月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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巻頭小話「もう大丈夫だよ鈴仙ちゃん」

レイセンが優曇華院の名前をもらった頃
鈴仙「……てことがあって、気が付いたら迷いの竹林にいたんですよね」
輝夜「そう、あの子がねぇ。永琳覚えてる?」
永琳「まだ千年ほどしか経っていないでしょう? 物事を忘れる程の時間ではありません」
鈴仙「セレネ様とは、どんな方だったんです? 姫さまと同じように蓬莱の薬関係で地上に堕とされたという話をしていましたけど……」
永琳「どんな……そうね、姫さまと比べれば、素直な良い子だったわ。十六夜家の一人娘で綿月姉妹とも仲がよかった」
輝夜「そうね。百夜は私と違って真面目に永琳の授業も受けてたし。永琳も目にかけていたわよね?」
永琳「ええ。でも、あの子が蓬莱の薬をねぇ。禁忌を破るような子ではなかったと思うんだけど──」



第二十二話 名前を言ったら飛んでくるあの人

 一九七五年、四月。

 逆転時計の話をヴォルデモートにして一ヶ月ほどが経過した頃、私の研究室をヴォルデモート自身が訪ねてきた。

 まあ、訪ねてきたなどと大層なものでもないか。

 ヴォルデモートのアジトとこの研究室は姿をくらますキャビネットで繋がっている。

 実際のところ部屋を一つ移動するのと変わらない労力だ。

 ヴォルデモートはノクターン横丁にあるアジトと比べてあまりにも近代的な研究室の内装を軽く見回してから私の元へと近づいてくる。

 そして私に金色のチェーンが付けられた逆転時計を手渡してきた。

 

「明日の夜にはクラウチのガキに返す手筈になっている」

 

「そう。堕とすのに意外と時間が掛かったわねぇ」

 

 私は小言混じりに逆転時計を受け取り、無造作に半回転ひっくり返す。

 その瞬間、周りの景色が高速で逆再生のように流れていった。

 私がこの研究室に戻ってきたのは三十分前。

 それまではオリオンを連れて人間牧場の視察に行っていたので時間を跳躍した私が過去の私と研究室で鉢合う可能性はないだろう。

 十秒もしないうちに逆再生の速度が次第にゆっくりになり、やがて時間が通常通り進み始める。

 私は部屋にあるデジタル表記の時計の時刻を確認した。

 

「十時二十五分。さっきからちょうど一時間前ね」

 

 つまりこの逆転時計は中の砂時計を一度ひっくり返すごとに一時間の時間移動が出来るということである。

 

「さて、カフェで食事でも摂ろうかしら」

 

 私が帰ってきてしまうため、この部屋に長居はできない。

 私は逆転時計を首から下げると、製薬会社に併設されているカフェに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 一時間後、腹ごしらえを終えた私は自分の研究室へと戻る。

 そして部屋の中の私が逆転時計をひっくり返したのを確認してから研究室の中へと戻った。

 

「確かに本物のようね」

 

 私は逆転時計についたチェーンをつまんで軽く揺らしながらヴォルデモートへ話しかける。

 ヴォルデモートは研究室に戻ってきた私の方を振り向き答えた。

 

「当たり前だ。偽物を渡すわけないだろう?」

 

 ヴォルデモートは軽く肩を竦めて、部屋の中にある肘掛け椅子へと腰掛ける。

 

「これで一時間前の自分に会いにいったらどうなるのかしら。興味ない?」

 

「一時間前に自分に会ったか?」

 

「会ってないわ」

 

「ならやめておけ。何が起こるかわからないぞ」

 

 私は逆転時計を机の上に置き、流しの近くに置いてあったケトルに水を注ぎ火にかける。

 そして棚からティーセットを取り出し紅茶を淹れる準備を始めた。

 

「まあ、流石にそんな危険は冒さないわ。でも、その正体を探るためには様々な実験をしないといけないのは確かでしょうね。今の今まで、その魔法の解明はおろかレプリカすら作れてないんだから」

 

「その辺に関しては今まで作る気がなかったというのもあるだろうがな」

 

「作る気がなかった?」

 

「ああそうだ。既にある物を使えばいい。魔法省にいる連中なんてそんなものだよ」

 

 それはなんとも、探究心のかけらもない。

 

「あいつらは今が良ければそれでいいんだ。未来のことを考えようともしない」

 

「貴方は違うっていうの? 純血主義に未来なんかないと思うけど」

 

「そんなことはないさ。人というものは基本的に環境さえ良ければ勝手に増えていくんだ。一度徹底的に穢れた血を排斥し、純血だけで魔法界を構築する。何故マグル生まれのことを穢れた血と呼ぶかわかるか?」

 

「一度混ざってしまえば、もう取り除くことが出来ないから、でしょう?」

 

 ストレートの紅茶に牛乳を注いでミルクティーにするのは簡単だ。

 だが、ミルクティーから牛乳を取り除いてストレートの紅茶に戻すことは困難を極める。

 純血主義者からしたら、まさに文字通りの意味で穢れた血なのだろう。

 

「現在の魔法界で純血である魔法使いが減少傾向にあるのは何故だと思う? 魔法族そのものが減ったわけではない。純血でない魔法使いが増えたからだ。このまま魔法族がマグルと混じり合い続ければ、いずれ魔法族は魔力を失うだろう」

 

「初めから純血の魔法使いしかいなければ、マグル生まれが生まれてくることもない。純血同士が子を作り、魔法族を繁栄させていく」

 

 愚かなことだ。

 地上で暮らしている時点で、マグル魔法族関係なく既に穢れているというのに。

 

「貴方って結婚出来なさそうね」

 

「どういう意味だ?」

 

 私はヴォルデモートの肩にそっと触れる。

 

「いや、自分の子供を作る相手をかなり選り好みそうだなって。実際のところ結婚願望はあるの?」

 

「あると思うのか?」

 

「闇の帝王様をやってるうちはなさそうね」

 

 その答えが気に入らなかったのか、ヴォルデモートは私の手を払いのける。

 私はそんな子供っぽい一面にクスリと笑うと、逆転時計を慎重に分解し始めた。

 

 

 

 

 

 二日間徹底的に逆転時計を調べた結果、どのような仕組みで時間を跳躍しているのかある程度解明することができた。

 まず一つ言えることは、逆転時計に時間を自由に操るほどの力はないということだ。

 逆転時計による時間の跳躍は、時間を物理的に巻き戻したり早めたりするものではない。

 言ってしまえば、姿現わしに近いだろう。

 姿現わしは空間を飛び越える術だが、逆転時計は時間を飛び越える。

 ここで重要なことは、時間を飛び越えてしまうというところだ。

 蓬莱の薬を完成させるには、未完成の薬に流れる時間を無限に加速させ、有限の時の中に無限を作る必要がある。

 そのためには時間そのものを自由に操る必要が出てくるが、逆転時計ではそれは叶わないだろう。

 

「とりあえず、サクッと複製してしまいますか」

 

 逆転時計に掛けられた魔法は複雑ではあるが、再現不可能なレベルではない。

 それこそ製法さえ確立されていれば、優秀な魔法使いなら製造可能な一品だ。

 私は適当なメモ用紙に逆転時計の製法を書き記すと、逆転時計を持って姿をくらますキャビネットを潜りノクターン横丁にあるヴォルデモートのアジトに移動した。

 

 

 アジト側にあるキャビネットから室内に出ると、そこには見知った顔がテーブルを囲んで話をしている最中だった。

 テーブルを囲んでいるのはヴォルデモートを筆頭に、ルシウス・マルフォイ、ベラトリックス・ブラック、ロドルファス・レストレンジ、アントニン・ドロホフ、そしてバーテミウス・クラウチ・ジュニアの六人だ。

 ルシウス・マルフォイやベラトリックス・ブラックは若手だが、家が力を持っていることもあり死喰い人内での発言力も高い。

 私がテーブルへ近づくと、皆こちらに気がついたのか話し合いを一度中断し、全員が私へと振り向いた。

 

「これ返しにきたわ」

 

 私はバーティに逆転時計を投げ渡す。

 バーティは慌てて逆転時計を掴み取ると、小さく頭を下げた。

 

「お役に立てたのなら光栄でございます」

 

「あら、いい心がけね。死にそうになったらいつでもいらっしゃい。生きてさえすればどんな状態からでも治してあげるわ」

 

 私はバーティの頭に軽く手を置くと、ヴォルデモートに近づく。

 その様子に私の従姉妹であるベラトリックスが顔を顰めた。

 私の今の容姿は動きやすいように成長した姿を取っているので、ベラトリックスは私の正体がセレネ・ブラックであることには気が付いていない。

 それはルシウスもバーティも同じのようだ。

 まあ、それはそうだろう。

 いくら顔が似ているからといえ、セレネ・ブラックはセレネ・ブラックとして存在しているし、ホグワーツにもちゃんと通っている。

 それに私は普段オリオン・ブラックを付き従えてここに来ることが多い。

 きっとベラトリックスやルシウスは、私がオリオン・ブラックの浮気相手で、セレネ・ブラックは私とオリオンの子供であると思っていることだろう。

 そんな女がヴォルデモートに馴れ馴れしく近づいてくるのだ。

 ベラトリックスからしたら複雑な心境だろう。

 まあ、誰にどう思われようとどうでもいいことではあるが。

 

「何かわかったか?」

 

「逆転時計の仕組みはある程度。参考にはなったけど、私が欲しいものの本質とは少し違ったわ」

 

 ヴォルデモートの問いに私は小さく肩を竦める。

 そして、逆転時計の製法が書かれた紙をヴォルデモートに手渡した。

 

「これは?」

 

「逆転時計の仕組みと製法。一応、腕の立つ魔法使いなら誰でも製造できるように簡単にまとめておいたわ」

 

 まあでも、と私は付け加える。

 

「正直あまり活用しない方がいいでしょうね。知らないうちに過去が変わると、計画も何も無くなってしまうし」

 

「無論だ。これを使う時は真に追い詰められた時だ。それ以前には不確定要素が大きすぎて使えたものじゃない」

 

 未来というものは非常に不安定だ。

 過去が些細に変化するだけで未来にいる自分がどこかのタイミングで死んでしまい、未来に戻った瞬間自分が消滅してしまうということも起こりうる。

 魔法省がこの戦争に逆転時計を用いないのはそれが一番の原因だ。

 戦争に勝つための武器としては、逆転時計はあまりにもリスクが大きすぎる。

 

「まあ、時間を扱う魔法に関する基礎は何となくわかったから、あとは研究を重ねるだけよ」

 

 正直なところ、まだうっすらと道筋が見えただけだ。

 だが、時間を操る能力を得ることは決して不可能ではない。

 蓬莱山輝夜という前例。

 彼女の能力を参考にして、更にその能力を強化させることが出来れば……。

 

「ところで、何の話し合いをしていたの?」

 

 私はふと思い立ち、皆が囲んでいる机の上を見る。

 そこにはグレート・ブリテン島の大きな地図が広げられていた。

 

「今までは仲間を増やすことに尽力していたが、この数年で死喰い人の数もかなり増えた。そろそろ敵対勢力の数を減らしていく」

 

「それじゃあ、表立って攻勢に出るのね?」

 

「いや、それは時期尚早だ。まずは少しずつ戦力を削り取っていく。闇討ちが基本になるだろう」

 

「それって、結構難しいと思うけど」

 

 私は即座にそう反論する。

 どうやらルシウスやベラトリックスも私と同意見だったらしく、少し安堵の表情を浮かばせた。

 

「一応理由を聞いておこうか」

 

「そもそも、私たちだってロンドンの中心に呑気に居を構えていられるような状態よ。隠れ家を探そうにも、忠誠の呪文で隠されては見つけられない。魔法省やホグワーツぐらい場所がはっきりしていればその限りではないけど……」

 

 私の言葉に、ヴォルデモートは腕を組んで考え始める。

 そんなヴォルデモートを見て、私は小さくため息をついた。

 

「ではこういうのはどうかしら。貴方に反抗する意思のあるものを炙り出す魔法をグレート・ブリテン島全土に掛けるというのは」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「この島単体ならそう難しい話でもないわ。実際、魔法省は同じことをやっているわけだし」

 

 それを聞いて、バーティがはっと顔を上げる。

 

「未成年につけられた匂いか」

 

「その通り。イギリス魔法界には未成年の魔法の使用を嗅ぎつける魔法が掛けられている。アレと同じ原理のものをこっちでも用意してしまいましょう。そうね……例えば──」

 

 私はそこで言葉を切ると、ヴォルデモートに対し微笑みかけた。

 

「ヴォルデモート卿と臆せず口にした者の居場所を炙り出す魔法なんてどうかしら? そうして口にした者を次々に襲撃すれば、人々は恐れ、誰も貴方の名前を口にしなくなる。貴方は名実ともに名前を言ってはいけないあの人になるのよ」

 

「なるほどな。確かにそうすれば闇祓いや不死鳥の騎士団員だけでなく、表立って活動していない者も炙り出せるということか」

 

「貴方の最終的な目標は魔法界の支配なのでしょう? だとしたら、人々の上に立つことになる。その時重要になるのは大いなるカリスマか、絶対的な恐怖。貴方は自分の存在そのものを恐怖の対象にすればいい」

 

 実際この手は相手にバレるまではかなり有効だろう。

 今現在、ヴォルデモートの名は少しずつ魔法界に浸透してきているが、絶対的な恐怖とは程遠い。

 それを、名前を聞くだけで震え上がるような存在にするには、戦争とは無関係な者も含めて反抗的な人間は皆殺しにしていくしかない。

 

「ドロホフ、実現性はありそうか?」

 

「ホワイト次第かと」

 

「私にはそんな時間はないわよ? 術の構築はそっちでやって頂戴」

 

 私が拒否すると、ドロホフは少し困った顔をする。

 それを見て、ヴォルデモートが口を開いた。

 

「ふむ、なら俺も手を貸そう」

 

 ヴォルデモートは杖を掴むと座っていた椅子から立ち上がる。

 それを見てドロホフは慌てたように言った。

 

「そんな、我が君のお手を煩わせるわけには──」

 

「だがお前たちの中にホワイトの代わりが出来るものはいないのも確かだ。ならば、必然的に俺が力を貸すしかない」

 

「我が君、我が愛しの君。それには及びません」

 

 ヴォルデモートの言葉を遮るようにベラトリックスが立ち上がる。

 

「その魔法、私めが完成させましょう」

 

「お前がか? ベラトリックス。私やホワイトと並ぶほど優秀であると?」

 

「我が君には到底及ぶところではございませんが……」

 

 ベラトリックスは横目で私の顔を見る。

 

「必ずや、お役に立つことをお誓い致します」

 

「ほう。面白い。ではその件はベラトリックスに任せることにする」

 

 ベラトリックスはこの上ない喜びだと言わんばかりにヴォルデモートに頭を下げる。

 

「ロドルファスを下につける。何かあった時の保険だ」

 

「我が君、ですが──」

 

「お前のことを信用していないわけではない。だが、いつ死ぬかわからないのも確かだ。お前が死んだ時、ロドルファスが仕事を引き継ぐ。それだけのことだ」

 

 そういうことならば、とベラトリックスは納得した様子を見せた。

 まあ、既存の魔法を模倣するだけだ。

 ベラトリックス程度の魔法使いでも不可能ではないだろう。

 

「話もまとまったみたいだし私は研究室に帰るわ」

 

 私は手をヒラヒラと振ると、テーブルを離れてキャビネットへ向かう。

 

「あ、そうだ」

 

 だが、キャビネットを潜る瞬間に思い出し、バーティに対して微笑みかけた。

 

「セレネをよろしくね。バーティくん」

 

「──ッ!」

 

 私の言葉にバーティと、その横にいたベラトリックスも体を硬直させる。

 この際だ。私のことをセレネの本当の母親だと勘違いしてくれていた方が都合がいいだろう。

 私は二人の反応に満足し、上機嫌でキャビネットを潜った。




プチコラム

逆転時計
 姿現わしを空間ではなく時間へと適用させた結果生まれた魔法具。時間を移動した際に宇宙空間に取り残されないよう、時間移動とともに空間も移動している。

ベラトリックス・ブラック
 セレネの従姉妹。この頃はまだロドルファスと結婚していないため苗字はブラックのまま。

オリオンの不倫相手だと思われているホワイトさん
 そもそもセレネ自体、ヴァルブルガが腹を痛めて産んだ子供であるため、オリオンと不倫相手の子供ではないことは確か。むしろ当時はオリオンの方がヴァルブルガの浮気を疑った。本来ならホワイトがセレネの母親というのはあり得ないのだが、ホワイトなら自分の受精卵を他人の子宮に押し付けるぐらい平気でやりそうだと考えられている。

名前を言ったら飛んでくるあの人
 魔法省がイギリス全土に張り巡らせている『十七歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文』を改悪し、『ヴォルデモートの名を口にしたものの居場所を炙り出す呪文』を作ることになったベラトリックス。愛する我が君に振り向いてもらうために、恋する乙女は奔走する。

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