「心の糧」は、以前ラジオで放送した内容を、朗読を聞きながら文章でお読み頂けるコーナーです。

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坪井木の実さんの朗読で今日のお話が(約5分間)お聞きになれます。

鏡の顔

遠藤 周作

今日の心の糧イメージ

 以前散髪屋での話を書きました。ついでに散髪屋での話をもう一つさせてください。

 鏡があるでしょう、チョキチョキ、君の髪がきられていく。君は自分の顔がカッコ良くなったか、どうかを見る。

 だが待てよ。鏡にうつっている顔は君の本当の顔か。もちろん、そうじゃない。なぜなら左右がアベコベだからです、鏡にうつった自分の顔は。

 それと同じことは他人と自分の関係について言えないでしょうか。君はA君という友人の鏡に君の影をうつす。しかし影は本物では決してない。A君は君のイメージをマジメで良いやつというふうに作っているが、君はA君が君にたいしてもったイメージだけの人間ではない。B君は君のことをチャランポランの嘘つきと思っているが、B君の君に対するイメージもつまりは影にすぎない。B君という鏡にうつった君の姿にしかすぎぬ。

 こうして君は人生を生きていく上に、他人という鏡にそれぞれの影をうつしています。しかし本当の君は他人という鏡にうつったものだけではない。それだけでは割り切れない。

 その割り切れぬもの、それは自分にもあるいははっきりしないかもしれない。しかしそれはたしかにあるのです。あるけれど他人には生涯、つかめぬでしょう。

 他人の伝記を書いた本はその意味で一方的です。伝記は所詮、一つの鏡にうつった一つの影にすぎぬ。

 そこで我々は他人をすべて理解しえるという傲慢な気持ちを棄てよう。自分が人々の鏡にうつさなかった部分ーーそこまでご存知なのは神だけです。なぜなら神はもはや鏡ではないのですから。あなたのすべてを見通すのですから。