものとは思えない絶叫をあげた。

 そのまま真上へ切り上げて切り飛ばすと、最後の一匹を睨んだ。


「ギィーッ!」


 拳をブンブン振るい、出鱈目に殴りかかってくる。ぐるぐるパンチとは随分と懐かしいことをする——ライネルは呆れつつも冷徹に、右斜前方へ踏み込んで相手の側面に回り込み、表切上軌道に切り上げた。

 腕が半ばから宙に舞い、赤黒い血が迸る。さらに念を入れ、とどめの一撃。素早く繰り返し、袈裟に振り下ろした一太刀で首を切り落とした。

 間欠泉のように噴き出す血液を浴びぬよう数歩下がって、モンタドの死骸が倒れるのを待った。

 ビクビク痙攣するそれが、糞尿を撒き散らしながら頽れる。ライネルは剣を血振りし、アストロン・コアの回転数を落としていく。アストロンの供給率が落ちた刃が、徐々に光を失っていった。


「死体は……一つ。モンタドは骨を埋めるらしいから、残りはどっかに埋まってるんだろうな。どっちにしてもこっからは警察の仕事だ」


 ライネルは食い荒らされた女性キャンパーのズボンを漁り、その中の携帯端末エレフォンを取り出した。これを遺品として提出すれば、依頼主もどういう結果になったのかがわかるだろう。遺品が見つからなかったとか、曖昧な報告で期待させるよりずっといい。

 十七歳の若者とは思えない、どこか世間に対し荒廃したような顔でライネルは死体から離れた。

 それから腰のピストルを掴み、信号弾を打ち上げる。


 アストラベンジャー——星骸漁せいがいあさり。

 星骸鉱アストライトを漁り、そこから発生したとされる幻獣を狩り、アストライトを犯罪に用いるものを制圧する便利屋。

 ライネルが、本来高校に通う年齢でありながらこんな荒っぽい仕事をしているのには、理由があった。


 迎えが来るまでの間に、ライネルはこうなる経緯をゆっくりと反芻し始めるのだった。

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