ようこそひより至上主義の教室へ 作:tanaka
というか、ぶっちゃけアンケートはデートに集中するようにしてたつもりだったのに意外とほかのにも票が入っててビビりました。
色々あってひよりと付き合えてから一週間。ほとんど夢見心地というか、常に無重力空間を揺蕩っているような気分というか。
現に、石崎たちの暴力事件の二度目の審議が既にあったはずだが、もはやどうでもいいと思ってしまっている。前々からひより以外は興味ないと公言してはいたが、それでも一応この学校で勝ち残るための準備くらいはしていた。でも、ひよりと交際できるのならDクラスになっても構わないし、ひより以外のことに時間をとられるのは嫌だし。よし、もう完全にクラス対抗は龍園に任せよう。
さて、少し話は変わる。これは彼女ができた高校生の十割が考えることなのだが。
「彼女ができた後って、どうするんだろ?」
そう、結ばれた後だ。おとぎ話ならもう「こうして二人は幸せに暮らしましたとさ」と書かれて終わってるし、ラノベによっても「一年後――」とか言ってエピローグが始まる。彼女と何をしたらいいのか、圧倒的に教科書が足りてない。
「一応参考になりそうなのもあるけれど……」
六法全書の箱から、以前購入した漫画を取り出す。隠し場所から察されるように、そういう漫画だ。
「文学少女系と図書館でやるやつ、勉強になると思ったから残してたんだけれど……なんか違うんだよな」
文学少女のえちえちは、大きく二種類。文学少女系痴女か、おどおどとしたおとなしい娘か。
ひよりが「ふふっ、声を出したらばれちゃいますよ?」とか言いながら、机の下であんなことやこんなことをするヴィジョンが見えない。
だからと言って、おどおどとした感じでもないし。ああ見えてひよりは、結構しっかりとした芯のあるタイプだし。
「やはり漫画、参考にならんな」
教科書で学べないことがある場合、いったいどうやって学べばいいかといえば。
「というわけで、堀北パイセン、俺、イケイケリア充になったんすけど、アドバイスよろっす」
『相変わらずだな……急に電話をかけてきて何かと思えば』
知ってるやつに聞くしかないわけだ。
南雲君に聞くというのも考えたのだが、なんか南雲君のアドバイスは龍園に聞くくらい参考にならない気がする。
それに引き換え、会長はきっと素晴らしい知識を俺に授けてくれるはずだ。
「ところで、結婚したいんですけれど、確か郵送でもできましたっけ?」
『……それ以前に、結婚したらおそらく退学だろう。そもそも、お前はまだ結婚できる年齢ではないだろう』
冗談のつもりだったんだが、冷静に諭されてしまった。まあ、冗談が通じなかったわけではなく、単純に乗ってきてくれたのだろう。
「というわけで、俺くん彼女ができたんですよ」
『確かに、やけに浮かれているようだが』
「それで、彼女ができた後って、どうしたらいいんですかね? 俺の知識だとアフターストーリーに自動的に入るんですが」
もっとも、アフターに入るのはライトノベルなどの場合だ。十八禁恋愛シミュレーションゲームの場合は、付き合ってからが本番まである。文字通りの意味で。
『どうしたら? そんなもの、学生らしい健全な交際を心掛けろとしか言えん。特に、お前の評判を聞く限りではな』
なんというか、いや、俺も我ながら悪かったとは思っているが、俺の評判終わってんな。最近は最初の頃みたいに変なことはしていないのに。
むしろ、寮の前で人体切断マジックをやって通りすがりを楽しませたり、突然ブレイクダンスをしてかっこいいところを見せつけたりしているから、評判回復も時間の問題だと思っていたのだが。
「おかげで最近はダンゴムシ観察日記も書けてないし……」
『何の話だ?』
「あ、すみません。ちょっと考え事してて。でも、会長のおっしゃる通り、健全な交際をするつもりですが……とにかく、こう、なんでしょうね、なんて言ったらいいか……これから何をやったらいいかわからなくて結構困ってるんですよ。うれしいはずなのに、逆に不安というか」
『……そうか、あるいはお前にはそういった感覚は未知のものなのだろう。人間、困難な何かを達成したときに、そう言った心情になる時がある。達成感と、大きな目標を失ったことの虚無感だ。そんな時は、また新たな、大きな目標を立てればいい』
「な、なるほど……!」
そういうことならば大きな目標を立てよう。
目標を立てる時は色々気を付けるべきことがある。例えば、地球大統領を目指すとか、突然大きすぎる目標を立てない事。まあ、死ぬほど頑張ればできるかな、くらいの目標が上限だろう。
そして、目標は具体的でなければならない。曖昧な目標はモチベーションに繋がらず、寧ろ何をすればいいか分からず混乱する。
目標を具体的に立てることができたのならば、あとは逆算だ。その目標を達成するのに必要なことで、何が既に出来ているか、何をしなければならないかを明確にするのだ。
最後に、当たり前といえば当たり前だが、その目標は達成したいと思えるものでなければならない。その目標を達成したら自分にどんなメリットがあるのか考えて、頑張りたいと心から思えれば、目標達成にもう既に一歩近づいたと言える。
「よし! 決めました。大きくて困難で、それでいてやりがいのある目標。俺は、ひよりと在学中に手をつなぎます!」
『は? ……いや、いいんだ。そうか。健闘を祈る……?』
俺の宣言に、会長は困惑したような口調で、応援してくれた。会長って賢いはずなのに、あっけにとられる時が多い気がするけれどなんでだろう?
☆
授業中。
茶柱先生が日本史の教科書を読み上げている間に、ひよりと手をつなぐまでの具体的なロードマップを脳内で完成させる。
一日単位で作ったので、これを一週間ごとに適宜修正しつつ詳細を詰めていく。
今日の場合は放課後に喫茶店で一緒に読書する約束をしている。その時に話すべき内容、誘導すべき話題、あとは見せる仕草も決める。
「よし……」
うまくいけばお部屋デートまで行ける。これまで何度も俺の部屋で一緒に読書することもあったし、不自然なことはないはずだ。ただ、男女交際を始めた以上、こちらに下心があって部屋に誘っていると思われないようにしたい。
というか、もしかして、これまで俺の部屋で一緒に本を読んだりしたのもデートだったりするんだろうか? あれ? いや、そんなことはないか。付き合ってからカウントするべきだろうたぶん。
その後、脳のリソースをひよりとの会話のシミュレーションに費やして、今日の授業はほぼすべて右から左へと流れた。まあ、高校の授業なんて聞かなくても問題ない。
これが別の高校だったら、先生がふざけて「授業中に話した〇〇先生の趣味を答えろ(配点50)」とかあって詰むかもしれないが、この学校ではありえないだろうし。
しかしこれで兎にも角にも完璧に今日の行動は決まった。多少のずれは起こるだろうが、ひよりの読書スピードや休憩のタイミングは把握済みだし、あとはいくらでも誘導して少しでも長い間ひよりと一緒に過ごせるはずだ。
放課後になると、すぐにひよりは俺のところにやってきて。
「修治君。今日のことですが」
「ああ、これからいつもの喫茶店で読書だろ?」
「そう約束していましたが、よかったらこれを一緒に見に行きませんか?」
あれ? なんかすでに俺のシミュレーションから大分ずれているぞ?
ひよりが言いながら差し出してきたのは、ケヤキモールで特別展示をやっているというチラシ。何でも世界中のボタニカルアートを集めた美術展なのだとか。
「昨日、修治君のお部屋で美術解剖学の本があったので、興味があるのかと思ったんです」
「…………すげー興味ある。ちょー行きたい」
さらば俺の完璧なシミュレーション。
わーい。ひよりと美術館デートだ!
アニメ勢がひより好きになってこの小説に到達する可能性に備えて、あとがきを修正しました。
本編でも結構ネタバレ要素はある気がしますが、これはどうしようもないので諦めます。
オリジナル要素として、ケヤキモールで美術の特別展示を出しましたが、占い師を呼ぶくらいなので、それくらいはたぶんしていると思います。
誤字修正助かってます。いつもありがとうございます。