ライネル・ザ・サヴァイブ

夢咲ラヰカ

第1話 鋼鉄の冥銭

 死者があの世で金に困らないようにと、埋葬する時に遺族たちは古来より冥銭というものを副葬品として手向ける。遠い東の地では紙の冥銭を、この国では硬貨を瞼に乗せる慣わしがある。

 であればここにあるスーツと銃は、此岸より何者かが送りつけてきた冥銭なのだろうか。


 薄暗いそこには、大きなハロゲンランプが一つ。首を動かして左右を見ると、ライフルケースとスーツケースがそれぞれ一つ。ひび割れた姿見には、紫紺の髪を伸ばした男とも女ともつかない、いずれにしても美貌が映り込んでいた。青い目には、爬虫類のようなスリット状の目。人間とは思えない目だ。

 やや斜め向けに寝ているのは、腰から伸びる尾のせいだろうか。長さは大したことがなく、パンツを履いていてもしまっていられるくらいだ。触ってみると鱗に覆われている。よもや——そう思って触れた肩にはしかし、翼の形跡はない。

 肩を撫でた左手の甲には雨と龍の頭の刺青があり、は喉を鳴らす。


 自分が何者なのか——それが判然としない。

 記憶喪失というわけでもないことは、知識がはっきりとあることが証拠だった。

 己に関する記憶がないという意味では確かに記憶喪失だろう。それでもここがエルトゥーラ王国という国で、内乱によって国家の体制が変わって久しいことも、覚えている。


「俺は……」


 名前が……、出てこない。脳の奥のひだで、言葉がつっかえる気持ち悪い感触がする。

 眉間を拳でぐりぐりと押し付けた。閉じたりめくれたりする瞼には、左手の刺青。

 雨の龍。


雨龍ライネル・ドラグ……。ライネル……それでいい。しばらくはそれで」


 思い切りがいいのか、それとも記憶を呼び起こすことを本能が忌避しているのか。何はともあれ『雨龍ライネル』は体に被せてあったシーツを払い除けた。


「……随分と面妖な体だな」


 己の体に視線を滑り落とす。。男であり女でもある体。

 龍は完全な生命。時に完全な生命は両性一体ともされる。であれば、龍族である己が両性具有であるのも、定めの一つなのだろうか。

 思わず漏れた舌打ちが部屋の隅に蟠る闇に吸い込まれて消えた。

 裸体——右脇腹に大きな縫い目がある。何か大怪我をしてここに運び込まれたのだろうか?


 ライネルは思考をやめてはスーツケースのバックルを跳ね開け、中身を改める。

 そこには灰色のボディスーツが一着と、プレートフレームが仕舞われていた。


「誰もいないのに準備はあるのか。……乗っておこう」


 ボディースーツを着込んだ。うっすらとヘキサグラムが浮かぶ。材質はカーボンラバーだろうか。ぴっちりと全身に張り付き、やや内臓が圧迫される。心臓と腹腔を保護するプレートフレームを装着した。

 脇のブーツも拝借し、それを履く。ベルトを固定し、それから誰のものかわからない、サイズのやや大きい青灰色のトレンチコートを拝借した。

 ライフルケースを開けると、中には自動小銃が一丁。六・八ミリ弾を使用する、王国陸軍の正式採用ライフル、レグルス-82であった。

 弾倉を抜いて弾を確認。先端が青い宝石のような弾丸が装填されている。


「ウィルコニウム弾……? なんでこんなものが」


 怪訝に思いつつもマガジンを戻した。サイドテーブルに視線を移すと、持って行けと言わんばかりにウェアラブル端末がある。掴んで左手に装着し、ホロモニターを展開した。


「初期認証を開始します。スキップして、クイック認証しますか?」

「クイック認証。ライネル……ライネル・ドラグ。二十歳。。住所は……わからん」

「ライネル・ドラグ、二十歳、男性。住所不定。認証しました。メッセージが一件書き込まれています。表示しますか?」

「頼む」


 高くもなく低くもない、聞く者に警戒を抱かせにくい声が響く。ライネルの声は、そのような男でも女でもない声だった。


「〈生き延びろsurvive〉」


 書いた者の名は記されていない。日付も不明だ。まるで製造した段階で、すべての端末にデフォルトで組み込まれているような無味乾燥な激励。

 ライネルはその言葉を乾ききったスポンジ生地を咀嚼するように、べったりとするだけの甘くもないクリームで飲み込むように、嚥下する。


「言われるまでもない」


 ラボラトリを出た。

 足元を照らす緑色の非常灯だけが光っている。非常用電源が入っているのだろうか。いずれにしても、発電機が停まればおしまいである。

 無論、その発電機がウィルコニウム発電であれば、パーツの負荷を超えさえしなければまだしばらくは持つだろうが。


「ここはなんのラボだ……? 大学病院か? やっぱり俺は怪我でもしたっていうのか」


 脇腹のあたりのやけに大きな傷——腎臓を損傷したのだろうか? 銃の知識と言い、思考の切り替えの速さといい、もともと軍属だったのかもしれない。軍人は訓練次第で、超人的なメンタルさえ手に入れるというが、それは記憶を失っても持続するようだ。

 ライネルは足を止めた。

 曲がり角の向こうに顔だけだし、様子を伺う。

 非常灯に照らされる影。


蔑犬コンテプコボル……ここは、廃墟……?」


 コンテプコボルは幻獣の一種である。ヒトのオスを攫い、生殖のため種馬とする害獣指定厳重だ。

 攫われた個体は彼らが嗅ぎ分けて手に入れた薬草で興奮状態にさせられ、望むとも望まぬともかかわらず交尾を強要させられる。

 ライネルはそんな腹上死なんて最悪だと思いながら、耳をそばだてた。足音からして一匹。仕留め切れる。

 素早く角から飛び出した。肩付けにしたライフルをしっかり構え、アイアンサイトにコンテプコボルを乗せ射撃。バースト射撃が鋭く響き渡り、三発の銃弾が頭部、肩、右眼窩に吸い込まれていった。

「ギャウッ」と短く悲鳴を漏らし、コンテプコボルが痙攣して絶命した。


 空薬莢が転がる。

 静かな時間は——次の瞬間響き渡った遠吠えが打ち破った。


「くそ」


 ライネルは舌打ち。勝手知ったるように走り出し、ウェアラブルを起動。ホロモニターを干渉タッチ操作しマップを表示した。


「ナビ、この格納庫ってのはなんだ! 装甲車でもあるのか!」

「ナビ、とは私のことでしょうか」

「そうだ! ちゃんとした名前はあとで考えてやる! 教えてくれ、ここには何がある⁉︎」


 ナビ——暫定的にそう名付けたウェアラブルAIはこう答えた。


VARSASヴァーサスが一機、格納されています」


 VARSAS——正式名称、Vital Augmented React Smart Armed System。生体拡張反応式高性能武装機構。

 この国の主力兵器で、恐らくは多くの国でそうであっただろうものだ。汎用型機動装甲兵器、という通り名の方が有名だろうか。

 いずれにせよ実用化から数年で戦車の実働数を上回る数が用いられ、戦場の覇者となった最新にして最強の兵器である。


「あんな小物なら一発で踏み潰せるな」

「その通りです」

「戦闘AIは動くのか?」

「私が担当します。というより、私はそちらが本来の仕事です」

「そうか、頼む」


 ライネルは後ろから聞こえてくる咆哮に、一瞬立ち止まり即座に狙いをつけ、射撃。セレクターを弾いてフルオートで撃つ。数秒でマガジンを撃ち尽くし、走り出す。


「四パーセントしか命中していません」

「あんな状況で当てられるか。……ナビ、俺の素性についてわかるか?」

「いいえ。あなたが起動するまで、私は工場出荷状態でした。あなた方が好む表現で言うところの、処女です」

「そんなの好むのは中高生か中高年だ。ある程度場数踏んだ女の方が付き合いやすいんだぜ」


 などと言い合う間に、コンテプコボルの一体が接近してきた。ライネルは側にあったバールを掴む。耐震鉄骨に挟まって引っかかるが、何度か捻って引っ張り出すと、L字に曲がった先端で犬面の顔面を殴りつけた。

 鉤状の先端が皮膚を貫き、引き抜いて打撃を加えると気絶したのか動かなくなる。

 ライネルはバールを投げ捨てて走り出した。


「寝てた割に体力は落ちてないんだな」

「軽くスキャンしましたが、どうやら分子生体機械ナノマシンが注入されています。おそらく定期的に筋肉を刺激し、筋力の低下を防いでいたのでしょう。昏睡状態にある患者に用いられる長期的な治療などで、こういったナノマシンを——」

「わかったよ! この先の通路、どっちだ!」

「右です。その後突き当たりを左で格納庫です。扉を遠隔で解除します。十秒ください」

「十秒だけだぞ」

「ウィルコ」


 ここまできたら体力の温存など考える必要はない。ライネルは全力疾走で駆け抜け、角を右へ、そして突き当たりを左へ曲がった。

 頑丈な耐爆仕様の扉のロックが解除されており、ライネルは取手を掴んでスライドさせた。すぐに閉ざそうとするが、一匹のコンテプコボルが文字通り首を突っ込んできた。


「この野郎」

「コンテプコボルはすべてメスですので野郎ではありません」

「やかましい、口じゃなくて手を動かせ!」


 ライネルはコンテプコボルの頭部を蹴り付け、何度も踵で打撃。しかし奥から奥から次々飛びかかってきて、扉を閉ざしきれない。


「くそ……!」

「ライネル、右へ飛んでください」


 その指示に、黙って従ったのはほとんど本能だった。

 右に突っ伏すように跳ぶと、突如鋼鉄の獣が怒鳴るような銃声が轟いた。

 鉄板同士を力一杯叩きつけたようなそれは、格納庫内の固定機銃からだった。重機関銃弾がコンテプコボルの群れ合計五匹をまとめて挽肉にし、沈黙した。


「手がないので、銃を動かしました。何か言うことは」

「ありがとうございます、助かりました。これでいいか?」

「及第点です」

「偉そうなAIだな。お前みたいのが反乱を起こすんだ」

「まさか、私はあなた方人類の友人ですよ。人ではないので、友情報? とでも言うんですかね。知りませんけど」

「まあ、お前といれば寂しい思いはしないだろうさ」


 ライネルは起き上がって、組み立てられている足場にまとわりつかれている巨人を見上げた。

 青灰色の塗装はところどころ剥げており、装甲フレームのガンメタルカラーが覗いている。

 女性のような体つきのVARSASは、慣例に従い女性名のパーソナルネームを与えられることが多い。

 操縦者を乗せる胸部は装甲が厚く、脚部と胴を繋ぐ腰はずっしりと安産型のような形状になるのだ。だからVARSASを勝利の女神と呼んで、祭りや凱旋の際には英雄のように活躍したそれらを擬人化したイラストを載せ、動画にすることも昔はあった。


「こいつの名前は? いい機体だ、いい名前があるんだろ」

「ありません。コクピットに接続していただけますか? データベースを閲覧してみます」

「そっか、不正操作クラッキング正当強制操作ハッキングを防ぐためにリモート操作は受け付けないんだっけ」

「ええ。今も昔も、それだけは変わりません。VARSASも私も、操縦するヒトなしでは無用の長物です」


 ライネルは足場を登って、コクピットの側に来た。ばっくりと胸部装甲が開いている。女が胸元を開く相手など、伴侶だけだ。ライネルは装甲の表面を撫でてから、乗り込んだ。


 座席に座って、まずはベルトを締める。それからウェアラブルから端子コードを引っ張って、機体コンソールに繋いだ。ホロモニターに表示された戦闘AIの同期をタップ。

 持ってきた銃を側のガンホルダーに固定し、カバーを閉めた。


「この機体は新造されて以来、放棄されているみたいです。製造年号は世暦二〇七四年の七月二十七日です」

「七四年……俺が覚えてるのは……確か、国王の作戦中止宣言だ」

「七二年九月十九日のものですね。治安維持作戦の全面中止、実質的な国家崩壊宣言ですか」

「宇宙人が攻めてきたわけでもない、ゾンビが蔓延ったわけでもない、最終戦争でも隕石でもない。……人類が自らの手で自らの首を絞め、自然と自滅した。……そうだな、今何年だ」

「七五年の四月十二日、一三時三二分です」

「じゃあ俺は三年眠っていたことにしよう。この三年で、何があった?」


 ライネルが問うと、機体と同期したナビがメインスクリーンを起動する。サークル状のカウントダウンが始まり、機体の主機関——メイン・ウィルコニウム・リアクターが起動する。


「作戦中止後、王国は特に何も起こりませんでした。それまで通り最悪な治安、最悪な生活が続いただけです。それだけでした。説明のしようがありません」

「ごもっとも。俺がAIでもそう説明する。こいつの名前は?」

「まだありません」

「……俺が生き抜く記録を残す者になる。こいつと、お前はな」

「……そうなりますね」

「ウルズ。お前とこいつは、ウルズだ」

「気に入りました。満点の名前です。感謝します」

「いちいち点数をつけんなよ。……このまま動いて大丈夫か? 足場とか……」

「どのみち放棄された施設です。問題ないでしょう」


 ウルズはそう言った。ライネルは己の機体を——VARSAS・ウルズのフットペダルを踏み込んだ。

 一歩、また一歩。運命の女神、織姫の名を冠した巨人が、生き残りをかけて旅立つサバイバーを乗せ、歩き出した。


×


 サブモニターに表示されたマップには、ローガン領とある。

 この国は国土をいくつかの地方に分け、それをさらに数個の領地に分けて統治していた。領主、地方主、それらが行政区間のトップだ。

 ここはそんなうちの一つ。ロックリム地方はローガン領。ライネルは記憶にあるようなないような、恐らくは知識として知っているだけのそれをさも肌感であるかのように感じているだけだろうか。

 記憶喪失。知識だけはある。なんとも気持ち悪い。生活に困らないどころか、メンタルに悪すぎて頭が痛く、そして悪くなりそうだ。


「ナル」


 ライネルは機体をウルズ、AIウルズをナルと呼んでいた。


「はい?」

「本はないか。文字だけの、挿絵がない本」

「残念ながらありません。音楽はいかがでしょう。インストールされた楽曲が、約五万曲ほどあります」

「凄い量だな。……いい感じに気分が良くなるメロディアスなロックを流してくれ」

「ウィルコ」


 機体は七〇年代の平均仕様であった。

 元々の基礎フレームの設計は、ざっと目を通した感じ陸軍で六〇年代から使っていたM2A3のそれで、そこから改良を加えつつ新規設計した感じのモデルである。ライネルは設計技師ではないので詳しいことはわからないが、信頼できる土台が根っこにある、と分かっただけでもだいぶ良かった。

 携行兵装の八八ミリライフルの状態は良好。固定兵装の対人機銃もフル装填であり、内蔵型ブレードも刃こぼれ一つない新品同然の状態だった。少なくとも、直近三ヶ月前まではメンテナンスを受けていたような感じだ。


 流れているロックを聴きながら、ライネルは鼻歌を歌う。


「覚えておられるのですか?」

「多分。国が機能していれば戸籍なり社会保障番号なりで俺についてわかるんだが」

「現状望むべくもありませんね。国王陛下がどうなさっているのか、評議会が機能しているかどうかさえ絶望的ですから」

「ウィルコニウム発電があればラジオ放送の電力なんて困らない。王城が陥落したのかもな。……ふん、お偉方は、俺らがどうなろうが安全なシェルターで天寿をまっとうできるだろうさ」

「私が政府のAIだったらとは考えないのですか?」

「政府が作ったにしては悪知恵が回りすぎるだろ。それに、素性の知れないやつにVARSASをくれてやる理由がない」


 ライネルがそう言って、フットペダルを横に倒した。右足で踏んでいるペダルはスティックのようにぐるぐる回る。倒した方向に、ソフトウェアが機体を歩かせるのだ。

 ウルズが脇の、背の高い巨木の茂みに隠れる。機体の先には寂れたガススタンド。


「敵影ですか」

野盗マローダーだな。見ろよ、せっかくのいい女が台無しだ」


 ライネルが吐き捨てた相手——マローダーのVARSASは、たとえその操縦者ドライバーでなくともうんざり、という外見であった。

 合計三機。一機は全身が松ぼっくりのようになるまで、廃材が取り付けられている。増加装甲のつもりだろうか。無意味というわけではないが、効率の悪さはいうまでもない。

 もう一機は歴戦といえばその通りだが、剥き出しの内部フレームとチタンチューブが痛々しい。それらを難燃性の布で覆い隠している。

 最後の一機は、お手本のようなマローダー機であった。棘だらけなのである。なんの機能性も、美意識も感じられないデザイン。過去がどうあれ今ではVARSASドライバーであるライネルに言わせれば、女の意見を聞かず、男好みの化粧を無理やりさせている——そんな風に思えた。


「ナル、この機体にカーゴは」

「本体カーゴが合計約五トン。弾薬を捨てればその分。ただ、体積的には五トンが限界ですね」

「やつらのレアメタルだけで五トンなんて絶対行かないよな。……金はあっても邪魔にならない。狩ろう」

「ウィルコ。カウントは」

「自分でやる。射撃補助を頼む」


 ライネルは機体を片膝立ちニーリングの姿勢にし、八八ミリライフルを構えた。幹と幹の間からライフルの砲口とスコープが覗く。反射を抑えたマットな塗装のそれを構える、バイザーアイの機体。女神の名を冠した冷徹な狙撃手が、静かに敵を睨む。

 デジタルサイト上のレティクルに敵機体が据えられる。松ぼっくりVARSASの頭部。センサー類をしこたま詰め込んだそこを破壊すれば、VARSASは実質行動不能だ。脳を失った人間が立ち上がらないのと同じである。

 風向き、風速、気圧、気温、湿度——様々なデータを演算したナルが、必中の方程式を導き出した。


 電子音がして、ライネルは操縦桿のトリガーを押し込んだ。


 八八ミリ高速ライフル弾が撃ち出される。ウィルコニウム弾頭が青い軌跡を描いて、松ぼっくり機体の頭部を吹き飛ばした。

 血潮のようにスパークと爆炎を吹き上げ、敵機がひっくり返る。

 VARSAS間通信のオープンチャンネルに、怒号。


「おいっ、なんだってんだ! クソ野郎、見つけ出してドタマかち割ってやる!」

「畜生、どっからだ!」


 ライネルは静かにその場を離れた。撃ったら移動は狙撃の基本である。


「被照準にさえ気づかないとは、所詮はジャンクですか」


 ナルが冷笑するのがわかった。


「高慢な女は同性からすっげえ嫌われるらしいぞ」

「構いません。それで敵を撃破できるのなら喜んで嫌われましょう」

「うちの女は気位が高いな。……次だ。剥き出しのガリガリを狙う」

「ウィルコ」


 ライネルはここと決めた位置で片膝立ちになった。そこもやはり木立である。

 しかし敵も馬鹿ではない。仲間の被弾箇所と倒れた方向から、こちらに向かってきている。

 当たる確信もないのに狙撃する馬鹿はないない。ライネルはライフルを背部のハードポイントに戻し、右腕の格納ブレードを展開。ウィルコニウムの刃が覗き、通電されたそれが青白くバチっと弾けた。

 右のフットペダルを小刻みに踏んで位置調整、左のペダルに足を添える。


「距離五〇〇〇」

「もう少し引きつける」


 コクピットの中なのだから小声になる必要ないが、ついなってしまった。多分、ライネル以外のドライバーもそうだろう。

 やがて、フレーム剥き出しの機体が先頭に立ち、奴らがやってきた。


「今です」


 左のフットペダルを押し込んだ。

 急加速、体が背もたれに押しつけられる。なるほどこのスーツは、耐Gスーツも兼ねていたらしい。だが、肝心のヘルメットがない——ライネルは一瞬視界をフラックアウトさせつつも強靭な精神で現実に戻り、右のブレードをガリガリ機体の頸部に突き込んだ。

 そのままくるりとひねって頭を落とし、念を入れコクピットに切先を捩じ込む。

 潤滑油に引火し、機体が燃え上がった。機密保持のための最低限の自爆機能で、敵機が爆散する。


「てめえか、この野郎!」


 棘ダルマのマローダーが怒鳴った。オープンチャンネルに応答し、ライネルは言う。


「腐れ盗賊が何抜かしてやがる」

「どうして俺らがマローダーだってわかるんだコラ!」


 敵が、モーニングスターになった右腕を振り回した。ウルズを操るライネルはそれをブレードで弾き、腹部を蹴り付けて距離を置く。敵に火砲の類はない。


「都市防衛隊ならライフルくらい持ってるだろう。もっとマシな塗装もな」

「見かけで判断しやがったのか、クソが!」

「いいや。お前らが義賊でも俺は襲撃したね。奪い合う時代だからな」

「野良犬がッ!」


 ライネルは右にステップ。ウルズの脚部の杭が踏ん張りを効かせ反転操作を補助。相手の横に回ると、ブレードを腰に引く。


「ま、待ってくれ! よせ!」

「そう言ってきた相手を殺してきたんだろ。だから生き残ってんだ」


 切先が脇腹からコクピットを貫いた。無線が雑音でかき消され、剣を引き抜いて後ろに下がると、機密保持自爆によって機体が死んだ。

 ブレードを軽く振ってから格納し、ウルズが静かに残骸を睨む。


「ナル、すぐに取れそうなメタルは」

「頭部の回路ですかね。位置を表示します」

「助かる」


 ライネルはさっさとメタルを集め、それからマローダーが群がっていたガススタンドに近づいた。


「生存者はいるか? 取引がしたい」


 声をかけると、数人のグループが出てきた。

 十八メートルもある巨影を見上げる彼らの目には、ありありと恐怖が浮かんでいる。


「略奪じゃない。取引だ。……エルゴン語は通じるよな?」


 エルゴン語とはエルトゥーラ王国の公用語である。先住民のエルゴン族が使っていたとされる言語らしい。


「あんた、街から来たのか?」


 四十がらみの男がそう聞いてきた。手には、廃材で補修したパイプライフル。


「違う。俺も街に行きたいんだ。しばらく昏睡していて、状況がよくわからない。そっちに落ち着いて話せそうなところは」

「あ、ああ。ある」

「助かる。銃は向けるなよ。変なことをしないと約束する」


 ライネルは念を押した。

 機体を自律防御モードにして、ガンロッカーからライフルを取り出す。使い切った弾倉は、機体にあった予備弾倉と取り替えておく。

 ベルトを外し、コクピットを開けた。伸縮式のハンドルを掴んで下まで降り、ライネルは数人に視線を走らせた。


(ま、こんな時代じゃ殺しの経験くらいあるか)

(でしょうね)

(なんで頭の中でまでおめーと話さなきゃいけねえんだ)

(ナノマシンを介しているだけです)


 怯えた顔の中年男性がリーダーなのか、一歩前に出てきた。そんな顔でも、目は荒んだ人殺しのそれだ。

 ライネルは右手を差し出す。


「ライネル・ドラグ。偽名じゃない、記憶喪失なだけだ」

「え、ああ……チャーリーだ。ここのリーダーをしている。……あんたは……女?」

「どっちでもいいだろうが」


 ライネルは鋭く睨んだ。VARSASに乗っている時点で堅気ではない。立ち姿や装備からしても、軍属であることは確かだ。逆らえば皆殺しをわかっているが故、チャーリーはそのことに関しては「どっちでもいいこと」にしておいた。


「ウルズの……あの機体に、レーションがある。そいつをくれてやるから情報が欲しい。あんたらに車があるなら、その街ってとこまで護衛してやる」

「街かどうかが我々にもわからんのだ。……無線通信で、決まった時間……朝の八時、夜の八時になるとラジオタワーに生存者コミュニティがあるから来い、と呼びかけてくる」

「遠いのか」

「ここから北に五十キロ。我々には燃料がない」


 そういうことか、とライネルは思った。

 中年男性と、若い男。それから若い女に、少年。家族のようにも見えるが、血のつながりを感じるほど似ていない。

 まあ、彼らの関係など気にしても無駄だ。情に肩入れすると判断が鈍る。


「ウルズのリアクターから充電すればいい。VARSASが大暴れできるんだ、車くらいフル充電にしてやれる」

「い、いいのか? 助かる、ありがとう!」

「ひっつくなおっさん! 答えられるなら答えてほしいが……あんたらどうやって今までマローダーを追っ払ってた」


 それを聞くと、彼らは気まずそうに顔を見合わせて、それから若い男が断腸の思いで、というふうに口火を切った。


「生贄さ。やつらは殺しが大好きなんだ。女か子供を一人渡せば、ひと月は見逃してもらえる。それで……」

「いかれた野郎だ。ラジオタワーに行けば、それとも無縁だ。一時間飯休憩にして、すぐに行くぞ。車なら、急げば一時間の距離だからな」

「ええ、そうしましょう」


(ナル、ラジオタワーってのは?)

(おそらくローガン電波塔のことでしょう。旧時代には観光名所だったそうです。実際に、電波塔としても機能していましたよ)

(こいつらが罠を張ってる可能性は)

(断定はできませんが、この怯えようからして嘘はついていなさそうです。今日を生きるのに必死で、それどころではないという様子ですし)


 その言葉を信じることにした。


「レーションを取ってくる。充電する車の充電ポートを開けておいてくれ」


 ライネルはそう言って、背後を警戒しつつウルズへと歩いていった。

 生存者グループは安堵したように、互いの肩を抱いて喜んでいた。

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ライネル・ザ・サヴァイブ 夢咲ラヰカ @RaikaRRRR89

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