月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第四話 赤い目の噂

 私がホグワーツに入学して一ヶ月余りが経過した。

 入学してから様々な授業を受けたが、授業の内容は正直言って子供のお遊びだ。

 まあ、実際その授業を受けているのは子供なので、当たり前と言ったら当たり前なのだが。

 そういったこともあり、十月に入る頃には私の興味は完全に授業から別のことにシフトしていた。

 

「……。ねえ、そういえば明日の授業なんだけど」

 

 深夜の一時頃、私はベッドの上で横になりながらふと同室の子供たちに呼びかける。

 子供たちからの返事はない。皆ぐっすりと寝付いているようだ。

 

「よし。寝てるわね」

 

 私はベッドから起き上がり、寝間着から動きやすい格好に着替えてローブを羽織る。

 そしてローブに目くらましの魔法を掛けた。

 

「あとそうだ」

 

 私は魔法薬学の授業中にこっそり材料を拝借して作成した暗視の魔法薬の小瓶を呷る。

 その後十秒ほど辺りを見回し、周囲が鮮明に見えてきたことを確認してから窓を開け、ホグワーツの外に飛び立った。

 箒はいらない。空を飛ぶのに箒が必要だというのは魔法使いの思い込みだ。

 実際は魔法使いでも箒を使わずに空を飛ぶことができる。

 

「考え方の問題だとは思うんだけどね」

 

 まあ、月にいた頃から空を飛ぶことができた私だからこその感覚なのかもしれないが。

 私は月明かりに照らされたホグワーツ城をぐるりと回ると、開いている窓から城の中に降り立つ。

 

「さて、今日も始めますか。ホグワーツ探索」

 

 私はフードを目深に被り直し、ホグワーツの廊下を歩き始めた。

 そう、最近私が興味を持っているのはホグワーツという城そのものだ。

 この城が建てられたのはホグワーツの創始者たちが現役で教鞭を振るっていた頃。

 つまりは千年ほど前ということになる。

 

「維持管理はされているようだけど、建てられた当初から手つかずの場所もいくつかあるのよね。この城にはダンブルドアですら知らない場所や部屋が存在している」

 

 私はポケットから一枚の羊皮紙を引っ張り出す。

 そこには私が今までの深夜徘徊で見つけた隠し部屋が記載されている。

 

「誰にも見つかっていない。完全なる隠し部屋を見つけたら、そこに私の本当の私室を作りましょう。同室の子供たちも悪い子たちではないんだけど、少し話が合わないのよね」

 

 別に子供は嫌いではない。生まれたばかりの子供を無知で無力だと嘲り笑うほど人が出来ていないわけではない。

 だが、話が合うかどうかは別だ。

 それに女子寮や談話室で危険な薬を調合するわけにもいかない。

 今飲んでいる暗視の魔法薬も魔法薬学の時間にこっそり作ったものだ。

 私は探知の呪文で壁を探りながら誰もいない廊下を歩き回る。

 この作業を始めて二週間は経つが、未だにホグワーツ城の探索は終わっていない。

 城自体の広さもあるが、隠され方がかなり巧妙なのだ。

 ただの学び舎に施すには過剰なほどに。

 

「まあ、ホグワーツ『城』だから、それで正しくはあるんだけど……何故ホグワーツの創始者たちは城を建てたのかしら。それに城自体に施された数々の護りの魔法。学び舎に施すにしてはあまりにも過剰だわ」

 

 一体何に対する護りなのか。まあ、予想はつくが。

 十中八九マグルに対する魔法だ。

 

「千年も前だと今よりもずっと魔法界とマグル界の境界は曖昧だった。魔女狩りが始まるのはもう少し後のことだけど……って、魔女狩り自体はそこまで脅威ではなかったんだっけ」

 

 その瞬間、廊下の奥から箒を倒すような木材の乾いた音が聞こえてくる。

 管理人のフィルチかとも思ったが、フィルチならもっと足音を隠すことなく堂々と廊下を歩くので気が付かないはずがない。

 私は目くらまし呪文の掛かったローブでしっかりと身を隠しながら音のした方向へと歩く。

 その瞬間、見えない何かと正面衝突した。

 

「いたっ!」

 

「うわっ」

 

「ちょ、リーマス! 僕の足踏んでる!」

 

 その衝撃で私は後ろに尻もちをつく。

 見えない何かも私と同じ状況のようで、ドタバタと体勢を立て直す音が正面から聞こえてきた。

 

「誰かいるの?」

 

 私は立ち上がり、ローブについた埃を叩き落としながらその何者かに聞く。

 その瞬間、聞き覚えのある声が正面から響いた。

 

「その声、セレネか?」

 

 私が返事をするよりも早く目の前の空間に兄であるシリウスの頭が生える。

 いや、頭が生えてきたのではない。

 どうやら私と同じように目くらましの魔法が掛かったローブかマントで身を包んでいたようだ。

 

「知り合いか? シリウス」

 

「前に話しただろ? 今年入学した妹だよ」

 

 バサリという物音と共に目の前に四人の少年が現れる。

 一人は私の兄であるシリウス・ブラック。

 そのほかの三人は顔こそ見たことがなかったが、きっとシリウスと話すときによく出てくるグリフィンドールのお友達というやつだろう。

 確か名前は──

 

「ジェームズ・ポッター、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリューだっけ」

 

 私もローブを脱ぎ、四人の前に姿を現す。

 その瞬間、シリウス以外の三人が固まった。

 

「やっぱりセレネか。こんな時間に何してるんだよ。もうとっくに消灯時間は過ぎてるだろ?」

 

「ホグワーツを探検していただけです。お兄様こそこんな時間に一体何を?」

 

「まあ似たようなもんだが……って、ジェームズ?」

 

 シリウスが横にいるジェームズを突く。

 ジェームズは私をぼうっとした目で見ていたが、シリウスにつつかれてハッとした。

 

「あ、いや。あまりにも似てないもんだからさ」

 

「お前それ絶対俺の親の前では言うなよ? まあ会う機会ないだろうけどさ。セレネがあまりにもブラック家の誰にも似てないせいで両親が離婚する一歩手前まで家庭が荒れたことがあったらしいから」

 

 まあ、確かに私の容姿は月にいた時とよく似ているため、ブラック家の誰とも似ていない。

 ブラック家は代々黒髪だが、私だけは透き通るような白髪だ。

 

「とにかく、一度どこかに隠れよう。ここじゃフィルチに見つかる」

 

 少年の一人、リーマスが周囲を見回しながら言う。

 私たちは頷き合うと、それぞれローブとマントを被って小移動を始めた。

 

 

 

 

「改めて紹介するよ。妹のセレネだ」

 

 月明かりが差し込む空き教室で、シリウスが私を紹介する。

 

「他のブラック家の例に漏れずスリザリンだけど、まあ仲良くしてやってくれ」

 

「そうか、スリザリン生か……。やっぱりシリウスだけが特別だったんだな」

 

 そう言ってジェームズがシリウスの肩を叩く。

 

「そういう言い方をするなよ」

 

 シリウスは言葉では否定していたが、まんざらでもなさそうな表情だった。

 

「っと、こっちの紹介がまだだったな。俺はジェームズ・ポッターだ」

 

「僕はリーマス・ルーピン」

 

「えっと、その……ピーター、ピーター・ペティグリューです」

 

 私は順番に兄の友人たちと握手をしていく。

 全員兄と同じグリフィンドールの二年生のようだ。

 

「ホグワーツの探検をしていたって話だが、あまり褒められた行為じゃないな。夜のホグワーツはかなり危険だ。フィルチも徘徊しているし、階段で足を踏み外す危険性もある。それに、ピーブズだって日中よりずっと活動的だ。一年生は消灯時間は大人しく寮でだな──」

 

「まあまあシリウス。俺はお前の妹が規則なんて絶対に破らないようなつまらないやつじゃなくてほっとしてるぜ。スリザリンなのはいけ好かないが、それ以外は滅茶苦茶好印象だ。うん、わかるぞ。規則なんてくそくらえだよな」

 

 ジェームズは私の肩に手を置いてウンウンと頷く。

 そんな様子を見てリーマスは大きなため息を付いた。

 

「いや、シリウスの言う通りだ。消灯時間は出来るだけ寮の中で大人しくしておいた方がいい。そりゃ夜のホグワーツに興味を惹かれるのは分かるけど……、それでも探検は明るい時間にした方がいいよ」

 

「そう言う割には毎回律儀についてくるじゃないかリーマス。俺は知ってるぞ。こういうアブナイ行為を一番楽しんでいるのはお前だって」

 

「ちょ、そんなわけないだろ! 僕は君たちが危険な場所に足を踏み込まないようにだね……」

 

 ジェームズがそう指摘すると、リーマスが少し顔を赤くしながら否定する。

 ピーターはそんな二人の様子を見てほっと胸を撫で下ろした。

 

「でも、ぶつかったのがシリウスの妹でよかったよ。僕はてっきり噂の赤い目のバケモノかと」

 

「赤い目のバケモノ?」

 

 私はピーターに聞き返す。

 ピーターはまさか私から声を掛けられるとは思っても見なかったのか、少しビクついてから口を開いた。

 

「え、あ、知らない? 最近上級生の間で噂になってるんだ。ホグワーツの禁じられた森に赤い目のバケモノが出るって」

 

「どんなバケモノなのですか?」

 

 禁じられた森には多くの魔法生物が生息しているらしい。

 それこそバケモノなんて珍しくないはずだが、噂になるということは何か理由があるのだろう。

 

「それがよくわからないんだ。赤い目を見たって生徒は多くいるのに誰もその姿を見ていない。不思議だよね。目を見たならその顔も見ているはずなのに」

 

「森の番人をしているハグリッドにも聞いてみたが、全く同じだった。赤い目を見たけど、そいつの姿は覚えていないらしい」

 

 ジェームズがピーターの説明にそう付け足す。

 ピーターはジェームズの言葉に何度も頷くと、少し肩を震わせながら言った。

 

「そ、それに、最近じゃ城内でも見たって話を聞くんだ。だから僕怖くって……」

 

「まったく情けないなピーターは。安心しろって。俺が守ってやるからさ」

 

「う、うん」

 

 ジェームズにそう言われ、ピーターの顔に少し笑顔が戻る。

 なんにしても、興味深い話を聞いた。

 赤い目のバケモノか……死ぬまでの暇つぶしに少し調べてみるのもありかもしれない。

 

「まあ、そういうわけだ。お前はもうスリザリン寮に帰れ。なんなら近くまで送っていくが──」

 

「そこまでして頂かなくても大丈夫です。お兄様たちはどうされるのです?」

 

 シリウスはジェームズの顔をチラリと伺う。

 それに対しジェームズは少し肩を竦めて答えた。

 

「僕らももう帰るよ。流石に夜遅いしな」

 

 それを聞いてリーマスがホッと安堵の息をつく。

 私は目くらまし呪文の掛かったローブを羽織ると、静かに扉を開けて空き教室の外に出た。

 

 

 

 

「赤い目のバケモノ? いや、初めて聞いたな」

 

 次の日の昼食時。私は大広間にあるスリザリンのテーブルで昼食を摂りながらバーティに噂話について話していた。

 やはりというか、バーティもその噂話は聞いたことがないらしい。

 

「私も聞いたのは上級生からだし、一年生には浸透していないのかしら」

 

 私は大きなミートパイを自分の手元に引き寄せると、ナイフとフォークで切り分け始める。

 

「そうじゃないか? それに、一年生は禁じられた森には立ち入れないしな。っと、そうだ。それこそ上級生に聞いてみたらいいじゃないか」

 

 バーティは食べていたサンドイッチを皿に置くと、席を立って少し離れた位置にいる監督生のルシウスの元へと駆けていく。

 私もミートパイの皿を抱えてその後を追った。

 

「マルフォイ先輩、すみません。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」

 

 バーティは私から聞いた赤い目のバケモノの噂話をルシウスに話す。

 ルシウスはその話を聞いて鼻で笑った。

 

「何かと思えば、その話か。そんなもの噂好きの生徒が面白半分に広めているに過ぎん。その証拠に、その噂には大きな矛盾がある」

 

「矛盾……ですか?」

 

 バーティが聞き返すとルシウスは頷く。

 

「誰もその姿を見たことがないのに何故バケモノなのだ? ただの魔法生物かも知れないし、生徒のイタズラかもしれない。バケモノというのはどこからきた情報なのだろうな」

 

 私は右手に抱えているミートパイの皿にフォークを突き刺しながら考える。

 確かにルシウスの言う通りだ。赤い目という情報だけならバケモノだなんて仰々しい話にはならない。

 

「赤い目の何かが禁じられた森にいるのかもしれんが、バケモノというのは言い過ぎだ。不安がる必要はない」

 

 話は終わったと言わんばかりにルシウスは食事に戻る。

 私はミートパイを食べながら先程いた席へ戻ると、今度はポテトサラダのボウルを引き寄せた。

 

「って、ルシウス先輩は言ってるけど、セレネはどう思う?」

 

「実際にその赤い目を目撃した生徒に話を聞きたいわね」

 

 私はポテトサラダを口に運ぶ。

 バーティはその様子を見てやれやれと頭を振った。

 

「と言うか、なんでそんな噂を調べてるんだ?」

 

「なんでって……そりゃ暇だからだけど。授業も退屈だし」

 

「退屈ってお前……実習の時間以外全部寝てるくせによく言うよ。そんなことだと学年末の試験で痛い目を見るぞ」

 

「そういう貴方は優秀よね。宿題も完璧にこなすし、教師の質問にも積極的に手を挙げて……点数稼ぎ?」

 

 バーティは少し顔を赤くする。

 

「普通だ。ホグワーツには勉強しにきてるんだ。それに、半端な成績を取ったら親からなんて言われるか──」

 

「クラウチ家のお坊ちゃんは大変ねぇ」

 

「ブラック家のお嬢様には言われたくないね。この白黒女」

 

 バーティはフンと鼻を鳴らすと先程まで食べていたサンドイッチに齧り付く。

 私はそんなバーティを見てニコリと微笑むと、空になったボウルの中にフォークを投げ入れた。




プチコラム

暗視の魔法薬
 夜目が利くようになる薬。紫外線や赤外線、温度が見えているというよりかは、ただただ暗闇に目が慣れる薬。新月の森の中でも本が読める程度の性能。

箒を使わない飛行術
 原作ではヴォルデモートや死喰い人が使用していた。それと大体原理は同じ。

子供が嫌いではないセレネ
 アホさ加減が玉兎に似ていて可愛らしいらしい。

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