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つごもり

真実は海の底に沈む

真実は海の底に沈む - つごもりの小説 - pixiv
真実は海の底に沈む - つごもりの小説 - pixiv
24,354文字
プレイヤーさんとリオセスリさんの話
真実は海の底に沈む
※今回は物語にて、多少ではありますが汚い言葉使いや乱暴な表現が含まれます。
不快に感じられる方もいらっしゃるかと思いますので、お読みいただく際は自己責任でお願いいたします。

公式動画のキャラクター実戦紹介、リオセスリさんの「即興演出」が格好良すぎる~~! と思い、気が付いたらこのお話が出来上がっていました。
動画に沿ったお話の流れに、いくつか改編や捏造を加えて書いています。
前回お話に続き、リオセスリさん×(食堂のアチーブが当たらない)ゲームプレイヤーさんです。旅人は蛍ちゃんで進行しています。相変わらずメタい表現あります。
なんだかお話が続いてしまっているので、一応シリーズにまとめておきました。どうぞよろしくお願いいたします!

ちなみに私のアチーブはまだ当たりません。なんでや。もう三週間も敗北真君してます。なんでや。
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2023年10月23日 11:14

 水と正義の国、フォンテーヌ。しかし高潔なるその司法システムの海の底には、国の中の国と呼んでも過言ではない、自治という形で存在する水中要塞が息をひそめている。善良な市民ならば、その要塞の名前を知っている程度で真っ当な生涯を終えることが出来るだろう。…だがひとたび罪を犯せば、そこの管理者はきっと――あなたの顔を覚えてしまう。


 ジャラリ、ジャラリと重たい鎖が揺れる。普段人の手が介入しないその部屋はひときわ薄暗く、錆臭いような埃っぽさが漂っていた。
 陽の光が差さないこの要塞では、機械的な電光のみが全ての光源だ。時計の概念を失いかねない代わりに、巨大なプロペラはいつも規則正しく回転を続けている。…ゆらり、ゆらりと灯りを揺らすその様は、メロピデ要塞にしか流れない独特な時間をゆっくりと刻んでいた。

「――そんなに怖がるなよ。俺はただ、あんたの話が聞きたいだけだ」

 目の前に立ち塞がる分厚いブーツからは、ザリッと土が混じったような乾いた音が漏れる。たかが男が一人……されど、男が一人。だがこの水中要塞を確かに背負っているその男は――ただ、静かに前を見下ろしていた。
「違法行為はしないように。…たしかあんたには前にも言ったよな? 俺の誠意が伝わっていないようで残念だ」
 一歩ずつ歩を進める度に、ザリッ、ジャリ、と錆びれた鉄板を踏みしめるような音が鳴る。言葉こそいつものような軽口ではあるものの、その声色はひどく低く、ねっとりとした鉛のような重圧を感じずにはいられない。――嗚呼、これは失敗だ。どうやら選ぶ選択肢を間違えてしまったようだ。
「ッ、…あっ、こ。ここッ、こ…公爵! お前はかっ…かかっ、カッ、勘違いをしている…!!」
 雪山でもないのに吐く息がどことなく白い。歯の奥がガチガチと正直に音を立てて震え、腰はすでに抜け落ちてしまった。喉は壊れたように小刻みの浅い肺呼吸しか行えず、それでも藻掻くように体を後退させはするものの…力の入らない手足はその場の鉄板を撫でるばかりだ。
「勘違い…? 言ってみろ。聞くに耐えない話じゃないと良いな」
 醜く床を張う四肢の、すぐ傍でその大きな脚が止まる。…もしあと一歩でも彼が前に進めば、簡単に踏みつぶされてしまうことだろう。
「お、おお、俺はまだ。まだッ……まだ…! ―――ッ!? ヒイッ…!!」


 しかしその脚に沿って体を見上げたその先で――。愚かな男は、「やっと」その公爵と目を合わせた。


 黒の髪の隙間から覗く視線は、怖ろしいほどに凍てつき、容赦がない。冷酷な海の底の領主は、ただ静かにその罪人の罪を問いた。――だがその腹の内に住まう深海の獣の、触れてはいけない琴線に手がかかっていたのは明らかだった。

「――『まだ』、なんだ? 聞かせてみろよ。まさか口にするのも憚られるような事をしようとしてたってわけじゃないよな。……なあ?」
 …仄暗い海の深い深い底の地で、巨大な鮫に出会ってしまったらきっとこんな絶望を味わうだろう。腕の一本や二本で済めばいいと思えるくらいには、男はただひたすらに事の顛末を後悔していた。



◇◆◇



 水龍も泣かぬほどの晴天。青々とした正義の国の空は、雲の隙間も、都市を流れる水も、澄み渡っているように涼やかで美しい。適度な眩しさを覚えるこんな日には、外を出歩かないのはもったいないことだろう。街中では紳士淑女が微笑み、子供たちは舗装のされた安全な道で戯れる。……ああ、この国の景色も本当に美しい。旅の中でフォンテーヌという国に訪れることができて、本当に良かったなと私は思った。
 だがそんな見事な風景を背を向け、私は暗くて湿っぽい階段を降りていく…。もう、これで何日目になるのだろうか。カンカンと響く鉄板の足音に対してある種の馴染みを覚えてしまうくらいには、もうそれなりに通っているのだなと苦笑いが止まらなくなってしまった。…本当に、なんて運のないことだろうか。
 しかし今日の私は、少し寝坊をしてしまっていた。寝泊まりしている塵歌壺のベッドから顔を上げれば、時計の針はかなり上の方を向いており、あともう数分でも遅ければパイモンが樹脂の満了を告げに来てしまっていたことだろう。そこからの状態から飛び起きた私は、慌てて消費を済ませてようやっとここまで来たわけだ。だからもう今となっては……昼食、と呼べる時間だ。

「う~ん……」
 だか流石にこの時間帯になると、特別許可食堂の辺りはかなりの賑わいを見せている。だからこそ私も以前、リオセスリの目をくらませるためにこの時間を使ったことはあるが……今日は、また一段とすごい。
 少し並んでブランさんから今日のサービス食を受け取ってから、賑やかな囚人たちの人込みの中、なんとか一人分の空いた席へと辿り着く。別に場所さえあれば他の所でも構わないのだけれど…やっぱり、ここでおみくじを開けるのがどうやら日課になってしまったようだ。
「(よしっ。今日こそ…今日こそは、ついに! いい加減そろそろ当ってもいいでしょ…!)」
 開封前に祈る様な念をナムナムと送り、パンと手を合わせてその白いパッケージに手をかける。――さて、本日の運命や如何に…!? と、意気揚々と臨もうとしたその時。…ふと、私のテーブルの傍で、誰かが立ち止まったのが見えた。

 ……つい。つい…、いつもの癖のせいで。馴染みのある黒とワイン色のコートではなかったその姿に、一瞬だけ期待をしてしまったこの心は――勝手にまた、落ちて落胆をする。……ああもう嫌だなあ、私はいったい誰を期待していたのだろうか。

「ははっ、今日は少し来るのが遅かったな。お前さんが来たらこれを渡してくれと、公爵様より預かってたんだ」
 こんな風におみくじをとても楽しみに来る囚人もそうそう居ないのだろう。特別許可食堂の管理人であるウォルジーさんとは、通い始めてすぐに顔見知りになった。今日みたいに一人でおみくじを引きに来ている日には、こうして時々声をかけてくれたりもする。……ん? って、ああ、もしかして…。まさかリオセスリが居るときには――公爵様の手前、遠慮をしてくれていたのだろうか、なんて…。
「えっと…ちょっと、今日は寝坊をしちゃって……。えへへ。あ、ありがとうございます。……ん? これって、メモですか?」
 ――うわ。それならなおさら恥ずかしい。ずっと…ずっとすぐ傍で、リオセスリとの仲を見守られていたってことじゃないか!
 私を今更ながらの事に想いを馳せながらも、その羞恥を悟られないよう、平常心を保つように振られた話題に乗っていく。
「ああ。もちろん中身は見ていないから安心していいぞ。そんなことをしたら公爵様になんて言われるかわかったもんじゃない」
 そして何故か頭を抱えるようなウォルジーさんから手渡されたものは、四つ折りにされた白い簡素なメモ用紙だった。…何か、私への伝言だろうか? にしても口頭ではなくメモで残すなんて、リオセスリにしては珍しいことだ。…それに秘密裏に伝えたい内容にしては、ただ折っただけの紙など不用心すぎる。あまりリオセスリらしいとは言えない伝達方法だ。
 しかしそんなあっけない文面をその場で開いて読もうとすると、ウォルジーさんは少しばかり辺りに目を配り、そっと私に耳打ちをする。……あとから思えばこの時辺りを気にしていたのは、周りの視線だけでなく――公爵様の不在も確認していたのだろう。
「……一応。その手紙を、預かった時なんだけどな……」


『彼女が来たらこれを渡しておいてくれ』
『わかりました。…あの、公爵様。もし彼女が来たら、その時点で報告をした方が良いかい。公爵様、今朝はずっと…』
『ああ、それなら必要ない。この紙を見れば向こうの方から俺に会いに来るさ』
『…と、仰いますと?』

『―――俺からのラブレターだ、とでも言っておいてやってくれ』


 ………………………は?

「公爵様がどこまで冗談で言っていたのかわからない…。だが、俺は確かに伝えたからな」
 そう言って逃げるようにカウンターへと戻っていくウォルジーさんの背中を見送りながら、私は質素なそのメモ用紙を握りしめる。……ちょ、ちょっと。ちょっと待って。待ってってば…!
「(ラ……ラブ、レター? この紙が…!?)」
 もはやおみくじの事など何処かへ飛んでいきそうな頭に、私はぎゅうっと指先に力を強く込め、その純白すぎる手紙を凝視する。思わずプルプルと手が震えてしまうのは…きっと力の入れすぎのせいだろう。
「(こ…公爵ともあろうお方が、こんな紙をラブレターって呼ぶの…!?)」
 一応、「公爵」とはフォンテーヌの最高名誉市民に与えられる称号だ。それなりに礼儀を重んじ、理解し、それなりに仰々しい書類だって何度も相手にしてきたことだろう。もし彼が本気でラブレターなんてものを贈ろうとするならば、それ相応の便箋に、それ相応の甘い言葉を品良くたっぷりと――だがしつこくない程度に、相手の好みをわきまえて綴るはずだ。綴れるはずだ。リオセスリの普段の言動からも察するに…彼はそういった事はいくらでも出来るだろう。人心掌握に長けた男なのだ。
 …だがだとすれば、この紙きれは一体何なのだ? 本当に…ただ四つに追っただけの、淡泊な白いメモ用紙。うっすらと折られた向こうに黒い文字が透けて見えてはいるが、こんなものが本当に…本当に、公爵からのラブレターだと言えるのだろうか? ――正直見た目だけでは、到底そうとは考えられない。だが……、
「(でも……でも、もし…。もし…! 『会いたかった』とか、『残念だった』とか、書かれてたら…!)」
 ―ごくり、と思わず息を飲む。面と向かってラブレターだなんて言われて、手紙を受け取ったことはこのかた一度もない。普段のリオセスリは私に対して意地悪な言動が多い気もするが、ああ見えて甘い言葉も、優しい心も持ち合わせた男だ。紙こそちょうど手元にあったものだったかもしれないけれど……言葉は、きっと彼からの想いのままだろう。
「(…よし、よしっ。開けよう…!)」
 どきり、どきりと期待に高まる鼓動を抑えて、私はそっとその紙を開いていく。…封もなく、紐もかけられていない。ひどく遠慮のない簡素なものだが、それでもリオセスリからの手紙だというだけで、私の心はとくりと脈を打っていた。
 そして……いざ。私は目の前の今日のサービス食の事も忘れて――…。ゆっくりとその場に綴られた、しっかりとした筆圧の文字を目で追っていく―――




『おはよう、お寝坊プリンセス。
 今日の運試しの成果はどうだろうか。
 この手紙を読んだら至急、執務室まで報告に来るように。

                      以上』








「当たっっってませんけど~~~!?!?」
「っ、くくっ…! そうかいそうかい、それは聞いて悪かったな」

 三つ首の番犬が鎮座する要塞の中央。黄色いぼんやりとした灯りに照らされたその執務室で……男は優雅にティーカップを傾け、少しも悪びれた様子もなく笑った。
「(最ッ低~! 少しでも期待した私がバカだった…!!)」
 私は来客用のソファーに腰かけさせられ、彼と同じく、暖かくて手の込んだお紅茶を頂いている。とても……とても美味しい、美しいほどの一杯だ。私の好みの味と、香り。そして丁度良い甘さが染みわたっている。……………って、そうじゃない!!
「何をそんなにむくれているんだ? 膨らませた程度じゃその可愛い顔は変わらないぞ」
「なっ…!? …ッ、う……」
 ――これだ。こういうことは、さぞ簡単に言ってのけるくせに…。突然…、か、かわいい……とか。そういうことは言えるくせに…! くせに…!
「だって…! だって……。リオセスリが、……これ…。ラブレターって、言って渡したでしょ……!」
 涼し気な顔でふうと息を吐くその公爵に、私は握りすぎて指の形の皺が入ってしまったそのメモを、テーブルの上にドンと置いた。ほら…これのどこがラブレターだって言うのよ。職員室に呼び出された学生のメモじゃないんだから…!
 だけれど結局のところ、勝手に期待して勝手に轟沈した私の方が悪いとも言える。…なにせ、これはただの質素な白い紙だ。これを本当に恋人からの心を込めたラブレターだと思い込めたのなら、幸せすぎるほどに能天気な頭だろう。
 だがその手紙の差出人ことリオセスリは、落ち着いた表情のままに瞳を閉じて紅茶を傾ける。…そしてこくりと喉を鳴らせば、ゆっくりと立ち上がってこちらのソファーへと移動してきたのだった。
「どれ…ふむ。…ほお、こいつはなかな立派なラブレターじゃないか」
「どこがよ…!?」
 リオセスリは私が置いた手紙を手に取って、芝居めいた大げさな態度でそう答えていった。……だがそもそもこれのどこが、立派なラブレターだと言うのだろうか。どう見たってそうとは思えない。こればっかりはリオセスリがどう私を丸め込もうとしても、負ける気がしない自信はあった。
「言っておくけどね…私がなんでもかんでも怒らないと思ったら」
「『おはよう。お寝坊さんな俺のプリンセス、今朝はゆっくりと健やかに眠れたかい』」
「…な、」
「『毎日の健気な挑戦を傍で見守ってやりたかったが、あいにく俺はそろそろ仕事の時間だ』」
「ちょっと、なに…」
 …全く、そんなことは書かれていなかったはずなのに。それでもまるで読み上げるように、手紙に視線を向けながら丁寧に言葉にするリオセスリに……思わず胸がぎゅっと反応をしてしまう。
「『あんたに毎日でも会いたい。この手紙を読んでくれたのなら、どうか直ぐにでも俺に会いに来てくれると嬉しい』」
「や、やだ…! リオセスリ、もう、」
 耳に届く甘い言葉たちに、正直に体は熱を宿してしまう。いくら彼の声を止めようとしても、依然として目線は例の手紙に落とされたままだ。だから奪おうと横から手を伸ばしたのだけれど――ひょいと、上に持ち上げて逃げられてしまう。そしてその手紙に沿うように、彼の視線もまた上の方へと向いていった。

「『俺は執務室でずっと待っている。』…………あんた好みの、お茶を用意して。な?」

 そしてリオセスリが手紙を読み終えたその時。すい…、と。その鋭くも暖かい瞳が、私の方へと視線を移した。青と灰色が混ざったその深海は、今日も器用に私の足を絡め捕っていく。
「ず、ずるいよ……そんなの。最初の文と全然違うじゃない…」
 …その見つめる視線があまりにも抗えないものだったから。私はふいと顔ごと反らして、深海の王者から逃げるように距離の近かった体を離そうとした。――…だがそんなことを、メロピデ要塞の公爵がみすみす見逃がすはずがない。私だって…もうわかっていたはずじゃないか。
「少し補足が多くなってしまったようだ、それは詫びよう。……だが、俺の気持ちに偽りはない」
 ぐいと腰に腕を回され、手紙は興味を無くしたようにはらりとテーブルの上へと落とされていく。…リオセスリはきっと、ずっとこの瞬間を待っていたのだろう。狙った獲物が餌につられて、自らこの執務室の扉を叩くことを――。ラブレターだと偽った手紙に私が一人で期待し、一人で怒ってこうして突撃してくることも…。
 彼はただ、執務室で待てばいい。哀れな獲物が自らを慕って、こうして腕の中へと飛び込んでくれる瞬間を…。――私は、すでに最大の手札を彼に明け渡してしまっている。なんだかんだとこうして文句を言ったって――彼の事を好きになっているのだ。
「う…。ちゃんと言ってくれなきゃ、私はわからないよ。…だめ、」
 しかし今回は流石に後出しが過ぎる。実のところを言うと、先ほどの弁解で絆されたような気持ちになってしまったのだが……一度ここはぐっと、堪えておかないと。そうでもしないと今にも、体が重なってしまいそうで……。胸が、鼓動が、もっともっとと……欲を抑えられなくなってしまう。砂糖二つ分の甘い紅茶の香りが鼻腔を擽って、クラクラと落ちてしまいそうになるのだ。

「ならちゃんと言葉にしようか? 俺は今…あんたとキスがしたい」

 少しの恥ずかしげもなく、躊躇いもなく。堂々とその言葉は紡がれる。私があれだけ直視するの事を避けていたというのに…彼は、羞恥心と言うものがないのだろうか。それともそれ以上に目の前の私の反応を見つめる事が、楽しくて仕方がないとでも言うのだろうか。
「だめ…だめだよ、リオセスリ。私は…」
 ドク、ドク、と鼓動が速くなる。ああ――駄目。本当にダメ。私はあんなに怒っていたはずなのに、どうしてこうも軽く流されてしまうのだろうか。落ちる、落ちる――ずるずると、また落ちる。彼という深海に容易に引きずり込まれてしまう。
「フッ…別に無理強いをしようってわけじゃない。………だが、そうだな…。次のティータイムには、フォンテーヌ廷で有名な美味しい焼き菓子でも付けよう。どうだ?」
「ちょっと…。それって買収って言うんじゃ…、―――ッ!」
 ふと呟かれた軽い言葉に、私は思わずリオセスリの顔を見上げる。相変わらず取引のような打算を立てる彼に、物申してやろうと目を向けたのだが――…
 
 甘い、甘い、深海の瞳が揺れる。そんなに一心に注がれては、息も付けないほどに溺れてしまいそうなのに……リオセスリは、ひと時も私から目を離そうとはしなかった。きっとその強い瞳を向けられるのは、このメロピデ要塞の中でも私だけなのだろうと――傲慢にも似た独占欲が湧き、ぞくり、と思わず体が震える。

「あんたが欲しいものを言ってくれ。正直に、誠実に、本心のまま…」
「ッ、あ…」
 すい、とリオセスリの指が頬を滑った。武骨なそれは太くて硬く、私の肌をさりさりと撫でる。しかしぞわりと背中に燻ったその熱量に、逃げるように私はまた顔を反らしてしまった。
「―逃げるなって。あんたもそろそろ…自分に正直になってもいいんじゃないかい」
「ひっ…!」
 ぬるり、と生暖かい感覚が肌を滑る。耳の下――首筋の辺りで「それ」は、汗ばむ私の肌を舐め上げていた。
「リオ、セ……!」
「…もうこれくらいにしてくれないか。俺だって、いつまでも我慢していられるわけじゃない」
「ッ…!」

 ちゅ、ちゅ。と甘いリップ音が小さく響く。ひどく熱いそれは着実に首筋を這い上がっていき、私の耳へと…湿った暖かい波が到達してゆく。―――ジュルッ、と確実な水音に身体を跳ね上げさせれば……リオセスリはその場で熱く、はあ、と甘く零れる吐息を吐いた。

「……なあ、いいだろ…?」
 ついと指先で顔を正面に戻させられ、リオセスリは座ったまま私に覆いかぶさった。…はらりと、彼の前髪が私のおでこに落ちて当たってくる。スリ、とそのまま頭が触れ合えば、髪の匂いなど簡単に混ざりあってしまいそうだ。
 だがこんな状況になっても、いまだに確認をとってくれるのは、礼儀を尽くしてくれる彼なりの優しさだろう。きっとここで今、私が静かに首を横に振れば……本当の意味での無理強いはしてこないはずだ。だけれども、もしそんな事をすれば、確実にリオセスリは心を遠ざけてしまうだろう。私は…そんな選択は選ばない。絶対に望んだりしない。だってもうこの本心は…彼にもう十分伝わってしまっているのだから。
「ん…、」
 こくり。と小さく顔を縦に頷かせた。ドクドクと脈打つ熱い体はすでに、火照ったような汗の湿り気を帯びている。…思わずとろりと零れるような熱意を視線に込めて、すぐ前のリオセスリを見上げれば――獣はグルグルと喉を鳴らして、上機嫌そうに口角を上げて笑った。
「毎回こんなやり取りをするのは、流石に骨が折れちまうな」
 やれやれと言うように困った声音で話すものの、その実、内心はどこか楽しんでいるのだろう。私を落とすこの瞬間が好きだと、意地悪な笑みがそう物語っている。
 そうしてやっと待ちくたびれた獲物へと、獣は優しい手つきでまた頬を撫でた。私の髪をそっと耳にかけ、その輪郭をつうっとなぞる…。どちらともなく深い視線が交われば、私たちはお互いにゆっくりと視線を閉じていった。
「(リオセスリ…ごめんね。いつも逃げてばかりで、私……)」
 恥ずかしがり屋なこの性格は、なかなか素直に行動を起こせない。いくらリオセスリが欲しがってくれたとしても、その場ですぐに返事を返せることは多くないだろう…。だけれど今は、出来るだけ正直に。リオセスリが溶かしてくれたこの感情と向き合って、彼の逞しい胸元に手を添える。そのままぎゅ…と服を軽く引き寄せれば、あとは流れるように唇を差し出して―――――……




「―――公爵様、失礼致します! 至急、お伝えしたいことがございまして…!!」




「……ッ、!」
「…………………………………」

 ――その時コンコンと執務室の扉ををノックした看守の判断は、とても賢明なものだったと言える。

「(……うわ、)」
「……………………。…………ああ、入ってくれ」

 もし万が一、ノックを忘れて入ってしまっていた場合には……二度と公爵の顔を見ることが出来なくなってしまうほどの、怖ろしいトラウマを覚えることになっていたことだろう。




 トン、トン、と足を鳴らして羊皮紙を眺めるリオセスリの、その表情は隠されて見えない。だが確実に先ほどの表情を見るに、虫の居所は良いとは言えないだろう。

「もしかしてウチら、お邪魔しちゃった? 公爵ってば、さっきから顔の筋肉が引きつっているのよ」
「い…いいいやいや、そんなことはないよ!? 多分…大丈夫。えっと……うん、たぶん」
「でもキミからは公爵の匂いがするわ。良かった…仲直りは無事にできたみたいね」
「えっ…!? 仲なお……っていうか、匂い…!?」
「……はいはい看護師長、いじめるのはそこまでにしてやってくれ。そいつはピュアな心の持ち主なんだ」
「…………………」

 あの後執務室へと入って来たのは、ノックをした若い男性の看守と、その隣に立っていたメリュジーヌのシグウィン看護師長だった。看守はリオセスリに報告と問題の羊皮紙を提出し、シグウィンさんは手持ち無沙汰そうに、私が座るソファーへと一緒に腰かけていく。………そして、先ほどの発言だ。おそらくこの場で一番の被害者を出すとするなら、非常にいたたまれない思いをしながらも何も聞かずに黙っている……やはり聡明なこの看守だろう。
「うん…? 鉄の獅子・団体勝ち抜き戦…」
 そして「ウチはいじめたりしないのよ!」と反論をするシグウィンさんを他所に、リオセスリは淡々と報告の内容に目を通していく。…どうやら近ごろの鉄拳闘技業では、良からぬ動きが見られるらしい。
「賞品は大量の許可券…「常勝チャンピオン」を倒せ! とのことで…」
 真剣な面持ちで情報の補足を上げていく看守は、ごくりと息を飲むような仕草を見せる。きっと…それほどに危険かつ重要な報告だったのだろう。それでなければ至急だといって、こうして執務室へと駆け込むこともなかったはずだ。

 ――だがこのリオセスリという男は、その羊皮紙をぺらりと簡単に放ってしまう。そして先ほどまでの機嫌は何処へやら……非常に得意気な表情で鼻を鳴らし、どしりと両腕を組んでこう言ったのだった。

「ほう? なら俺が行こう」
 その言葉に看守は目を丸くし、「お一人で…?」と心配そうに返す。当たり前だがこれは団体戦の話だ。一人で行けば確実に囲まれてしまい、不利な試合となってしまうだろう。
 …だがそれでもリオセスリは引かない。机に置いていた彼の特別製の手錠を手元でくるくると回し、力の象徴ともいえるように、反対の手で強くこぶしを握る。

「足りないとでも?」
 
 その一言に反論できる者は、この部屋に誰一人として居なかった。看守は言葉を詰まらせて黙り込み、私も不安ながらに緊張した息を吐く。……ただ、シグウィン看護師長だけは「やっぱりこうなるのよね」と、困ったように溜息をついていたのだった。



「さあさあ皆さん買ってください! 今日は公爵様が、お一人で団体勝ち抜き戦に参加されますよ!」
 平常時でも試合の際には熱気が絶えないこの鉄拳闘技場は、今日はまた一段と高揚した熱気と人の波に包まれていた。これには囚人のみならず……看守の姿もチラホラと混ざって見えると来た。いったい自分の持ち場はどうしてきたのかと問いたくなるほどには、メロピデ要塞における「公爵様」の人気は凄まじいらしい。
 あの会話のすぐ後……リオセスリは猛ダッシュで鉄拳闘技場へと向かってしまうものだから、私や看守はその場にぽかんと置いてけぼりになってしまっていた。まったく…、あれじゃあ戦うのが楽しみで仕方がない子供みたいじゃないか。
 そして少し慌てたような看守と共に、私もしぶしぶと闘技場へと足を運んでいく。……どうせ、今日は他にやる予定は何もない。ただシグウィンさんは準備があるからと、そのまま執務室で解散となった。ああ…怪我人、出るんだろうな……と苦笑する私の脳内では、リオセスリがリングの中を無双する姿だけが浮かんでいた。
「おや、まだ貴女は買っていらっしゃいませんでしたよね? どうです…? 一番人気はやっぱり公爵様ですが、今回の勝ち抜き戦の見どころは――」
 鉄拳闘技場の司会者であるロシモフさんは、ここぞとばかりに大量の投票券を売りさばいているようだ。まさか集まった人たちの顔を見て、ひとりひとり声をかけているのだろうか…。
 正直に言うと、投票権を買うつもりはなかった。ただまあ珍しいリオセスリの試合だし、こうしてひっそりと端から眺めるくらいは悪くないだろうと……そう考えていたくらいだったのだ。―――でも。

「じゃあ…、公爵リオセスリの方を」
 
 勝者を誰か選べと言われるのなら、私にとってそれはリオセスリ以外の誰でもない。私はロシモフさんからリオセスリの名前が書かれた投票券を受け取り、そっとそれを手元で握った。大丈夫…リオセスリならきっと問題ないだろう。大きな怪我無く、帰ってきてくれるはずだ。
 そう思った私は比較的試合が見えやすいように一段梯子を上り、まだあまり観客がぎゅうぎゅうに詰まっていない後ろの方へと、ひそりと壁に背を持たれかけさせてく。――ああ、どうやらもうすぐ最初の試合が始まるらしい。一人で堂々とリング上に上がっていく公爵に、会場は一気に湧き上がりを見せる。
 だが何故か私はその熱狂に、困ったような、嬉しいような…なんとも言えないような、不思議な笑みがこぼれてしまうのであった。




 始めは三人の屈強な宝盗団から始まり――デットエージェント、ファデュイ先遣隊、海乱鬼、エルマイト旅団………って、え? 何…!? ここってそんな面子まで収監されているの!? …とあまりに要塞内で見かけたことのなかった面々に、私はぽかんと開いた口が塞がらなくなってしまっていた。
 だがここを統括するリオセスリからしたら、全員把握済みの囚人たちなのだろう…。当たり前だが驚いた様子もなく、戦った後には相手に向かって手を差し伸べ、それぞれのやり方で敬意を示しているようにも見える。とても……とても不思議な光景だ。今までの水の上での冒険では、皆出会った瞬間から命がけの戦闘が始まるほどの、敵意をもって接する相手ばかりだった。それがこうしてメロピデ要塞に収監され、今ではリオセスリと握手を交わしている。
 初めて出会った時から感じてはいたが、リオセスリは私には無いものをたくさん持っている特別な人だ。価値観やものの考え方、見分け方…そのどれもが私の遥か上をいっている。実際に光は在らずとも、きっと彼はこの海底では誰よりも輝く頼もしい存在なのだろう。一度暗闇に落ちた囚人たちに分け隔てなく光を与えられるからこそ、――こうしてこんなにも彼は慕われている。

「さすが公爵様! 見事、一人で最後まで勝ち抜いた!」
 
 そして、そんなことをぼんやりと考えているうちに――あっという間に、試合はリオセスリの勝利で終えてしまった。ここまでは比較的、普段の鉄拳闘技場の試合とあまり変わりのないものだったのだか………問題は、この先にある。そもそもリオセスリが出場しなければならなくなったほどの、鉄の獅子――「常勝チャンピオン」の、その正体を明かす時だ。
「さて、何が来るのか見ものだな」

 そう言ってリオセスリがリングの中を振り返った時――。二体の四足歩行のマシナリー・偵察記録型が、リング上に飛び出して来たのだった。

「……ッ、?」
 ―――なんだ。なんだ? 何かがおかしい…。あの犬のようなマシナリーとは、今までたくさん戦ってきたことがあるはずなのに……何かが。何処か、何かがおかしいと…私の頭が危険を察知している。
「我らが「常勝チャンピオン」のお出ましだ!」

 ガシャン、ガシャン、ともう一体。重たいマシナリーが地に足を付けて、歩みを進める音が聞こえてくる。…あの姿は、制圧特化型マシナリーだろうか?

「(………………)」
 ―――いや、違う。違う…! これはもっと重く――もっと鋭い。こんなマシナリーの機体は初めて見る…! ガツンと鋼鉄の刃に切り裂かれそうな程の、鋭利な刃物が施された改造マシナリーだ!!

「リオセスリッ…!!」
「ルールは「無制限」! さあ、心行くまで――戦い尽くしてくれ!!」
 ウオオオオオ!! という会場の盛り上がりに、闘技場内は一気に最高潮を迎えていく。誰も――誰も気が付いていないんだ。あれは安全装置が外れただけの、ただの「常勝チャンピオン」なんかじゃない…! 確かな「殺意」をもって、人為的に作り変えられた機械兵器――その対象は、リオセスリ本人だ!!

「やはりな…」
「リオセスリ!! 待って! 一人で戦っちゃダメ…ッ!!」

 私は半ば悲鳴のような声を上げて、人込みをかき分け、手すりのある先頭へと身を乗り出していく。…水の上でも見たことがない程の改造マシナリーだ。せめて仲間たちが揃っていたならもう少し安心できるものの、一人でなんて、とても無謀すぎる。
 だがひどく熱狂の渦に落ちている今の闘技場では、リオセスリに声を届けるのは至難の業だ。嫌だ……嫌だ、…傷ついてほしくない、死んでほしくない…! 彼に縋るようなこの弱い心が、自分の無力さをさらに浮き立たせていく。じわ…と目頭に熱が溜まったかと思えば、頭痛のような鈍い痛みが広がっていった。

 その時――、ふと…。リオセスリは、突然に私の方へと視線を投げかけてきた。…まさか届かないと思っていた声が、本当に彼の元まで辿り着いたのだろうか…?



「なあ――あんたはどっちに賭けた?」



 辺りの騒ぎ声にも負けない声量と、男らしく低い特徴的な声が、私の方に――「私」に向かって、そう問いかけた。

「(…………)」
 ギギギと嫌な音を立てた改造マシナリーたちは、戦闘モードに入る様にその四肢を細やかにセッティングしていく。――砲台、刃物、機関銃となんでもアリだ。
 

「俺とあいつら、どっちが勝つと思う?」


 …私の方なんて見てないで、さっさと敵の方を向きなさいよ。なんて思っていても……彼は、少しも目線を反らしてくれない。リオセスリは今も変わらず……私の方を、見つめ続けている。
 拳を下ろし、立ち止まった公爵が言葉を待つ相手がいる事に気が付いた面々は―――次第にひとり、ふたりと口を噤んでいった。…そうしてある程度に溜まっていくその場の視線が、探る様にどんどんと私に向かって注がれていってしまうものだから……―――って、ああ…もう馬鹿! リオセスリの馬鹿!! バカ公爵!!


「そんなの…リオセスリに、決まってんじゃん…ッ!!」

 
 私の泣きそうになりながらも突っぱねたその返答を聞いた闘技場は、また息を吹き返したように大きく声を上げていく。「公爵様!」と湧き上がる声援に、「だったら勝たねえとな…!!」とリオセスリはニヒルに笑ってみせた。

「――さて、「廃棄処分」といくか」

 リオセスリは分厚い機械仕掛けのナックルを起動し、そこに一気に冷気を貯め込んでいく。シュウウ、と中で何かが駆動する音は、リオセスリの準備が整った合図だ。――さあ、ここからは神の目を用いた本気の戦いが始まる。
 私は依然として不安は残っていたものの……どうしてだろうか。「俺にまかせておけ」と言わんばかりのその自信満々の笑みに、また絆されてしまっているのを感じた。
「(まあ、リオセスリなら、きっと大じょう……………、ん…?)」
 戦いにエンジンがかかったようなリオセスリの、オラオラとした一方的な攻撃にマシナリーは絶えず殴られ続けていく。バキンッ、バキッ、と打撲と損傷をして折れていく鋭利なそれは、粉砕されたマシナリーのボディと、リオセスリ自身が作った氷の、まだ解け切っていない切っ先片だ。
 パラパラと辺りにそんな氷の欠片が飛んで落ちれば、必然とこの闘技場内の温度は一気に低く下がっていく。――寒い、と感じたのはもちろんなのだが、それ以上に肝が冷える光景が見えてきた。

 リオセスリの足元では、リング上のほとんどを覆うほどに、分厚く凍る氷の膜が冷たく張られてしまっている。そしてその壇上で彼は、最高潮までナックルをフル駆動させ、強烈な一撃へのチャージを溜め込んでいた。

 背に掛けられた、その凍てつく「神の目」がシャンと光る――元素爆発への、十分な蓄積と証明。
「(ま、まさか…。こんな狭い場所で、爆発を…!?)」 
 ガンメタル・ウルフバイト…それがリオセスリが扱う元素爆発の名前だ。ナックルの駆動と自身が操る氷元素を掛け合わせ、巨大な氷柱を前面に打ち出す、凍てつく強力なストレートパンチだ。…だがそんなものをこの場で使用すれば、狭いリング上の範囲はおろか――打ちどころが悪ければ、この鉄拳闘技場の鉄壁までをも破壊してしまう恐れがあるに違いない。
「(で…でも、流石にそんなこと、リオセスリだってわかってやって…!)」
 私は慌てて彼へと視線を戻すが、間一髪で敵の攻撃を避け、重いカウンターを食らわすリオセスリの戦い方には少しの躊躇も遠慮もみられない。…むしろそんな少しの加減でも考えようものなら、目の前の殺人マシーンに速攻首を持っていかれてしまっていることだろう。 
 
 ――そしてその時。マシナリーはリオセスリの重い拳に、立ち眩むように動きを鈍らせていった。その揺らぎを確実に見逃さなかったリオセスリは――鋭く、眼光を光らせて高く飛び掛かる。


「―――いって、」


 ああ――ああ、まずい。まずい…! まずい…!! あの感じはまずい…!
 私は慌ててその場の手すりにしがみつき、まるでジェットスターから落ちる時のような、耐えがたい浮遊感から逃れられないような気持ちにかられる。


「らっしゃい―――!!」


 そうして赤の闘志を纏ったリオセスリは、重く、激しい一撃を叩きつけた。――その瞬間。鉄拳闘技場に居た全ての者はおろか――生産エリアで真面目に働いていた者でさえも、地震のような揺れを感じとったと供述を残した。



「うっ、イタタッ…!」
「手当だもの、我慢して」
 公爵に敗れたものが次々と運ばれる医務室にて、シグウィン看護師長は忙しなくあちこちで治療を施していた。だが流石は公爵の技量…その中に重症や深手を負った者は一人としておらず、軽い手当てだけで済むのは幸いのことであった。――もちろん、あの改造マシナリーを除いての事ではあるが。
「こいつはいい教訓になったな。今度勝手に警備ロボの安全装置を解いたやつがいたら、すぐに連絡しろ」
「わ、わかりました…。ですが公爵様、今回の件は…」
「ああ、それについては俺の方で調べておく。あんたが手を加えた訳じゃないのはわかった」
「はあ……」
 リオセスリは医務室の壁に背を預け、少し考えるような素振りを見せる。目の前で看護師長の治療を受けるこの大柄の男は、確かにあの警備ロボの違法持ち出しとその非をを認めた。…だが、あのような改造は施していない。もともとエルマイト旅団の一員であったこの男には、その手の知識や技量を持ち合わせてはいなかった。
 しかし今はいくら考えにふけってたとしても、犯人の追及には至らないだろう。そんなひと時の沈黙を過ぎれば……ふぅ、と。小さな看護師長は呆れたような溜息をついた。
「…でもそういう敵でしか、満足できないのよね?」
 チラリと見上げられる赤くて大きな丸い瞳に、リオセスリは「ふっ」と薄く笑みをこぼす。
「だからこそ報告が必要なんだ」
 ここでの用事はこれで済んだと、彼は軽く手を上げて医務室を後にした。…ひらりと舞った鮫が描かれたステッカーは、非常に誰かによく似たデザインをしている。そしてそのステッカーに「あっ」と気が付いたシグウィン看護師長は、むう、とその柔い頬を膨らませていった。

「どう「処理」するかは、―――俺が決める」


 そう言って医務室からの通路を戻ろうとするリオセスリの前に、一人の看守は慌ただしく声をかける。
「公爵様…! ご命令の通り、件のマシナリーの改造、及び技師の調査を致しましたところ―――……」



◇◆◇



 ああ、クソッ! クソッ! クソッ…!! なんて使えねぇゴミばっかりなんだ!! せっかく鉄拳闘技場まで公爵を引きずり出せたというのに…あの馬鹿どもに他のなんの取り柄がある!?
 公爵も公爵だ…! 俺の「最高傑作」をあんなにボコボコにぶちのめしやがって―――ああクソッ! クソッ! あいつはバケモンなんじゃねぇのか!? 神の目ってのはそんなに偉い代物なのかよ!! 全く世の中不公平ばっかりだ…!!

 ハアッ、ハアッ、と息を切らして走るが、見つかるのは最早時間の問題なのかもしれない。さっき居房エリアの俺の牢屋には、幾人もの看守たちが入り込んでいた。…あの目ざとく、ずる賢い公爵の事だ。どれだけ俺が慎重に後始末をしても、きっとすぐに証拠を取り押さえてしまうことだろう。
 気に食わない――嗚呼! 全部! 全部が気に食わない!! あの余裕ぶった態度も、俺を見下すような目も……涼し気な顔も、全部が腹立たしい!! どうにか一泡吹かせてやりたいって言うのに――あいつは全てをめちゃくちゃにぶっ壊しやがった! なんて様だ!
 看守や他の囚人たちの目を避けながらも、物陰に隠れながらメロピデ要塞の中を進んでいく。時間が……時間が、圧倒的に足りない。悔しさや憎さばかりがつのって、頭に血が上ったように前が見えなくなってくる。
 
 感情的な衝動に蝕まれながらも、逃走路を確認するように視線を動かしていれば――――ふと、流れる健康的な髪が目に留まった。

「(あいつ……あの女、確か……)」
 管理エリアをぽつぽつと歩いていたのは、およそこのメロピデ要塞には全くもって不釣り合いの……能天気で、害のなさそうな人間だ。
 囚人たちは大なり小なり、何かの罪を犯してこの要塞に収監される。だが…この女は明らかに異質だ。「こっち側」の人間が言うんだ、間違いない。あの女なら確か前にも見たことがあるが……限りなく、「善良な市民」に近い存在だ。


 ――なら、何故メロピデ要塞に…?


「(………。あぁ……ああ、そうか。そうか、そうか…!)」
 ようやく、…ようやく見つけたその「使えそうなやつ」に、俺は恍惚とした気分が一気に高揚していくのを感じる。…たび重なる食堂での目撃情報と、先ほどの試合の最中。――なによりも、公爵自らが先ほど答えを教えてくれたじゃないか!
「(女だ、女だ! 公爵の女だ! あいつは公爵の「お気に入り」…!)」
 俺はわき目もふらず、視線の先にあるその女へと一目散に走り出していた。女は俺に気が付かず、逃げるような素振りもない――簡単だ。そんな細っこい腕、どうとでもできる。縛ることも、折ってやることも楽勝だ。
 ああ――嗚呼、嗚呼、どうしてやろうか…! 痛めつけてやるのも、汚してやるのも良い! 泣かせて公爵の名前を呼ばせて、それをあいつに聞かせてやるとしよう――苦痛と憎悪、己の無力さに歪む奴の顔を想像するだけで…満たされたような力が湧き溢れてくる!

「(あと数歩だ。あと少し――。あと、五歩…。四……! 三………)」


 ―――ぽん。とそこで、突然…肩に手を置かれる感覚があった。



◇◆◇


「…?」
 その感覚に私が振り返れば……ちょうど今日、その鉄拳闘技場の報告に来ていた聡明な若い看守が立っていた。
「お探ししました。公爵様より伝言を預かっています。…公爵様が戻られるまで、執務室でお待ちください、との事でした」
 その看守は少しだけぎこちない不慣れそうな笑みを見せて、私を執務室の方へとゆっくりと促していく。普段の相手は囚人ばかりで、こういった案内はあまりしたことがないのだろう。……ただ、その行動には「絶対」の意思が感じられる。
「え…? そ、それはわかりましたが……。…あの、リオセスリは…一応…無事、でしたか…? さっき医務室に行ったらもう出て行ったって言われて…」
 鉄拳闘技場の一連の試合を終えて、私は人の群れに揉まれながらも先ほどやっと脱出できたところだった。闘技場内にはその姿が見当たらなくなってしまっていたから、おそらくシグウィンさんの所だろうと思ったのに……またしても一歩出遅れてしまったらしい。シグウィンさんは「たいしたことないのよ」って言っていたから、全然問題はなかったんだろうけれど…。
 だがそんな私の不安そうな表情を見て、看守の青年は、ふ、と柔らかな息を吐いた。…先ほどのよりも、ずっと良い微笑みだ。
「もちろん公爵様はご無事ですよ。……ご安心ください。すぐに戻られるはずです」
 そして執務室へともう一度誘導された私は、その大きな扉をくぐってゆく。慣れ親しんだ黄色い照明に包まれながら―――バタン、とその扉は閉じられていった。



 コチ…コチ…と時計が刻む音が小さく聞こえる。あまりにも静寂に包まれているものだったから、普段は聞こえないだろうそんな音までが……今の私の耳にはやけに響いた。
「…………………」
 彼のお気に入りの音楽でもかけてみようかと思ったけれど…あいにく、私は普段レコードにあまり触れない。もし万が一何か手違いで針を折ってしまったら、取り返しがつかなくなると思って触るのをやめてしまった。
「…………………………………」

 うーーーん、……暇だ。めちゃくちゃに、………………………暇だ。

「(リオセスリ…いつになったら帰ってくるんだろう…)」
 正確な時間は覚えていなかったが、もうかれこれ長い時間を待っているような気がする。そもそもどうして執務室に呼び出されているのかもわからなかったけれど……きっと、何が事情があるのだろう。もしかしたら今日の鉄拳闘技場の話かもしれない。だけれど…それもリオセスリが帰ってこないことには、何の進展もしないのだけれど。
 私は来客用のソファーでぶらぶらと足を揺らし……どうにかして何か、時間を潰せるようなものがないかと頭の中で模索し始める。ひとつ、ふたつ…とアイデアが浮かんでは消え、これも面白くないなとまた没案が浮かんだところで「ふあ」、と思わずあくびが出てしまった。
「(いけない…また寝ちゃうところだ)」
 その暖かい自分の吐息を手のひらに感じ、ふるふると私は頭を横に振った。…流石に二度目の居眠りには、あの公爵でも呆れてしまうことだろう。危機感が無さすぎるとしこたまに注意を受けたのは、まだつい最近の話だって言うのに…。
「(んー…公爵の部屋、時間つぶし……探し物……)」
 うとうとと舟をこぎ出す頭に、叱咤するように考え事を重ねていく。なんでもいいから…なんでもいいから言葉を並べよう。流石にリオセスリのデスクを勝手に探る様な真似はしないけれど――

「(持ち物……ごはん……食堂……………………おみく、じ…)」


『――だから俺の部屋には数十枚の、その「当たり」が転がっている』


 ―――――――あ。

 …目、完全に冷めた気がする。あと物色はしないってさっきは思った気がするけど……………うん、何も考えなかった。言わなかった。――いいね?
 
 私はそこから真っ直ぐにリオセスリの机と向かい、ガバッとその机の下を覗き込んだ。うん……小さな引き出しと、戸棚。小物を入れておくにはちょうど良さそうな大きさだ。
「(やっぱり…やっぱり、まずいかな…。でも…! 私だってもうずっと頑張ってるし…! そろそろもらったって…!)」
 恐る恐るその一つに手をかけ…覚悟を決め、ゆっくりとその手を引き寄せる。も…ももももちろん、私の目当てはあの小さな当たりくじだ。それ以外の書類や物には、まったく触るつもりはないんだけれど――…。
 スウー…と軽い木製の擦れる音がして、隠された中身はいとも容易く暴かれてしまう。…しかし、びくびくとその中を覗き込んだ私は――ふう、と小さく息を吐いた。
「(空っぽだ…)」
 強張っていた固い緊張の糸が、少しばかりほぐれたのを感じる。つい漏れ出た息は勝手に中身を見ずに済んだ安堵が――それとも、おみくじが見つからなかった溜息か。
「(も…もうひとつ、だけ…)」
 …人間とは強欲で愚かだ。「今が大丈夫だったから、次も大丈夫」だなんて――全く、そんな根拠は何処にもないというのに。

 ――しかし、次に暴いてしまった引き出しには……なんと、いくつかの書類が詰め込まれていた。もちろん中身は読んだりしないつもりだったのだが………一番上に乗っていた「その紙」に、私の視線は釘付けになってしまう。

 
「(わた、しの………写真?)」


 囚人番号、氏名、顔写真――ああ、この写真には身に覚えがある。初めてメロピデ要塞に来たとき、ここの受付で旅人の蛍ちゃんや、パイモンちゃんも撮ってもらったものだ。「収監登録リスト」――確かリオセスリはそう呼んでいたはずだ。彼の第一印象はここで決まる、と。
 私は思わずその書類を手に取ってしまい、そのまま床に座る様にそのリストを膝の上へと置いていった。どうやら…ここにあるのは私の分だけらしい。確か私たちの犯罪記録の後始末については、リオセスリが手続きをしてくれているはすなのだが……どうして、私の分だけがここに?
 他の人のリストを見たことがないからわからないが、どうやら私のリストは数枚つづりになっているようだ。何故か引き出しに手を伸ばしてしまった時よりも――ずっと、指先が震える。何か恐ろしいことに、手を出してしまっているような気がする。
「(他には……、何が、)」
 ぺら…、と私は一枚その紙をめくった。写真があったのは最初の一枚だけのようで、あとは文字が区画に分けられて、ある程度にまとめて記されている。…他人が調べた、自分の記録…。探れているような居心地の悪さと同時に、どこまで情報を掴まれているか把握しておきたい焦燥感に苛まれる。おかしいな、私…。何もやましいことはしていないはずなんだけれど。
 しかし一枚、また一枚と軽く目を通すうちに、そんな不安は少しずつ解消されていった。おそらくメリュジーヌや警察隊員によってまとめられこの情報は、メロピデ要塞に来る前のものだろう。収監される人物がどのようなものかを公爵に知らせるための、予備知識のといったものに過ぎない。そもそも私たちはヌヴィレットさんの依頼でここまで潜入したわけでもあるし、内容はどれもフォンテーヌに来てからの事、または旅で出会った大きな事件のことのみで、さほど驚くようなことは何もなかった。――ふう、と思わず安堵の声が漏れる。
 ぺらり、と随分と軽くなった手つきに、書類はあっけなく最後の紙を迎える。…どうやら最後は備考欄となっているらしい。「比較的温厚な性格」と診断されている事には、つい私の方までほっとしてしまった。――だがそうして書面の下、後半へと視線を落とした……その時。


 ――『アチーブメント収集家』。


「は……」

 明らかに、今までの筆跡とは違う文面。大きな手書きの文字。…少し乱雑に書かれたその言葉には、目立つようにぐるりと大きく丸で囲われている。

「(これ……この筆跡、まさか…………)」
 …いやに、見覚えのある筆跡。文字の形。私は……私はつい今日、さっき。この筆跡を目にしたばかりな気がする。嘘ばっかりのラブレターの文字は……こんな形を、していなかっただろうか?
「(いや…、いや、まさか。落ち着いて。だってこれ…メロピデ要塞に来る前の、ものだし……)」
 ――そう。問題は「いつ追記されたか」、という話だ。この書類事態はヌヴィレットさんからの依頼の後――私たちが収監されるよりも早くに、メロピデ要塞に届けられたものだろう。…そして写真は、それよりも後に。だが受付を済ませた後には直ぐにリオセスリに迎えられ、彼は思っていた以上に水の上の情報に詳しかった――。……事前に、調査をされていた?

 ドクンと、やけに心臓の音が大きく響いた。生温い汗が…首元に、滲む。

 きっとこれをリオセスリが追記したころには、私はもう十分に目を付けられていたことになる。私が面と向かって彼におみくじやアチーブメントの話をしたのは、色々と事件が解決して、信頼できる人だと安心してからだったのだから。
 
『――それをずっと片思いの、最愛の女に――』

「…ッ!」
 思わず思い出してしまったその言葉に、びくりと体が震えてしまった。『ずっと』……『ずっと』、って。いつから…? ねえ…いつからリオセスリは私のことを、その視界に収めていたというの…?


「(も……しかして、最初か、ら――)」
「ほお…いくら俺のことが好きでも、そういった物色は感心しないな、お嬢さん」
「イヤーーーーーッッ!?!?」


 …前にも、似たようなことがなかっただろうか。

「ひっ…ひいっ…! ごごご、ご、ごめんなさい! ごめんなさい違うんです…! 違うんです許して…!」
 突然に頭の上から大きな影を落とされて、私はお化けでも見たような悲鳴をあげてしまった。そしてそのまま逃げるように後ずさりをしようとしたものの……机の引き出しに背中が当たるばかりで、ちっとも後ろへと体が下がってくれない。
 いつの間にか帰って来ていたらしいリオセスリは足元で逃げる私を見下ろし、膝の上に乗せたままだった…そのリストをひょいと持ち上げて目をやる。バサバサと絡まっていた紙は、止められていた元の並びに戻り…リストの先頭を表に出した。
「なんだ、あんた自分のリストを見てたのか…。何か情報と違うことでもあったかい? あったらそれはそれで問題だがな」
「い、いや……ない。なかった……けど……」
「けど?」
 …もしかしてリオセスリは、自分で書いた追記のことを忘れているのだろうか…? だがあれは、確かにリオセスリの筆跡のはずだ。だとすれば忘れてしまうくらいには最初の頃だった、……ということになってしまう。
「…………いや。どうして私のリストがここにあるのかなって、思って…。ほら、蛍ちゃんのとか、見当たらないし…」
 つい、と視線をリオセスリから反らした。目を見て話せば、これが嘘だとばれてしまいそうだったから…。それに正直に聞くのが恥ずかしくて、私はまた逃げ腰になってしまっている。

「――ああ。意中の女性の写真くらいは手元にとってたっていいだろ? それにこのリストはもう必要ないんだ。俺が個人的に預かってても何ら問題ない」
「………………」

 ―ガツンと、斜め上から殴られたような気分だ。どうしてこのリオセスリという男は、こうも恥ずかしげもなくこういうことが言えるのだろうか。ああ……もう。もう、本当に、もう…! 個人的に、とか。意中の女性、とか…! また頭の中でぐるぐると残って、尾を引くように熱をもってしまうんだから…!
 
「まあ最近はあんたの顔を毎日見ているから? こいつの存在も本当に必要なくなっちまったけどな。……ほら、立てるかい?」
 そう言いつつも結局また引き出しにリストを戻したリオセスリは、今度は私に向かって手のひらを差し出す。――その光景が鉄拳闘技場の時と重なり、私は思わず「あっ」と声をあげた。

「ッ、そうだ…! リオセスリ、怪我は…!? 大丈夫だった…!?」

 ぐっ、と大きな手に力強く引かれ、私の体はぐんと勢いよく立ち上がった。…だが引かれたままのその勢いに任せるように、私はリオセスリの胸元へと飛び込んでいく。
 ―トン、とぶつかった胸板は厚く、僅かに見える首元には、もともとあった以上の傷跡はみられなかった。私は思わずぺたぺたとその胸や腕の辺りを触り、他に怪我がなかったのかを確認していく。――ああ、良かった。本当に問題はないらしい…。大分無茶な戦闘に思えたのに、その服は一つのほつれも見当たらなかった。
「お……っと、お嬢さん。なかなか熱烈なスキンシップをありがとう、心配をかけてすまなかった。………俺も一応、あんたの無事を確認してもいいかい?」
「え…?」

 手早くそう言うや否や、リオセスリは――ぐっ、と。強く…私の体を両腕で抱きしめたのだった。

「…………。…リオ、セスリ…?」
「…………………」

 …その腕が、どこか縋る様に震えている気がした。いや、もしかしたら私の気のせいだったのかもしれないれど…。少なくともこの時のリオセスリはひどく真剣で、暖かい――彼の鼓動を感じずにはいられなかった。

 トクリ、トクリ、とお互いの心音が響き合う。ぴたりと重なった体は、正直リオセスリに抱え込まれているような感じだったけれど……それでも彼の匂いが胸いっぱいに広がっていって、どこよりも安心できる場所のように思えた。
 強く抱きしめるその広い背中に、私も同じように両腕を回した。私の手なんかじゃ全然足りないくらいの大きな体なのに、ぎゅう…と強く抱きしめれば――リオセスリが安堵したような息を吐く声が、耳元で短く聞こえたような気がした。


「俺も……あんたが無事でよかった」


 リオセスリはただそれだけを呟き、そして抱きしめていた腕の力を緩めていく。
「(あ……)」
 放される腕に、起こされていく体。彼がこうして背筋を伸ばせば、簡単にこの身は離れていってしまう。
「(嫌だ……、もっと。私…)」
 離れた体温に、急激に熱が奪われていくような感覚が体を襲った。さみしい…傍にいて、もっと抱きしめてという想いが、正直に私の中ですとんと落ちる。
「待ちくたびれて喉が渇いただろ? 新しくお茶を淹れ直そう。ティーポットは確か、まだ――」
「リオセスリ、」

 そしてその場から取り繕うように離れようとするリオセスリの腕を、私は……両手で引き留めた。

「ああ、心配しなくてもまだ同じ茶葉は残っているさ。もしあんたがそんなに気に入ったのなら――」
「リオセスリ…ッ」
 …きっと何があったのかなんて、本当の事は教えてくれないのだろう。今までリオセスリはたくさんの事を共有してくれたけれど―――このメロピデ要塞の全てとなれば、とても私のような平凡な人間では考えられないような闇がいくつも存在しているはずだ。…それこそ、口にすることも憚れるほどのものが。
「…………」
 だったら今、私がするべきことは…そんな真実を暴いて事実の追及をすることじゃない。見えない闇から守ってくれた彼へと、お礼と…この素直な気持ちをぶつけるべきだろう。
「リオセスリ、今。私…ね?」
 緩やかだった心拍数は、とたんにその速度をあげていく。思わず頬に熱が浮いてしまうものだから―――ああもう、素直に話すってこんなにも恥ずかしい。


「アフタヌーンティーの、続きがしたいな。……私は今、リオセスリと…キス、したい…。……だめ?」


「―――ッ、…!」
 腕を握ったままの指先に熱がこもる。ちら…と下からその顔を見上げれば、珍しく彼の方から顔ごと視線を反らしたのだった。

「リオセ、」
「―見るな」
「リオセスリ」
「見るな、」
「耳、ちょっと、赤……」 
「はあ…、これは普段の仕返しか? 良いさ受けて立ってやる」

 そう言ってリオセスリはもう一度私の腰を引き直し、くいと私の顎を持ち上げる。ああ――さっきとは違って、全然心臓が落ち着いていないけれど……結局はこれが私の望んでいた熱なのだ。
「リオ……んッ、!」
「はぁ……」
 …せめてあなたの名前を呼ぶくらいの時間は、待っていてくれても良いのだと思うのだけれど。リオセスリはそのまま噛みつくような勢いで私の口を塞ぎ、飴のように唇をなぞれば――簡単にその中へと侵入してくる。
「リ…ッ、……ぅ…、…! ん、…ッ」
 呼吸さえ奪うほどの熱い波に、私の体は直ぐに音を上げてしまいそうになった。足だって簡単に震えてしまうものの……腰に回されたその太い腕が、落ちることを許さないと繋ぎとめる。
「(リオセスリ…、リオ…セスリ……っ、…!)」 
 蕩けるように絡まる舌に、求めるように分厚い体が押し付けられる。バクバクと心臓はうるさく脈打って、リオセスリにまで鼓動が伝わってしまいそうだ。
 自制が眩むほどのこみ上げる熱から耐えるように、私はリオセスリの胸元に縋りついた。…もしこの整った服をしわくちゃにしてしまっても、彼は怒らないでいてくれるだろうか。
 そしてそれを息が苦しいという合図だと思ったのか、リオセスリは一度、噛みつくような唇を離しくれた。ツウ…と伸びる銀の糸がひどく煽情的で、頭は熱さでおかしくなってしまいそうだ。
「大丈夫かい…? …ちなみに、俺は足りないが」
 心臓はどくどくと忙しなく胸を叩く。熱に浮かされた体は生理的な涙で視界が滲み、ただ燻る様な欲を育てるだけだった。
「や…、リオセスリ……まだ、やめないで。…もっと…っ」
 甘く溶かされた口から漏れる言葉は、私のどろりと零れ落ちる本心だ。羞恥心も何もぐちゃぐちゃになって混ざった感情が、ぽろり、と頬を伝って流れた。
 リオセスリはその涙に視線をやり、フッと笑って親指でぐいと拭う。そのままゆっくりと自身の執務机と私を寝かせれば、上から覆いかぶさるように手を突いて――深海の、微かな明かりすらも届かぬように私を隠した。

「全部お望みのままに答えてやるさ。…だが、誘ったのはあんたの方だからな?」

 少し汗ばんだようなその大きな手で、彼は黒い前髪をくしゃりとかきあげる。鋭い青の視線は絶え間なく私に注がれ、今も片時だって離されることはない。けれどもその頬に滲んだ確かな熱が、まるで私から移ってしまったみたいで…ひどく心が満たされていくのを感じた。
 その淡い色合いにふっと思わず笑ってしまったら、リオセスリは鼻先が絡まるほどの近い距離で、「どうかしたか」と低く囁く。

「ううん。やっぱり、私…リオセスリのこと好きだなって、そう思っ――――、ッ…!? ~~ッ!」

 ――頼むから少し黙っててくれ。と…焦る様なそんな乱暴な噛みつきに――。たまには素直になるのも悪くないかな、…なんて思ったりもして。
 私は彼以上に真っ赤になりながらも、こんな涙が溢れるほどの『幸せ』を、ただひたすらに感じていたのだった。

真実は海の底に沈む
※今回は物語にて、多少ではありますが汚い言葉使いや乱暴な表現が含まれます。
不快に感じられる方もいらっしゃるかと思いますので、お読みいただく際は自己責任でお願いいたします。

公式動画のキャラクター実戦紹介、リオセスリさんの「即興演出」が格好良すぎる~~! と思い、気が付いたらこのお話が出来上がっていました。
動画に沿ったお話の流れに、いくつか改編や捏造を加えて書いています。
前回お話に続き、リオセスリさん×(食堂のアチーブが当たらない)ゲームプレイヤーさんです。旅人は蛍ちゃんで進行しています。相変わらずメタい表現あります。
なんだかお話が続いてしまっているので、一応シリーズにまとめておきました。どうぞよろしくお願いいたします!

ちなみに私のアチーブはまだ当たりません。なんでや。もう三週間も敗北真君してます。なんでや。
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2023年10月23日 11:14
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