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管理職襲う更年期問題 6300億円の経済損失も

日経ビジネス電子版

女性の活躍推進により、管理職など責任ある立場に就く女性が増えた結果、40〜50代になると訪れる「更年期障害」が、組織として無視できない課題になりつつある。体調不良で十分な能力が発揮できないと、生産性の低下、業務の遅延、ミスなどにもつながりかねない。女性社員の健康問題に目を向けた結果、男性社員にも更年期障害が訪れるリスクがあると理解されるようになってきた。更年期障害による経済損失は6300億円との試算結果もある。社員は企業を成長させるために欠かせない「資本」だ。誰もが働きやすくなる体制の模索が始まっている。

「40〜50代女性は体調管理に苦労していることを初めて知った」「もう少し周りの女性社員の体調管理に気をつけようと思った」――。丸井グループが開催する女性の健康に関するセミナーに参加した男性から寄せられた意見だ。

女性の更年期は一般に45〜55歳ごろ、閉経を迎える前後の5年間に症状が現れる。この時期は女性ホルモンの分泌が減ることによるホルモンバランスの乱れで、心身に不調を来す人が多い。症状は頭痛、手指のしびれ、不眠、イライラ感、ホットフラッシュ、発汗など幅広く、仕事に影響が出るケースも少なくない。

しかし、実際は体調不良を押し通して働く人が多い傾向がうかがえる。厚生労働省が2022年6月に公表した、更年期の症状や医療機関の受診状況などについての調査「更年期症状・障害に関する意識調査」では、50代女性の38.3%が「更年期障害の可能性がある」と考えているが、実際に医療機関を受診した人の割合は11.6%と低い結果だ。「更年期は誰もが経験するもの」「いつかは終わるもの」と我慢し、やり過ごそうとする雰囲気がある問題がうかがえる。

だが症状によっては離職せざるを得ないケースもある。21年にNHKが「女性の健康とメノポーズ協会」や、「労働政策研究・研修機構」などの専門機関と共同で行ったアンケート調査の結果をもとにした試算では、「更年期離職」を経験した人の数は今の40〜50代女性でおよそ46万人となった。この数字をもとに、離職によって収入が減ったことなどによる経済損失を計算すると、約4200億円に上る。

女性活躍推進の結果、管理職など責任ある立場に就く40〜50代女性の数も増えた。それだけに、更年期不調を抱えながら働く社員の増加は組織として無視できない課題となりつつある。離職は無論のこと、体調不良で十分な能力が発揮できないと、生産性の低下、業務の遅延、ミスなどにもつながりかねないからだ。冒頭の丸井グループのセミナーは、このような問題意識のもと進めている取り組みの1つとして開かれた。

健康を推進する3つの取り組み

丸井グループは、社員のうち45%が女性であるため、早くから女性特有の健康課題を組織の中で共有する施策を進めている。同社が推進する「ウェルビーイング経営」の一環で、「職場・制度環境づくり」「リテラシーの向上」「相談できる体制」の3点からアプローチを進めている。

まずは環境作りとリテラシーを向上するため、13年に「ウェルネスリーダー」を設置した。各事業所から一人リーダーを選び、女性特有の健康課題について学ぶ会議に参加してもらう。リーダーはそこで得た知識や情報を事業所のメンバーに広める「伝道師」の役割を担う。選ばれるのは女性とは限らず、男性の場合もある。任期は1年で、続投も可能だ。

ウェルネスリーダー設置の狙いは、更年期障害を含む女性の健康について理解を深めるとともに「自分ごとにしてもらう」こと。職場の同僚の女性が快適に過ごせる環境を整備することは、職場の雰囲気を良好に保ち、自分の仕事のやりやすさにもつながってくる。そのためには、年齢に応じて女性の身体にどのようなことが起こるのか、職場のメンバーが正しく理解する必要がある。

もっとも、最初は女性の健康について理解する重要性を、すべての社員が理解しているわけではなかった。男性の参加率が低かったり、会議で得た情報が事業所であまり共有されなかったりしたという。会議を就業時間内に半日かけて行う点も、理解を得るための障害となった。

小島玲子氏
丸井グループ取締役上席執行役員CWO(Chief Well-being Officer)、専属産業医 医師、医学博士。大手メーカー専属産業医として約10年間勤務。11年丸井グループの産業医に着任、同社の健康経営の推進役となる。21年取締役、23年より現職。産業医としての上場企業の取締役就任は日本初

ようやく取り組みへの理解を得られるようになったのは、開始から6年たった19年ごろ。初めは年2回の会議だったが、17年からは年4回に増やせるようになった。ウェルネスリーダーは自ら立候補するか、打診されて決まるが、最初はある程度の強制力を用いて指名したという。丸井グループの産業医であり、取締役上席執行役員CWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)の小島玲子氏は「伝道師の数を一定数まで増やさないとうまくいかない」と話す。

従業員のリテラシー向上に向けて取り組みを進めてきた丸井グループの次の課題は「相談できる体制」の構築だ。そこで2月にオンラインで健康相談や診療を受けられる仕組みを導入した。相談できる窓口を産業医やオンライン、ウェルネスリーダーなど複数に広げることで、より相談しやすい体制を整備した。小島氏は「体調不良に対して対処法があるならば、行動を起こすべきだ」と強調する。

更年期プログラムで症状改善

「生理休暇」「更年期休暇」など、女性特有の体調問題に応じた休暇制度を設ける企業は増えてきている。最近では、こうした配慮だけではなく、丸井グループのように、課題解決に向けて企業が伴走・サポートする体制を構築しようとする動きも高まっている。

例えば、社員の約半数が女性である日本航空(JAL)は、22年5〜10月にオンライン相談・診療サービスを試験導入した。導入したのはLIFEM(ライフェム、東京・新宿)のオンライン相談・診療サービス「ルナルナ オフィス」。必要に応じて低容量ピルや漢方薬などを処方し、自宅に郵送してもらえる。サービスの利用料は会社負担。月経プログラムと更年期プログラムで各50人ほど募集し、参加者には約半年間、継続的にサービスを利用してもらった。

「更年期プログラム」の参加者に効果について調査すると、「横になって休息したい、1日中寝込むほど生活に支障がある」と回答した人は、実証実験を経て41.7%から20%に減少した。また、更年期に伴う不調があるときは普段の64.7%しか能力を発揮できないという数値だったが、実証実験後は69.4%に上昇。プレゼンティズム(働いていても体調不良などで十分に能力が発揮できない状況)に4.7ポイントの改善がみられた。JALはサービスの本格導入を検討しながら、対象者を拡大してさらなる実証実験を行っている。

更年期問題と向き合うため、メーカー企業がサービス提供に乗り出す動きもある。小林製薬は、更年期障害を支援するTRULY(トゥルーリー、東京・渋谷)と協業し、24年春に法人向けの健康経営プログラムの事業を展開すると発表した。小林製薬の中で協業の中心を担うのは、更年期症状を改善する商品として知られる「命の母」ブランド。1903年に開発されてから、120年間も女性の健康を支えてきた。より多くの女性を支えるため、同ブランドは2021年に「命の母AIお悩み相談」の提供を開始している。いくつかの質問に答えると、症状にあった商品の提案を受けられるサービスで、月に2万人以上が利用しているという。今回のプロジェクトマネジャーである岡幸歩氏は「女性の健康課題は周囲の意識改革と一緒に進めないといけない」と考え、法人向けサービスの展開に挑戦することにしたという。

TRULYは「男女に寄り添うフェムテックカンパニー」を掲げ、更年期の男女に訪れる悩みを解決するため、専門医に相談できるサービスや記事の発信を行うプラットフォームを提供する。協業することで、両社が持つデータをかけ合わせ、より高度なサービス提供を目指す。

更年期は女性だけじゃない

40〜50代女性の健康問題への理解は、良い意味での「副次的効果」をもたらしている。男性にも更年期障害があるのが理解されるようになったのだ。男性の更年期障害は女性のものと同じ仕組みで、男性ホルモンの低下により起こる。症状も女性とあまり変わらず、倦怠(けんたい)感や不眠、ほてりに加え、性欲の低下や勃起不全(ED)などがある。これまではうつ病などと間違われることも多く、更年期だと気づかれないケースもあったという。男性の更年期にも対応するTRULYの二宮未摩子最高経営責任者(CEO)は「ここ半年〜1年くらいで、男性更年期に対する関心が高まっている」と話す。

健康問題について女性が言い出しやすい職場環境を整備した結果、男性も声を上げやすくなったのだ。これは、ダイバーシティーへの配慮が組織全体に浸透した結果、皆が働きやすい職場環境づくりが進んだ好事例と言えるだろう。丸井グループでも、もっと全社員を意識した健康関連の取り組みを進めるため、22年10月には年齢や性別などを意識せず、違いを認め合える組織を作るためのチームを発足したところだ。

前述のNHKの共同調査では、男性の更年期離職数も試算されており、その数は約11万人。経済損失額は約2100億円だという。女性の経済損失額約4200億円と合わせると、およそ6300億円もの経済損失が、更年期離職により発生する計算だ。

これは、今まで見過ごされてきた大きな損失とも捉えられる。人材を企業成長の起点に据える「人的資本経営」が注目される今、企業は社員の健康問題にも向き合わなければならなくなっている。従業員の心身の健康は強い組織の土台でもあり、企業価値向上の行方を左右することが分かってきたからだ。今後ますます深刻化する人手不足の観点からも、対策を講じなければならない課題だろう。会社を支えるミドル世代を襲う更年期問題に真摯に向き合う姿勢が求められる。

(日経ビジネス 藤原明穂)

[日経ビジネス電子版 2023年7月28日の記事を再構成]

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