吉田棒一「俺太郎」
◆作品紹介 おばんです。お待たせしました。吉田棒一、ついにanon press初登場です。「ひろし」という存在を通じて語られるシュールで素敵な虚構。増えるひろし、ひろしを減らすさとし、戦うたかし。そして、迎える最終決戦。最後に残るのは、ひろしか、たかしか、さとしか、それとも……。踊り狂う文章のリズムに身を委ねて、脳味噌にファンタスティックを与えましょう。(編・平大典)
むかしむかし、あるところに俺たちがいた。俺はひろし。だがお前たちの知ってる昨日までのひろしはもうここにはいねえ。俺は元気もりもりひろしだ。もりもりになったんだ。元気が。ひろしの元気がもりもりになってマジでよかったぜ。なぜならずっと戦い疲れて元気がなさそうだったから。
そして俺もひろしだ。もう一人のひろしが登場した。出現した。ひろしは一人じゃねえ。世界にひろしはあいつ一人だけじゃねえんだ。俺たちは仲間だ。ひろしとひろしは仲間なんだ。ひろしは複数いる。ひろしは数だ。星だ。俺たちの勢いは誰にも止められない。
さあ、ひろしのおでましだ。俺もひろしだ。当然だ。ひろし、ひろしときたら次もひろしに決まってる。俺はひろし。ひろしイコール俺、俺イコールひろしだ。わかってると思うが、俺はさっきまでの二人とは別のひろしだ。ひろしは俺であり、俺ではない。俺はひろしであり、ひろしではない。ひろしは戦士だ。俺たちは光の戦士なんだ。風の子供なんだ。
いよいよ俺の出番がきたな。やってきたな。到来したな。俺もひろしだが、俺は他のひろしとは一味違う。俺はひろしのプロだ。今までのひろしは所詮素人、アマチュアのひろしだった。インディーズのひろしだった。だが俺は違う。ここから先はプロフェッショナルだ。ここからはプロフェショナライズされた領域になる。俺はひろしで食ってるんだ。飯をな!
改めて言うまでもないが、俺はひろしだ。俺もひろしだ。俺たちはひろしなんだ。ウィーアーオールひろし。俺が他のひろしと違うのは、俺が最高のひろしであるところだ。他のひろしは全て俺よりも低いひろしだ。なぜなら俺が最も高いひろし、即ち最高ひろしなんだからな。そうだろ。
逆に俺は最低のひろしだ。ひろしの中で最も低いだけでなく、ひろし以外と比較してもかなり低いところに位置づけられている。ひろしに高い/低いの概念を持ち込んだ以上、最も高いひろしと最も低いひろしが生まれてしまうのは必然だったと言える。俺はその最も低い方、最低の方のひろしだ。だが安心してくれ、別に落ち込んではいないから。これは仕方がないことなんだ。誰かが背負わなければならない十字架なんだ。だから俺が背負った。よいしょ。そんな感じでな。
俺はひろしのお母さんだ。お母さんがきたからにはもう安心だ。ここまでうちのひろしが散々迷惑かけちまったな。すいませんでした。さて、お母さんはお母さんらしくごはんにさせてもらうぜ! ごはんにしようぜ! ごはんとしゃれこもうぜ!
俺はひろしが飼っている猫だ。ニャーン。そしてこれはひろしが飼っている猫の餌、つまり俺の餌だ。
俺はひろしのブースターだ。ひろしがブーストする時にひろしから切り離される運命だが、俺が切り離されることによってひろしがブーストするなら本望だ。ブーストこそブースターの本懐なんだからな。わかるだろ。お前もブースターならわかってくれるだろ。
俺は全裸のひろし。オールヌード、全て裸だ。布が全然ないんだ。
俺はサラダのひろしだ。みんなの健康のためにはおれが、野菜が、必要なんだ。
俺はロン毛ひろしとして扱われてきた……ただ髪が長いってだけの理由でな。
ひろしは増殖する。意図的に生産され、拡散される。管理され、存在させられる。俺もひろしだ。他のひろしと同じだ。何も特別じゃない。数あるひろしのうちのひとり、つまりワンオブひろし、ひろしオブワンだ。
当然、俺もひろしだ。俺は株式会社に所属したことがない。ただの一度もな。つまり株式会社は俺に所属されたことがない組織ということになる。
俺はかつてひろしだったが今は違う。俺がひろしをやめたわけじゃない。以前ひろしだったものが今はひろしじゃなくなっただけだ。要するにひろしの定義が変わったんだ。時代が変わったんだ。だから言うなれば俺は旧ひろしだ。俺はあの頃と何も変わっちゃいないが、今の俺はひろしとは言えない。悪いが他をあたってくれ。
俺は再ひろしだ。俺をあたってくれ。過去にひろしでない時期があったところは旧ひろしと同じだが、俺は再度ひろしとして登録されたんだ。役所のコンピュータに。データとして。不死鳥のように。鉄のように。
そして最後のひろし、ラストひろしが遂に登場した。入場した。「もう終わりだ、ひろしはとうとう終わりを告げる」とラストひろしは言った。そして俺たちは山へ芝刈りに、川へ洗濯に行った。そこには俺たちの桃があるだろう。俺たちだけの桃が。
そこに動物はいない。犬も熊も亀もいない。「鬼って英語でなんて言うの?」とマックシェイクを吸いながら女が言う。男は答える。「お前が鬼だと思ってるものを俺も鬼だと思ってるとは限らねえ」
俺か?
俺はさとしだ。文字通り悟っている。俺は二十億年後の未来から語りかけない。そこには歓喜と悲哀の揺らぎがあるだけだ。この島に存在するのは沈黙する巨大な石柱、ガス状の発光体、そしてさとしとたかしだけだ。
こいつは「首から上がない代わりに胸から腹にかけてでかい顔になっているたかし」だ。口腔から肛門までの距離が人より短く、食った飯をほとんどそのままケツから出すことで人々を困らせている。
こいつは「身体の右半分が真っ青、左半分が真っ赤になっているたかし」だ。なんということはない特徴に思えるかも知れないが、近くで見ると意外に迫力がある。迫力で人々を困らせている。
こいつは「顔の輪郭に赤いギザギザがついているせいで太陽っぽい感じになっているたかし」だ。人々に安心感を与える見た目であるらしく、たかしの中では比較的人気がある。実際には太陽とは何の関係もないことで人々の期待を裏切っている。
こいつは「頭蓋骨の上半分を真横に切って透明のカプセルをかぶり脳が見えるようにしているたかし」だ。気分に応じて脳の各部位の色が変わるので、機嫌を把握しやすく人として付き合いやすい。激しい運動をするとカプセルが結露で曇ったりする。
こいつは「両足に小型のイカダを取りつけているから立ったまま川を上り下りできるたかし」だ。川を上り下りする時にこいつがいるととても助かる。「下り」はともかく「上り」の方がどういうメカニズムになっているのかはよくわからず、そういう不気味さはある。
こいつは「いろんな色の貝を集めているたかし」だ。お願いすると貝を見せてくれる。
こいつは象だ。とにかくパワーが高い。パオォーーーン。ウォォーーー、ブォォーーー。ゴォボォォーー、オボボー、ブォーン、ゴァァオオーー、ビィィーーー、イギギギギ、プッシャァァーー、ブリブリブリブリ、バコーーーーン、ボコーーーーーーーーーン、という感じだ。
こいつはスーパーゴリラランド。ウッホッホ! ウホウホ! ウホホッ! ウッホ! ウッホッホ! ウッホッホッホッホ! ウホ! ウホウホ! ウホウホウホウホ! ウッホウッホ、ウッホ! ウホッ、ウッホウホ、ウホホホホ、ウホ! パワーは象にも引けを取らない。
この島での俺の任務は一人でも多くたかしを育成し輩出することにある。俺たちの任務はただひとつ。ひろしを減らすことだ。
しかし、ひろしの増殖と品質低下は止まらない。ひろしは「個」の個体性に基礎を置きながら、あらゆる「他」に向かって無制限に開かれていく。
俺はひろしとは名ばかりのプリティプリンセスだ。姫だ。しかもただの姫じゃねえ、プリティな姫だ。だが聞いてくれ。俺は姫である以前に、そしてひろしである以前に、一人の女の子なんだよ。
俺はシューティングスターだ。流星だ。星の子らだ。俺は稲妻になった。荒野を疾走する一陣の青き稲妻に。
俺は両手がボーボー燃えているひろしだ。石炭くらいしか持てるものがない。
俺は膝を曲げるとそこから矢が飛び出すひろしだ。逆に矢を飛び出させずに膝を曲げることができないから膝を曲げる時はかなり気をつかうぜ。
全ての秩序に敵対しようとする無数の「個」、その具体的で苛烈な連なり。内的革命の連続は体制的な構造に組み込まれない。アメーバは原形質流動によって「一生の内で二度と同じ形を取らない」と言われる。
俺は頭に木が生えているひろしだ。頭に木が生えてるぜ。
お知らせひろしがお知らせをお知らせするぜ! 知れ! お知らせをだ!
俺はすべての小さきもの、エブリリトルシングだ。俺はすべての小さきものの代表なので、他の小さきものより少しだけ大きい。それでもかなり小さいけどな。
俺はビューティフルドリーマーだ。ひろしとは何の関係もない。
俺は悲しいキノコ、かなしいたけだ。ひろしとは何の関係もない。
俺は笛の名人だ。笛は上手いが、ひろしとは何の関係もない。
俺は冷蔵庫だ。ブゥーーーン、モーターだぞ。
おれは犬の姿をしたミニ四駆だ。
おれは誰に倒されても何度でも立ち上がってくる床屋だ。
俺はスチュワーデスだ。俺の物語、それがスチュワーデス物語だ。
俺はシコシコオナニー爺さんだ。爺さんとしては完全に終わっている。
俺はもらったプレゼントをその場ですぐに捨てることで恐れられている。
俺はもらった飴をその場ですぐに噛み砕くことで恐れられている。
俺はキャバ嬢を困らせたら右に出るものはないと言われている。
さとしは世代交代を繰り返し4,294,967,296人目以降は記録が残っていない。さとしは全能であると同時に無力だ。さとしの島(さとしヶ島)は陸地としての原型を完全に失い、透明な威厳のようなものとなってただそこに存在した。
さとしは常に一人だった。さとしとさとしは同時には存在できない。しかしたかしは違う。さとしはたかしを生み出す機械となる。優れた種、劣った種。人道に対する罪。ホロコースト、ジェノサイド。
集団はやがて自らの全体もしくは一部を破壊する目的で、その集団の存在意義に反した行動を開始する。新しいたかしは過去のたかしと特徴を重複させてはならない。オリジナルでなければならない。あらゆる前例が許容されない状況下で、そのコンセプトだけは一度の例外も変更もなく脈々と受け継がれる。
こいつはお湯を飲んだり氷を齧ったりするたかしだ。
こいつは自分の歯を素手で全部引っこ抜いたたかしだ。
こいつはナス界有数の長さを誇るナス、長ナスだ。
あるさとしは「われわれがひろしの時代を止めることはできないだろう」と予言して処刑された。何が悪であるか。愚であるか。それは何者によっても許容されない単独者の孤独だ。鏡を介して向かい合った人物との分裂したひとつの対話だ。受難者気取りの無機的で無表情な振る舞いだ。密室に向かう狂気は現実からの逸脱ではない。演奏者は演奏を終えることができない。休止することもできない。
こいつは「頭に大砲をくくりつけ、キレるとそこから玉を飛び出させるたかし」だ。物騒なのでみんなこいつに気をつかっている。
こいつは「玉を飛び出させるたかしの大砲に玉を込めるたかし」だ。主従関係としては完全に「従」のたかしだが、こいつがいないと「玉を飛び出させるたかし」の働きが半減することを考えると、こいつこそが「主」なのではないか、「ご本尊」なのではないか、という意見も聞かれる。
こいつは「大砲の玉を丸めるたかし」だ。主従関係としては完全に「従」であり「下請け」のたかしだが、「玉を込めるたかし」と同様、こいつがいないと「玉を飛び出させるたかし」だけでなく「玉を込めるたかし」の存在価値もなくなってしまう。玉関係の全てのたかしは玉を丸めてもらっていることに感謝しなければならないが、一度築き上げられた主従関係を逆転する困難さは彼らの歴史からも明らかだ。
しかし俺たちは例外だ。さとしは例外だ。俺たちはわからせてやる必要がある。ひろしにわからせてやる必要がある。
そして火蓋が切って落とされる。総力戦が幕を開ける。最初に死亡したひろしは「俺は最初に死亡したひろし。最初に死亡したんだ」と言いながら死亡した。次に死亡したひろしは「俺は次に死亡したひろし。最初に死亡したひろしほどのインパクトはないが、二番目に死亡したひろしとして語り継がれるだろう」と言いながら死亡した。三番目に死亡したひろしは「俺あたりから徐々に語り継がれなくなるだろう」と言いながら死亡した。七番目のひろしが死亡した時には、それが何番目に死亡したひろしかを巡って激しい言い争いが起きた。五十五番目のひろしが死亡した時には、それが何番目に死亡したひろしか正確に把握している者の方が少なかった。四千二百七十七番目のひろしが死亡した時には、人々はひろしが死亡した順番からすっかり興味を失っていた。
その間もひろしは増え続けた。何人ものひろしが死亡したが、新しく生まれてくるひろしの方が僅差で上回っていた。品質の低下は過去に類例がないほどの深刻さで進行した。
俺は歯磨きひろしだ。歯は磨くが、それ以外は何も磨かない。
俺はひろしだからHと書いてある帽子をかぶってる。
俺は一生懸命ひろしだ。なぜなら誰よりも頑張ってるから。
俺はジェットひろしだ。かっこいいだろ。
俺は日本海巨大お化けタコ伝説だ。
俺は暗い水槽に棲む汚れた蟹の背中に生えた湿った苔だ。
俺はジンバブエの黒い悪魔がくれた棘の生えた長い棒だ。
俺はアッ本木に住むヒル子、アッ本木ヒル子だ。
俺はバカだから本を読んで頭を良くしてるぜ。
俺はバカだから半ズボンがクソ似合うぜ。
俺はバカだからポテトばっかり食ってるぜ。
俺はバカだからヤクルトの刺青をいれてるぜ。
俺はバカだからパチンコに全財産を注ぎ込む。
俺はバカだから乳を見せられるとすぐに好きになる。
俺はバカだからシャツのボタンをとめずに毎日腹を出して歩いている。さあ、腹を見てくれ!
たかしはひろしを死亡させ続け、ひろしはひろしを増やし続ける。それが加速するほど死亡と誕生とが輪のように繋がって循環しているように錯覚される。ひろしの輪廻転生。俺はかつてひろしだったことがあるひろしだ。俺はかつてひろしだったことがあるひろしだったことがあるひろしだ。俺はかつてひろしだったことがあるひろしだったことがあるひろしだったことがあるひろしだ。円の動きは無限に加速を続け、やがて「何も循環していない状態」と同じになる。死ぬことと生まれることは同じだ。別のひろしとして別の生を生きた記憶が走馬灯のように蘇り、蘇ることを停止し、走馬灯とは似ても似つかぬ得体の知れない塊として存在を開始する。
俺は生まれてから一度もへそを洗ったことがない。
俺は人んちの家具に勝手にダサいシールを貼る。
俺はみんなの夢を乗せて走る。
俺はオイディプス王だ。オーッ!
俺はほぐし水だ。ほぐすぜ、自慢の水パワーでな!
俺はピッチピチの鮮魚だ。ピチ、ピチピチ、ピチピチピチピチ。
俺はピスタチオを必要以上に食う。
俺はアイスのフタだ。
俺は耳をもいで食ったから耳がないぜ。
俺はウェハースに挟まれてる。
俺は犬を飼ってるが、犬の方は俺に飼われているとは思ってないようだ。
俺は色んな味のゲロを吐いたことがあるぜ。
よし、マイクロ・ソフト・パワー・ポイントを使うとするか。
さとしの不在、空席は状態化する。天文学者の発見は無視される。最後のさとしが何代目のさとしだったか誰も覚えていない。誰にも何もわからない。コントロールを失ったたかしとひろしとの闘争は激化の一途を辿る。目的は忘れ去られる。セクトの分派が両陣営で起こり、それがひろしの増殖に拍車をかける。ひろしとたかしとの混血を引き起こし、対立をさらに複雑化させる。
俺は顔の輪郭に赤いギザギザがついているせいで太陽っぽい感じになっているひろしだ。
俺はたかしのブースターだ。たかしがブーストする時に切り離される運命だが、それでたかしがブーストするなら本望だ。
俺はひろしの頭の大砲に込める玉を丸めるたかしだ。
こいつはシコシコオナニーたかしだ。
俺はスーパーゴリラひろしだ。ウッホホ、ウホホ、ウッホッホッホ。
俺はかつてひろしだったことがあるたかしだ。
俺はかつてひろしだったことがあるたかしだったことがあるひろしだ。
混血とは形式的な特徴と傾向に基づく主観的な概念でしかない。純血と同じだ。ひろしとたかしは互いに矛盾や誤りを孕み、屈折しながら相関し合い、的外れで出鱈目なまま不確定な増殖を繰り返す。生存は常に危うい。ここでは物質とエネルギーの総和は一定ではない。
俺は普通の人よりケツが浅く割れてるたかしだからクソが出しやすいぜ。
おれは両肘にカッターがついてるひろしだから強いぜ。
おれは顔がかっこいいたかしだからセックスの時に喜ばれるぜ。
ひろしは自我を根拠とせず、唯一の場として認識されず、感性や知性からの脱却を試みる。たかしはその脅威をひろしには決して悟らせない。架空の撃鉄を起こし、架空の顔面を吹き飛ばし、ガラス壁一面に架空の骨片と血しぶきをまき散らす。
俺はぬいぐるみを見ると殴らずにはいられねえんだ。
濡れた犬を拾ってきた。さあ、乾かそうぜ!
俺はひろしじゃねえ、チャッピーだ。チャピッ!
俺はたかしじゃねえ、小鳥だ。ピヨ!
俺は最高裁判所だ。最高の裁判にしようぜ!
俺はイトーヨーカドーだ。いらっしゃいませ!
これは「オーバーザレイン棒」という、俺が考えた棒だ。
俺はかまぼこだ。
俺もかまぼこだ。
なんとこいつもかまぼこだ。
お前はかまぼこじゃねえ、割り箸が頭にブッ刺さったイカだ。
俺は知識として知る前に自らパイズリを編み出した中学生だ。
こいつはひろしをキツく縛るための太いひもだ。
俺は頭にでかい巻き貝を被ってるぜ。
俺は口から毒の息ばかり吐いて町のみんなを苦しめるぜ。
俺は女から「セックスが下手だ」とかなりはっきり言われたぜ。
俺の勃起が柔らかいから女が舌打ちしてたぜ。
俺はシンナーをめちゃくちゃ吸ったから脳がないぜ。
俺はみんなで注文したピザを一人で全部食うから嫌われてるぜ。
魚を食ったあとの俺の皿を見て「綺麗に食べますね」と言うやつがいるが、骨ごと全部食ってるだけだぜ。
よし、ハチマキを締めたから気合が入ったぜ!
俺は最高だ! 最高人物だ!
お前はネギだ!
さあ、石を探す旅に出ようぜ!
まだまだパワーが足りないぜ、ひろしパワー全開!
性病が治った! やったー!
ラーメン、クソうめえ!
世界に対するありったけの憎悪が込められた臓腑を絞り出すかのような思念を向けられ、たかしはもはやこれまでと観念した。一人のひろしがかつてさとしの島(さとしヶ島)だったスロットマシンのレバーに手を掛けて立っているのが見える。
俺は本物のひろしだ。
俺が本物のひろしだ。
今までお前たちがひろしとして接したきたものはひろしではあっても本物のひろしではなかった。残念だったな。
本物のひろしは続けた。
俺がひろしであるように、お前がひろしである可能性もゼロではない。物事の全てに可能性はある。お前はひろしかも知れない。ひろしはお前かも知れない。「そんなことはない」とお前は言うだろう。思うだろう。だが本当にそう言い切れるか?
「世界にひろしが足りないから、こうやってひろしを増やしてるんだよ」
そう語ったある古いひろしは他のあらゆるひろしよりも、あらゆるさとしよりも、たかしよりも、呪われた一生を生きた。
俺はかつて透き通ったゼリーだった。
俺はかつてあったかいスープだった。
俺はかつて見たこともない色の達磨だった。
俺はかつてポピーちゃんだった。
俺はひろしじゃねえ。さとしでもたかしでもねえ。しかしだとしたら俺は一体、何なんだ?
ひろしの最後の一人が活動を停止してから星の一生ほどの時間が流れた。硬く凝固した最後のひろしはやがて鉱物と見分けがつかなくなり、物質と見分けがつかなくなり、概念や存在とも見分けがつかなくなった。時間と空間とが完全に融解した地平で、かつてひろしだったもののかつて背中だった部分に一筋の亀裂が走る。ふたつに分裂したその中心から病み衰えた惑星の表面にまろびでるもの。生まれいずる何か。
お前は誰だ?
どこからきた?
俺か?
俺はお前たちの息子だ。
ご子息だ。
お前たちジュニアだ。
安心しな。これからすくすく育つ予定だ。
◆作者プロフィール 吉田棒一(よしだぼういち)
新潟県生まれ。サラリーマンのかたわら、自費出版、文筆活動を行う。主な著書に『心臓日記』『メタリックリカ』『第三のギャラガー』など。『ドレスコーズマガジン』にて『愛系の人類』連載中。文芸イベント『イグBFC』第2回優勝。
*次回作の公開は2023年7月12日(水)18:00を予定しています。
*本稿の無料公開期間は、2023年7月12日(水)18:00までです。それ以降は有料となります。
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