『ミッション開始だ。惑星封鎖機構が設置している迎撃砲台、これを破壊する』
通信越しにご主人の声が響く。廃棄処分予定だった俺を買い込んでACに乗せるための処置までしてくれた奇特な男。彼の言葉に従い俺達は輸送ヘリから荒野へと飛び出す。
『621、お前は初陣だ。友軍機のサポートに回れ』
その言葉に先行する味方のマーカーを確認する。それぞれには617と619、そして620のナンバーが振られていた。どうやら欠けた618の代わりが俺という事らしい。…それにしても友軍機の支援とは、ご主人も随分と眠たい命令をしてくれる。
「了解、支援する」
そう返事をするのと同時に俺はアサルトブーストを実行、迎撃を警戒し地面を滑走していた味方機を一気に追い抜いた。
『621!?』
心配するなご主人、アンタの大事な飼い犬は俺が全員連れ帰る。アラートが鳴り響き、不格好な砲台から極太のエネルギーが放たれた、だが俺はそれをクイックブーストで避ける。余裕を持って動いたつもりだったがビームの残滓が僅かに装甲を掠めた。ちっ、旧式のジェネレーターとブースターは久しぶりすぎて移動距離を見誤った。
『無茶をするな、621!』
いきなり被弾しかけた俺を心配したご主人がそんな通信を飛ばしてくる。無茶をするな?そいつは先輩方に言ってくれ。攻略用に重武装を施した彼等のACは俺の機体よりも明らかに動きが鈍い。砲台に狙われたら終わりだ、絶対に避けられない。
『動力反応!』
617と記載されたウインドウからそう警告が発せられるのと同時に、着地した俺の前で地面が爆発する。厳密には下に隠れていた大型のMTが土砂を撥ね除けて飛び出してきたのだ。
『っ!特務機体だと!?』
ブリーフィングでは伝えられていなかった機体の出現にご主人も驚愕している様子だ。恐らく依頼を受けた際に伝えられていなかったのだろう。なに、独立傭兵相手の依頼なら良くある事だ。寧ろ施設の襲撃を依頼されたらそれが偽の依頼でACが5機も待ち構えていた、なんて状況に比べれば可愛い方だろう。何よりコイツは弱いしな。
『惑星封鎖機構の特務機体、カタフラクト――』
ご主人が親切にも機体紹介をしてくれようとしていたが、残念ながら悠長に聞いている暇は無い。この構成も使い慣れてはいるが、如何せん頼りになるのがパルスブレードだけなのだ。グレネードランチャーの一本も担いでいれば解説を聞いている間くらい生かしておいてやる事も出来たが、この装備では悠長な事をしていると先輩方に被害が出てしまうかもしれない。飛び出してきたカタフラクトに向かって俺は躊躇無く再びアサルトブーストで接近すると機体をぶつける。凄まじい衝撃に揺さぶられつつも俺は素早く機体を操作し、どう見ても狙ってくださいと言っているような制御ユニットらしきMTを蹴り飛ばす。そして僅かに距離が離れた瞬間、ブレードを振るって切りつけてやる。
『なんだ!?このACは!?』
傍受していた相手の通信からそんな困惑した声がした。特務機体なんて大層な名前を付けられるだけあって、向こうのパイロットは自分の機体に自信があったのだろう。だが悪いな、こっちはお前より厄介な連中を嫌になるくらい相手にしてきたんだ。機体構成が本調子でなくても負ける事は無い。
『データベース未登録!?馬鹿なっ、こんな腕利きが!?』
連続でライフルの弾が当たった敵機の頭部が拉げてもげる。センサーを失ったのが効いたのか、カタフラクトはその動きを止めてしまう。こちらの攻撃による衝撃の累積が機体の姿勢制御能力を上回ったのだ。俗にスタッガーと呼ばれる無防備な状態に陥ったカタフラクトに素早く接近し、俺は再びパルスブレードを振るった。
『コード18っ!不明機体の情報を送し――』
お務めご苦労さん、あんたらに恨みは無いがご主人と俺達の生活の為に死んでくれ。パルスブレードによって切り裂かれた装甲の隙間にライフルをねじ込み連射、敵機はまるで痙攣したかのようにその巨体を震わせると静かに脱力する。
『…特務機体、カタフラクトの撃破を確認。引き続き砲台を攻略しろ』
ご主人がそう言うが、もう趨勢は決まったようなものである。なにせ俺がカタフラクトを相手取っている間に先輩方が防衛ラインを突破しているのだ。あの砲台は強力だがその分射角は限定されている、台座まで接近してしまえば後はなぶり者にするだけだ。事実程なくして青白い放電を纏った爆炎が上がり砲台は沈黙した。
『目標の撃破を確認。皆よくやった』
少し柔らかいご主人の声を聞きつつ、俺は口角を吊り上げた。
それが俺の記憶なのか、それとも別の誰かの物なのか。そもそもこれは記憶なのかすらはっきりしない。ただ解るのはその誰かはいつも621と呼ばれていて、数えるのすら馬鹿らしくなるほどあの星、ルビコン3で死んだという事だ。密航早々に惑星封鎖機構の馬鹿でかいヘリコプターに蜂の巣にされ、現地勢力の運用していた改造採掘艦のビームに撃ち抜かれ、敵の要塞に乗り込めば巨大な戦車モドキにひき殺される。そこを超えても繰り返される死・死・死。その先に待っていたのは奇妙な出会いとご主人の本当の目的、そして残酷な選択だった。おかしい、俺は真面目に仕事をしていただけなのに、いつの間にか大規模災害の首謀者にされていたり、命を拾ってくれた恩人達を裏切って星を救ってみたり、挙げ句銀河に途轍もなくヤバイ戦闘民族な生命体を解き放ってしまったりともう滅茶苦茶である。仕事が終われば纏まった金が手に入って、人生をやり直せるんじゃなかったんですか!?
閑話休題。
ともかく俺の頭の中にはそんな情報が溺れるほど詰まっていて、おかげで新人の身でありながらACを手足のように扱える。まあ主観的に言えば数百年に渡って戦い続けているのだ、その位は出来ても不思議ではない。
「戻ったか」
輸送船のハンガーに機体を固定して這い出すと、ご主人がキャットウォークから声を掛けてくる。飼い犬思いの彼の事だ、初陣で無茶をした俺のことが心配になったのかもしれない。
「心配するなマスター、俺は平気だ」
ぶっちゃけカタフラクトなんぞ封鎖機構の機体の中では雑魚である。撃破依頼なんか来た日には嬉々として装備のカタログなんぞを開いてしまうくらいだ。だがそんな俺の気持ちは伝わらなかったようで、ご主人は苦しそうな顔をする。そしてそれを黙って見ていない者がいた。
「ちょうしにのるな、しんいり」
後ろからした声に振り返ると一人の少女がこちらを睨んでいた。
「ずいぶんとうでにじしんがあるようだが、そのまんしんでえーしーのりはかんたんにしぬぞ」
パイロットスーツを着込み、胸元にはハンドラー・ウォルターの部下を示すハウンズのエンブレムに617の文字。どうやら彼女が俺の先輩の一人らしい。
「マスター、これは?」
実は今回が初任務である上に、俺はギリギリにねじ込まれたから先輩方と生身で顔を合わせるのは初めてだったりする。通信でも高くて舌足らずなしゃべり方だとは思っていたが、何せ強化人間はその辺りが全く信用出来ない。個人の特定を避ける為なのか通信画面は基本的にエンブレムだし、声だって声帯が機能していない奴が適当なボイスデータを使っている場合もあるのだ。まあ、極希に目の前の先輩のように本物の場合もあるのだが。
「…お前の僚機の617だ。暫定ではあるがハウンズのリーダーも務めて貰っている」
その言葉に俺は嫌な予感を覚える。AC乗りなどというのは基本的に粗野で自己中心的な奴が多い。まあ銃をぶっ放して人殺しで飯を食おうなんて連中なのだからある意味当然とも言えるが、そんな連中だからこそ実力と同じくらい容姿も重要だ。端的に言えば儚げな美少女なんて人種は無条件でなめられてしまうのである。だから能力があろうと大抵リーダーなんかにはされない。
「ウォルター、お腹すいた」
「ごはんー」
俺の想像を肯定するかのように、617の後ろからこれまた美少女が現れる。アルビノのような白い肌にプラチナブロンド、光の加減で色を変える光彩が更に彼女達を幻想的な存在へと引き立てる。尤もその口から出た言葉は年相応の欠食児童のそれであったが。
「おまえたち!」
「619、620もご苦労だった。食事はダイニングに用意してある」
「ますたーも!」
成る程、ご主人は人が良いだけで無く致命的な買い物下手なようだ。どうせ彼女達もご主人が買わなければ変態趣味の玩具か部品取りにでもされていたのだろう。あと617は苦労人だ、間違いない。
「マスター、行ってくる」
そんな風に納得していると俺達と入れ替わるようにまた似たような少女がハンガーに現れた。胸元のナンバーは618、その数字に強い不快感が込み上げてくる。
「ごす…マスター、彼女は?」
「彼女は618だ」
「ん、ヨロシク新入り」
眠たげな表情で手を差し出してくる618。その時俺の脳内ではある会話がリフレインしていた。
(619と20はどうした?死んだか?)
(私が殺ったのは何番だったか…)
更に別の記憶が流れ出す。
(私が殺ったのは…、618だったか?)
(アレも悪くは無かったが――)
「マスター、618はこれから仕事か?」
手を握ったまま離さない俺に618は首をかしげるが、気にせずそう問いかける。すると少し困惑した声音でご主人が口を開いた。
「そうだ、ある友人からの私的な依頼だが――」
聞き覚えのあるフレーズに俺は確信した。ここで行かせれば彼女は死ぬ。
「俺も行く」
「駄目だ、お前は休め」
ご主人は考える素振りすら見せずにそう拒絶した。だがその返事は予想通りだ、何せこれはご主人が抱える本当の仕事に関わる作戦なのだ。戦力として把握しきれていない俺を送り込む事にリスクを感じているのだろう。だから俺はご主人の情に訴える事にした。
「人生を買い戻すには幾らかかる?俺は稼げるだけ稼ぎたい」
「…しかし」
「2機なら単純に手数は倍だ、仕事も簡単になる」
「それは新入りが足手纏いでなければだけど」
言ってくれるね。
「大丈夫だ、お前が危なかったら助けてやる」
俺の言葉に618が目を細め手に力を込める。第4世代の強化人間は身体能力も強化されているから、少女にしては中々の握力だ。尤も同様の処置を受けている俺には無意味だ。
「マスター、新人を教育する」
「待て618」
「大丈夫、ちゃんと死なない様に持って帰ってくる」
「同行者もこう言ってる。マスター」
上手く焚き付けられた事に内心ほくそ笑みながら俺は口を開いた。するとご主人は深く眉間に皺を刻み、大きく溜息を吐く。そして苦々しい声音で告げてきた。
「解った、行け」
続きません。
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2
一日で超えてた。
そんな2話です。
ACと言う兵器はリーズナブルな兵器だ。こう評すると大抵の人間がバカを言うなと文句をつけるだろう。何せ一般人の月収が200~300COAM、対してACは安価な土木作業用でも凡そ600000COAMだ。これに武器を装備し戦闘では一発20COAMはする砲弾をばらまくのだから無理もない話である。だがそれでもACはリーズナブルなのだ。何せ、
〈メインシステム、戦闘モード起動〉
ACは人類が活動するあらゆる環境において戦闘可能な機動兵器だからだ。無論それらで戦うための兵器は別にも存在しているが、この値段と汎用性を両立している物は無い。
『ミッション開始、惑星封鎖機構のルビコン3監視拠点を襲撃する』
618に与えられた仕事、それはルビコン3のラグランジュ点に建造された監視拠点への襲撃だった。一見すればルビコン3へ密航するための障害排除だが、ブリーフィング内容がそうでは無いと物語っていた。
『目標は施設最奥に設置されたデータサーバー、その情報収集と破壊だ』
表向きこの人工衛星は数ある惑星封鎖機構の航路監視用拠点だ。しかし実はもう一つの役割として、惑星封鎖機構がルビコン3で収集した情報を本部へと送る中継施設なのだという。
『AC?何処の機体だ?』
『コード15、侵入者は2名』
『迎撃砲台を襲撃した連中か?』
何やら騒いでいるようだが、いつもの事なので気にせず接近しパルスブレードを振るう。高性能なLCやらHCなんて呼ばれている機体ならともかく、標準的なMTでは耐える事など不可能だ。案の定直撃を受けたMTは火花を散らしながら両断され、その場で爆発した。
「おお」
『へー』
互いの動きを見て俺達は素直に歓声を上げた。事前にご主人としていた会話はどこへやら、最初の攻撃を左右に分かれて回避した俺達はそれぞれ好き勝手に戦っている。たった今顔を合わせた俺達にコンビネーションなんてものが皆無と言うのもあるが、それ以前に俺達の役割がそういうものなのだ。
唐突だがご主人がハウンズに用意した機体はそれぞれ明確に役割分担がされている。617なら盾役、619は火力支援といった具合にだ。ACは機体構成、それこそフレームから組み替える事で様々な状況に最適化するなんて愉快な汎用性を持っているが、それはあくまで組み替えられる機構が許す限りという但書がつく。言ってしまえば同じ様に最適化した専用機に比べればあらゆる面で劣るのだ。その問題をカバーする為にご主人は敢えて汎用機であるACをチームで運用し、かつそれぞれを役割に特化させる事で対策したのだろう。
その中にあって俺と618の機体構成はライフルにブレード、そしてバックウェポンにはミサイルランチャーと独立傭兵のド定番と言える構成である。この構成の肝はどの距離でも攻撃手段を失わないという点であり、つまりは一般的な独立傭兵の普遍的な状況、戦場における状況に全て単独で対応しなければならないからこその構成だ。俺の方は初陣で適性が見極められていなかったからだろうが、618の方はこんな仕事を任されるだけの実績があってあの構成だ。つまりあっちは最初から単独で動く事を前提にしているのだ。
『悪くない』
「そっちもな」
軽口を叩き合いながら俺達は次々と障害を排除する。衛星自体がそれ程の広さで無かった事もあり、掃除は直ぐに終わった。
『その扉の先が目標のサーバールームだ』
ほぼ同時に扉の前へ到着すると、ご主人が落ち着いた声音でそう教えてくれる。成る程、つまり奴はこの先か。618のハッキングを受けて目の前の扉がゆっくりと開いていく、だが扉が開ききるよりも先に俺は機体を室内へと滑り込ませた。
『久しいな、ハンドラーうぉ!?』
暢気に話しかけてきた相手へ問答無用で斬りかかる。金属的な光沢を放つワインレッドに塗装されたAC、間違いなくあのウォッチポイントで何度も殺し合った相手だ。
『新しい犬か?猟犬と言うよりも狂犬だな』
強化人間C1-249、独立傭兵スッラ。正確な背景は把握していないが、ご主人と因縁浅からぬ間柄の人物だ。特にご主人と対立する事が多く、その手駒である俺達ハウンズにとっては積極的に殺しに掛かってくる厄介な死神だったりするのだが、俯瞰してみると別の側面も見えてくる。何度も対立し、手駒を殺しておきながらこの男はご主人を殺害しておらず、ご主人のルビコン3へ繋がる仕事には必ずと言って良い程妨害に現れる。その行動はまるでご主人の本当の仕事だけを妨害し、ご主人をルビコン3から遠ざけている様にすら見える。まあ、ご主人の人柄と押しつけられた仕事の仕上げを思えば無理からぬ行動にも思えるが。
「邪魔だ、死ね」
それはそれとして、ならばその為の手段が全て正当化されるわけではない。ご主人に幸せになって欲しいのは全く以て同意するが、その為に死ねと言われても困る。まあ、あくまで俺がそう思っただけで、あのひねくれた言動が本音の可能性だって十分有り得る。だからスッラよ、ご主人の幸せは俺とハウンズが何とかするので、安心してここで果てろ。
『この感じ、第4世代か?しかしっ』
蹴りをクイックブーストで避け、お返しにブレードをお見舞いする。奴の装備構成はバズーカにパルスガン、そしてプラズマミサイルにデトネイティングミサイル。基本戦術はパルスガンの連射で視界を奪いつつミサイルを放ちながら接近、蹴りとミサイルで相手の体勢を崩した所でバズーカを叩き込むというものだ。と言うかこの戦術に特化した機体構成だからこれ以外しようが無いとも言える。尤もこちらから強引に攻めればカウンターでバズーカの直撃を狙ってくるから、ブレードの攻撃力に頼るだけの素人に毛が生えた程度の傭兵では勝ち目は薄い。実際俺の中にも随分コイツに殺された記憶があるしな。
『貴様…危険だな』
『621!』
まだ無駄口を叩ける余裕があるか、流石だな。そんな事を考えていたのが悪かったのだろう、可愛らしい叫び声が通信に響くと同時にミサイルがスッラへと殺到する。ちょ、おま!?
『二対一では少々分が悪いか…。仕方ない』
そう言ったかと思うとスッラは大きく後ろへ後退しバズーカを構える。やべえ!
『失敗するにしても損害は最低限にしなければな』
言うやスッラは躊躇無く砲弾を発射する。激しいマズルフラッシュと共に飛び出したそれは部屋の中央に設置されていたデータサーバーを完膚なきまでに破壊する。
『ハンドラー・ウォルター、その猟犬は止めておけ』
捨て台詞と共にアサルトブーストを噴かしてスッラが逃げる。一瞬追撃も考えたが、ジェネレーターとブースターの事を考慮して諦める。あの無人兵器を持ち出されたら厄介だからだ。
「どうせまたやり合う事になる」
ご主人がルビコン3へ向かう以上、奴とぶつかるのは避けられない。ならばこちらの準備が整った後でも遅くはないだろう。
『…駄目だな、データの復旧は不可能だろう』
『マスター…』
沈んだご主人の声音に618が動揺した様子を見せた。まああのタイミングでミサイルではなく接近戦で対応出来ればスッラを逃さずに済んだだろうし、そうすればサーバーの破壊も免れたかもしれない。だが本来ならばここで彼女は死んでいた筈だし、そうなれば当然ご主人はデータを入手していないだろう。そう考えればこの結果はまあまあ上等と言えるのではなかろうか?
「マスター、ここの情報は絶対に必要か?」
『いや、可能ならば入手しておきたい程度のものだ。その意味ではミッション自体は成功と言える。ご苦労だったな、二人共』
俺の質問の意味を正確に悟ったご主人がそう言ってくれる。あからさまに安堵した618の漏らす吐息を通信越しに聞き、俺は満足して笑うのだった。
「監視施設と迎撃施設の機能が低下した事でルビコン3へのルートが開けた」
食堂でペースト状の何かを食べながらご主人がそう切り出す。強化人間である俺達と違って真面な味覚を持っているだろうに同じ物を食べるご主人に先輩達の忠誠心はうなぎ登りだ。無論俺の中のご主人ポイントも爆上がりである。
「知っての通りルビコン3は現在惑星封鎖機構によって封鎖されている。よって今までのように正規のルートで入る事は不可能だ」
言いながらご主人は端末を操作してディスプレイに懐かしい機材を映し出した。
「そこでお前達をそれぞれスリープ状態でACごと突入カプセルに搭乗させ、防衛網を強引に突破する。その後は現地にて身分を調達し活動を行う」
「身分を調達?」
620が疑問の声を上げ、横では眠そうな619が首を傾げた。そんな彼女達にご主人は丁寧に理由を説明してやる。
「俺達はそこそこ名が知れている。封鎖惑星で派手にやれば惑星封鎖機構に目を付けられ、今後の仕事に差し障る。故に我々には表向きの身分が必要になる」
つまりルビコン3で起こす問題の全てはそいつに押しつけるという話だな。ご主人としてもこれが最後の仕事になるならともかく、状況次第では今後も継続してコーラルを焼く可能性があるから、できる限りハンドラー・ウォルターの名前が広まるのを避けたいのだろう。
「ルビコン3内には独自の傭兵支援システムが稼働している事も確認している。よってランク内独立傭兵のライセンスを最低1つ確保する」
傭兵支援システムというのはその名の通り俺達のようなAC乗りをサポートしてくれる有り難い組織で、仕事のマッチングから装備の売買、弾薬や燃料の調達と仕事をする上で必要な事の大半を請け負ってくれるものだ。とは言えその存在は非常にピンキリで、複数の星系に跨がっている巨大なものから惑星一個だけに留まるローカルなものまで様々だ。今回のものは当然ながら後者になる。
「ぜんいんぶんはげんじつてきではないですね」
ちゃっかりご主人の横を占領している617が端末の情報を確認しつつそう言ってくる。ローカルなシステムと言う事はそれだけ規模が小さいという事でもある。当然登録している人数も少なくなるので該当するライセンスはかなり限られてしまうのだ。これが大規模な所ならランカーと呼ばれる登録者だけで100を超えるのだが。
「効率は落ちるが、一つあれば後は現地協力者として新しいライセンスを偽造可能だ」
ご主人はそう言って更にディスプレイへ情報を追加した。
「目標地点はベリウス南部、グリッド135の汚染市街だ。詳細は到着次第伝える、食事の終わった者からそれぞれ6時間の休息後ACに搭乗待機するように」
その言葉に全員が黙って頷く、俺も最後の一口を頬張りながらそれに倣った。今度こそあの悪夢を覆してやると、心に固く誓いながら。
ウォルター「コイツ(621)機能以外死んでる割には感情豊かだな?」
621「君のような勘の良いご主人は嫌い…になれねえ、やっぱしゅき」
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3
1日でry。
そんな3話。
目が覚めて最初に感じたのは無重力に対する不快感だった。デブリや密航者の船舶を迎撃する衛星砲を掻い潜る為、最低限の生命維持システム以外の動力は落ちている。そんな暗闇の中だといらん事に思考が向いてしまう。宇宙には良い思い出が無い。まあ今ある記憶で良いと言えるものの方が少数ではあるが、中でも宇宙関連は最悪だ。ルビコン3での仕事はどんな選択をしても最終的にこの宇宙で結末を迎えるのだが、その内容は反吐が出るものばかりだ。
「先輩達は無事抜けたかね?」
衛星砲はその火力に比例するようにあまり連射が利かない。そして突入カプセルは完全に自動制御なので、砲撃を避けられるかは正に運頼みになる。ただ、最初に検知される先頭が最も撃たれる可能性が高いので突入時のリスクが平等とは言い難い。なので先頭は俺が志願したのだが、617にすげなく却下された。
「しきかんせんとうはいくさばのならいだ」
いや何千年前の常識だよと思わず突っ込みたくなってしまったが、彼女の目を見て俺は役目を譲った。皆の先頭に立って進む、恐らくそれが彼女へご主人が与えた意味であり仕事なのだろう。それを奪うのはある意味死なせるよりも残酷な事だ。
「解った、でも死ぬなよ」
「ほう?しんぱいしてくれるのか?」
「アンタが死ぬとマスターが悲しむくらいは俺も解る」
「…そうだな」
617との遣り取りを思い出していると、シートへ体が押しつけられる感覚と共に機体が覚醒する。どうやら突入の最終フェーズに入ったようだ。
「さて」
『起きているな621、後10秒で逆噴射に入る。噴射後外装をパージしAC単体で地上構造物に侵入しろ』
「了解」
事務的にも聞こえるご主人の声に俺は安堵する。精神的動揺や感情の抑圧は見受けられない。つまり先輩達も無事突入に成功したのだろう。そんな風に暢気に構えていると激しい衝撃が突入カプセルを襲い、同時に緊急パージの文字がステータスモニターに表示される。僅かな振動と共に後方のブースターユニットが切り離された。うん、衛星砲が掠ったな、これ。俺は慌てず騒がず想定外の衝撃に軌道のぶれた突入カプセルの状況を確認する。しかしこのユニット、どこ製か知らんがちょっと安全面を軽視してませんかね?減速をブースターだけで行うのは百歩譲るが、突入用なんだからある程度被弾する事は想定されているだろうに。
「姿勢制御実行」
コンソールを操作し細かくブースターを点火、突入軌道を再調製する。普通こういうのは姿勢制御に複数の機構を用意して然るべきじゃないかね?まあガワも中身をも使い捨てだからそんなコストを掛けたくないというやつかもしれんが。そうこうしている内に再び突入カプセルに衝撃が走る。また掠ったか、あまり砲撃精度は良くないみたいだな。エアが操っていた時はもっと正確だったんだが。
「パージ」
コントロールスティックを握りながら音声入力で突入カプセルを排除する。その途端大気に嬲られ機体が暴れた。そういえばラスティやホンモノはアサルトブーストで器用に飛び回っていたが、あれも中々凄い技術だよな。普通に人型なんて空を飛ぶのには全く向いていないACでよくもまあと言いたい。というかあの長時間噴かし続けられるブースターとジェネレーターって何積んでんだ?
『621いいぞ、そのまま前方の構造物に侵入しろ』
侵入と言うか墜落に近いっすけどね、ご主人。
「了解」
返事をしながら俺は殆ど減速せずに構造物へと突っ込む。接触前に一度ステータスモニターを見て、機体が通常モードになっているのを改めて確認する。通常モード、ACには幾つかの設定パターンがあるが、特に有名なのはこの通常モードと戦闘モードだろう。ACに使われている装甲はエネルギー転換装甲と呼ばれる特殊なもので、供給されるエネルギーによって防御力が変動する様になっているのだが、通常モードはこれを装甲の上限一杯まで供給するモードだ。武器は使えないし移動速度も極端に低下するが、その分防御力は折り紙付きだ。まあそれでも宇宙戦艦の装甲をぶち抜く様な衛星砲やらには耐えられないが。巨大構造物の階層を複数突き破りつつ、それを減速機代わりにしてACが着陸する。周辺は割と酷い事になっているしAPが多少削れたが、俺の機体には傷一つ無い。うむ、密航の第一段階は成功だな。
『無事だな621。…予定座標から少しずれたが許容範囲内だ。移動を開始しろ』
しかし何度やってもここに降りるのは変わらないんだな。となるとやはり今回もあのライセンスを拾うのだろう。
『当該の汚染都市では数日前に企業と原住民の武装組織による戦闘が発生している。ACの投入も確認されているから、これの捜索を先ず目標とする』
「了解」
素早く機体を瓦礫の中から起こすと誘導マーカーに従って構造物内を駆け抜ける。途中無人のガードメカやMTを見かけるが殆ど無視して目的地を目指しているとご主人から通信が入った。
『手慣れているな621。そういえば以前も傭兵だったか』
そう声を掛けられ困ってしまう。強化手術のせいなのかそれともこのルビコンの記憶のせいなのかは解らないが、強化前の記憶というものが俺は酷く曖昧だ。広大な地下都市で傭兵をしていた気もするし、別の星で戦っていたような気もする。ACに似た超兵器を操っていたかもしれないし、汚染された星でやっぱり戦っていたようにも思う。うん、戦ってばっかだな。
「すまないマスター、覚えていない」
エアの事ですら幻聴扱いだったからな。こんな事を真面目に言われてもご主人も困ってしまうだろう。
『…そうか。621、この惑星でコーラルを手に入れれば、お前のような脳を焼かれた傭兵も人生を買い戻すだけの大金が手に入るはずだ』
気遣ってくれるご主人の言葉に俺は沈黙するしかなかった。はっきり言ってあやふやな過去なんて今の俺にはどうでも良いからだ。そんな俺がここに居る理由はただ一つ、この惑星に関わる巫山戯た全ての結末を台無しにするためだ。
「ああ」
短くそれだけを口にして先へと進む。
『その先にあるカタパルトを使え、それで帳尻が合う』
最早数える事すら馬鹿らしいほどの回数を重ねた手順で機体をカタパルトに接続、汚染市街へ向けて飛び立つ。眼下に広がる鈍色の世界。凡そ半世紀ほど前に起きたコーラルによる災害でルビコン3の環境は滅茶苦茶になっているそうだ。暫くするとそんな景色の向こうに都市が見え始める。そして通信が一気に騒がしくなった。
『あったー』
『照会する。企業所属は足が着く、それは駄目だ619』
『ウォルター、見つけた』
『…独立傭兵モンキー・ゴード。ランク圏外だ、目当てのものではない』
『むー』
『ますたー、これはどうだ?』
『少し待て』
『適当な独立傭兵を襲撃した方が早くない、マスター?』
618が何気に冴えた案を出しているが、残念ながらこのルビコンでは通用しない。何せここに居る独立傭兵はどいつもこいつも問題を抱えた奴ばかりだからだ。現地犯罪者集団の一員だったり、借金を重ねまくり企業やご同業から賞金首扱いされていたり、はたまた裏で暗躍する組織の紐付きだったりだ。ホント碌な奴が居ないな!?
『それは最終手段だ、618。到着したな621、お前の近くにACの残骸反応がある。調べられるか?』
「了解」
やはり今回も同じ位置に捨てられていたACの残骸へと近付くと、俺はハッキングを開始する。
『登録番号、Rb23。傭兵ランク圏内。登録名は――』
そんなご主人の声を聞いていると、いつも通り封鎖機構の武装ヘリがこちらへ向かってくる。
『所属不明機体に告ぐ、直ちに武装解除し投降せよ』
お決まりの台詞が言い渡されるが当然そんな話が聞ける訳がない。案の定ご主人から過激な質問が飛んできた。
『今ならお前と特定される事はない、排除できるか?』
「了解」
当然すぎる質問に俺は短くそう返す。そして、さっさとぶった切ろうかと思った矢先の事である。
『620!618!!』
『ん』
『了解』
俺へ向けて照準を定めていた武装ヘリの横面にライフルの弾が連続して突き刺さる。その攻撃にヘリの乗員は咄嗟にそちらへ機首を向けてしまった。
『しろうとめ』
その瞬間、俺の後方からアサルトブーストで617が強襲を仕掛ける。手にしたガトリングを連射しつつ接近すると、シールドを展開して急制動を掛け、至近距離から肩の散弾バズーカを放った。
『619!』
武装ヘリの衝撃耐性はヘリの構造上どうしても低くなる。連続しての攻撃に駄目押しのバズーカを食らった武装ヘリは呆気なく姿勢制御許容限界――所謂スタッガーと呼ばれる状況だ――を引き起こしその場で停止してしまう。そして動きを止めた奴に更なる悪夢が飛来する。
『やー』
気の抜けた返事とも掛け声ともつかない619の声と共に彼女の発射したミサイルが武装ヘリへと襲いかかる。ファーロン製の垂直発射ミサイル、その名の通り上空へ打ち上げられ頭上から襲ってくるこのミサイルは実のところAC相手にはあまり良い装備ではない。何故なら人型であるACは頭上からが最も被弾面積が小さくなり、またブースターの配置上前後左右への高速移動が容易だからだ。如何に威力があろうとも当たらなければ意味がない。だから独立傭兵でこの装備を愛用しているのは少数派だ。
しかし619はその前提が違う。何故なら彼女は一人ではない、優秀な前衛が敵の注意を引き付けるだけでなく、動きまで拘束してしまう。彼女は最も理想的な射点に陣取り持ちうる火力を発揮すれば良い。尤もその必要なときに最大火力を発揮出来るという事が彼女もまた非凡な才能の持ち主である証左なのだが。彼女の機体の両肩から発射された合計24発のミサイルが正に雨のごとく降り注ぐ。そこへ更にレーザーライフルの光がコックピットを襲い、プラズマミサイルがスタブウィングに設けられたミサイルランチャーを巻き込んで派手な爆発を起こす。ほんの数秒前まで元気良く飛んでいた奴は、見るも無惨なぼろ雑巾の様な姿に変わり果て、赤い炎と黒煙を噴き出しながらそれでも懸命に姿勢を立て直そうとするが、それを許すほどご主人の猟犬達は慈悲深くなかった。
『しまいだ』
ほぼ真下に着地していた617がそう呟き、再びバズーカを発射。5発の成形炸薬弾は元気よく奴の腹を食い破った。ジェネレーターにでも直撃したのだろう、その攻撃を受けて哀れな武装ヘリは地面に墜落する暇すら与えられず空中で爆発四散した。
『惑星封鎖機構SG、大型武装ヘリの撃墜を確認した。お前達、今日の仕事は終わりだ』
ライフルの一発も撃たないまま武装ヘリを撃破するという愉快な状況で、ご主人が落ち着いた声音でそう告げてくる。これが最後の反応だと言っていたし、何より惑星封鎖機構の戦力を撃破したのだ。直ぐに連中の部隊が調査にやって来るだろうからそうせざる得ないのだろう。
『手に入れたライセンスの識別名を伝える。レイヴン、これがルビコンでの名義になるが…』
そこでご主人は一度考え込むように口を閉ざす。恐らく誰にこの名義を使わせるか考えているのだろう。
『とにかくご苦労だった、仮設の潜伏ポイントを表示する。全員そこへ移動しろ』
こうして俺達のルビコンでの活動が始まった。
うゎ、この猟犬つよぃ。
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4
もう超えてた。
そんな4話目。
「らいせんすは621がてきにんだとおもう」
ご主人に指定されたポイントには移動用のカーゴヘリが用意されていた。機体をハンガーへ固定して全員が一度食堂に集まり通信端末を起動する。ご主人は別の所でちゃんとした拠点の用意をしているらしい。通信が繋がると、開口一番ご主人に向かって617がそんな事を言い出した。
『618、お前の意見は?』
そうご主人が618に意見を求める。多分ご主人の本命は618なのだろう。以前は彼女達が全滅してしまったから俺を使うしかなかったが、生き残っているなら使い始めたばかりの俺よりも慣れた彼女達が優先されるのは何も不思議じゃない。俺としても厄介なこの名義に思い入れもへったくれもないので618が使うなら使うで構わないのだが。
「私も617と同意見」
その言葉に思わず彼女の方を見てしまうが、返ってきたのは不思議そうな視線だった。
「拾ったのは621、なら拾った奴が責任を持って使うべき」
何だよその捨て猫拾ったときみたいな理屈は。
「ちーむでうごくのがきほんのわたしたちではつかいにくい、618がつかわなければひつぜんてきに621、おまえがつかうのがてきにんだ」
それはまあそうなんだろうが。
『それがお前達の判断ならそうしよう』
ご主人は一度ハンドラーという言葉の意味を調べた方が良いと思う。とは言うもののハウンズで俺が一番の新入りである事は事実だし、先輩とご主人の判断に反論するだけの理由も特にない。一瞬だけ俺以外がレイヴンとして登録された時のオールマインドの反応を見てみたい衝動には駆られたが、そこは我慢しておく。
『では621、傭兵支援システムへのアクセスキーを渡す』
ご主人から送られてきたパスワードを確認し端末から傭兵支援システムへ接続する。本当のことを言えば見なくてもアクセスキーは知っているんだが、流石に黙っておいた。
『登録番号Rb23、登録名レイヴンによる認証を確認。生死不明状態を解除、ユーザー権限を復旧します。傭兵支援システム“オールマインド”へようこそ、レイヴン、貴方の帰還を歓迎します』
『認証は通ったな。レイヴン、それがルビコンにおけるお前の身分となる』
頷きつつ俺はレイヴンの詳細を確認し、そして愉快な事になっている内容をご主人に告げた。
「マスター、このライセンスだが」
『なんだ、問題か?』
問題ではない。いや、ある意味ご主人にとっては問題か?
「随分と貯め込んでいる。それと装備も充実しているようだ」
『なんだと?』
金の方は見知った数字だ、確か最後の記憶の時が大体この位だった気がする。そちらはまあ頑張って稼いだと目を逸らせるが、保有パーツの方はちょっと言い訳が出来ない状況だ。
「このHALとかいう機体、製造元が教えられていたどの企業とも違うみたいなんだが。それに試作品の武装も随分持っているみたいだぞ」
三周目辺りから都合が良いので見ない振りをしていたんだが、普通に考えれば異常な状態だ。パーツを広く販売しているベイラムやアーキバスにその傘下の企業はともかく、技研の装備や企業が水面下で協力し極秘裏に開発した新型なんかが普通に資産として保管されている。当たり前の様にミッションに使っていたが、普通に考えたら異常過ぎる光景である。
『……』
「独立傭兵が企業と組んで試作兵器を使うなんて良くある事」
「にんむちゅうにぐうぜんにゅうしゅしたはっくつひんなどをほゆうしているのもきくはなしだ」
『拾ったライセンスでは良くある事だ、気にするな』
いいんか?それで?
『早速だが依頼を取ってきた、確認しろ621』
OK、この話はもうするなって事ね。ただまあどうせなら提案しておきたい事がある。
「了解した、マスター。所でこの装備だが俺一人で使うには数が多い、皆で共有する事は出来ないのか?」
確か別の星では保有している機体をAIに預けて僚機として運用するなんて事がされていた筈だ。なら現地協力者に機体を貸与するという言い訳は通じるんじゃなかろうかと思ったのだ。
『暫し待て。…支援システムの提示しているルールにはそうした違反項目は無いようだ』
ほうほう、まあ金と暴力がものを言う世界だからな、制限なんかしたところでえ企業のお抱えと格差がつくだけだからオールマインドとしても都合が悪いのだろう。
「なら装備も資金もマスターが上手く使ってくれ」
『全てお前の資産にも出来るぞ』
えー、そりゃないぜご主人。俺はこれでもハウンズの一員のつもりなんだぜ?
「投資というやつだろう?ハウンズの戦闘力が向上すればよりデカい仕事が受けられる。そうすればもっと稼げる」
ご主人の用意してくれたRaD製のフレームも悪くはないのだが、やはり戦闘を前提とした各企業のフレームに比べると見劣りする部分が多い。各人の特性に合わせたフレームに乗り換えるだけでも戦力の向上が見込めるはずだ。
『解った。では他のメンバーのライセンスだが』
お、そうだ。
「マスター、どうせ新規登録するならあのランク圏外のライセンスも使ったらどうだ?」
見た限りアーキバス系のフレームを使っていたから案外資金を持っていた可能性がある。そう提案したら先輩方から思いっ切り睨まれた、なんぞ?
『ふむ、それも手か』
「いや、マスター。ランク圏内と圏外を同列に考えるのは危険だろう」
「うむ、そうびをととのえるためにむりなしゃっきんをかかえているかのうせいもある」
「フレームの構成も適当だから稼げていたかも疑問」
「んおー?」
そしてそこから息の合ったコンビネーションによる否定の嵐、若干一名喋っていないが、彼女は両手を高く挙げて俺を威嚇するという重要な役割を担っているようだ。重要か?
『…そうだな、手にした幸運に踊らされて余計なリスクは背負うべきではない。では他の者は全員新規のライセンスを取得する。では621、お前は依頼を確認後出撃準備に移れ』
「了解」
そうしてご主人との通信が切れた瞬間、617と618が大きく溜息をつき、620が口を尖らせて俺へ文句を言ってきた。
「621、もう少し考えて提案する」
「620のいうとおりだ、ますたーがりょうしょうしていたらどうするつもりだったんだ?」
「普通に使うだけだろう?何か問題があるのか?」
何だよそのダメだコイツ的な表情は。
「私達はハウンズ、ハンドラー・ウォルターの猟犬。そんな私達にトリとかサルの名義を使えとか、正気?」
え、そこ?
「俺は使う事になってるんだが?」
「しんいりー!」
俺の反論にそう指さしながら619が応じる。ええと、お前は新入りだからババ引くのも仕事の内って事か?他の先輩方も腕を組んで頷いている辺りそうっぽいな。所詮ルビコンだけの仮の名だろうになんて思いもするが、そこは意識の差が大きいのだろう。何せ俺はハウンズと呼ばれるよりもレイヴンと呼ばれていた期間の方が圧倒的に長いが、その名前に思い入れなんて微塵もないのだ。寧ろそこにご主人との繋がりを見出して不満を覚える彼女達は俺よりも遙かに人間らしいのかもしれない。
「了解、俺が悪かった」
そう先輩方に謝罪して俺は端末を操作する。メッセージを確認すると、ご主人が言っていた依頼が2件表示された。
「べいらむとあーきばすのかんれんきぎょうからのいらいか、どちらもふとくていたすうにむけたばらまきだな」
「ランク圏内でも最下位じゃこんなものね」
「ベイラム、相変わらず暑苦しい」
横からのぞき込んだ先輩達が好き放題に言ってくれる。まあ正直どっちも大した仕事じゃない事は確かだ、俺達強化人間にとってはだが。
「621なら問題ないね、さっさと終わらせてきなさい」
618がそう言って部屋を出て行く、ご主人との合流ポイントへ向かう準備をするのだろう。同じ様に617と620も続いたが、何故か619だけがこちらを見ていた。なんぞ?
「おめでとー、今日から君もレイヴンだー」
真顔でそれだけを言うと619も出て行く。俺は一度小さく息を吐くと端末を操作し、受ける仕事をご主人へ連絡するとハンガーへ向かうのだった。
ネタ切れしたんで連続更新はここまでです。
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5
アレは嘘だ。
そんな5話。
『身分は手に入れた、次は実績作りだ。行くぞ、621』
そんな言葉に背を押され仮設ポイントから出撃する。依頼内容はベイラム傘下の企業、大豊MT部隊の殲滅。場所は皮肉にも俺が潜入したあのグリット135の構造物だそうだ。
「行くか」
ばら撒き依頼などと言われるだけあって任務の内容は実に簡単だ。MTを主力とする駐留戦力の撃滅などそれこそ普段の任務なら片手間で行う内容だ。
『敵襲!ACが1機!』
『恐らくアーキバスグループの雇用戦力だ、ヴェスパーでないならやるようはある!迎え撃つぞ!!』
こちらを見ても大豊のMT部隊は怯む事なく迎撃態勢を取る。統率は取れているが、個々の動きはあまり良くない。恐らく殆どが普通の人間なのだろう。
『敵は量産型のMTだ。排除しろ、621』
無慈悲な命令がご主人から下され、俺もそれに異を唱える事なく機体を操る。右腕のライフルから弾丸が、左腕のパルスブレードが青白い弧を描く度に目の前のMTが残骸へと変わる。
『このAC乗り、中々やる…!』
『攻撃を集中しろ!』
小型の戦闘ヘリがその声と同時に接近してくるが、残念ながら数が足りない。たったの5機では殺してくれと言っている様なものだ。数で対処したいなら、せめて今の4倍は居なければ話にならない。ミサイルのマルチロックで4機を、更にライフルで1機を墜とす。そこからアサルトブーストで支援射撃を行っていたMTへ接近しパルスブレードで切り裂いた。
『独立傭兵が、ここまでやるのか!?』
あっという間に前衛と僚機を失ったMTがそんな台詞を吐くが無理もない。本来ばら撒き依頼を受けるランク外の独立傭兵なんて言うのは、本当にACに乗れるだけなんて奴の方が多いのだ。機体の特性、それに合わせた武装をしているだけでもランク外なら上澄みも上澄み、全てのハードポイントを武装で埋められているだけでも稼げている勝ち組だ。まして、
『アーキバスめ、当たりを引いたか…!』
苦々しい声と共にMTが吹き飛ぶ。向けられたライフルをクイックブーストで回避し俺が蹴り飛ばしたのだ。ACよりも遙かに貧弱なブースターとジェネレーターのMTでは、この高所から落ちれば先ず助からないだろう。
当たり、クイックブーストやACの脚部を用いた攻撃は強化人間のみが扱える行動だ。瞬間的に数百キロに達する加速の中でも正確に機体を操作するなんて芸当は生身では不可能だからだ。それらを考慮するなら、今の俺はアーキバスにとって大当たりとでも評するべきだろうか?相対した彼等にとっては最悪この上ないだろうが。
『目標、残り僅かだ。…待て621、新たな敵影を確認した。排除しろ』
慌てて増援を要請したのだろうが遅すぎる。増援とやらが展開を終える頃には俺は配備されていた最後のMTを切り捨てていたからだ。
「運がないな、あんたら」
増援と言っても輸送機と兼用の中型ヘリが2機にシールドを装備した量産型MTが2機。今更増えた所でどうという事はない戦力だ。
『ミシガン総長に…報告をっ…』
最後の1機へパルスブレードを振るうと、そんな言葉と共に擱座する。…脱出装置は作動していなかった、どうやらここの連中はしっかりとした訓練を受けていなかったようだ。
『敵MT部隊の殲滅を確認した。仕事は終わりだ、帰投しろ621』
そうご主人が言ってくれるが、それは少々もったいない。被弾もしていないし弾薬も十分残っているのだ。どうせならさっさと片付けてご主人と合流したい。
「いや、マスター。折角だからもう一つの方も片付ける」
もう一つの依頼はライセンスのあった汚染市街に展開する現地武装勢力が設置した砲台の排除だった筈だ。ここからならあのカタパルトも使えるし一々戻るより手早く済む。
『暫し待て、…補給シェルパを用意した。補給後に以前使ったカタパルトから市街へ向かえ』
流石だ、何処かの黒幕とはフォローが雲泥の差だぜ。
「了解」
ご主人の愛情にキュンキュンしながら補給を済ませ、俺は喜び勇んでカタパルトへ向かうと元気よく飛び出した。ふふふ、ローダー4も喜んでいるぜ。
「さて、死ね」
そんな絶好調な俺達によって移設砲台とその護衛部隊は瞬く間に壊滅するのだった。
仕事を終えて指定された合流ポイントに向かうと、そこには見慣れた大型機が泊まっていた。これは確かカーラに打ち出された後、中央平原でご主人が拠点として用意したものだったと思う。俺が買い込んだ装備やフレームで、それまで使っていた輸送ヘリが手狭になったからだ。開放されている格納庫へ向かいハンガーへ機体を固定すると、キャットウォークからご主人が声を掛けてきた。
「着いたか、621」
「マスター、これは?」
「複数のACを運用するとなればそれ相応の設備が必要だ」
それはそうだが、コイツは結構稼いでから手に入れたんじゃなかったか?そう考えているとご主人は笑いながら言葉を続ける。
「元々用意していた機材だ、気にしなくて良い」
…そうか、最初の予定通りならご主人は先輩達とここへ来る予定だったんだ。寧ろ俺だけしか手駒が居ないこれまでの方がご主人にとってはイレギュラーだったんだろう。
「それとお前の厚意には甘えさせて貰っている」
ACの装備やフレームの購入は傭兵支援システムから行えるのだが、ばら撒き依頼しか受ける事が出来ないランク外傭兵では武器一つ買うのも一苦労だ。加えて大抵の支援システムは功績に応じた購入制限を設けている。何かしかのコネがあれば企業から試供品が回ってきたりパトロンが購入資金を用立ててくれたりもするが、そうでなければ大抵は非合法な組織が扱っている中古品なんかを使う事になる。出所は戦場のゴミ拾いが低価格の依頼として存在するところから推して知るべしと言うヤツである。
「KRSV、造った奴は絶対馬鹿」
「ほんたいをじゅうりょうきゅうでまとめられるならしーるどはふようか?なやましいな」
「アーキバスのこれ、本当に傑作なの?企業のプロパガンダじゃない?」
「せんしゃー」
ハンガーの奥では先輩達が保管庫のリストを見てあれこれと騒いでいる。多分ご主人が受け取ったレイヴンの遺産から自分の機体を構築しているのだろう。ご主人は最初に機体を用意してくれたが、その後は一切アセンブリ、俺達が乗る機体について何一つ口出しをしてこない。一度何処まで口を出さないのかとアイスワームにニードルランチャーを持ち込まずに行った時ですら何も言わない程である。まあその621は当然のように死んだが。ともあれご主人はびっくりするくらい俺達の自主性を重んじている。多分それは俺達が人生を買い戻した後の訓練なのだろう。飼い犬ではなく一人の人間として、自分で決めて自分で進む。そんな生活を思っての事だろう。ご主人は善人だが人の機微には疎いらしい。例え人生を買い戻したとして、今更俺達がご主人無しの生活なんて想像すら出来ないという事に気付かないのだから。
「次の依頼は見繕ってあるが、時間はある。休んだらお前も機体の確認をしておけ」
「了解」
とは言ったものの大して疲れてもいない俺はそのまま先輩達の所へ向かう。据え付けられた端末の前で、彼女達は頻りに画面を操作し自分の機体を組み上げていた。
「おかえり、621。…なんだ、そのかおは?」
笑顔でそう迎えてくれた617に驚いていると彼女から不審そうな視線を向けられる、いや、なんというか。
「そう言われたのは初めてだ」
ご主人に戻った事を確認された事は何度もあるが、その中でも617の様に迎え入れる言葉を掛けられた覚えはない。思わずそう返すと、617は少し不機嫌そうに口を開いた。
「かぞくがかえってきたんだ、とうぜんだろう。おまえはちがうのか?」
家族、そうか、家族か。
「いや、そうだな。ただいま」
「ん、あいさつはだいじだ。あーかいぶのこしょにもそうかいてあった」
「ん?ああ、お帰り621」
「お帰り」
「おかー」
そう口にする先輩達に返事をすると俺も端末の前に並ぶ。あの機体で戦えない事はないが楽が出来るならそれに越したことはない。独立傭兵にとって戦場で勝利して帰還するよりも重要な要素など機体には存在しないのだ。そんな事を考えながら先輩達の構成を見る。
「617は大豊の重量2脚、618はベイラムの中量2脚か」
どちらも独立傭兵には好まれる構成だ。同じクラスを対立しているアーキバスも出しているが、機体安定性と実弾防御性能に勝るベイラムの方が使い勝手が良い。
「620はエルカノの軽量2脚」
「早さは力」
うん、その思想は嫌いじゃない。
「そんで619は…、タンクなんだな」
「せんしゃー」
順当に自分の役割を考慮して性能を強化したって感じか。
「ひとのあせんをみるのもいいが、おまえはどうするんだ?621」
俺はまあ、そうだな。
「使いやすい機体にする」
そう言って俺の組み上げたアセンブリを見た全員が微妙な顔をする。なんだよ、どんな機体が使いやすいかなんて人それぞれだろう!人のアセンを笑っちゃいけないってご主人に習わなかったのか!?
「まあ、うん。おまえのきたいだものな」
「621は勇者、あるいは馬鹿」
「限りなく後者な気がするけどね」
「かみひとえー」
酷い言われようである。
「証明は直ぐに出来るさ」
そう言って俺は手持ちの方の端末を操作する。新着の案件が2件、そこにはテスターAC撃破のタイトルが表示されていた。
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