今回は今作オリジナル魔法が出て来ます。今後も続々登場するのですが、如何せん作者が理系とはいえアホなので理論にガバがある可能性が結構あります。
もし読んでて「これどうなってんの?」「ここおかしくね?」と感じた部分があれば活動報告にて気軽に言ってください。また、「このキャラクターとの絡み増やして欲しい」「こんな回が欲しい」という要望もあれば同じく活動報告にどうぞ。全部は難しいですが可能な限り対応します。
九校戦五日目。清々しい目覚めを経て、俺は宿泊しているホテルの屋上にいた。
時刻は朝の4時半──────早過ぎたな。まだ日の出の途中だ。
寝れる時に寝るが信条故に中々見る機会はないが、この時間帯の空は嫌いじゃない。
夜の黒い空と昼の青い空、そして太陽の赤が混ざりあって紫に染まった世界。
視覚だけじゃない。目を瞑れば無数の音が聞こえてくる。
朝早く、気合いの入った蝉の鳴き声。
明朝の澄んだ風に吹かれた木々のざわめき。
そして、こちらに向かってくる足音。
……こちらに向かってくる足音???
「……んだよ、達也か」
振り向くと、寝間着である黒いインナーとズボンの上から白い前開きの服を羽織った達也が。びっくりした。
「何、同室の人間がこんな朝早くから部屋を出ればな。そりゃ気になるさ」
「そーかよ。この時間帯は心地いいからな。つい出て来ちまった」
「……緊張しているのか?」
「天皇陛下の御前で演奏することと比べりゃ大したことないさ」
「お前それは比較対象がおかしいだろう」
それはそう。
「対戦カードを見たが……順当に行けば、第三回戦の相手は葉山隼人だ」
「……知ってるよ」
「先日の懇親会、お前とその葉山隼人が話しているのを見かけた。何か因縁があるようだが……何があった?」
……ま、勘づかれるか。
「何、大したことじゃないさ。……朝食までの暇潰しがてら、昔話でも聞いてくか?」
「……そうだな、聞かせてもらおう」
そうして、俺は中学時代にあった事件のことを話し始めた。
──────二高に進学した俺の知り合いは、三人いる。
葉山隼人、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣。
アイツらは同じ中学出身でな。葉山と由比ヶ浜は同じクラスだったこともあるし、雪ノ下と由比ヶ浜と俺は同じ部活に所属していた。まあその部活の活動でも色々あったが、それは今回話す一件とは関係ないから割愛しよう。
事件が起きたのは中3の初夏。夏休みに入る少し前くらいだった。
最近知ったが雪ノ下は師補十八家の分家らしくてな。それでアイツも魔法師としての才能があり、本来ならば一高に進学するつもりだったらしい。
そんで雪ノ下があるものを部室に持ってきたのが、事件のきっかけだった。
「ゆきのん、それ何?」
「『
雪ノ下が持ってきたのはCADだった。ブレスレット型……まあ多分汎用型だろう。雪ノ下と同じ学校に進学するのが目標の由比ヶ浜は大はしゃぎし、CADを腕に嵌めたりと色々していた。
そんな中、由比ヶ浜が雪ノ下にねだって雪ノ下がCADを腕につけた。
「……これで良いかしら」
「うん!すっごく似合ってるよ!ね、ヒッキー!」
「……そうなんじゃねーの」
適当な返事を返し、端末を弄る。ネットサーフィンに熱中していたせいでそこからの雪ノ下と由比ヶ浜の会話内容は知らないが、とにかく何かしらの会話を経て由比ヶ浜が雪ノ下に抱きついたその時。その抱きつきが半ば不意打ちのようなものになってしまったことで、雪ノ下から『想子波』が発生してしまった。
魔法の発動プロセスは知ってるよな?まあそれにより、魔法が起動してしまった。使用された魔法は殺傷性ランクCの『
『揺籃』によって部室の窓ガラスが残らず破損、他幾つかの教室の備品も破損した。
ご存知の通り無許可での魔法の行使は犯罪だ。魔法の行使が検出されたせいで直ぐに警察が学校にすっ飛んできて、その場に居合わせた俺は参考人として警察からめっちゃ色々聞かれた。まあ『あくまで同じ部活動に所属してるだけで俺は何もしてない』『なんか2人が話してて、1人がもう1人に抱きついた際に魔法が発動した』『何があったのかはよく分からん』というのを何度も伝えた結果俺は何とか解放。そして魔法の行使も事故ということで処理されたんだが、雪ノ下は大慌てでやって来た両親にバチボコに説教されてた。見てるこっちが縮こまるくらいには。そして一高進学の話は立ち消え、卒業と共に本家がある近畿に雪ノ下家ごと戻ることになった。
そして雪ノ下へのその処分内容が明らかになった次の日、俺は由比ヶ浜に呼び出されていた。
「んだよ。俺帰りてぇんだけど」
「……ヒッキー、何でゆきのんを庇ってくれなかったの?」
「は?」
何言ってんだこいつ。
「ヒッキーがゆきのんのために何か言ってれば、ゆきのんはあんなに怒られずに──────」
「おい」
師匠仕込みの殺気を一瞬だけ叩き込み黙らせる。黙って聞いてりゃペラペラと……舐めてんのかこいつは。
「庇うべきはお前だろうが。お前が雪ノ下に飛びつかなきゃ事故は起きてねぇんだよ。俺が庇ったら普通に犯人隠匿で罰せられるし、雪ノ下の罪も重くなる。事故で済んでたのが普通に事件になりかねなかったんだぞ」
「で、でも……」
「しつこい」
これで話は終わりだ、と言わんばかりに俺はその場を立ち去った。その後、顧問の先生にも話をして『事故を起こした側の癖に庇わなかったことを責めてくる奴と同じ部活には居られない』として残り1ヶ月もない部活生活を一足早く終わりにしたことで俺と奴らの交流は完全になくなった。
「……という訳だ。その後も接触を図る由比ヶ浜を雪ノ下や葉山が止めてたから俺は別にアイツら二人に思うところはないが……この前の懇親会の言動を見る限り、由比ヶ浜とは和解の可能性はない」
「……そうか」
俺が見るに、由比ヶ浜は魔法師というものに致命的に向いてない。服部先輩じゃねぇけど、魔法師は現実を正しく見据える『
かく言う俺も音楽家という『
「……ああ、そうだ。八幡、ユニフォームはどうするんだ?」
ふと思い出したかのように達也が言う。
「ユニフォーム?」
「アイス・ピラーズ・ブレイクは競技の性質上遠隔魔法のみを使う。それ故にユニフォームの指定がないんだが、それを利用して女子アイス・ピラーズ・ブレイクは半ばファッションショーのようになっている」
「ほーん……つってもな。多分今回の参加選手的に俺の試合って全部秒殺だぞ?着飾ってもな」
「折角だから何か特別な服でも着ておけ。晴れ舞台だぞ」
……晴れ舞台、ねぇ。そんじゃアレにするか。
「わーったよ、ちゃんと着るから安心しな。お前はオカンか」
「ん?」
「ゴメンナサイ」
──────男子アイス・ピラーズ・ブレイク新人戦、予選一回戦第十試合。それが俺の初戦だった。平行して行われている女子新人戦に関しては深雪、北山、エイミィの三人全員が勝利しており、後は俺が勝てばいい話だ。
そして相手は……確か第六高校の生徒だったか。俺のCADの調整をしてくれている中条先輩から聞いたところによると、今回の六高の出場選手の中では一番成績が奮わない奴らしい。控えめに言って雑魚である。ちなみにその中条先輩だが、楽器とCADの複合という『使えるやつ他にいんのか』的な意味で前代未聞どころか空前絶後の代物である俺の『セブンスコード・レクイエム』をおっかなびっくり調整している。いやあの、そんなビビりながら調整しなくてもいいっすよ。
ちなみに
「……比企谷くん、調整終わりましたぁ」
「ありがとうございます」
調整を終えた『レクイエム』を受け取り、コンマ一秒だけ起動する。……うん、いい感じだ。
「さて、行くか」
「……ところで比企谷くん。本当に
「ええ。俺の正装と言えばこれ以外に有り得ないので」
俺はそう言って、試合会場へと向かうのだった。
所変わって観客席。八幡の試合を見に来たレオ、幹比古、小町の三人は八幡が来るのを今か今かと待ちわびていた。
「……そういえば気になってたんですけど、実際お兄ちゃんって強いんですか?こうやって代表選手に選ばれるくらいには強いんだろうなとは思ってるんですけど」
「あー……僕は九校戦が始まってから知り合ったから、伝聞形式でしか言えないんだ。レオ、実際彼の腕はどうなんだい?」
「ん?ああ、普通に強えよ。ひねくれてて人間性終わっててクズっつー度し難い人間だが、腕に関しちゃマジの一流だ。伊達に一高の実技首席はやってねぇよ」
「魔法科高校に行ってもお兄ちゃん相変わらずロクデナシなんですね……あ、来ましたよ!」
そう言って小町が入場口を指差すと、丁度八幡が現れた。……その姿は。
「あれは……スーツ?」
「いや、アレは燕尾服だよ。演奏会で指揮者がよく着てる服って言えば分かるかな」
そう。八幡が纏っている『正装』は燕尾服であった。襟の先が折れたシャツ、ウィングカラーシャツの上に白いベスト、さらにその上に燕尾服を纏っている。
胸元には白い蝶ネクタイがあり、靴はエナメルのような艶のある黒い革靴。ひとつ間違えれば忽ち『服に着られてしまう』それを、八幡は見事に着こなしていた。
櫓に立ち、威風堂々という言葉が似合う立ち姿を晒す八幡。
相手選手はすっかり萎縮しており、せめて一矢報いてやろうという負け前提の気概を見せている。音使いであるが故に、音から相手の感情も読み取れる八幡はそれを既に察していた。
「……始まるぞ」
試合開始を告げる青いランプが点った瞬間──────八幡がCADを操作。自陣の氷柱十二本全てに魔法式が『一本につき二つ』投射される。
「……あいつ、遊んでんな」
「そうなんですか?」
「氷柱全部に『情報強化』を施すだけならまだしも、更に同時に氷柱に対して個別に『領域干渉』を施すなんてふざけてるにも程がある。多分相手が負け覚悟、半ばヤケクソで特攻掛けてくるのを察知してんな。ほら見ろよ、対戦相手半泣きだぞ。消費量度外視で魔法連射してんのにビクともしねえ」
エイドスを複写し投射することで可変性を抑制する『情報強化』と事象改変内容を定義せずに純粋な干渉力で覆うことで相手の事象改変を防止する『領域干渉』。この二つの魔法を精密な想子操作により同時に行うことで、高い魔法力の要求を二重に行使。十師族ですら容易には突き崩せない金城鉄壁が完成したのだった。
「あ、暇そうに手遊び始めた」
「もう相手が可哀想になってきたな。……幹比古、アレどうにか出来るか?」
「無茶言わないでくれ、アレくらいになれば十師族クラスでないと難しいだろう。……しかも、その中でも殲滅力に秀でる一条や十文字でどうにかってところかな。流石に攻勢に転じれば他にもどうにか出来そうな家はあるけど……少なくとも、今の専守防衛の状態ではまず無理だね」
通常の魔法を"岩に物をぶつけて動かす"と表現するなら、『情報強化』は"岩を固定する"ものであり『領域干渉』は"岩に物を上乗せして重さを増やす"もの。それを組み合わせた複合対抗魔法『圏空』を打ち破るほどの技量は、相手選手にはなかった。
「……ダルいしそろそろ終わらすか」
そう呟く八幡。『レクイエム』を操作すると、相手陣地の十二本の氷柱が一瞬にして粉砕した。
──────予選一回戦。勝者、比企谷八幡。
「比企谷くん、何ですかあれは!」
控え室として割り当てられた天幕に戻ると、ちょっと怒った様子の中条先輩が。
「何がっすか」
「比企谷くん、さっきの試合はやろうと思えば直ぐに終わらせれましたよね?」
「はい」
実際攻勢に走ったら瞬殺だったし。
「良いですか、これは競技なんですよ。スポーツマンシップに則って正々堂々とやってください!」
「相手がバテるまで耐えてカウンター決めるのは普通に正々堂々としてません?」
「ああ言えばこう言う!」
頭を抱えてしまった。
「……もういいです。比企谷くんはどうせ言っても聞かないでしょうし」
「っすね」
「開き直らない!……ところで、氷柱を一瞬で破壊した魔法。あれは何ですか?」
「アレっすか?北山が予選で使ってたらしい『共振破壊』のアレンジっすよ。ちと魔改造してえぐい事になってますが」
魔法名称は『
つまりはそういうことだ。魔法で振動数を上げていくのではなく、元々世界に存在する共鳴の法則を利用して振動を上げていく。後は魔法で振動が空気に広がり弱まらないように振動を継続させれば良いだけのこと。しかも振動の上昇速度は相互作用の重複により通常よりも遥かに速い。しかもその速度は加速度的に増していく。何せ段々振動数が上がっていき、それが更に作用していくわけだからな。
そして共鳴点が見つけ出された時に破壊される訳だが、ここでもう一度共鳴現象が出てくる。互いに作用するが故に、全ての氷柱がほぼ同一の振動数を持つ。また、同一素材であるが故に
欠点はその無差別性だ。一定範囲内に同一の固有振動数を持つ物体があればそれら全てが対象となってしまうからな。だから『圏空』による二重の保護で、俺側の氷柱が破壊されないように保護する必要があった。また、振動数と共鳴現象を利用するから材質や固有振動数がバラバラだと通常の『共振破壊』と大差なくなってしまうのも特徴だな。
「さて、次の俺の試合まで……そうだな、クラウド・ボールでも見るか。里美の試合見ときたいし」
具体的には俺の教えたものがどう活きるかとか。
女子クラウド・ボール新人戦、決勝。
全3セットのうち、第1セットを先取したスバル。しかし自らの使う魔法と『認識阻害』を暴かれ、第2セット目は奪われてしまった。
現在最終セットが開始してから15秒が経過しており、あと5秒で2つ目のボールが追加されるところだった。
「……仕方ない、か」
スバルはそう呟き、八幡から受け取った『奥の手』の一つを切り──────ラケットを振るった。
次の瞬間、スバルの得点が加算される。
「……は?」
そう漏らしたのは対戦相手である一色愛梨。無理もない。何せ、
「……っ!(相手の手法は全部暴いたはず!そうでなくても、打ち返された球すら見えないなんて!)」
正体不明の一手に焦る愛梨。その様子を見て、スバルは『奥の手』が有効であることを察しながら昨日のことを思い返していた。
『里美に教えるのは二つ。一つは『
『アクティブ・ジャマー……』
魔法をCADにインストールしながら、八幡が説明をする。
『この魔法の正体は──────』
「(──────僕の『認識阻害』の、
20秒が経過したことで追加されたボールを
『能動型認識阻害』の最大の特徴は『自身以外への付与』。そのためスバルは『ボールに認識阻害を付与』『ラケットへの付与』を使い分け、『打ち返されるまで軌道が読めないボール』『そもそも不可視のボール』を擬似的に作り上げた。
「(他の魔法ならともかく、この魔法のベースは僕が生まれてから15年間付き合い続けた『認識阻害』!)」
「(どの程度なら気付かれずに済むか、これ以上は気付かれてしまうか。それなら手に取るように解る!)」
『跳躍』を併用し、段々増えていくボールに追いついてその全てを打ち返す。だが所詮は既に破られた『認識阻害』の応用。次第に愛梨の感覚は慣れ始め、自身の『稲妻』を利用しての規格外の反射神経により愛梨もまたボールに追いつき始める。追いつかれ始めるか、と観客が思った瞬間──────
「……そうなることは解ってたよ。僕も、彼もね!」
「っ!?」
再び愛梨の視界からボールが掻き消える。例え『稲妻』による常人を越えた桁外れの反射神経を得ていようとも、
『もう一つの手だが……ま、基本的には手品みたいなもんだ。それを魔法でどうにかするだけのな』
『手品?』
『そう。手品師が観客の視線を誘導する『
「──────『
人間の視覚に必ず存在する、焦点と盲点。前者は言わば『ピントが合う部分』であり、後者は『知覚出来ない部分』である。人間の視界はかなり曖昧で、『ピントが合う部分』の情報を最優先して受け取り、その次に『ピントが合わない部分』の情報を僅かに得る。そのためぼーっとするなどして明確にピントを合わせないようにすれば全体の情報を満遍なく得ることが出来るのだが、それでも情報を得られない場所というのは確かに存在する。それが『盲点』である。
光を受容する網膜のうち、視神経が通っていることで空いている穴のことを指すのだが……細かく説明すると魔法というよりは生物や眼科方面の話になるので後書きのオリジナル魔法解説の方にて。
ともかく、この魔法は生物全てに存在する『焦点』と『盲点』を利用した代物である。文字通り『目を引く』ことで相手の『焦点』と『盲点』の位置を『自分自身』『ラケット』『ボール』のいずれかに固定し、『反応するには見なければならない』のに『そもそも見えない』、『見えた頃には手遅れ』という状況を作り出し続ける。
今のスバルの力量では増え続けるボール全てに対処し続けることは不可能であるが故に幾らか取りこぼしで『知覚できてしまう』ボールが存在するが、それでも互いにボールの個数を知っているが故に『○個のボールが見えている』、逆説的に『○個のボールは見えていない』ということを理解させられることで、その焦りが愛梨の平常心を奪っていく。例えるならテスト中に『どれが間違っているかは分からないけど自分がここまで何問間違えているかを半ば強制的に理解させられている』といったところか。そりゃ焦るわ。
「──────一色家の人間として」
「この一戦、絶対に負ける訳にはいかないッ!」
追い詰められた鼠は猫をも噛む。否が応でも直視させられる取りこぼしと広がる点差という二重の焦りに追い詰められた愛梨は、自身の限界点ギリギリまで『稲妻』の出力を上昇。強引にボールに追いつき打ち返し続ける。
「僕だって──────」
「負けられない理由があるんだッ!!!」
スバルもまた自身の限界点へと近付く。八幡に『絶対にやるな……とは言わんが、とりあえず30秒以上は使うな。保たん』と言われた『能動型認識阻害』と『眼球掌握』を併用。更に『眼球掌握』に関しては自身に対しても行使し『強制的にボールの全てにピントを合わせ続ける』ことで対応する。脳機能の限界を上回る情報を無理矢理処理することでキャパオーバーが引き起こされ、その影響を受けた毛細血管が切れる。血涙を流し、鬼気迫る形相で尚もボールの全てを打ち返していく。
そして愛梨もまた、スバルを倒すために限界を越える。例え知覚が驚異の反射神経でボールに反応していても、身体はそうもいかない。無理矢理に身体を追いつかせた結果、陸上競技の中でも特に身体への負担が多いクラウチングスタートを連発しているような状態であった。コートの端から端までクラウチングスタートで加速し、減速したらその場で更にクラウチングスタートを行い続けるような苦行。常人が行えば『瞬間的な疲労による疲労骨折』が起きかねないほどである。
新人戦でありながら、『この試合は本戦決勝である』と言われても誰も疑わずに受け入れてしまいそうな応酬。
スバルがボールを打ち返せば、それが解けた一瞬をついて愛梨が追いつき打ち返す。
愛梨がボールを打ち返せば、『眼球掌握』で無理矢理ピントを合わせた目で追いついたスバルがボールを不可視にして打ち返す。
二重の不可視を重ね合わせてなお、自らの未熟さ故の隙により打ち返されるスバル。
強制的に叩き込まれる『必要のないくせに膨大な情報』により反応が鈍り、ボールを取りこぼしてしまう愛梨。
そして、残り試合時間5秒となり──────2人は、力尽きた。
自身の限界点こそ超えていないものの、許容量を越えた出力で互いに打ち合ったが故の結果。
最初に愛梨と比べるとスタミナが劣るにも関わらず意地で身体を動かし続けたスバルが崩れ落ち、それを見た愛梨も緊張の糸が切れたのか、その場に倒れ込む。
残されたボールは低反発故に僅かに跳ね回り……すぐに動きを止め、コートを転がった。
──────第3セット結果、190-189。
勝者、里美スバル。
「……そうか、勝ったか」
里美の試合が終わった。確か二回戦は午後だから……うん、様子見に行く余裕はあるな。
俺は『レクイエム』を中条先輩に預けると、天幕を出て里美の元へと向かうことにした。
「よう」
向かったのは医務室。里美のダメージは渡辺先輩のような負傷じゃなくてキャパオーバーによる軽度の熱発と毛細血管の破裂だろうからな。後は純粋な過労。先輩みたいに病院送りにはなってないと思ったが……ビンゴだ。
「……その声は、比企谷くんかい?」
「おう。試合見たぜ、優勝おめでとさん」
「本当はもっと点差を付けたかったんだけどね。精進しなきゃだ」
「そうかもな。ま、今は勝利の美酒に酔いしれときな」
「そうさせてもらうよ」
里美は両目をアイマスクで覆い、その上からアイシングをしていた。あの出血は眼球の過剰使用が原因だからな。とりあえず冷却しときゃ正解だ。
「ミラージ・バットは出んの?」
「うん。医務室の先生には『今日と明日はなるべく酷使しないこと』『観戦の時以外はなるべくアイシングしておくこと』って言われたけどね。それさえしておけば本番には大丈夫らしいよ」
「なら良かった」
数秒の沈黙。目が使えない今の里美にとっちゃ、耳に頼らざるを得ない今の世界は結構な違和感だろうな。
「……ありがとう、比企谷くん。君のおかげで優勝出来たよ」
「お前の努力の成果だろ。俺は一色の奴にムカついたからお前にちょっと支援しただけだ。それで優勝をもぎ取ったのは間違いなくお前だよ」
「それでもさ。君の教えてくれた魔法が無ければ、間違いなく負けていた」
「……そーかよ。んじゃ、その感謝の言葉は丁重に受け取っとくぜ」
「ああ、そうしてくれ」
……そろそろ昼飯食いに行くか。ということで医務室を出ようとした時。
「じゃ、俺は午後の試合のためにも腹ごしらえしてくるよ。それじゃあな」
「ああ。……そうだ、比企谷くん」
「ん?どうした里美」
「スバルだ」
「……あ?」
「名前で呼んでくれ。親しい人は名前で呼ぶようにしてるんだ」
「……………」
「…………………………」
「………………………………………」
「……………………………………………………」
「……わーったよ。スバル。これでいいんだろ」
「ああ。改めて、これからもよろしく頼むよ。八幡」
「おう。んじゃ休めるように眠気を誘う曲でも歌ってやろうか」
「……そうだね、お願いするよ」
「ん。100万ドルの夜景ならぬ100万ドルの一曲だ」
「盛りすぎでは?」
「や、USNAの偉いジジイが孫の結婚式で演奏してもらうために報酬と飛行機とその他諸々でマジで100万ドル突っ込んで俺を呼んだことあるから」
「えっ本当に?」
「本当本当」
確かUSNAの国防長官だっけか。
「……何気なく聴いてた曲の価値が凄くて怖いよ」
「ダチの誼だ。気にすんな」
「いや、ものの価値が狂いそうで」
「そっちはちょっと責任取れねぇなぁ……」
数瞬の沈黙。
「ふと思ったんだけど100万ドルの夜景って残業で出来てんだから『100万ドルの価値がある夜景』というよりは『現在進行形で100万ドルが動いてるかもしれない夜景』だよな」
「夢も希望も身も蓋もない……やめてくれよそういうこと言うの」
「悪い悪い。んじゃ、行くぜ」
そう言って眠気を誘う曲を歌いスバルを眠らせると、俺は医務室を出た。
さて、腹ごしらえしたら二回戦瞬殺するか。それはそうとして名前呼びは所詮陰キャなのでめちゃくちゃドキッとするけど。うっかり惚れそうになる。
アイス・ピラーズ・ブレイク男子新人戦午後の部。
二回戦で四高の生徒とぶつかった俺は、初手で『共鳴崩壊』を使い瞬殺。爆速で天幕に戻ってきた。暇だしエゴサしよ。あ、俺ん名前と『氷倒し』がトレンド入ってら。『瞬殺したった』、と。ツイート。……さて。
「よう、葉山。……何の用だ?」
改めて、一年前のケリをつけるとしようか。
雪ノ下家
師補十八家の一つである二木家の分家。
雪ノ下雪乃
俺ガイル側の原作キャラ。
中学3年生の頃に起きた魔法事故により本来一高に進学予定だったがその話が立ち消え、急遽改めて近畿にある二高に進学した。
本家である二木家は無機物に干渉する魔法を命題として研究しているが、本人の得意分野は物体の冷却などでありどちらかと言うと第六研寄り。諸事情で雪ノ下家の次期当主候補でもあったが、その話も立ち消えになりかけている。切り札の魔法は対象を氷で覆い、氷の内部に限定して領域干渉を行うことで相手の魔法を含めた行動を封じる『
由比ヶ浜結衣
俺ガイル側の原作キャラ。
雪乃と同じ学校に進学しようと努力していた。雪乃が二高に進学することにしてもそれは変わらず、努力の末に二高に合格。実技はそこそこ出来る方だったお陰でギリギリ一科生。得意魔法は発火魔法と弾道構築。簡単に言うと炎の弾丸がバラバラの軌道で飛んでくる。ただしリアルタイムでの弾道構築は出来ないので一度弾道から外れたらほぼノーダメ確定。ほとんど七宝家の群体制御の下位互換。なお単純に弾速があるのと、リアルタイムの制御を放棄することによる弾数の暴力のせいでかなりえげつない。やりようによっては一科生でも上位の実力者でも手傷を負わせられる。
葉山隼人
俺ガイル側の原作キャラ。
表向きは雪ノ下家の顧問弁護士、裏では雪ノ下家の補佐を行う二木家の分家であり、その性質上魔法師としての腕と弁護士としての腕の両方を求められる葉山家の出身。そのため進路は雪乃と同じになるのがほぼ確定している。得意魔法は自身の身体を基準として体の外側に加速・加重・移動の魔法を展開し、自身への物理的干渉の全てを遮断する『
本作オリジナル魔法
『圏空』
『領域干渉』と『情報強化』の複合魔法。精密な想子制御により二種類の魔法を同時に行使、より高い魔法力でなければ打ち破れない鉄壁の結界を作り上げる。デメリットは燃費。純粋にコスパがカス。
『
仕組みは基本的に作中で説明した通り。あくまで共鳴現象を利用しているために固有振動数が異なる物体同士では使えないという欠点こそ存在するものの、その性質上『同一・近似した材質で構築されている物体』が多ければ多いほど破壊までが速い。物体同士の相互の共振作用により振動数の上昇速度は(個数)の(経過時間)乗が理論値となるため、今回のように十二本も並んだ日には一瞬で破壊出来る。
『
里美スバルの生来の特性『認識阻害』を応用し、他の物質にも付与できるようにした魔法。本編ではスバルが使用し、ラケットやボールに対して行使し一色愛梨を翻弄した。しかし、あくまで『認識阻害』であるため欠点は同じなため目立ったりすると無効化される。
『
光刺激による反応を応用し、『相手のピントを任意の位置で合わせる』魔法。簡単に言えば『任意のものに気を取らせる』。人間……というより生物の眼球は光を網膜で受け取り視神経を通って脳で映像として処理するのだが、網膜には視神経が通っておりその部分だけ網膜には穴が空いている。その構造の都合上、穴の部分は光を知覚することが出来ず結果的に盲点として『視界内のはずなのに知覚できない』領域が発生する。
この魔法はその仕組みを利用したもので、相手のピントを任意の場所で合わせて間接的に盲点を動かすことで『見せたくないもの』を盲点の位置に置いて知覚出来なくさせる。
応用として自分自身に行使し、『認識したいもの全てに強制的にピントを合わせる』という裏技も可能。しかし対象が多いほど脳に負担がかかる。
おかしいな……前回6000文字弱を既に半分書いておいてその半分くらいを書くのに3日かかったのに今回10000文字が3日で書けてしまった……。
しかも本来なら八幡の初陣だったのにスバルのクラウド・ボール決勝の密度凄かったし……多分ここまでの八幡の魔法使っての戦闘を書く時の熱量の合計越えてんな……。
モノリス・コードから本気出します。本当か?