月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
クローン「では、マルフォイ先輩は死喰い人となったわけですか」
バーティ「卒業前から繋がりはあったみたいだけどな。他にもスリザリン出身の卒業生が何人か仲間に加わったって噂だ」
クローン「ヴォルデモート卿……どのような人物なのでしょう」
バーティ「おい、名前を呼ぶなんて恐れ多いぞ。近しい者たちはあの人のことを「闇の帝王」と呼ぶらしい」
クローン「闇の帝王? それはなんとも凄そうなお名前ですね」
バーティ「凄いなんてものじゃないさ。魔力、知力ともにダンブルドアにも勝るとの噂だ」
クローン「それはそれは……気をつけなければなりませんね」
バーティ「安心しろって。スリザリン寮に入ったブラック家の娘が襲われることは万に一つもないだろうさ。セレネのお兄さんは……真っ先に敵対しそうだけど」
クローン「バーティ、貴方はどうなのですか? 貴方の親は魔法省の役人。それも、真っ向からあの人に対抗する部署ではありませんか」
バーティ「親父は親父だ。俺には関係ないね」
ニコラス・フラメル六百年の歴史は、フラメル本人の語りによって小一時間程に纏められた。
私はその話を簡単に手帳にまとめると、興味深そうに相槌を打つ。
「と、こんなところかの。学者の生涯なぞ、さして面白みもない話じゃわい」
それにしては随分ノリノリで語っていたように思うが。
私は手帳を閉じながら、軽く首を振る。
「いえいえ、そんなことは。大変興味深い話でした」
「それならばよいが……と、次はなんだったかの?」
フラメルは空のカップを手に持ち、中身が入ってないことに気がつくと、そのままソーサーに戻す。
私はそれを見て、ポンと手を叩いた。
「はい! 次はフラメル様が錬金に成功したという賢者の石の取材をさせて頂けたらなと」
「そうじゃったそうじゃった。では、このまま向かうとしよう」
フラメルはそう言いながら椅子から立ち上がる。
私はテーブルの上にお茶の代金分の硬貨を置くと、フラメルを追って立ち上がった。
「差し支えなければ、目的地をお聞きしても?」
ゆっくりとしたペースで歩き出すフラメルの横を付き添うように歩く。
フラメルは私の質問に対し、特に隠すことなどないと言わんばかりの口調で答えた。
「グリンゴッツじゃよ。魔法界ではあそこ以上に物を保管するのに適している場所もない。何せ創業以来、一度たりとも盗みを許しておらんのだからな」
「なんと言いますか……意外ですね。もっと特殊な場所に保管しているものとばかり思っていました」
「適した場所がそこにあるのに、わざわざ他の場所を用意することもあるまい。お主だってそうじゃろう?」
フラメルはニヤリとすると、杖を取り出して中庭にあるレンガの壁を突く。
私はレンガの壁がアーチ状に変形するのを見ながら、ほっと胸を撫で下ろした。
もし強引な手段を取っていたら、グリンゴッツを正面から破らなければならなくなるところだった。
流石にそれはリスクが高すぎる。
やってやれないことはないだろうが、全く痕跡を残さず金庫破りを行うのは至難の業だろう。
私とフラメルはダイアゴン横丁の通りをまっすぐ進み、グリンゴッツの扉を潜る。
そして大理石の床を靴底で叩きながら受付へと足を進め、受付にいるゴブリンへと声をかけた。
「わしの金庫に用があるんじゃが」
ゴブリンはフラメルの顔を見上げると、掛けていた眼鏡をくいと上げる。
そして横にいる私に目を向けた。
「そちらのお方は?」
「連れじゃ」
「奥様に怒られますよ」
ゴブリンはそんな軽口を飛ばしながら受付の席を立つ。
「お主が黙って居れば丸く収まる話じゃて」
「勿論、顧客の個人情報は守られるべきものです」
ゴブリンは慣れた様子でフラメルを案内し始める。
きっとこのゴブリンがグリンゴッツに入行した時からの付き合いなのだろう。
私たちはゴブリンの案内で大理石のエントランスから狭い石造りの通路へと進み、小さなトロッコへ乗り込む。
ゴブリンは私とフラメルの体がトロッコに収まったことを確認するとトロッコを発進させた。
トロッコはかなりの速度で地下へ地下へと下っていく。
ブラック家の金庫へヴァルブルガと共に何度か行ったことがあるが、賢者の石が保管されている金庫はかなり深いところにあるようだ。
「今回は早かったですね。前回から半年も経っていないのでは?」
「命の水の備蓄自体はまだある。今回は別件じゃよ」
「……ああ、なるほど」
ゴブリンは私の方をチラリと見て、納得したように頷く。
私はそんな二人のやりとりを聞きながら入り口から金庫までの道のりを記憶した。
発進してから十分ほどが経過しただろうか。
トロッコは甲高い音を立てて速度を落とし、一つの扉の前で停止した。
「七一三番金庫です」
ゴブリンはトロッコから飛び降りると、扉の前へと歩いていく。
私はフラメルがトロッコから降りるのを手伝いながら、金庫の扉を観察した。
基本的にグリンゴッツの金庫の扉には鍵穴が付いているが、この金庫の扉には鍵穴らしきものは存在しない。
どうやら物理的な施錠ではなく、魔法的な施錠がなされているようだ。
「下がってください」
ゴブリンは私に向かってそう言うと、細く長い指で扉を撫でる。
すると扉は溶けるように消え去った。
「グリンゴッツの小鬼以外の者がこれをやりますと扉に吸い込まれて中に閉じ込められてしまいます。ですので、近くの金庫の扉にも不用意に触らないようにしてください」
ゴブリンは扉の前を開けるように一歩下がる。
「さて、中へおいで」
フラメルは少々得意げに金庫の中に入ると、私に対して手招きした。
「それでは、失礼いたします」
私は招かれるままに金庫の中へと入りこむ。
金庫の中には小さな茶色の包みが一つ置かれていた。
フラメルはその小さな包みを拾い上げると、そっと包みを解く。
その中には片手で握りこめるほどの大きさの深い赤色の石があった。
「これが賢者の石じゃ」
「おお……。写真を撮りたいので、手のひらの上に載せて掲げて貰ってもよろしいですか?」
フラメルは私の要望通り片手の上に賢者の石を置き、胸の前に掲げる。
私は首から掛けていたカメラで数枚写真を撮り、フラメルに笑顔を向けた。
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
「ふむ。それじゃあ、命の水を作るとしよう」
フラメルはローブのポケットから小さな巾着袋を取り出すと、さらにその中から透明な液体が入った瓶を取り出した。
「それは?」
「ただの水入りの瓶じゃよ」
フラメルは瓶の蓋を開け、賢者の石を瓶の中に落とす。
その瞬間、瓶の中の水が一瞬で沸騰したかのように泡立ち、それが収まると同時に淡い光を放ち始めた。
「これが、命の水の作り方じゃ。非常に簡単であろう?」
「凄いですね。賢者の石の成分が溶け出しているのですか?」
「溶け出しているのではない。賢者の石が触媒となり、ただの水を価値のあるものへと変化させたのじゃ」
フラメルは今度は小瓶を巾着袋の中から取り出すと、命の水を小瓶の中に注ぐ。
そしてその小瓶を私の方へ向けて差し出してきた。
「飲んでみるかね?」
「……いいのですか?」
私は真意を探るようにフラメルの顔を見る。
「飲み続けなければ意味はないからの。この量じゃ老いをひと月ほどしか止めることは出来ん。不老を体感することも難しいじゃろうな。もしお主が怪我をしておったり、極度の疲労を抱えていたとしたら、多少は体感できるじゃろうが」
「傷を治す効果もあるのですね。うーん、残念ながら今の私には虫刺され傷すらありませんが」
私はフラメルから命の水が入った小瓶を受け取る。
そしてフラメルとゴブリンが見守る中、その中身を一気に飲み干した。
「どうじゃ? 何か変わったかの?」
フラメルは得意げな表情を浮かべながら私に聞く。
私は舌で感じた成分を分析しながらその問いに答えた。
「うーん、よくわかりませんね」
「まあ、そうじゃろうな。少なくとも数年、確実に実感を得るには十年近く薬を飲み続ける必要がある」
私の喉を通った命の水は、胃袋を経由してすぐさま腸へと流れ込む。
そして一瞬で吸収され血液に成分が流れ込むと、そのまま血液に乗って全身へ行き届いた。
なるほど、かなりの即効性だ。
効果としては細胞の活性化と老化の防止。
若干ながら若返りの効果もあるかもしれない。
これで、命の水の成分は分析できた。
あとはこの成分を逆算して賢者の石を再現するだけだが、可能であれば賢者の石そのものにも触れておきたい。
私は小瓶をフラメルへと返すと、物欲しそうな目で賢者の石を見る。
フラメルは私のその視線に気がついたのか、少々意地悪そうな笑みを浮かべた。
「持ってみるかね?」
「え!? いいんですか!」
「この場で盗みを働くほどお主は愚かではなさそうなのでの」
確かに、今この瞬間、ここにいる二人を殺害することは難しくはないだろう。
だが、その後無事にグリンゴッツを脱出できるかが問題だ。
私は少々恭しい態度でフラメルから賢者の石を受け取ると、微かな魔力を賢者の石へと流し成分を解析する。
「おお、宝石みたいですね。研磨したらルビーのように輝きそうです」
「貴重な賢者の石を削ってしまおうというのは、なんとも女性らしい価値観と言えるかもしれんの」
なるほど、賢者の石とはかなりの魔力を溜め込める性質を持っているらしい。
内部に莫大な魔力を感じ取ることが出来る。
そして、宝石のような見た目をしているが、主成分は水銀のようだ。
つまりは、賢者の石とは内部に溜め込んだ莫大な魔力を用いて金属を変化させたり、水に魔力を与える物質ということらしい。
内部に内包されている魔力が枯渇すればそれらの効果は無くなってしまう。
変換器付きの魔力タンクという説明が一番しっくりくるだろうか。
「ありがとうございます」
私はフラメルに賢者の石を返す。
フラメルは賢者の石を元あった通りに包み直すと、広い金庫の中心に置いた。
「では、戻るとしよう」
「それでは金庫を施錠しますので、トロッコにてお待ちください」
私とフラメルが金庫を出ると同時に、ゴブリンは金庫の横の壁を撫でる。
すると消えてなくなっていた扉があっという間に出現し、金庫を塞いだ。
私はフラメルがトロッコに乗り込むのを手伝うと、頭の中で賢者の石の成分から製法を逆算し始める。
私の予想が正しければ、賢者の石を作成することはそう難しくはないだろう。
行きと同じように十分ほどトロッコに揺られ、私たちはエントランスへと戻ってきた。
フラメルは担当者のゴブリンを簡単に挨拶を交わすと、用は済んだと言わんばかりに真っ直ぐ出入り口を目指して歩き始める。
私もその横に寄り添いながらグリンゴッツの外に出た。
「いやぁ、本日は本当にありがとうございました。おかげで良い記事が書けそうです」
私は少々わざとらしく手帳を叩いてみせる。
「記事に関しましては執筆後、編集長の確認が終わり次第日刊予言者新聞に掲載させて頂く予定です」
「そりゃ楽しみじゃわい」
フラメルは陽気に笑うと、通りの真ん中で立ち止まる。
「わしはこの後妻から頼まれている買い物を済ませてから帰ろうと思っておる。この場で失礼させてもらうよ」
「おっと、そうでしたか。道中お気をつけておかえりくださいね」
私はにこやかな笑みで手を振る。
フラメルも軽く手を振りかえすと、私に背を向けた。
それを見て、私もヴォルデモートが潜伏するノクターン横丁のアジトへ戻ろうとする。
その時だった。
「おっとそうじゃ」
フラメルは軽くこちらを振り返ると、今まで以上に自然な笑みを浮かべて言った。
「高みは示した。後はお前さん次第じゃ。応援しておるよ」
バチンという空気を切り裂く音と共にフラメルはその場から姿をくらます。
私は先程までフラメルが立っていた場所を見ながら、小さく呟いた。
「狸ジジイめ」
フラメルは私が日刊予言者新聞の記者ではないことを見抜いていたのだろう。
あの口ぶりからして、私のことを駆け出しの錬金術師か何かだと思っているに違いない。
まあ、賢者の石を作ろうとしているという点だけ見ればそれも間違いではないが。
私は路地裏へ入り込むと、自分の研究室へ姿くらましした。
一週間の研究と三度の試作の末、賢者の石は完成した。
私は研究室の蛍光灯に賢者の石を透かす。
まだ、魔力は込めていないのでこの賢者の石は機能していない。
フラメルが所持していた石にはかなり莫大な魔力が込められていたが、フラメルは一体どこから魔力を入手したのだろうか。
「ま、どうでもいいことか。エバンス、コーヒー」
「はい。只今」
研究室の片隅でモップを掛けていたエバンスは、私の命令を聞くと洗面台の方へと歩いていく。
私はその様子を眺めながら魔力の入手先に考えを巡らせる。
手っ取り早いのは魔法使いが直接石に魔力を込めることだ。
変換の必要もなく、大きなコストも掛からない。
だが、それで集まる魔力は高が知れている。
「蓬莱の薬のように周囲の穢れを魔力に換える……いや、すぐに周辺の穢れが尽きてしまうだけだわ。だとしたら、もっと根本的な……」
私は少し考えた後、研究室の隣に設置してある実験体用の牢からマグルの男を一人研究室へと連れてくる。
服従の呪文を掛けられている男は、恍惚とした表情を浮かべながらベッドの上に寝転んだ。
「フラメルがこんな方法を取ったとは思えないけれど、私にはどうでもいいことね」
私は男のお腹の上に石を置き、賢者の石を触媒として男の生命力を魔力へと変換し始める。
やはりというか、賢者の石の変換効率には目を見張るものがある。
月の都の水準で見ても、かなりの高効率だ。
私は目の前の男の生命力が尽き、死んだことを確認すると賢者の石を取り上げる。
溜まった魔力の量は決して多くはないが、薬の研究用に命の水を生成するぐらいなら十分だろう。
私はビーカーに水を注ぐと、その中に賢者の石を入れる。
するとグリンゴッツの金庫の中で見た通り、水は一瞬で泡立ち、それが収まると同時に淡い光を発し始めた。
私はその命の水を空のビーカーに半分注ぎ、今まさにコーヒーを私の元に持ってきたエバンスへと渡す。
エバンスは私からビーカーを受け取ると、少し首を傾げた。
「ホワイト様、これは?」
「不老の薬。貴方にお裾分けしてあげる」
私は自分のビーカーをエバンスのビーカーへと軽く打ちつける。
そしてエバンスと共にビーカーの中身を一息で飲み干した。
プチコラム
グリンゴッツ
ゴブリンが運営している魔法銀行。創業以来一度も盗みに入られたことがない。
セレネ正体を半分ほど見破っていたフラメル
賢者の石の錬金を目指す駆け出し錬金術師だと思っていた。ヴォルデモートの仲間で悪逆非道な実験の数々を繰り返しているということまでは見抜けていない。
フラメルの賢者の石
フラメルの賢者の石にはフラメル夫婦があと千年ほど生き続けられるだけの命の水を生成する魔力が込められている。この魔力はどこから来たかというと、百年に一度ぐらいの頻度で発生する太陽フレアを魔力に変換した。そのため、実はフラメルの賢者の石で作り出した命の水は聖水以上に吸血鬼に効く。
セレネの賢者の石
セレネが作り出した賢者の石には、人間の生命力を変換した魔力が込められている。元が生命力なので、命の水の効果がフラメルのものと比べても高い。