渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

モトトレイン ~国鉄・JR東日本~

2023年10月28日 | open




国鉄と分割民営化の後のJR
東日本は、かつて素晴らし
い旅企画を展開していた。
それは1985年に開始された
「カートレイン」、1986年
に始まった「モトトレイン」

だ。いずれも1998年に廃止。
自分の四輪車や二輪車を列車
に積み、上野から北海道まで
列車旅が出来たのだ。
乗客は寝台車に同乗する。










バブル経済開始頃の1986年、
日本は空前絶後のオートバイ
ブームの真っ最中だった。
国鉄は素晴らしいプランを
実行したものだ。
寝台の列車旅が楽しめて、かつ
自分の車やバイクと北海道に
行ける。
最高の旅だ。
イギリスでは1955年からロン
ドン発スコットランド行が
カースリーパーという名で
のカートレインを開始した。
その後、ドイツ、スイス、ベ
ルギーなどでも運行が開始さ
れた。
日本はそうした西欧のモーター
リゼーションの流れを受けて、
交通先進国の一翼としてカー
トレイン&モトトレインを開始
した。
西欧は現在も運行が続けられて
いるが、日本では12年ほどで
廃止。残念な限りだ。
なお、四輪車は燃料を減載し、
二輪車は燃料を全て抜いての
積載となっていた。
その点と、食堂車が連結されて
いない事のみが不便な点だった。
私は1980年代のバブリー時代に
モト・トレインに乗ろうとした
が、全くさっぱり全然チケット
が取れず断念した。

そういえば、航空会社もオート
バイを空輸して、乗客が下りて
からバイクとドッキングして
北海道とかの旅ができる企画が
あった。矢沢永吉などはそれ
を利用してバイク旅番組を撮

影したりしていた。
旅客機のそれも今は無い。
そして、今、カーフェリーも
どんどん便数が減少している。
列車や飛行機に自分のオートバイ
を載せて共に旅をする。降りた
現地では愛車に跨りさらに走る。
かつては国内ではこうした夢の
ようなツーリングプランが存在
したのである。
日本がまだ豊かで、世界第二位
の経済大国だった頃。

今後の日本は衰退の一途しか
未来はない。
最近ネイチャー誌にも今の日
本の立ち位置を書かれてしま
った。「日本は既に学力、学術
研究においても世界のトップか
らは転げ落ち、世界の最新最前
線の学究レベルには無い」と。
日本人が日本人を馬鹿な日本人
にしようとした国家政策は大成
功を収めた。
かくして、そうして作られた
頭の働きの弱い日本人は、今や
中年となり、企業や行政や学校
機関において中堅の中心どこに
なっている。
日本が衰退する一途であるのは
当然の事なのだろう。
国の中心的層が大馬鹿世代に
なったから。年だけ取った幼児
のような。
作る製品を見てさえすぐ判る。
日本のオートバイが今はもう
世界最低レベルに転落した事
が如実に現れているからだ。
世界最高峰グランプリで今は
日本製オートバイは最下位し
か走れない。
世界の頂点に君臨したのが
日本のオートバイ、日本製
の二輪でないと競技にならない、
という40年間続いた地球王者
だった時代は過ぎ去ったので
ある。

日本がまだ創造的、躍動的だっ
た時代。国内の旅模様さえ創造
力豊な事を日本人はやっていた。

 


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