第2話 休日

 土曜日は燈真たちに魍魎退治の仕事が入り、雄途もバイトを入れていたらしく遊べなかったが、日曜日は集まることができた。

 午前中には村を回って買い食いを楽しんでいたのだが、なぜか椿姫と万里恵、菘に竜胆が合流し、燈真と光希が出し合って近くの定食屋で昼食を取ることになった。

 魅雲湖のそばの定食屋——例の龍燈の際にも寄った店だ。


「とうま、わっちはこのからあげがきになるかな」

「んー? 菘と竜胆はいいんだよ、気にしなくて」

「そーだよ。なんで椿姫に万里恵まで……」


 お金を出す燈真と光希がやや棘を含みつつそう言った。女連中は我関せずという様子で、二人仲良く意見を出し合っている。聞こえてきた単語からデザートまで頼むつもりらしい。

 雄途が「俺、自分のは出すぜ?」と言った。


「成り行きだ、気にすんな。バイト代だって、ほとんど家に入れてんだろ」

「まあな。妹も学校に行きたいって言ってるし、ちょっとでも貯金したいんだ。親父は子供なんだから心配するなっていうけど」

「そういうの気になるもんな、実際。俺も姉貴から退魔師なんてならなくてもいいんだぞって言われてたことあるけど、そういう問題じゃねえんだよな」


 燈真たちは今まさに、子供から大人になる過渡期にある。守られる側から守る側になるのだ。そこに至った彼らの考えが徐々に変わっていき、保護者の意見が「鬱陶しい」から「それでも自分たちはこう思う」というものに変わっていく。

 柊あたりならこれを自立だ、とでも言うかもしれない。


「僕は照り焼きチキン定食にしようかな」

「わっちのからあげと、いっこずつこうかんする?」

「しよっか」


 注文は決まったらしい。

 椿姫がガヤガヤと騒がしい店内によく響く声で「すみませーん」と呼びかけ、やってきた犬妖怪のおじさんに注文を告げた。

 人数的に座敷席二つになる燈真たちから注文を受けたおじさんはにっこりと微笑んで「しばらくお待ちください」と言って、厨房に声を投げかけた。

 燈真たちはセルフサービスのフリードリンクを取りにいき、席で雑談に興じる。


「菘たちはなんで椿姫と一緒にいたんだ?」


 光希の疑問に、万里恵が答える。


「冬服見にいこうってなってたんだよね。竜胆は「僕は去年のがまだ着れるよ」って言ってたけど、まあやっぱ新しい服ってテンション上がるじゃん? それに氷雨さん帰ってくるしおめかししないとさ」

「そっ、それは関係ないだろ!」

「わかりやすい弟だなあ。まあそれもあるけど、私らも服見たかったしさ。菘はご飯外で食べれるよって言ったらついてきた」

「わっちは、はなよりだんご、しつじつごうけんなので」


 質実剛健とはまた難しい言葉を知っている。あと、使い方はそれで正しいのだろうか。

 燈真はフリードリンクで持ってきたアイスコーヒーを啜りながら、雄途に話を振った。


「来週俺ら仕事でここを離れるって話したっけ」

「うん。詳しくは話せないっていうやつだろ? 大丈夫、この村にいれば退魔師のそういう話はよく聞くし」

「そうよね。人口二万の村に局が立つってそうそうないし、そうなると退魔師の比率もすごいしね」


 椿姫が言う人口二万の村——明確な定義はないが、二万人も暮らしている村というのもすごい話だし、そのうちの七割以上が妖怪なのも、さらには退魔局の支局があるのもかなりすごい話だ。

 聞いた話ではこの村はいわゆるレイライン——龍脈の上にあるらしく、退魔局的にはかなり重要な拠点であるらしい。実際龍神様だって住んでいるし、霊的な力場でもあるのだろう。


「ま、土産買ってくるし待っててくれよな。俺と燈真がいれば正直椿姫も万里恵も寝てていいんじゃね」

「マジ? じゃあ私ほんとに寝てよっかな」


 万里恵がそう言うと、椿姫がくすくす笑った。燈真もふ、と微笑んでコーヒーを一口啜る。

 すると、店員が頼んだものを持ってきた。

 テーブルの上に並んだ料理を前に、菘が「ふおお」と歓喜の声を漏らす。実年齢は二十一歳だが、人間に換算すれば十歳程度。しかも菘は生まれ持った『眼』のせいで恐ろしいものを見てしまう影響で、精神的な成熟が一般的なそれより遅い。

 まあ、どのような理由があれ彼女は燈真達にとって可愛い妹なので、何ら問題ない。

 竜胆が微笑んでいるのも、別に深い理由はないだろう。単に妹を可愛がる兄の微笑みだ。


「いただきまーす」

「「いただきます」」


 菘に合わせて全員で合掌。燈真は箸を手に取り、頼んだ特盛カツ丼を頬張る。

 ざっくりとした衣を噛み砕き、程よく脂の乗ったトンカツを咀嚼した。醤油とみりんが効いた甘辛いタレの半熟卵が絡み、玉ねぎのシャッキリした食感がたまらなくマッチしている。

 思わず、しっとりとタレが染み込んだ白飯をかき込んだ。口いっぱいのそれをゆっくり噛み、飲み込むと、この上ない美味さに思わず鼻から息を吐いた。


「あんたいっつも美味しそうに食べるよね。そういう男は私はありだと思うわ」

「そりゃどうも。っていうか美味いもんを美味いって思えなくなったらおしまいじゃねえか?」

「そりゃあね。それに美味しく食べてくれたら作った方も嬉しいし」


 かく言う椿姫も、心底美味しそうにハンバーグ定食を食べている。万里恵は白身魚のフライを齧って、「いいね〜、ミクモマスっていい感じに食べやすい」とご満悦である。

 ミクモマスというのは、魅雲湖に生息するマスのことだ。ちなみに鮭やマスの味が赤いのはアスタキサンチンという色素のせいであり、分類的には白身魚になる。

 菘と竜胆はおかずを一つずつトレードしていた。子供らしい微笑ましい光景である。竜胆はしっかりしているようで、返し箸をして取り替えていた。


「俺子供の頃からここに来てるけど、マジで美味いんだよな」

「雄途は生まれも育ちもここだもんな。俺は二、三年前にここに来たんだよなあ。姉貴が転勤になって、ついてこいっつってさ」


 光希は元々裡辺の生まれであるが、魅雲村の出身ではない。燈真と同じだ。

 姉の秋唯は戊辰戦争の際に本州に渡っていたそうだが、その頃光希はまだ生まれていない。当然だが、光希や椿姫が生まれた頃、まだ燈真は親すら生まれていないのだ。

 そこを思うと、人間と妖怪の時間感覚の違いがよくわかる。

 とはいえ燈真ももう、その妖怪の時間の中で生きることになったのだが。


 雄途はきつねうどんの油揚げを一口食べ、幸せそうな顔をした。やはり、狐は油揚げが好きらしい。家にいると椿姫や菘、竜胆なんかも油揚げを入れた味噌汁の日はひどく喜ぶ。

 光希は野菜炒めの(当然玉ねぎ抜きだ)を頬張っていた。ハクビシンは雑食性というが、やはり元が獣の要素が強い光希はアレルギーに気をつけねばならない。

 ある程度妖力を増やせば食物アレルギーを克服できるらしいが、二尾ではまだ困難だろう。それこそ四、五尾くらいでようやくだ。


「このあと、ゲーセンいかないか?」


 燈真がそう提案した。光希は「おぉ、いいな」と応じて、子供組も乗り気である。雄途も「当てまくって景品掻っ攫っていこうぜ」とノリノリだ。

 椿姫と万里恵はすでに燃えており、「UFOキャッチャーなら負けないから」と息巻いていた。


 力を持つ妖怪とはいえ、それでもまだ少年少女だ。やはり楽しみは大事である。

 そういうわけで、燈真たちは充実した休日を過ごしたのだった。


 そして、一週間後——。

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