天与の暴君になりまして   作:海渦

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今回は第三者視点で進めます。






凱旋

南の地下施設。そこには牢屋があり、中には攫われたクレアがいた。だが、両腕は鎖に繋がれていた。その鎖は普通の鎖ではなく『魔封の鎖』という魔力を使えなくするもので、それに繋がれている間は魔力が一切使えなくなる。

 

そんなクレアに一人の男が近づいてきた。

 

歳は30代半ばをすぎた頃だろう。 鍛えられた体躯に鋭い眼差。灰色の髪をオールバックに纏めている。

 

「気分はどうだ? クレア・カゲノー。今日は貴様に色々と聞きたい事がある」

 

クレアは寝ているところを連れ去られたからか、薄いネグリジェ姿で、豊かな胸の膨らみと瑞々しい太股が覗いている。気の強そうな目が男を睨み上げた。

 

「あなたの顔、王都で見たことがあるわ。確かオルバ子爵だったかしら?」

 

「ほう、昔近衛にいたが……。いや武神祭の大会でか?」

 

「武神祭ね。アイリス王女に無様に斬られていたわ。決勝大会一回戦負けのオルバ子爵」

 

フフ、とクレアは笑った。

 

「ほざけ。決勝の舞台に立つ事がどれほどの偉業か分からぬ小娘が」

 

オルバはクレアを睨みつけた。

 

「私なら後一年で立てる」

 

「残念だが貴様に後一年はない」

 

クレアを繋ぐ鎖が鳴った。直後、オルバの首筋ギリギリで彼女の歯が噛み合わされた。

 

ガチン、と。

 

オルバが僅かに首を傾けなければ、頸動脈を噛み切られていただろう。

 

「一年後生きていないのは果たしてあなたか私か。試してみる?」

 

「試すまでもなく貴様だ、クレア・カゲノー」

 

獰猛に笑うクレアの顎を、オルバの拳が打ち抜いた。クレアはそのまま石壁に叩きつけられ、しかし変わらぬ強い瞳でオルバを見据える。  

オルバは手応えのない拳を下ろした。

 

「後ろに跳んだか」

 

クレアは不敵に微笑んだ。

 

「蠅でもいたかしら」

 

「ふん、高い魔力に振り回されるだけではないらしいな」

 

「魔力は量ではなく使い方だと教わったわ」

 

「いい父を持ったな」

 

「あのハゲに教わる事なんてないわ。弟に教わったの」

 

「弟か。確か二人いたな。よほど優秀な弟がいると見える」

 

「優秀? いいえ、生意気な弟よ。戦えばいつも私が勝つわ。でも私はその弟から剣を学んでいるの。だけど弟は私からは何も学ばない。だからいつも虐めているのよ」

 

「ほぅ……毎日虐められているとは。その弟達が不憫でならないな」

 

「……あなた話を聞いてなかったのかしら? 私は『生意気な弟』と言ったのよ? もう一人の弟の話はしていないわ」

 

「ならそっちは虐めてないっていうのか?」

 

「少しも虐めていない……というのは嘘になるわね。あの子は私が過度に構い倒すと、物凄いしかめっ面をするの。嫌なら嫌って言えば良いのに、そんな事一言も言わず、私に付き合ってくれる。そんなとても優しい子よ。それより聞きたい事って?」

 

「クレア・カゲノー、貴様は最近、体に不調はないか? 魔力が扱いづらい、制御が不安定、身体が黒ずみ腐り始める等の症状は?」

 

「わざわざ私を連れ去って、やることは医者の真似事?」

 

クレアは艶やかな唇の端で笑った。

 

「私もかつては娘がいた。これ以上手荒な真似はしたくない。素直に答えてくれることがお互いにとって最善だろう」

 

「それって脅し? 私は脅されると反抗したくなる性質なの。例えそれが非合理的であったとしても」

 

「素直に答える気はないと?」

 

「さて、どうしようかしら」

 

オルバとクレアはしばらく睨み合った。静寂を先に破ったのはクレアだった。

 

「いいわ、大した事じゃないし答えましょう。身体と魔力の不調だったかしら? 今は何ともないわ、鎖に繋がれてさえいなければ快適そのものよ」

 

「今は?」

 

「ええ、四、五年ぐらい前かしらね、あなたの言った症状が出ていたのは」

 

「何? 治ったというのか? 勝手に?」

 

オルバの知識の中に『アレ』が自然に治ったというケースはない。

 

「そうね、特に何も……あ、そうそう、弟にすとれっち? よく分からないけど、それの練習させてくれとか頼まれて、なんだか終わったら、とても調子が良くなっていたわ」

 

「すとれっち? 聞いたことがないな……。だが症状が出ていたという事は、まず適合者で間違いないか」

 

「適合者……? どういう意味よ」

 

「貴様は知る必要のない事だ。どうせすぐ壊れる。ああ、貴様の弟達も調査する──」

 

オルバがそこまで言った瞬間、彼の鼻骨に衝撃が走った。

 

「ぐっ!?」

 

オルバは扉まで後退し、鼻血を押さえてクレアを睨む。

 

「クレア・カゲノー、貴様……!」

 

両腕を鎖で拘束されていた筈の彼女だったが、右手首の鎖だけがどういう訳か外れて、そこから血が流れ出ていた。

 

「手の肉を削いで、指も外したかっ……!?」

 

彼女を拘束していた鎖はただの鎖ではない。魔封の鎖だ。

つまりクレアは純粋な筋力だけで、己の手の肉を削ぎ落とし、骨を砕き拘束を外し、オルバを殴りつけたのだ。

その事実にオルバは驚愕した。

 

「あの子達に何かあったら、絶対に許さない!お前も、お前の愛する人も、家族も、友人も、全て残らず殺してっ……!?」

 

オルバの全力の拳がクレアの腹を殴りつけた。魔封の鎖に繋がれている彼女に、魔力で強化されたオルバの一撃を防ぐ術はない。

 

「小娘がっ……!」

 

オルバは吐き捨て、クレアは崩れ落ちた。

クレアの右手から流れ落ちた血が床に赤黒い染みを作る。

 

「まあいい。これで分かる……」

 

オルバが呟き、その血に手を伸ばす。その時、兵士が息を切らせて扉を開けた。

 

「オルバ様!侵入者ですッ!!」

 

「なんだとッ!?」

 

静かだった牢屋に大声が響く。伝えられた内容は予想外の侵入者。このアジトを特定されただけでなく、真っ向から乗り込んでこようとは考えてもいなかった。

 

「て、敵は恐らく八人!圧倒的な強さです!我々では歯が立ちませんッ!」

 

報告を受け、オルバが走る。この支部を任されている者として、自らが剣を振るうしかない状況になってしまった。

 

「あり得んッ!ここには王都の近衛に匹敵する騎士を……ッ!?」

 

オルバの動揺を更に加速させたのは足元に転がって来た部下の死体。首から上を吹き飛ばされており、相当な実力者の仕業である事が分かる。選りすぐりの部下達をこうも容易く屠る敵、オルバは警戒を最大に引き上げた。

 

「貴様ら何者だァァァッ!!」

 

部下達の血で染められた地面に立つ八人の侵入者。その内七人は漆黒のスーツに身を包んでおり、異様な存在感を放っている。仮面を付けているため顔は確認出来ないが、年齢は自分よりも相当下であるとオルバは感じ取った。

 

激昂するオルバに返答したのは、整列する七人の前にゆっくりと出て来た、灰色のコートを着ている者だった。

 

灰色の生地に白銀のラインが走るフード付きのコート。それを身に纏い、狂ったように白く、歪んだように白く、澱んだように白い髪を揺らす男だった。

 

「──【シャドウガーデン】」

 

地獄の底から響くような声色だった。同時に、赤い瞳が妖しく光る。

 

後ろの七人が一歩下がって構えているところから察するに、この男がリーダー格なのだろう。オルバは鞘から剣を引き抜きながら、侵入者達へ怒声を浴びせかけた。

 

「此処がどういう場所か分かっていて、こんな真似をしたのか!?」

 

「『ディアボロス教団』の支部だろ? こちとら知っててやってンだよクソ野郎」

 

「なっ……!」

 

「『魔人ディアボロス』に『英雄の子孫』、そンで『悪魔憑き』。業務過多で大変だなァ? ぎゃははは!」

 

「き、貴様ッ!どこでその名をッ!? どこでその秘密を知ったァァァァ!!!?」

 

少しでも情報を引き出そうとしたオルバだが、悪態と嘲笑付きで強烈なカウンターを喰らう。表の人間は勿論、裏の人間でさえ知る者は少ない組織の名を間違える事なく口にしたのだ。

 

磨き上げられた剣術を持って、オルバが男へと斬りかかる。真っ直ぐに振り下ろされた剣は岩も切り裂く威力。丸腰で受ければ即死は免れない。

 

だが。

 

 

 

「遅ェよ」

 

 

 

男が一歩踏み出したと思ったその直後には、既にオルバの眼前に立っていた。まるで最初の動きと結果だけを繋ぎ合わせ、その途中の動きを切り取ったかのようだった。

 

「なっ…!?」

 

驚愕に目を見開くオルバは思わず剣を振り下ろす動きを一瞬止めてしまう。その一瞬は隙とも言えない、コンマ数秒の僅かな時間。

 

だがこの男の前では、それすら明確な隙になってしまった。

 

気付けば片手で胸ぐらを掴まれ、もう片方が拳を握っていた。それにオルバが視線を向けた瞬間、容赦のないラッシュの雨が振り下ろされた。

 

「ぶっ……!?」

 

傍目から見れば振るわれる腕が複数あるように見える程のラッシュスピード。当然威力もそれ相応に激しく、瞬く間にオルバの頬が腫れ上がり、鼻骨や歯が折れ、決して少なくない血飛沫を周囲に撒き散らす。

 

(コイツ、何なんだ……!?)

 

まだ年若い少年程の体躯なのに。

 

自分の腕よりも細い腕なのに。

 

鍛え上げた筋肉量がある訳でもないのに。

 

何より──魔力の使用痕跡、魔力の流れ、どちらも一切無いというのに。

 

白い暴君の凄まじい力が、的確にオルバの精神を乱しへし折っていく。

 

(まさか……素のフィジカルがこれだとでも言うのか……っ!?)

 

オルバの意識が薄れ、剣を握る力が弱くなっていく。そのタイミングで白い暴君は、ラッシュをやめてガラ空きとなっている腹部へ蹴りを決め、オルバを吹き飛ばした。

 

「ぶっ飛べ三下ァ!」

 

「ごあっ!?」

 

吹き飛んだ先で、三回ほど地面をバウンドしてから壁に叩きつけられるオルバ。衝撃で吐瀉物と肺の酸素を全て吐き出し、そのまま崩れ落ちる。

まだ意識はあるが、この状態ではまともに戦えない。明らかに力の差を思い知らされたからだ。

 

……まだ一応、手はある。だがそれを使っても優勢になるか……。

 

(いや、やらねば……。私はやらねばならないのだ!)

 

地面に横たわったままのオルバは、震える手で懐から瓶を取り出し、中に入れていた赤色の錠剤を一つだけ噛み砕いた。それと同時に跳ね上がる魔力量、オルバは自身の限界を無理矢理突破した。

 

これで多少はまともになる。オルバのそんな考えを嘲笑うかのように、

 

「ドーピングでどォこうなる問題じゃあねェよ」

 

「っ!?」

 

オルバの間近で聞こえる声。それに反応して視線を上げれば、眼前の宙を舞う白い暴君。そしてその手で踊る三節棍。

 

「フィジカルギフテッドってワードを覚えとけ、クソ野郎」

 

直後、オルバの世界が轟音と共に爆ぜた。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

「まァ、こンなもンか」

 

未だ土埃が舞い浮かぶ空間で、サツキはそう呟いた。

 

彼の前には、頭部が大きく挫傷して多量の血を流して倒れ伏すオルバがいた。この分なら即死、運よく息があっても数分と持たずに結局死に向かう。

サツキの膂力から繰り出された遊雲の一撃を受けたのだ。先ず助かる事はないし、この場の誰も助けない。

 

それは不運にも、まだ息があったオルバにも分かっていた。だからこそ、まともな思考すらできない頭に真っ先に浮かんだのは愛娘の事で、口から出たのもその事だった。

 

「助け……たかった……んだ……娘を……」

 

「あァン?」

 

まだ言葉を話せる事に僅かな驚愕を覚えつつも、それが死に行く者の最後の言葉だと分かると、サツキは無言で聞く姿勢を見せた。

 

「娘は……ミリアは……悪魔憑きで…………だから……!」

 

「チッ……お前もかよ。どンだけ必死になってたか知ンねェが、御大層な理由があれば他人を殺してもいいなンて考えた時点で、お前の悪はチープすぎる」

 

「……そう……かも、な……」

 

オルバは平凡な子爵だった。娘が健常者なら善人のままだった。

だが不幸な事に娘は悪魔憑きとなり、助ける為に奔走した結果、教団の魔の手に堕ちて道を踏み外した。

 

オルバは既に事切れる寸前の状態だが、その執念を持ってして、視線を右方向に向ける。そこにはロケットペンダントが1つ転がっていた。恐らく戦闘の余波で千切れ吹き飛んだのだろう。

 

「ミリア……すまない……」

 

それがオルバの最後の一言となった。

 

完全に息を引き取った肉塊をしばらく見下ろしていたサツキは、アルファを呼ぶ。

 

「アルファ」

 

「何?」

 

「とっとと姉貴を助けて帰るぞ。それと……そのペンダントの写真を記憶しとけ」

 

「助けるのね。彼の娘さんを」

 

「ただの事実確認だ」

 

「ふふっ、素直じゃないんだから」

 

今にも舌打ちしそうなぐらい不機嫌な様子のサツキに笑いかけるアルファ。

これ以上何言っても好意的に解釈される。そう感じたサツキはそれ以上は何も言わず、クレアを捜索。

牢屋で倒れてる彼女を見つけると、遊雲で牢を破壊してクレアをお姫様抱っこで確保。そのまま七陰と共に引き上げるのだった。

 

 

 





サツキのヒロインレース

  • アルファ
  • ガンマ
  • デルタ
  • ゼータ
  • イータ

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