一着の景色
筆が乗って書き進めたので、初投稿です。
福岡県の地方トレセン生が母親との約束を果たすために中央のトレセンを目指しますが、トレーナーと意見が合わず……
トレーナー目線で書いております。テキトーすぎて読みづらいかと思いますが、暇つぶしにどうぞ。
福岡県には地方競馬場が存在しませんが、過去に福間競馬場が現在の福津市に存在していたので、イメージ的にはそこです。
福岡はよかぞ。修羅の国なのは否定せんが。
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夜風を浴びに来た。郊外にいかないとあまりにも煩い。
せっかく心のフィルターの掃除に来たというのに。要らない情報が入ってしまっては、いつか壊れてしまう。
11月だというのに、夏はまだ次の季節に席を譲らないらしい。若干生温い風が熱を帯びて紅く、腫れ上がった僕の左頬に触れた。
ウマ娘から頬を叩かれて、意識を保っている自分を誇りたい。
些細なことなのだが、子供のようにこちらも彼女に当たり散らしてしまった。
担当のウェスタリアと喧嘩した。
『府中のトレセン学園に編入したい』
トレーニング後、トレーナー室で彼女は切り出した。
彼女の夜空のような青い瞳は真っ直ぐ、ジッと僕を捉えている。推薦状はクシャクシャになっていた。明らかに何度も書き直している。
「トレーナーさん、私には今しかないんです!」
僕は紅茶を胃に流し込んだ。彼女に対する負の感情とともに。意を決して彼女の瞳を見ながら極めて冷静に、そして厳しい現実を突きつけた。
「正直、レース戦績で落とされると思う」
彼女の眉尻が、目尻が下がる。
「確かに、君は一生懸命にレースに臨んでいる。それは誰が見ても明らかだ。ただし、中央のトゥインクル・シリーズは今以上に厳しい」
唇を噛みしめ、肩を小刻みに震わせて、彼女は声を振り絞る。
「でも……、お母さんと約束したから……」
あぁ、そうだった。彼女は母親との約束を果たすために、ここで走っていたんだった。叶えたい。
頭の中では、もう一人の僕が必死に叫んでいる。
『叶えたい、喜ばせたい。悔しい、オマエはいつもそうだ』
「スカウトした時にそう話してくれたことは覚えてる。でも、それとこれは話が違う。少なくとも今君を送り出しても結果は――」
そう言いかけると、彼女の思いと願いが爆発した。
「じゃぁどうすればいいんですかっ?!このまま地方でくすぶって、お母さんに、おかあさんに……!」
大粒の涙が彼女の渡したクシャクシャの推薦状に吸い込まれていく。
しかし僕は食い下がらなかった。
「いいかい?君が今、中央に編入したところでお母さんとの約束を果たせるのかい?」
「そんなっ、ことっやってみなくちゃ……!」
嗚咽混じりに、顔を伏せて彼女は訴えかける。
一旦頭を冷やそう、そう考えた僕は席を立ち、部屋を去る準備を始める。
「もう一度考え直してほしい。中央に編入しなくても、他に方法はあるから」
と言い切ったところで叩かれた。
よく耐えたと思う。正直歯が欠けたと思った。
しかし、欠けていたのは、ウェスタリアに対する配慮だったことを今更気づくのだから、つくづく自分の愚かさを恨んだ。
頬を叩かれ、大声で『中央に行く!』と泣き出す彼女に、愚か者である僕はなんと言ったか?
『じゃぁ勝手にしろ!こっちの苦労も気持ちも知らないで理想だけ押し付けるな!!』
年頃の女性にかける言葉としては最悪だ。多分ウマッターでそんなことを呟いた日には大炎上するだろう。
「サイテーなやつだ、俺は」
自己嫌悪だとか罪悪感だとか、そういった黒い感情の波が、打ち寄せては自分の自信を削っていく。
騒ぎを聞きつけた他のトレーナーと彼女の同級生たちがやってきて、逃げるようにその場を離れた。同僚には『海を見に行く』とだけ連絡を入れた。
最近、ウェスタリアの母親が亡くなった。それから結果が振るわなくなっていく彼女を、せめて走っているときには苦しくないようにと、自由に走らせた。
それでも結果は変わらなかった。
むしろ悪化していく。この間のレースでは走行妨害で降着が言い渡された。
追い打ちをかけたのはレース後のインタビューだ。
クソッタレのマスゴミ共は寄ってたかって彼女を責め立てる。『そういう指示があったのか』だの、『成績不振だからそういうことをしたのか』だの。
君じゃない。悪いのは彼女に何もしてやれない無能な僕の方だ。何度も彼女にも、自分にも言い聞かせた。
『お母さんに見せてあげるんです!お母さんが見れなかった一着の景色を、私が見せてあげるんです!』
『えーっ?!ここじゃ無理なんですかー!?』
『中央に編入することができれば叶えられる?じゃぁ、ここで一着を取りまくればいいんですね!!』
ウェスタリアの走りを初めてみたときのことを思い出した。
風も音も、時間ですらも長く、長く感じて。
彼女だけしか見えなかった。彼女しか見れなかった。
綺麗だった。踊っているかのように優雅で、激しい川の流れのように激しく強い走り。
たったの数分間が何時間にも、何日にも感じられた。ずっと彼女の軌跡を追っていた。
「綺麗だよな、ウェスタリアって……」
ぽつりと砂浜に向かって呟く。聞いたことのある声が、若干の気恥ずかしさを含ませて後ろから聞こえた。
「それ、面と向かって言えませんかね?」
振り返れば、ウェスタリアがいた。青みがかった長い黒髪が月に照らされて輝いている。
呆気にとられる僕をよそに、彼女は続けてこういった。
「推薦状、捨てといてください。私にはもう必要ないから」
泣きはらした目。頬には涙の跡。そして力なく笑う僕の愛バ。
『サイテーだ。ボクはサイテーだ。』
もちろんだとも。僕はサイテーだ。
『あのコの夢すら叶えられないサイアクの男だ』
あぁ、そうかも知れない。ただ、まだ決まっちゃいないけども。
僕はカバンに入っていたクシャクシャの推薦状を取り出した。
「そうだね、この推薦状じゃ書類選考で落とされちゃうよ」
やっぱりなと彼女はそう思っただろう。
「だから、もう一度書き直そう。君の夢を叶えるために」
困惑するウェスタリア。そうだ。彼女に『お母さんに一着の景色を見せてあげる』ことこそが僕の使命だ。
「確かに君は理想だけ押し付けて、現実なんて見なかった」
「すまなかった、思い出したんだ。」
頭を下げて、彼女に謝罪する。
「ただ、意味もなく現実を見るのはキツいことだと。だから、君の見るキツい現実は代わりに僕が見る。君は理想を見て走ってくれ」
さっきのように唇を噛みしめて、肩を震わせている。でもウェスタリアは、僕をまっすぐ見てくれる。
「あんなことの後で、僕の言うことなんて信用できないだろうけど……」
「でも、僕しか出来ない。絶対に君を中央に送り出す。何が何でも、絶対に」
彼女は俯いた。そして涙を流して、微笑みながら頷いてくれた。
あれから季節が1周したあと、ウェスタリアは晴れて中央の編入試験に合格した。
戦績も上々。これで中央でも十分に戦える。
二人で大泣きしたり大笑いしたり、飛んだりはねたりして喜んだ。
あんまりにも騒がしかったので、お叱りを受けたのは言うまでもない。
3月の小倉駅。上りホームには沢山の人がいた。
「じゃ、ウェスタリア。向こうでも頑張ってね?」
「はい!すぐにでも1着を取りますよ!」
今のウェスタリアはとても輝いている。もしかしたらトゥインクル・シリーズで無双するかもしれない。
「トレーナーさん、私また戻ってきますから!」
「うん、期待して待ってるよ」
さあ、行くんだ。その顔を上げて。終わりなき旅へ。
発車メロディーがそう背中を押して、彼女は中央のトレセンへ出発した。
後日談と言えば、レース後のインタビューで僕のことを聞かれると、やけに顔を真っ赤にして『大切な人です……』と答えていたらしく、それを見た彼女の同級生たちからすごくすごい視線を向けられていた。
いや、何もしてないっちゃが……?